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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
64/75

第29話 お守り

ーーーーーーーーーーーーー






「…あの、猪笹王さま、大丈夫ですか?」


暫くしてそう声を掛けると、猪笹王様は豪快に鼻をすすって目に溜まった涙を勢いよく振い落とした。


『…フ、フン!!ナイテナドオラヌワ!!ワレハサンジュウノオウデアルゾ!!』


「どー見たって泣いてたのに何言ってんだよ、ブタ。」


『フゴッ!?ブ、ブタダト!!?キサマ!!ワレヲサンジュウノオウトシッテノブジョクカァ!?』


「うーわ、うるさー…。てか何?「さんじゅうのおう」って。自分で王って名乗ってて恥ずかしくないの?」


「さんじゅうとは恐らく山の獣と書いてそう読むのだろう。また、こいつに関する書物にそう言った記載は一切無かったため自称、もしくは麓の者たちが付けた呼称で気に入ったためそう名乗るようになったと推測する。」


「何だ、結構人間と上手く付き合ってんじゃねーか。だったら大人しくしてろよなー。」


好き好きに猪笹王様に喧嘩を売りまくる健と秀に冷や冷やしながら成り行きを見守っていると、雪の犬を従えたお姉さんがクスクスと笑った。


『ふふふ…確かに、妖怪とはいえ人間の形にそっくりな私をあの山に置いてくれたのですから、案外人間が大好きなのではなくて?ねえ、猪笹王?』


『グヌヌ…!キ、キサマラァッ!!スキカッテニイイオッテ!!ユルサンゾォ!!』


トドメのお姉さんの嘲笑に怒りが達したのか、立ち上がって腕をグルグルブンブンと振り回す猪笹王様に慌てて声をかけた。


「あ、あーー!!あの!!猪笹王さま!!これから一体どうするんですかー!?」


『…ウヌ?ドウスルトハドウイウコトカ?』


何とか怒りの矛先を折ることができて安心すると、更に言葉を続けた。


「だって、猪笹王さまが眠るために建てられた祠とお地蔵さまは壊れてなくなってしまったんですよね?これからはどこで眠るんですか?」


『ネムル?ナニヲイウ。ワレハジユウデアルノダゾ。スキナトコロヘイキ、スキナコトヲスルノダ。』


返ってきた言葉に思わず開いた口が塞がらなくなった。そして、馨にツンツンと背中を刺されて慌てて口を開いた。


「そ、それはダメですよ!!だって、きっと今頃麓の人達は祠が壊れてる!猪笹王さまの祟りだ!どうしよう!って心配してると思います!」


「それに、地蔵尊も紛失し、お守りも残っていないとなると麓の者たちは再び襲われることを恐れて力のある者に退治を依頼してしまっている可能性もあります。」


私の言葉を補足するように説得してくれたのは少し自信のなさそうな馨だった。そして、馨の言ったその言葉を理解した時、私と猪笹王様は全く同じ顔になった。


「…ん?あーそう言えば俺のところにそんな依頼が来てたかも?そんで【白虎】の何人かが派遣されて行ったかも?そんで後から父上も合流するって言ってたかも?」


トドメの秀の言葉に猪笹王様と何故か私も落ち着いてはいられなくて二人であわあわと慌てふためいていた。


『ド、ド、ドウスレバヨイノダ!?ビャ、【ビャッコ】ガワレヲネラッテオルノカ!?シカモトウシュマデ!?ソ、ソヤツラハダンガンノヨウニハヤクトブノカ!?』


「と、飛びます!しかも飛ぶだけじゃなくて、その速さで蹴ったり殴ったりすっごい悪口を言ったりしますよ!!」


「ちょっとそれ、誰のこと言ってんの?」


そう言うと猪笹王様は万事休すと言う言葉を体現するかのように頭を抱えて後ろへ反った。


『…ソンナ、ワレハ、ドウスレバヨイノダー!?セッカクニオウトアシュラノフウインニジャマヲサレナクナッタトイウノニ!!コノママデハ……ウウ!オソロシイ!!』


絶望に肩を落とす猪笹王様だったけど、それに気付いた背中の草に隠れていた小さい猪達がヨシヨシと慰めるように身体を猪笹王様に擦り付けていた。


(ど、どうしよう…猪笹王様はもう人間襲ったりしないのに…怖い存在じゃないのに…それにきっと、【白虎】の人達は封印じゃなくて退治しちゃうだろうし……ど、どうすればー…)


最悪の未来を予想した時だった。何だか右手が温かくなって驚いて見るとお坊様のお守りが握られていた。あちこちほつれているのを直した跡があったり、刺繍を直したりして大事にされていたことが分かるそのお守りを見つめていると、突然ある考えが浮かんできて顔を上げた。


「猪笹王さま!!造り直せばいいんです!!」


私がそう叫ぶと肩を落としていた猪笹王様が振り返って私を少し涙で潤んだ一つ目で見つめた。


「祠もお地蔵さまもまた作り直せばいいんです!そしたら猪笹王さまも休めるところができるし、皆さんも安心して退治しようなんて思わないはずです!!」


『…シ、シカシ、ソノヨウナコトヲダレガシテクレルトイウノダ?ワレハマダ…「オソロシイ」トオモワレテオルノダゾ…』


「大丈夫です!!わたし達がいます!!」


胸を張りながらそう言うと、猪笹王様は目を大きく開いて口をポカンと開けて呆然としていた。


「お地蔵さまは秀のとこの白旺山(はくおうざん)の白い石で造って、祠を建てる木はこの北上山のさっき猪笹王さまが折ってしまった物を使えばきっと大丈夫です!」


我ながらいい考えだと目をキラキラさせると、猪笹王様は少し難しそうな表情を浮かべた。


『…ナゼ、ワレニソコマデスルノダ?ワレガウタレヨウトモキサマニハカンケイノナイコトデアロウ?』


「関係なくなんてありません!だって猪笹王さまはもう怖い存在でも悪い存在でもないからです!だから、わたしは猪笹王さまを助けたいんです!」


今の猪笹王様ならきっと人間と仲良くできると自信を持って言えるからこそ、私は真っ直ぐ猪笹王様の目を見てこの思いが伝わるようにそう言った。すると、猪笹王様は何て返したらいいのか分からないというような表情で口をモゴモゴとさせてから意を決したように口を開いた。


『……ソノコトバ、シンジテ、ヨイノダナ…?ワレヲ、タスケテクレルノカ…?』


「…!!はい!!信じてください!!必ず助けます!!ただ、約束して欲しいことがあります。」


『…ヤクソク…?』


「はい。それは…もう二度と人を襲わないことです。そして、自分を大切にしてくれる人達を猪笹王さまも同じように大切にしてあげてください。それを約束してくださるのなら、わたし達が猪笹王さまを全力で守ります。」


私がそう言った後、猪笹王様はまた口をモゴモゴと動かしていた。多分、考えている時の癖なんだろうなと思いながら返事を待っていると、猪笹王様は目を瞑って大きく深呼吸をした。


『…コムスメ、ナヲナントモウス?』


「わたしは天地美子です。」


『…ウム、デハミコヨ。ヤクソクシヨウ、モウニドトヒトハオソワヌト。ニンゲンドモヲタイセツニスルト。コノ「イザサオウ」ノナニチカッテナ。』


「…!はい!ありがとうございます!」


猪笹王様の決意と誓いにとびっきりの笑顔でお礼を言うと、振り向いて秀を見た。


「そう言うことだから、秀。派遣された人達のことを何とかするのと、お地蔵さまと祠を造るのをよろしくね。もし人手が欲しかったら烏天狗達にわたしからのお願いって言えば手伝ってもらえるからね。」


「はいはい。やっぱ俺なのね、まあいいけどさ。」


予想していたのかすんなりと受け入れてくれた秀にお礼を言うと、再び猪笹王様を仰ぎ見た。


「猪笹王さま、これはお返ししておきます。大切に持ってお地蔵さまと祠ができるまで白旺山に隠れていて下さい。」


『ウム、ワカッタ。…ミコ、ソノ、イロイロトスマナカッタナ。モシワレノチカラヲヒツヨウトスルノナライツデモヨブトイイ。カラナズヤカケツケヨウゾ。』


そう言うと、猪笹王様は背を向けてゆっくりと歩き出した。格好良く見送るつもりだったけど、あることを思い出して思わず叫んでしまった。


「い、猪笹王さま!ごめんなさーい!まだ傷治してないんです!!ちょっと待ってくださーい!!」


あの葉っぱの中での忘れ物に気がついて大声でそう呼び止めると、私は猪笹王に慌てて駆け寄ったのだった。





………

……





『…ホウ、フシギナチカラデアルナ。カンシャスルゾ、ミコ。』


「い、いえ。呼び止めてしまってすみませんでした。」


『キニスルナ。ニオウトアシュラノキズハワレニハナオセヌモノデアルカラナ。』


背中と首の傷を治していると、ふとあることを思い出して聞いてみることにした。


「そう言えば、さっきお姉さんがこの傷は「猪笹王さまが自分で祠とお地蔵さまを壊したから」って言ってましたが、それってどういう意味なんですか?」


私がそう聞くと猪笹王様はギクッと身体を大きく跳ねさせた。それに慌てて葉っぱを掴むと、一緒に背中にいた健が私をぎゅっと抱きしめてくれた。


「あ、ありがとう。健。」


「おう。もう終わったのか?」


「うん。これでおしまいだよ。」


そう答えると健はそのまま私を抱き上げ、猪笹王様の背を蹴って雪の上に着地した。下ろしてもらって猪笹王様を見上げると何故か大粒の汗を流しながら目を左右に落ち着きなく動かすばかりで答えてはくれなかった。


「…あ、あの?猪笹王さま…?」


『ふふ…では、私からご説明致しましょうか?』


「ひぃっ!?」


どうしたんだろうと猪笹王様に気を取られていると突然後ろからその言葉と共に雪のように冷たい手が私の頬と首に触れて思わず悲鳴を上げてしまった。それに慌てて距離をとって振り返ると、そこにいたのはやっぱりお姉さんだった。


「お、お姉さん!急に触るのやめて下さい!びっくりして転んじゃいます!!」


『ふふ、失礼致しました。美子様の反応が可愛らしくて、つい手が出てしまいました。お許しくださいな。』


言葉とは裏腹に全く反省してなさそうなその姿が何故かどこかの誰かさんにそっくりで思わずその人を見つめてしまった。


「…?何?その目。何かすごく失礼なこと考えてない?ねぇ、美子ちゃん?」


「い、いえいえいえっ!!な、なんでもありません!!」


何でそんな勘が良いんだと不思議に思いながら慌てて秀から目をそらすと、頭の上から何かブツブツと小さな声が聞こえてきた。


『……べ、ベツニアレハチガウノダ……ワレハオウダゾ……アヤマチナドアルワケガ……』


言い訳のような独り言に首を傾げていると、後ろに立っていたお姉さんが可笑しそうにクスクスと笑った。


『そうですよね。王ともあろう方が、自由の身になれたことに喜ぶがあまり供物の酒を全て一人で飲み干して酔いが回り、挙句には雪で足を滑らせて背中で祠を破壊して生死を彷徨った、なんて有り得ませんもの。ね?山獣の王の猪笹王さん?』


お姉さんの口から事の経緯が赤裸々に語られた瞬間、猪笹王様は「キャァァアア!!」と女の子のような悲鳴を上げて顔を真っ赤に染めた。


『ユ、ユキオンナァッ!!キ、キサマ!!ナナナ、ナゼヨケイナコトヲクチニスルノダ!!ワ、ワレノメンボクガマルツブレデハナイカ!!』


『仕方がないではありませんか。貴方が美子様の質問にお答えにならないんですもの。それに、美子様を無視するよりも貴方の面目が潰れるぐらいどうってことないでしょう?』


ニコニコと容赦なく傷に塩を塗り込んでいくお姉さんにやっぱり似てるなぁ…とまた彼を見ると怒りを滲ませた笑顔を向けられたので慌てて顔を猪笹王様の方へ向けた。


「い、猪笹王さま!大丈夫ですよ!お酒で酔っ払っちゃうことなんてよくあることみたいですし、悪いことじゃないですから!」


「…しかし、美子。酔っていようがいまいが器物破損に当たる案件ではある。処罰を与えるべきではないか?」


『ショ、ショバツダトォ!?キサマ、ワレニキバヲムクツモリカ!!』


余計な一言に慌てて透夜の口を塞ぐと、冷や汗塗れの顔で笑顔を作った。


「しょ、処罰されるのは人間だけで王さまの猪笹王さまは大丈夫です!それに新しく造り直したら許してもらえるはずです!ね!秀!」


祠とお地蔵様を造り直してくれるのが秀だからと思ってそう声を掛けたけど、名前を呼んだ瞬間に呼ぶ人を間違えたかもしれないと思った。


「…へー、そんなことがあったんだぁ〜、知らなかったなぁ〜。あ、それじゃあさ、今度お前の山に行った時麓の人たちにちゃんと言っておくね。「あなた達の山獣の王様は浮かれて大酒飲んで酔っ払って、しまいには雪なんかで足を滑らせちゃうくらいお茶目でかわいい王様です」ってさ。」


「おお、それいいな。事実なんだし、何だったら紙に書いて寺か神社に奉納しろよ。」


「おっ、たまには良いこと言うじゃん。そーしちゃおっかなー。」


「こ、こら!秀!健!なんでそんなー…」


私がそう言い掛けた時だった。俯いてプルプル震えていた猪笹王様が突然「イギャァァアァア!!」と甲高い声を上げたかと思えばそのまま背をこちらに向けて山の中を物凄い速さで走り抜けて遂には見えなくなってしまった。


「い、猪笹王さまぁーー!!?ちょ、ちょっと!!秀!健!何であんなこと言ったの!?」


「えーだって本当のことじゃん。それを麓の人達にちゃーんと教えてあげないとって思っただけだもん。」


「そーだぞ。それに何かあったら酒飲ませて酔わせろって言う緊急時の対策にもなるじゃねーか。」


悪怯れる様子もなくそれぞれにそう言った二人に『正座しなさい!』と怒鳴ると二人は素早く雪の上で正座をした。


「はぁ…また?」


「またこいつと並んで正座かよ…。」


「いい!?猪笹王さまにとって酔って足を滑らせたなんて本当はみんなに知られたくないことなんだよ!それを馬鹿にして笑いものにしようとするなんて最低だよ!!それにまたねって言えなかったでしょ!!」


すごく嫌そうな顔で溜息を吐く二人にそうお説教しても、二人には全く効かないのかケロッとした表情で私を見上げていた。


「でもさぁ、事実は事実じゃん。それにさっきこいつが言ってたように緊急時の対策になるでしょ?大事なことじゃん。」


「それに何があって祠が壊れたか分かんねーままだと麓の奴らも不安だろ。だから教えた方がいいだろ。」


「それでも伝え方ってものがあるでしょ!?猪笹王さまが嫌なように伝えちゃダメなの!!」


「でもよぉー…」


「でもさぁー…」


ああ言えばこう言う、諦めの悪い二人であることを思い出して深い溜息を吐いた。そして何とか説得しないとと口を開きかけた時、馨が私の服の袖をクイクイと引っ張った。


「落ち着いて、美子。確かに二人の言い方は良くなかったかもしれないけど、言い分は正当なものだと思うよ。特に何があって今回のようなことが起こったのかは知るべきだし、それに恐れではなく親しみを覚えてもらえるかもしれないよ。」


優しい口調でそう説明されると妙に納得できて思わず「そっか…」と頷いていた。それに正座している二人は何か文句を言っていたけど無視した。


「そうだよね。秘密にしたら不安だよね…それに親しみを持って貰えるなら猪笹王さまも喜んでくれるよね。でもどうやって伝えたら良いんだろ。」


「…ふむ、王の威厳を保ちつつとなると多少の嘘は必要となるであろう。例えば「酒に酔って祠と地蔵尊を破壊したのは人間であった」とすれば存在しない人物に罪を被せることができる。また、親しみを抱かせる点については「猪笹王はその愚行を咎めることなく共にその者と酒を飲み、酔い潰れたその者を別の町まで届けてやった」とすれば辻褄は何とか合うだろう。」


「お、おおー!すごいね!透夜!そっか!ちょっとだけ嘘ついちゃえばいいよね!」


「ちょっと美子、俺らとの扱いに差ありすぎじゃない?」


「わたしが納得したからいいーの!気にしなーい気にしない!」


透夜の提案にウキウキしながら不満そうな表情の二人の手を取って立たせると、クスクスと可愛らしい笑い声が聞こえてきた。振り返るとお姉さんが私達のやり取りを可笑しそうに見ていた。


『…ふふ、失礼致しました。良い案が浮かんだようで安心致しました。さて、私もそろそろ御暇(おいとま)させて頂こうと思うのですが……美子様。』


私の名前を呼ぶと、お姉さんは着物の袂からよいしょと何やら見覚えのある物を取り出して丁寧に私に差し出した。


「あっ!!わたしの巾着!!」


『猪笹王に飲み込まれてしまったと聞きましたので先程回収しておきました。幸いにも傷や汚れはないようです。』


「か、回収?!どうやってですか?!まさか、お姉さんもお腹の中に入ったんじゃ…」


何だかとんでもないことを想像しては一人で青ざめているとお姉さんは首を横に振った。すると、「ジジッ」という鳴き声が聞こえてきたと思ったらお姉さんの肩にヒョコッと胴の長い可愛らしい動物が現れて私を見つめた。


「オ、オコジョ?!まさか、お姉さんのお友達だったんですか!?」


「あ、巾着ドロボーじゃねーか。」


「ジジッ!」


私達に挨拶するようにそう鳴くと私の肩に飛び乗って頬をすりすりと擦り付けてきた。


『…手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。美子様の言うようにその子は私の使い魔。巾着を盗むように仕向けたのはこの山へ皆様を誘導するためでした。』


「誘導…っつーことはあのブタと闘わせることがオマエの狙いだったわけか?」


健がそう尋ねるとお姉さんはゆっくり頷いた。


『あの者の限界が近いことは一目瞭然でありましたので、まずは私よりもあの者をどうにかしてあげて欲しかったのです。私はあの者に山に置いて頂いている身なので一応恩はあるのです。一応。』


大事なことなのか一応を二回言うとお姉さんは目を閉じて困ったように笑った。


『ですがまさか、その子ごと巾着を飲み込んでしまうとは想定外でした。恐らく、美子様の御力が宿った巾着があの者には薬のように見えたのでしょう。』


「薬…まさか、彼を何度傷付けても傷の治りが早かったのは巾着を飲み込んでいたからでしょうか?」


馨がそう質問するとお姉さんはゆっくりと頷いて答えた。そして巾着を私に渡すと代わりに肩に乗っていたオコジョを抱き抱えた。


『取り戻さなければと機会を伺っていましたが先程漸くその機会に恵まれまして、この子に取りに行かせたのです。その帰りにどうやら猪笹王を間違えて噛んでしまって目覚めさせてしまいましたが、これも全て皆様のおかげでございます。ありがとうございました。』


そう言って頭を下げたお姉さんに続いて後ろにいた雪の犬とオコジョもベコっと頭を下げてお辞儀をしてくれた。


「い、いえいえ、そんな!わたしの方こそすっかり忘れてたのでお姉さんが取り戻してくれてて助かりました!ありがとうございました!」


『…ふふ、お役に立てたようなら良かったです。では、私達はそろそろあの山に戻ります。そして、【白虎】の方々がどのように対応してくださるのかを見届けようと思います。』


オコジョと雪の犬を撫でながらそう言ったお姉さんはまるで挑発するかのような目で【白虎】…秀を見下ろした。その目に秀はニッコリと綺麗な笑みを返した。…何だかその間には大きな火花が散っているように見えた。


「…え、えっと、秀…?お姉さん…?」


「ん?なーに?お見送りは笑顔で、でしょ?」


『…ええ、素敵なお見送りですこと。では、私はこれで。美子様、どうかまたお会いする機会を私にお与え下さいね。必ず参りますので。』


「…あっ、はい。あの、またいつか…」


はっきりしない挨拶にお姉さんはニコリと笑顔を返すと背を向けて雪の犬とオコジョと共に歩き出した。


「…」


「…?美子?」


お別れだというのに何故かこのまま行かせても良いのかという疑問が浮かんできて苦しくなった。そして、やっぱりダメだと証拠のない確信に突き動かされて私は走り出していた。


「お姉さん!待ってください!」


『…美子様?如何なさいましたか?』


思わず大声で呼び止めるとお姉さんは驚いたような表情で振り返った。そして、首を傾げると私が話しやすいように優しく笑った。


「あの、えっと、その…」


何か話さなくちゃと思いながらも何を話せば良いのか分からなくて助けを求めるように巾着の口を開くと、ある物が目に映って慌ててそれを取り出した。


「これ!これをお姉さんにあげます!」


『…それは?』


「美子ー!急にどうしたんだ…って、なんで御詞巡(みことばめぐ)りの札なんか出してんだ?」


…健の言う通り、私が取り出したのは御詞巡りで集めた四枚の木札だった。


「わたし、傷を治した時からずっと引っかかってることがありました。それが何なのか漸く分かったんです。それは、お姉さんがどうやったら悪い妖怪として狙われたり傷付けられたりしないかです。猪笹王さまはきっと秀が上手くやってくれるので大丈夫ですが、お姉さんは他の雪女さんが人を襲ったりしたら間違って退治されてしまうかもしれません。だから、お姉さんは雪山で人を守るために導いたり闘ったりする優しい雪女なんだっていう証明があった方がいいって今やっと分かったんです。」


何とか言葉にしてみると心が少しスッキリしたような気がした。それから持っていた木札を私の書いた字が見えるように広げるとお姉さんにズイッと差し出した。


「なのでこれを持って行ってください!字はわたしが書いちゃったんですけど、でもこれは四神の所にお参りしてきた証拠で四神が守ってくれるお守りにもなるので、もし退治されそうになったらこれをその人に見せて下さい!そしたらきっと、分かってもらえるはずです!」


そう言い切ると、お姉さんは呆気に取られたような表情で木札を見つめるだけだった。それにオコジョが耳元で「ジジッ!」と鳴くと、ハッとしたような顔になって何度も瞬きをした。


『…そんな、まあ……あの話を覚えていてくださって…それに、こんな素敵な物まで……言葉が出てきませんわ…』


「あっ!ビ、ビックリさせちゃってごめんなさい!でも、あの、やっぱりお守りはあった方が……今あるのは、それかお菓子かなんですが…」


私の字が気に入らないのかもしれないと慌てて巾着の中身を調べようとした時だった。お姉さんが急に雪の上で両膝をつくと私の目を見てニコリと笑った。そして、四枚の木札から一枚…【白虎】の神社で書いた「美」の木札を手にした。


『…お心遣い、ありがとうございます。お言葉に甘えてこちらを頂戴致します。白くて雪のような模様が気に入りましたわ。』


「…えっ、い、一枚だけでいいんですか?全部持って行っても…」


『いいえ、それは遠慮しておきます。先程「御詞巡り」なるものがあると聞きました。きっとそれで必要な物なのでしょう。全て持って行ってはご迷惑と思いますのでこの一枚だけで結構ですよ。』


「一枚でも持って行かれたら迷惑だけどねー。」


「しゅ、秀!!そんなことないです!!本当に大丈夫です!!」


余計な一言に慌ててそう言うと、お姉さんはクスッと笑って頷いてくれた。


『私は美子様のお言葉を信じておりますので外野の声はどうでも良いのです。…美子様、ご迷惑でなければもう一つ与えてもらってもよろしいですか?』


「あっ、はい!どうぞ!何枚でも!」


そう言って笑顔で残りの木札を差し出したけど、お姉さんは手を伸ばすこともなく首を横に振った。


『いいえ、私が与えて頂きたいのはお守りではありません。私は「名前」を与えて頂きたいのです。』


「な、名前、ですか…?で、でもそれは…」


私には荷が重いと言おうとすると、お姉さんがその口を黙らせるように冷たくて綺麗な人差し指を私の唇に押し当てた。


『…私はもう元の名を忘れてしまいました。ですので名乗る名はありません。そしてそれは他の雪女も同じこと。私を守ってくださると言うのなら、どうか美子様が私に名乗る名前をお与え下さいな。』


そう言って唇に押し当てていた人差し指をゆっくり惜しむように離すと、さあどうぞと促すように笑顔を浮かべた。


「…わ、分かりました。そしたら、えっと……あっ、「美雪」さん、はどうですか?お姉さんのお札も「美」ですし、それに美しい雪から生まれたので。」


私がそう言うと、お姉さんは噛み締めるように何度も「美雪」の名前を繰り返していた。そして、暫くしてから顔を上げるとニコリと見惚れてしまうくらい綺麗な笑みを浮かべた。


『美雪…素敵な響きですね。ありがとうございます。美子様。』


「い、いえ、その、気に入ってもらえて良かったです。」


その笑顔に私も漸く安心して気の抜けた笑顔を浮かべると美雪お姉さんも笑顔を返してくれた。そして、静かに立ち上がると襟に木札を差し入れて大切そうにポンと手を置いた。


『…ああ、何だか美子様がここにいるかのようでとても心強いですわ。』


「そ、それは…ありがとうございます…?」


何て返すのが正解かよく分からなくてとにかくお礼を言うと、美雪お姉さんはクスクスとおかしそうに笑った。


『それでは、これで本当に御暇させて頂きます。美子様、何から何までありがとうございました。』


「みんながいてくれたからで何とかなっただけです。わたしは特に何もしてないですよ。でも、助けられたなら良かったです。また冬になって雪が降ったら遊びに来てください。待ってます。」


『ふふ、ありがとうございます。それではまた。』


そう言って背を向けて歩き出した美雪お姉さんだったけど、突然「あっ」と思い出したような声を上げて振り返った。


『そう言えば、私にはくださったのに皆様には差し上げないんですか?その巾着の底にある物を。』


「…えっ?」


何のことか分からなくて言われた通りに巾着の底を見ると、お菓子とお財布の下にある物が見えて冷や汗がぶわっと溢れ出た。


「み、美雪お姉さん!!」


『ふふ。あとはお楽しみくださいな。』


何で知ってるんだと動揺しながら名前を呼んだけど、バラした本人は悪びれることもなく手をヒラヒラと振って歩いて行ってしまった。残された私は何とかこの静寂を切り抜けなければと歪んだ下手な笑顔を浮かべて口を開いた。


「よ、よよし!そそれじゃあ、み、御詞巡りにもも戻ろっか!行くぞー!」


無理矢理突破しようとしたけど、後ろから肩と腕を掴まれた。錆びついた機械みたいにぎこちなく振り返るとそこにいたのは健と笑顔の秀だった。


「な、何でしゅか?」


「何ですかじゃねーだろ。話すことあるんじゃねーのか?」


「い、いやいやいや!とと、特にないよ?」


「本当にー?特に何もない人がそんな噛んだり(ども)ったりするー?」


どうしてもあれには気付かれたくなくて巾着を後ろ手に隠したけど、それが仇となったようで素早く秀に奪われてしまった。


「あっ…!!!」


「この中に何か入ってるんだー?どうする?ここに中身ぶちまけられたい?それとも自分から素直に出す?好きな方選んで良いよ?」


「おい、そんな脅迫みたいなやり方やめろよ。美子、何か隠してることあるんだろ?」

 

何回か攻防を繰り返して何とか秀から巾着を奪った健は私にそれを返しながらそう尋ねてきた。その優しさに居た堪れなくなっていると、それまで黙って成り行きを見届けていた馨と透夜が口を開いた。


「美子、無理にとは言わないけど何かあったなら話して欲しいな。…その中に、何か入ってるの?」


「…先刻の雪女の話から、その巾着の底に俺達に渡したい物があると推測する。物が何であるかまでは分からぬが、美子からもらえる物なら何でも喜んで受け取ろう。」


更に優しい言葉の数々に隠してることが悪いことのように感じてきて胸がズキズキと痛くなった。そしてついにはその痛みに耐えきれなくなっておずおずと巾着の底からあれを取り出すと緑色を健に、赤色を馨に、白色を秀に、黒色を透夜の手に乗っけていった。



「…これは…お守り、か?」


「……う、うん。作ったの、わたしが…」


自信のなさそうな小さな声でそう返すと四人は驚いたような顔で私を見つめた。その真っ直ぐの目から逃げたくて俯くと、しばしの沈黙が流れた。それに耐えられずまたおずおずと口を開いた。


「…その、お正月にね、天地神社では手作りのお守りを配るんだって…それで、その、わたしもみんなに作ろうって思って……だって、その、いつも一緒にいられないから、その…代わりにみんなを守ってくれるの、作れたらなって、思ってたんだけど……きれいにできなかったから、渡すのやめようとしたんだけど…持ってきちゃったの……」


何度もつっかえながら何とかそう説明するとまた沈黙が流れた。それにやっぱり迷惑だったのかも…怒ってるかも…と怯えながら顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして固まる三人と驚いた表情で固まる透夜の姿があった。


「……えっ、えっ!?ど、どうしたの!?顔真っ赤だよ!?風邪!?」


その様子に慌てながら思わず大声でそう言うと、はっと意識を取り戻したみたいな表情をした健が慌てて私の手を握った。


「ほ、本当か!?こ、これ!美子がオレのために作ってくれたのか!?」


「う、うん。そうだよ。でも、上手にできなくてごめ」


不格好なのを謝ろうとしたけど、その瞬間健に思いっきり抱きしめられて口を閉ざした。


「…ありがとう!!すっげー嬉しい!!マジで一生大事にするから!!」


「け、健。それはダメだよ。お守りは一年経ったらお焚き上げしないと」


「いやだ!!ぜってー捨てねーから!!マジでありがとうな!!美子!!」


そう言ってギューーっと強く抱きしめた腕からどれ程嬉しいのかが伝わって泣きそうになった。でも、いよいよ息ができなくて苦しいと感じ始めた頃に急に健が離れてまた誰かに抱きしめられた。


「…しゅ、秀?どうしたの?泣いてるの?」


「…はぁぁぁぁ、泣いてないし。泣くわけないし。こんな、ことで……。」


怒りを通り越して泣くほど酷かったのかと慌てて秀の手からお守りを取ろうとしたけど、何故か手は硬く閉じられたままで離してはくれなかった。


「…ちょっと、何すんのさ。ドロボー。」


「…えっ?これが嫌で泣いてるんじゃないの?」


「だから、泣いてないって。……こんな、誰かが俺のためにってお守り作ってくれたことなんてなかったから、その…嬉しくて泣いてんの!!言わせないでよね!!ありがとう!」


怒られてるのか褒められてるのよく分からない状態の秀は初めて見るからどう対応すれば良いのか分からずされるがままの状態でいると、胸の辺りが苦しくなったと思ったらこちらも見たことがないくらいご機嫌な健が頭をグリグリと私の頭に擦り付けていた。


「…お前邪魔。どっか行って。」


「オマエこそ邪魔なんだよ。オレは今めちゃくちゃ美子と一緒にいてーんだよ。」


それから超ご機嫌な健と情緒不安定な秀の小競り合いに巻き込まれて目を閉じて困惑していると、突然空いてる方の手が握られた。その手に何か水のような物が滴り落ちて驚いて目を開くとこちらも見たことないくらい号泣している馨の姿が目に映った。


「か、馨!?ど、どうしたの?!そんなに嫌だった!?」


私がそう尋ねると馨は首をブンブンと横に振った。どうやら話すことも難しい状況らしい。


「…ヒック…ちが、うんだ……ヒック…僕も、嬉しくて…ヒック、誰かがこんな風に、ヒック…して、くれたことなんて、ヒック…なかったから……ヒック、嬉しい…よ、美子…ヒック、ありが、とう…」


「う、うん。分かったからゆっくり呼吸してね。」


しゃくり上げて感謝を伝える姿が痛々しくてとにかく落ち着かせるように優しく言うと馨は握り締めた私の手に頬をくっつけて健みたいにすりすりと擦り付けた。みんなスリスリするの好きだなぁと思っていると、呆然と立ち尽くす透夜の姿が目に映った。今度は何が来ると構えていたけど、透夜は一向に動いたりしなかった。だけど口だけは何か忙しく動いていて耳を澄ませてみた。


「…(オン) 阿謨伽(アボキャ) 尾盧左曩(ベイロシャノウ) 摩訶母捺囉(マカボダラ) 麼抳(マニ) 鉢納麼(ハンドマ) 入嚩攞(ジンバラ) 鉢囉韈哆野(ハラバリタヤ) (ウン)……ありがとう、美子…(オン) 阿謨伽(アボキャ) 尾盧左曩(ベイロシャノウ) 摩訶母捺囉(マカボダラ) 麼抳(マニ) 鉢納麼(ハンドマ) 入嚩攞(ジンバラ) 鉢囉韈哆野(ハラバリタヤ) (ウン)


「……」


よくわからない言葉の合間に私の名前と感謝の言葉が挟まれているように聞こえて、どう返事をしたら良いか一番分からずつい無言を返してしまった。






「…は、はぁーーい!!もうおしまーい!!」


それから暫く各々がしたいように身を任せていたけど流石にそろそろ恥ずかしくなって誤魔化すように大袈裟な手振り身振りで私にくっ付いていた三人を振り払った。


「よ、喜んでくれたのは嬉しいけど、そろそろ戻らないと!!遊ぶ時間なくなっちゃうよ!!それに、御詞巡りの【白虎】のお札もう一回もらいに行かなくちゃ!!ね!?」


私がそう言うと、三人はまだ不満そうな表情だったけど渋々頷いてくれた。だけど、透夜はやっぱり呪文のような言葉を唱え続けていた。


「えっと、それじゃあ秀は私と一緒に白虎神社に行ってお札を貰いに行こう!健と馨はあの透夜を何とかしてから天地神社に集合ね!!」


「!!うん、いいよー。」


「いやだ。オレも美子と一緒に行く。」


「…僕も、美子と一緒がいい…」


上機嫌な秀だけが賛成し、不満そうな二人はそれぞれ反対の声を上げた。


「もう!子供みたいなこと言わないで!!遊ぶためだから!お願いね!!」


これは私から離れて少し落ち着いてもらう必要があるなと判断して急いで秀におんぶしてもらうと、三人を置いていくように走り出した。



「ふんふふ〜ん、ふんふん〜。」


(…こんなに喜んでもらえるなんて、思わなかったな……渡すのやめようって思ったけど、四人を信じて良かった……頑張って作って、本当に良かったなぁー……)


風を切る音と共に聞こえてくる軽快な鼻歌とニヤニヤが収まらない横顔に、漸く私も喜んでもらえた嬉しさと渡せた安心に心が満たされてきた。そして、来年もまた頑張ってお守りを作ろうと一人決意を固めたのだった。






続く…

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