第25話 欠片
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「…よいしょっと…傷、傷、どこだろなー?」
足下を注意深く見渡しながらそう言った私は、自分の背より高くて縁が白の緑の葉っぱを両手で押し退けた。その葉っぱは勿論猪笹王の首から背中にかけて生えている熊笹で、さっきお姉さんに教えてもらった猪笹王の傷を背中に乗って探していたのだった。
「ふぅ…みんなー、傷見つかったー?」
だけど、私の身長より大きい葉っぱは一枚でもとても重くて、しかも木の上から落ちてきたり舞い立っていた雪が降り積もっている状態で傷を探すのはとても大変だった。傷も見つかっていないし早くしないととは思ったけど、流石に探し疲れたのでちょっと休憩しようとしゃがんで滲んだ汗を拭いながら大きな声でそう呼び掛けると、左側の葉っぱが揺れて健がひょこっと現れた。
「あ、健。どう?傷見つかった?」
「いや、この辺は探してみたけど傷らしいのは見なかったぞ。それより、美子は大丈夫か?結構重いだろ、この草。」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、健。」
心配してくれる健にお礼を伝えると、今度は右側の葉っぱが揺れた。そして、葉っぱが横ではなくて前に倒れたと思ったら、不機嫌そうな表情の秀が現れた。
「…ねぇ〜美子〜。俺もう飽きたんだけどー…こんなめんどくさい草の中で遊ぶより森で鬼ごっこでもしよーよー。」
「そ、そんなこと言わずに……お宝探ししてると思ってねって言ったでしょ?あと秀、面倒くさいからって人様の背中の葉っぱを足で踏み倒すのはちょっと……」
勝手に入って勝手に探している身としてその態度は良くないのではと言おうとした時、私の後ろの葉っぱが揺れて振り返ると、壁のような葉っぱをムシャムシャと食べる白いふわふわな羊達がいた。
「……何してるの?透夜。」
多分そうだろうと思って羊の飼い主の名前を呼ぶと、羊の群れの奥から現れたのはやっぱり透夜だった。
「…傷を探すように言われたため式神を使役し探していた。だが美子、すまない。今現在発見どころかその手掛かりすら掴めていない状況だ。」
「いや、うん…そうなんだけど、そうじゃなくて……」
根元をちょっとだけ残してまた新しいのを食べ始めた羊を見つめながら何て言えば良いのか考えていると、正面の葉っぱの奥から小さな声で「美子」と名前を呼ばれた。それに立ち上がって近付くと、葉っぱを避けるように横から現れたのは馨だった。
「美子、傷…と言うかそれらしいのを見つけたよ。」
「えっ?!ほ、本当!?」
やっと得た有益な情報に大声で聞き返すと、馨はしっかりと頷いてから私の手を握って歩き出した。
「馨!傷を見つけたって本当!?」
「うん、恐らくだけど…。さっき猪笹王の弱点を視た時に何だか肩甲骨の辺りも光っていたから気になって見に行ったら見つけたんだ。」
「なあ馨、“恐らく”って何だよ。はっきりしねー言い方だな。」
葉っぱの間を縫うように進む私達を追うように着いてくる健がそう言うと、馨は立ち止まって目の前の葉っぱに手を掛けて振り返った。
「…少し、断言するのが難しくて…だから、見てもらった方が早いと思うよ。」
健にそう答えると、馨は触れていた葉っぱを横に退かして私の顔を見つめた。それに何だろうと思ってその先を見ると、不自然に開けた場所には縁だけじゃなくて全体が白く変色した葉っぱがあって、その根元には白い何かが猪笹王の皮膚に突き刺さっていた。
「…これが、傷?」
「恐らく…。」
馨に尋ねてもやっぱり確信はないのか小さな声でそう答えてくれた。とにかく、もっと近くで見てみようと思って馨が退かしてくれている葉っぱを跨ごうとすると、馨が止めるように私の名前を呼んだ。その声に振り返ろうと跨いだ方の足をその地に置いたその瞬間、足の裏からゾワゾワと変な気配が全身を這い上がって慌てて馨達の元へ戻った。
「美子?」
「…な、なんか、変な感じがする…き、気持ち悪い、感じの…何か……」
ドクドクと騒ぐ心臓を何とか落ち着かせようとしながら心配そうな表情の健にしがみついてそう答えると、後ろから不意に肩に手を置かれた。
「六根清浄、急急如律令。」
後ろの誰かがそう唱えた瞬間、体の中で渦巻いていた気持ち悪い感じがスッと消えて楽になった。それに驚いて振り返ると真っ直ぐに私を見つめる透夜が私の肩に置いていた手を静かに下ろした。
「…大事ないか、美子。」
「…あ、う、うん。もう、大丈夫。ありがとう、透夜。」
多分気持ち悪いのを取ってくれたであろう透夜にそうお礼を伝えると、透夜は上着のポケットからお札を一枚取り出して私の手に握らせた。
「…持っておくといい。どうやら美子は俺達よりも影響されやすいようだ。」
「…影響…?」
そう繰り返すと、透夜は頷いて白い葉のある場所を見つめて口を開いた。
「…ここは他の場所に比べて妖気が強い。だが、それだけではないようだ。」
「…えっ?」
もらったお札を握りしめながら透夜を見つめると、透夜は何の躊躇いもなく葉っぱを跨いでその地へ足を踏み入れた。そして、真っ直ぐ歩いては白い葉っぱの前で立ち止まってしゃがみ込んだ。
「…ふむ。元凶はやはりこれのようだ。それにしても、強いな…。」
「おい、透夜。何やってんだよ?」
一人で何か呟いている透夜に向かって健がそう言うと、透夜は立ち上がって私達の方へ振り返った。
「…先刻も言ったが、ここは他の場所に比べて妖気が強い。だがそれは、妖気が単にここに集まっているからではない。相反する力を打ち消そうとして作用しているためだ。」
「相反する力…?」
なかなか働かない頭に困惑しながらも聞かなければならないことを繰り返すと、透夜はまた静かに頷いた。
「…妖気と相反する力、つまり神仏の力がここにある。それ故ここに妖気が集中していると考えていいだろう。」
「ふーん。それで、そこの白いのがそれってこと?」
確認のように秀がそう聞き返すと、透夜は「…ああ」と短く返事をした。
「…馨、お前がこれを傷と断言できなかったのは、ここに立ち入れなかったからか?」
「うん…ごめん。どういう仕組みなのか分からなかったし、正直ここは僕も立っているだけで気分が優れないから、だから先に報告だけしようと思って…。」
「俺もなーんかここやだー。ねー、気持ち悪いよねー、美子。」
「う、うん…。」
「だったらさっさとそれ抜いて、それで美子に治してもらえばいいだろ?」
私にねー?と言いながら間に割って入って来た秀に少し不愉快そうな表情をした健は何か考え込んでいる透夜に向かってそう言った。すると、透夜に代わって馨が首をゆっくり横に振った。
「ただ抜くだけじゃダメなんだと思うよ。透夜の話に寄ると互いを打ち消し合おうとここに集まった力なら、その一方が無くなればもう一方がその支えを無くすことになる。…だから、もし支えであるあれを抜いたのなら、集まった妖気の方が溢れて出てくる。それに釣られて他の妖怪が集まってくる可能性も十分考えられるし、況してや、そんな中で既に治癒の力を使って疲弊している美子が無事でいられるとは思えない。だから、先にこの状態をどうにかしないといけないんじゃないかな。」
馨がそう言うと、健は驚いたような表情をしてから少し落ち込んだような顔で私を見つめた。多分、前にも妖気で倒れたことのある私を傷付けるような提案をしてしまったと思っているんだろうなと思ったから、大丈夫だよと答える代わりにその手を握った。
「…それについては考えがある。健、お前はこの妖気が平気なんだな?」
「?おう、特に何ともねーけど。」
「…そうか、なら手伝え。」
そう言われると、健は一度私を見つめてから握っていた手を離して葉っぱを跨ぎ、透夜の待つ白い葉っぱの前へ歩いて行った。
「透夜、手伝うってオレは何すれば良いんだ?」
「…斬れ。それだけでいい。」
短く健に指示を出すと、透夜は軽く振り返って私の隣にいた秀と馨を見た。
「…美子にだけは害のないよう、不測の事態に備えろ。」
「はっ、お前に言われなくてもなんですけど?」
「うん、分かった。」
透夜の言葉に秀と馨がそれぞれ返事をすると、透夜はチラッと私を見てから白いお札を取り出して右手の人差し指と中指にそれを挟んだ。そして、左手でも同じように人差し指と中指を真っ直ぐ立てるとそれを口元へ置いた。
「…当地清浄、急急如律令っ!」
呪文を唱え終わるのと同時に右手に持っていたお札を足下に埋まる白いそれに投げ付けた瞬間、そこから赤黒く淀んだ風が暴れるように吹き出し、それに抗うかのように白い光の風が吹き荒れて、さらにはバチバチと電気が弾けるような大きな音が響き渡った。
「っ…!!」
少し離れているとはいえ、この小さな空間で風と雷が争っているような激しさに吹き飛ばされるかもと不安が過ったけど、近くにいた秀と馨が支えてくれた。
「健!斬れっ!!」
「…っ、おらぁっ!!」
風と光の中で健が木刀を透夜のお札に向かって振り下ろして触れた瞬間、一瞬だけ風が止んだと思ったその直後に大きな爆発みたいな一際強い風が壁のように身体にぶつかっていった。
(…っ!く、苦しいっ……)
息もできないようなピリピリとした強風に、堪らず支えてくれている腕に顔を埋めた。その時だった。
『……キサマァァア!!ワレニィ、ナニヲシタァッ!!?』
『……王よ、眠りなさい……もう、恨んではならない……』
…風に紛れて何か、声が聴こえてきた。その二つ声は、どこか遠くてぼんやりしていたけど、でも何故か耳に残って離れなかった。この声は、何処から聴こえてくる声なんだろうと眩しいながらも目を開くと、風と光の中に健と透夜の他に、一つの大きな人影が見えた。
(……誰、だろう…あの人……)
もっとよく見てみようと薄く開いていた目をちょっとずつ大きくしてみたけど、目に触れる風に思わず瞬きをしてしまった。それに何となく嫌な予感がして急いで目を開いてみたけど、その人影は予感通りになくなっていた。
そして、それから数秒後には風も光も徐々に弱くなっていってもう一度瞬きをする頃にはすっかり元通りの風景になっていた。
「…こ、これでいいのか?透夜。」
風と光が止んだ頃に口を開いたのは木刀を振り下ろしていた健で、少し困惑したような表情で近くにいた透夜にそう尋ねていた。
「…ああ、想定通りだ。…美子。」
健の問いにそう答えると、透夜は振り返って手を差し出しながら私の名前を呼んだ。それにこっちに来てくれと言いたいのだと解って支えてくれていた馨と秀にお礼を言ってから透夜の手を握って葉っぱを跨いだ。
「…あっ…」
またあの感じがしたらどうしようとちょっとだけ不安だったけど、透夜達と同じ空間に足を踏み入れても気持ち悪い感じは全くしなかった。
「透夜、さっきのは何をしたの?」
気になったことをそのまま口にすると、透夜は一つ瞬きをしてゆっくり口を開いた。
「…どちらか一方の支えを失ってはいけないのなら、一度に両方を消してしまえばいい。幸いにも、二つは一つの状態であった。そこを清めただけだ。」
「オレに手伝わせたのは何でだよ?」
「…妖気を集める元凶となっているこの物体には微かに「土」の気を感じた。「土」と相剋の関係にあるのは「木」であり、「水」はその「木」と相生の関係にある。故にお前の「木」の力を俺の「水」の力で強め、「土」の気を打ち消したということだ。」
あの短時間でそこまで考えていたのかと驚いていると、透夜は足下の白い物体から私に視線を移した。
「…もう抜いても問題はないだろう。ただ、美子の体調が気掛かりだ。手が少し、震えているように思えたが…」
そう言われて自分の手を見ると、確かにほんの少し震えているように見えた。だけど、別に身体は何処も痛くもつらくもなかったからギュッと手を握って首を横に振った。
「…ありがとう。でも、大丈夫だよ。それよりも早く治してあげよう。」
透夜に向かってそう言うと、私はしゃがんで埋まっているそれを掴んだ。そして、引き抜こうと力を入れてみたけど、向こうから引っ張られてるんじゃないかと思うくらいびくともしなかった。
「はぁ…はぁ、はぁ……健っ!お願い!!」
「おう、任せろ!」
これは無理だと思って健にお願いすると、健は嬉しそうに笑って私の隣にしゃがんだ。そして、片手でそれを掴むと簡単にそれを引き抜いてしまった。
「ありがとう!け、んー……」
お礼を言ってから傷を治そうと思って健の方を見た瞬間、ある物が目に入って言葉を失ってしまった。
「…?美子?どうしたんだよ?」
「……っ、け、けけけん!!!てっ!!てててててて!!」
後退りながら必死に見たものを伝えようと悲鳴みたいな声でそう叫んだ。だけど、健には何のことだか全く伝わらなかったらしい。
…私が指を差した先、慌てる私に不思議そうな目を向ける健の手には手が……長い棒のような物を握る人の右手が握られていたのだ。
「美子、大丈夫だよ。どうやらただの石片みたいだから。」
見ないようにと顔を背けながら葉っぱにしがみつく私を落ち着かせようと声を掛けてくれたのは馨で、その言葉に恐る恐る振り返ってもう一度よくそれを見ると確かに石でできた右手だった。
「…な、なんだ…石かぁー…よかった……」
「うわっ、何それ。気持ち悪ー。さっさと捨ててよね、そんなゴミ。」
本物の人間のものじゃないと判って安堵の息を吐くと、私の方に歩いてきながら健の手元を見た秀が気持ち悪いものでも見るかのような顔をしてそう言った。
「オレを指差して言うんじゃねーよ。てか捨てて良いのか?これ。」
「…ああ、問題ない。だが、捨てる前に少し調べたいことがある。」
そう言って透夜が手を差し出すと、健は立ち上がりながらその手に持っていた石の右手を置いて私に手を差し出した。
「美子、傷治すんだろ?立てるか?」
「…あっ、うん!ありがとう!」
その言葉にそうだったと急いで手を借りて立ち上がると、石の右手を引き抜いた場所へと歩いて行った。そして、しゃがんで穴の空いている傷口に手を置くと目を瞑って祈り始めた。
「……これって多分ー…」
「…ああ、だがそうなるとー…」
治している途中で聴こえてきた声に目を開くと、透夜と馨が二人で何か話しているのが見えた。だけど、いつ起きるか分からないから早く治さないとという気持ちの方が勝って気になりはしたもののまた後でいいやと目を閉じた。
………
……
…
「…ふぅ…よしっ、終わった。」
それから治療が終わったのは数分後のことだった。身体の割に小さい傷だったため、もっと早く終わるかなと思っていたけど、いつ起きるか分からない緊張感からか、はたまた早く治さないとという焦りからかなかなか集中できなくて遅くなってしまったようだ。
「猪笹王はまだ、寝てるよね?良かった…。」
治してる途中に何度かモゾモゾと動いていたけど、聴こえてくる気持ち良さそうな寝息から無事に終わったんだと解って胸を撫で下ろした。
「よしっ、それじゃあ傷も治し終わったし、お姉さんのとこに戻って話の続きをー…」
良かった良かったと安心し切った笑顔でお姉さんに色々聞かなくちゃと立ち上がった。だけど、目に入った馨と透夜の表情にその気持ちが消え去った。
「…ど、どうしたの?何かあったの?」
「…美子、ごめんね。終わり、じゃないみたいなんだ…」
私の問いに返ってきたまさかの言葉に驚いて申し訳なさそうな表情の馨を無言で見つめていると、その先を受け継ぐように口を開いたのは隣に立っていた透夜だった。
「…美子が治療を施している間に馨と話し合った結果、この石片は形状と大きさ、そして神仏の力を宿していたことから恐らく地蔵尊の欠片の一つだと推測した。」
「地蔵尊…?」
『…「猪笹王」は、猟師に撃たれて亡霊と化した猪の妖怪だ。撃たれた際に片目と片足を奪われたためあのような姿をしており、亡霊となった後に旅人を襲っていたところをある高僧が地蔵尊を祀って封じ込めたと言われている。』
何だか聞き覚えのある言葉に記憶を辿ると、さっきの作戦会議の時に透夜が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。そして、それにある考えが浮かんできて胸が騒いだ。
「…?それが地蔵尊の欠片だからって何の意味があるんだよ?」
なかなか状況が飲み込めないのか茫然と立ち尽くす私を見つめていた健がそう言うと、そんな健をフッと馬鹿にするように笑ったのは秀だった。
「お前、まーだわかんないの?地蔵が右手だけな訳ないじゃん。…右手があるってことは、他にも地蔵の身体の欠片があるって言いたいんでしょ?」
秀が笑いながらそう聞くと、透夜は真っ直ぐその目を見つめながら小さく「ああ」と答えて頷いた。
「ちょ、ちょっと待って!じゃあ猪笹王が「果ての二十日」じゃなくてもここにいるのって、封じ込めてた地蔵尊が欠片に…壊れちゃったからってこと?」
「…ああ、そう考えて良いだろう。」
「だ、誰が壊したの?!い、いや、それよりもどうやって壊してどうやって猪笹王の背中に刺したの!?な、何のために!?」
「それは分からないけど…だけど、欠片がまだ刺さっているのは確かなんだ。猪笹王の身体にまだ、妖気と混じっている力を感じるから…。」
馨がそう言い終わると、透夜は上着のポケットから人形の白いお札を取り出した。そして、それを宙に放るとポンポンポンっと小人の式神が現れて透夜の前に一列に並んだ。
「…何れにしても、そうとなれば時間が惜しい。手分けして欠片を探す他ないが、幸いにも欠片がここにある。これを砕いてこの式達に持たせれば欠片の元まで導いてくれるだろう。」
そう言うと、透夜は持っていた地蔵尊の欠片を秀に渡した。一瞬、秀は不思議そうな顔をしていたけど、足下に集まった小人の式神を見て理解したのか受け取った地蔵尊をバキッ!と簡単に砕いて集まった式神達に渡した。
「見つけたら回収すればいいのか?さっきみたいに一気に浄化しなくていいのかよ?」
「…欠片の小さいものなら引き抜いても溢れ出る妖気を個人で祓えるだろう。だが、先刻のように欠片が大きく笹を変色させるほどの妖気が集まっている場合は俺達が対処しなければならない。その時は俺と健を呼べば良い。…ただ、美子は傷を治すために俺達よりも格段に動き回ることになるだろう。そのことを考えると美子は誰かと共に行動するのが良いと判断するが、どうする?」
透夜のその言葉に皆の目が一斉に私に向けられて何だか裁判にかけられた悪い人みたいな気分になって胸がドキッとした。
「…え、えっと、じゃあー……け、健と、一緒に行動しようか、な…?」
慎重に考えてそう答えると、健は見るからに嬉しそうな表情で「任せろ!」と大きな声で言ってから左手をぎゅっと握ってくれた。
「健と一緒だね。分かった、じゃあ欠片を見つけて妖気を祓ったら健を呼ぶよ。」
「おう、呼ばれたら美子連れてすぐ行くな。」
「…まあ、いいや。道案内がいるならすぐ終わりそうだし、すぐ呼べばいいもんねー。」
「う、うん!すぐ治しに行くからね!」
「…決まりだな。では、分かれて探すことにしよう。美子、先刻のように妖気に当てられ具合が悪くなった場合はすぐに俺を呼んでくれ。対処しよう。」
そう言ってくれた透夜に笑顔で「ありがとう!」と返すと、まるでそれを合図としたかのように地蔵尊の欠片を持っていた小人の式神が一斉に四方へと走り始めた。
「あっ!そ、それじゃあ皆!気を付けてね!」
その後ろ姿に慌てて健の背に乗ると、軽く振り返ってそう声を掛けた。そして、軽く返事をしてそれぞれの式神を追いかけ始めた皆を見送りながら健と一緒に地蔵尊の欠片を探し始めたのだった。
………
……
…
そして、手分けして探していた私達が再び集まったのはそれから十数分経った頃のことだった。どうやら馨が大きな欠片を見つけたらしく、それを浄化するために集まったのだが…
「…はぁ、はぁ……」
十数分とはいえ、健と一緒に地蔵尊の欠片を探しながら治して、探している途中に呼ばれたらそこへ行って治してと目紛しく動き回ったから想像の倍以上に私は疲れ果てていた。
「美子、大丈夫…?」
「…だ、大丈夫……」
「嘘つき、顔色悪過ぎなんだけど。無茶し過ぎじゃない?」
発見した馨とたまたま近くにいて合流した秀に心配されながら小人の式神にもたれかかるようにして休んでいると、浄化担当の透夜が正面の葉っぱの間から現れた。
「…すまない。遅れた。美子、無事か?」
「う、うん……」
大丈夫だよとヘラッと笑うと、透夜は突然ズボンの後ろポケットから見覚えのある黒い小さな巾着袋を取り出した。
「…気分が優れないなら、これを口にするといい。」
「…と、透夜、まさか……」
嫌な予感がして冷や汗をかいていると、透夜は自信満々に頷いて巾着袋の口を開けた。
「っ!?何だそれ、くっせーな!」
「…これは俺が調合した薬を美子が口にしやすいように飴状にしたものだ。頭痛や発熱などの風邪の症状を和らげたり疲労回復に効く。恐らく以前渡した物は消費し切ってしまったと思ったため今日に合わせて新たに作ってきた。」
「はぁー?そんな素人が作った薬なんて危ないもの美子に食べさせないでくんない?お腹でも壊したらどうすんの?」
「…既に俺自身が服用しその効果は実証されている。それ故危険性はない。」
私の代わりにぎゃあぎゃあ騒ぐ健と秀に眉を顰めた透夜は、巾着袋から一つ深緑色の丸い物体を取り出して口に入れた。
「…これでいいだろう?美子、一つでも十分だとは思うが、二つ飲んでおくか?」
「っ…!!?」
害がないことを証明して少し誇らしげな透夜は巾着袋からまたあの物体を取り出して私に差し出した。だけど、あの時の苦い思い出が瞬時に蘇ってきた私は、口が痺れて迫り来るそれにいらないと言葉にすることができず涙目で首を横に振ることしか出来なかった。
「…あの、飴だったら、さっき秀から貰ったやつを食べた方が美子も元気になるんじゃないかな?」
苦い臭いがもうすぐそこまでという時にそう提案してくれたのは馨だった。そして、それにすかさず上着のポケットから飴を一つ取り出すと急いで口に放り込んだ。
「…んっ、ほ、ほんとだー!甘くてとっても美味しいなぁ!元気になったなぁ!!」
舌の上で飴をコロコロと転がしてその甘さを味わいながら元気になったアピールのために小人の式神を持ち上げると、透夜は少し残念そうな顔をしながら薬を巾着袋にしまって口を閉じた。その姿に悪いことをしたかもと思ったけど、透夜はその巾着袋を自分のポケットに戻さないで私の手に置いたのでそんな気持ちは跡形も無く消え去った。
「…話を戻そう。地蔵尊の欠片の除去だったな。」
「おう。てかオマエが話を捻じ曲げてたんだけどな。」
そう言うと私の近くにいた健と透夜は白く変色した葉っぱの元へと真っ直ぐ向かって行った。
「あっ、そうだ、ちょっと待って。秀、馨、ちょっといい?」
「ん?なーに?」
「うん。」
準備を始めた二人にこちらも対策しなければと秀と馨に声を掛けると、秀を私の前に、馨を私の後ろに立たせて前にいる秀にピッタリとくっ付いた。
「…何これ?」
「ほら、さっき風がぶわー!ってすごかったから守ってもらおうと思って。あ、馨は後ろから支えてね。だからもっとくっ付いていいよ。」
「う、うん。」
秀にそう簡単に説明してから、遠慮しているのか少しずつ離れようとしている馨の手を引っ張って守りを固めると、欠片の前で準備を終えてこちらを見つめていた二人に目線を送った。
「…当地清浄、急急如律令!」
すると、さっきと同じようにまずは透夜が呪文を唱えて白いお札を地蔵尊の欠片に向かって投げ付けた。そして次の瞬間に起こったのはさっきと全く同じで、バチバチと音が響くお札から赤黒い風と白い光の風が吹き荒れた。
「…っ、おらぁあ!!」
そして健の振り下ろした木刀が地蔵尊の欠片に触れた瞬間、強烈な風の壁が私達にぶつかってきた。
(…っ、苦しいっ、けど、でも、大丈夫…!)
勿論全身を覆う強烈な風に息苦しさはあったけど、正面から向かってくる風は秀が防いでくれるし馨が後ろから支えてくれるからさっきほど体力を奪われることはなかった。
だけど、その時だった。
『……ブハァアッハァッハッハア!!オボエテオクガイイッ!!コノウラミィ!ニクシミヲォォ!!!』
『……祈りましょう、癒えぬ貴方の御魂のためにー…』
…またあの声が、聴こえきた。遠くてぼんやりしているのに耳から離れない声に、今度こそと埋めていた秀の肩から一生懸命に顔を出した。すると、やっぱり風と光の中に健と透夜と、もう一つの人影が見えた。あの人は誰だと目を凝らしていると、まるで私の視線に気が付いたかのようにその人がゆっくり振り返った。
(……あっ……)
その光の中の人と目が合った瞬間、身体にピリッとした変な感覚が走った。そしてそれと同時に私の身体から一気に力が抜けていって掴んでいた秀の肩を離して後ろに倒れてしまった。だけど身体にそれ以上の痛みを感じなかったのは誰かが、倒れる前に私を抱き止めてくれたからだと思ったけど、目を開く力はもうどこにも残っていなかった。
…風の音がする中、誰かの必死な声を遠くに聞きながら私は意識を失ったのだった。
続く…




