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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
58/75

第23話 取引


ーーーーーーーーーーーーー






…お姉さんの言葉を最後に沈黙が漂う私達の間を冷たい風が通り抜けていった。その風に揺られて木の上から落ちる雪の音を聞きながら、私は頭の中でさっきの言葉を何度も繰り返していた。


(…「取引」……「取引」ってことは、お姉さんが知ってることを教える代わりに私にも何かして欲しいってことだよね……お姉さんがして欲しいことって何だろう…?)


だけどいくら繰り返してもその「取引」の内容が分かる訳もなくて、詳しく聞いてみようと思って口を開いた時だった。お姉さんに巻き付いていた白い式神の蛇が突然お姉さんの細い首に噛み付いた。


「っ!?と、透夜!?」


それに驚いて式神の持ち主である透夜を見ると、透夜はひどく冷たい目で雪女のお姉さんを見下ろしていた。


「…どうやら自分の立場が解っていないらしいな。何故美子が、お前のような妖怪と態々取引などしなければならない?」


『…ふふ、そこまでお疑いにならなくても宜しいではありませんか。答える代わりに命を寄越せなどと不平等な願いを申し上げるつもりは露ほどもありませんのに。』


「ふーん?だったら取引するかしないかこっちに聞く前にその願いが何なのかはっきりさせたら?目的も判んないのに取引に応じろっていう方が不平等じゃん。」


すると、秀のその言葉にお姉さんは浮かべていた笑みを消して真剣な表情になった。そして、瞬きをしてから口をゆっくりと開いた。


『…それはまだ、申し上げられません。取引をして下さると仰って頂けるのなら、その時にはきちんとお答え致します。』


お姉さんがそう言った瞬間、パキッという氷が割れるような音が耳に響いた。そして、それに続いてパキパキと不穏な音がお姉さんの身体から鳴っているのだと判ったのは、お姉さんの白くて綺麗な顔にひびが入った時だった。


「と、透夜!!ダメ!やめて!」


何とかしないとと慌てて厳しい表情の透夜に駆け寄って腕に抱き付くと、強張っていた透夜の身体から少し力が抜けるのが分かって小さく安堵の息を吐いた。


「別に止めるようなことでもねーだろ。大事なとこを答えねーコイツが悪いんだし。」


「そーそー。取引するって言った後に何とでも言えるように隠してんだから、疑われて退治されたって仕方なくない?」


安心したのも束の間、今度はそう言った健と秀を見ると怒りを滲ませた表情で今にもお姉さんに飛び掛かりそうな気配を漂わせていた。


「だ、ダメダメ!!取引したらちゃんと答えてくれるって言ってるんだから、信じようよ!!」


「だーかーらー、先にその取引の内容言わないなんてどう考えたっておかしいでしょって言ってんの。なのに取引しよう、信じようって、わざわざ自分から騙されに行くようなもんだって分かんないの?」


秀の最もな意見に一瞬言葉を飲み込んでしまったけど、お姉さんの顔に刻まれた深いひびが目に映って負けちゃだめだと首を横に大きく振った。


「で、でもでも!もし本当にわたしの命が欲しかったらさっきの猪笹王と鬼ごっこしてる時に狙うことだってできたはずだし、それにさっき首を触られた時だって冷たくてちょっとビックリしたけど、痛いこととかされてないもん!」


「何かされる前だっただけかもしんねーだろ。それがたまたま何もしてねーことになっただけで、悪い奴じゃねーなんて言い切れねーだろ。」


即座に返された健のその追い討ちに説得するはずが逆に説得されて、完全に返す言葉を失ってしまった。


(…て、手強いなぁ、この二人…!…二人…と言うか皆、さっきのこともあってか警戒心がいつもより強い、いや、強過ぎる気がするんだけど……)


今の皆の頑なな状態を見るに私の言葉では説得できないと思った。だから、こうなったらもうあの方法で押し切るしかないと覚悟を決めた。



「…?美子…?」


「………っ…ゃ、やだぁぁー!!」


全てを突っぱねるように出来るだけ大きな声でそう叫ぶと、驚いた顔で私を見上げている雪女のお姉さんに抱き付いた。


「やだやだ!!絶対取引するんだもん!!美子、お姉さんと取引するんだもん!!絶対ぜーったい!取引するもん!!」


木霊する私の声を聞きながら軽く息を整えて恐る恐る顔を上げると、驚いたような、呆れたような、何とも表現しづらい表情を浮かべた四人が私を見つめていた。


「……ねぇ、美子。恥ずかしくないの?六歳にもなって駄々こねてるなんて。てゆーか、よくその方法で押し切れると思ったね?何か俺の方が恥ずかしくなってくるんだけど。」


「うっ…!」


「おい秀、何もそこまで言うことねーだろ。」


健の言葉に少し救われはしたものの、自分でも薄々感じていたことを的確に言い当てられて固めたばかりの決意が揺らぎ出した。だけど、雪女のお姉さんのためにも引く訳にはいかないと次の作戦に打って出た。


「……あ、あのね、皆。美子、お姉さんとどうしても取引したいの……美子のお願い、聞いて欲しいなぁ…ダメ…?」


押してダメなら引いてみようと今度は、お兄様にはとても効果のある甘めのおねだりを自分で出来る限りの、全力の可愛さを声にも表情にも装って皆に仕掛けた。…だけど、努力も虚しく聞こえてきたのは大きな大きな溜息だった。


「…駄々がダメだったから今度はおねだり作戦?うん、可愛いね、よく出来ましたー…なんて言うとでも思った?てゆーか、そんなお粗末なおねだりが効く訳ないじゃん、ねぇ?」


普段からそういうやり取りに慣れているからか、秀は私のおねだりを馬鹿にしたように笑いながら同意を得るように三人を見た。


「「「……」」」


だけど視線を向けられた三人は、口を閉ざしたまま秀と目を合わせようとしなかった。その姿に、もしかして…?と小さな期待が生まれた。


「……はぁ?まさかだけど、あんなので手懐けられちゃう訳?チョロすぎて笑えないんだけど。」


「…そ、そういう訳じゃねーよ!…けど、でも、その……す、すげー可愛かったんだからしょーがねーだろ!」


「…う、うん…それに、その……前に「もっとワガママを言って欲しい」って言った身としては無下にも反故にもできないと言うか……」


「……」


秀の言葉に一番に反応したのは顔を真っ赤にしながら怒ってるような大声で反論した健で、それに賛成するように小さな声を上げたのは微かに頬を染めながらモジモジと落ち着きなく目や手を動かしていた馨だった。ちなみに、何も言わなかった透夜はと言うと魂が抜け落ちたみたいに身動きはおろか瞬き一つせずに立ち尽くしていて、秀以外の三人にはおねだりの効果が絶大であったことは言うまでもなかった。


「そ、それじゃあ!健と馨と透夜はわたしがお姉さんと取引するのに賛成なんだよね?!そしたら、4人対1人だから取引していいよね!?ね?!」


「…ま、まあ、多数決で言ったら確かにそうなるけど…」


「良い訳なくなーい?このチョロすぎお子ちゃま軍団と違って俺は心を鬼にして心配して言ってんのにさー、少数だからって無視すんの?ありえなくなーい?」


この機会を逃すものかと多数決で勝ったからという理由を付けて許可を取ろうとしたけど、おねだりが効かなかった秀は反対の声を上げた。


(…うーん、やっぱり押し切れないか……押しても引いてもダメなら、あのことで交渉してみるか……)


あと一人だけならと秀だけに効き目のありそうな作戦を考え、秀の腕を引っ張って皆から少し離れた所へ連れて行った。


「何?わざわざ連れ出して、今度はどんな作戦?」


余裕のある笑みを浮かべながらどんな策略も乗ってやらないぞと私を見下ろす秀に、顔をぐっと近付けて口を開いた。


「…秀、いつもお手紙くれる時にお祭りの時にくれた髪留めみたいな金のお飾りも一緒にわたしに送ってくれるでしょ?」


「うん。一緒に送ったお菓子はちゃーんと受け取るくせに金だけはぜーんぶご丁寧に返却してくれちゃってさ、使い道もないからそろそろ困って」


「今度のお手紙の時にそのうちの一個をお菓子と一緒に受け取るよって言ったら、どうする?」


秀の嫌味に被せるように私がそう言うと、秀は驚いたような表情で固まってしまった。その表情に確かな手応えを感じた。


…と言うのも、あの応龍祭りの後、なかなか会えない健以外の三人とは手紙や電話で何度もやり取りをしていたのだが、三人は手紙をくれる時には必ず私が好きそうなお菓子も一緒に送ってくれていた。その中で、秀だけ何故か手紙とお菓子の他に金で作った櫛や帯留といったお飾りも一緒に送ってくれていたのだが、友達記念の髪留めはもう貰っているから流石に貰う訳にはいかないなと毎回送り返していたのだ。だけどその後必ず手紙でも電話でも喧嘩となっていた「金のお飾り問題」を交渉材料として持ち出してみたというわけであった。


(…本当はあの貰った髪留めもお父様に見つかったら怒られそうだし、壊したら嫌だから押し入れの宝物箱の中にしまったままなんだけど…まあ一個くらい増えても大丈夫だよね……)


また隠しておかなきゃいけない秘密が増えることに頭が痛くなったものの、お姉さんと取引するためなら仕方ないと自分を納得させた。すると、それまで黙って考えていた秀がフッと軽やかに笑った。


「…ふーん、なるほどねぇ?まあ興味深い提案だけどさぁ…一個じゃヤダなぁ〜?今までの全部、受け取るって言うなら取引していいよって言ってあげるけど?」


「ぜ、全部っ!?そ、それはちょっと、その……」


白虎でもなければ【応龍】の当主でもないのに、そんな大量に金を貰っていたことが万が一にもお父様の耳に入ってしまったら何て言い訳すればいいのかと青ざめながら返事に困っていると、秀は何だかすごく嬉しそうな笑顔で私の顔を覗き込んだ。


「あれ?どうかしたのー?あの雪女と取引したいんでしょー?」


「……あ、あの、秀君…せめて二個とかにー…」


「全部じゃなきゃダメー。」


そう言って憎たらしいくらい綺麗な笑顔でジリジリと迫ってくる秀から逃げながら必死に考えていると、呆れたような表情の健が秀の後ろ襟を掴んで引き離した。


「ちょっと、何すんのさ。おねだり大好きガキ大将は下がっててよ。」


「オマエこそガキみてーに美子を困らせて遊んでんじゃねーよ。」


私と一緒にいるのが三人よりも長いからか、他の二人よりも早くおねだりから回復した健はいつもの調子で秀と睨み合った。それに、いつもの流れで喧嘩が始まると思ったので慌てて口を開いた。


「わ、分かった!!全部受け取るから!!だから、取引していいよね!?」


半ばヤケクソにそう叫ぶと、秀はにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべて「うん」と爽やかに頷いてくれた。その待ち侘びた返事に安心した一方で新たな悩みが生まれて素直には喜べなかった。だけど、してしまったものは仕方ないと諦めて、呆気に取られたように私達のやり取りを眺めていた雪女のお姉さんの元へと戻った。


「…お待たせしてごめんなさい。あの、そういうことですので、わたしがお姉さんと取引します。だから、全部話して下さい。」


『……本当に宜しいんですか?私のような者を信じて。』


「はい。だってお姉さん、嘘付いてるようには思えないですし、どんなに脅されても取引の内容を話さないってことは、やっぱり何か事情があるのかなーって思ったので。」


驚きに目を見張るお姉さんにだから大丈夫だと笑い掛けてから、式神の蛇を退かして貰おうと後ろに立っていた透夜を振り返って見つめた。だけど、いくら待っても透夜も式神の蛇も動く様子はなくて思わず首を傾げてしまった。


「…透夜?どうしたの?」


「……」


「おーい、とーうーやー??この白蛇さんどかしてー??」


お姉さんの身体に巻き付いて離れない式神の蛇をツンツンと指で指しながら微動だにしない透夜にゆっくり声を掛けたけど、それでも透夜は動かなかった。聞こえなかったのかなと立ち上がろうとした時、近くに立っていた馨が私の代わりに透夜の肩を叩いてくれた。


「…透夜、美子が式神退かしてだって。」


「…っ!?……あ、ああ、そう、か…」


急に肩を叩かれてびっくりしたのか、今まで見たことがないくらい肩を跳ねさせると透夜は何故か上着のポケットから人形の白い紙を取り出して宙に放った。すると、その白い紙は瞬く間にふっくらとした白い小人になって雪の上を走り出したかと思えば、私の腕にピッタリとくっついて頬をスリスリと擦り付け始めた。


「……え?と、透夜…?違うよ?式神出してって言ったんじゃなくてこの白蛇の式神をどかしてって言ったんだよ?」


「…白蛇……ああ、そうか……」


混乱しながらも間違いを指摘すると、透夜はぼんやりとした表情で曖昧な返事をした。すると、また上着のポケットから白い紙を取り出して宙に放つと、今度は白蛇が現れて雪の上を静かに這って進み、私の身体を伝って顔の近くまで登ってくるとマフラーと絡み合うように私の首に巻き付いて満足そうに私の頬にその小さな頬を擦り付け始めた。


「……透夜、違うってば……出してって言ってないよ…どかしてって言ってるんだよ……」


何がどうしてこうなっているのか解らなくてどう伝えればいいのか悩んでいると、離れた所で静かに睨み合っていた健と秀が戻ってきた。


「…?美子、どうしたんだ?それ。寒いのか?」


「ち、違うよ。透夜に「この式神の白蛇どかして」ってお願いしたら何でか解らないんだけどどんどん式神出しちゃうの…。」


「うわっ、マジで?あんなお粗末なおねだり攻撃で思考回路やられたの?お前ヤバすぎない?」


呆れを通り越して不気味な物でも見るかのような表情をした秀は、面倒くさそうに溜息を吐いて近くにいた健を蹴った。


「いって!?何すんだよ!!秀!!」


「術者がこんな状況じゃ式神なんてもう操れないでしょ。だからさっさとあの蛇斬ってこいよ。行動遅すぎ、頭悪すぎ。」


「はあ!?だったら先にそう言えよ!!いちいちムカつくことしてくんじゃ」


「あ、あー!!健!健っ!!わたしからもお願いしたいなー!!この白蛇さん斬って欲しいなー!!」


ねっ?ねっ?!と必死に喧嘩にならないようにお願いすると、健はチッと舌打ちをした後に雪女のお姉さんの前まで移動すると腰に挿していた木刀を素早く抜いて巻き付いていた式神の蛇を真っ直ぐ縦に斬り裂いた。


「ありがとう、健。」


「おう。」


お礼を言うと健は少し恥ずかしそうに短い返事をしてから私の隣にしゃがんで一緒にバラバラになった式神の紙を拾ってくれた。


「…それじゃあ、お姉さん。取引しましょう。わたしにして欲しいことを教えて下さい。必ず叶えます。だから、信じて話して下さい!」


絶対に大丈夫だと、嘘も偽りもないのだと伝えるように、真っ直ぐその雪の結晶のような瞳を見つめた。


『……』


お姉さんは何かを答えたりすることはなく、真意を探るような鋭い眼差しを私に向け続けていた。だけど、暫くするとゆっくりと目を瞑って観念したかのようにクスッと笑った。その笑顔は青空から舞い落ちてくる風花のようにとても穏やかで温かく見えた。



『……古傷を、治して頂きたいのです。』


「古傷…?」


そう繰り返すと、お姉さんは小さく頷いてから右手で自分の胸を優しく撫でた。


『…もう、何百年も前のことになります。ある年のある冬の日に、ある男にこの胸を貫かれました。私は山の崖から飛び降りて命からがら逃げ延びましたが、その男が何代も続く神職の家の者であったと知ったのは塞がることのない胸の傷をこの目で見た時でした。私は、雪に倒れた女の無念の情と美しい雪から生まれた妖怪です。ですので、例え傷を負ったとしても美しい雪さえあればいくらでも癒すことができるのです。…しかし、妖怪にとって毒となる神力は雪で消すことも薄めることもできません。そのため、始めはほんの少しだった傷も時と共に広がっていき、今ではもう、いつこの身体が崩れ落ちてもおかしくはないほどとなってしまったのです。』


ゆったりとした声で今に至るまでのことを語り終えたお姉さんは、悲しそうだったけどどこか晴れやかな表情をしていた。その顔を黙って見つめていると、お姉さんはまた私を真っ直ぐ見つめて可愛らしい笑みを浮かべた。


『…さて、昔話はこれくらいに致しましょう。あまりゆっくりし過ぎてはその猪が目を覚ましてしまいます。そうなれば、また大変なことになりますよ?』


「…えっ?それって…?」


その言葉の意味を聞こうと思ったけど、お姉さんはフラフラと立ち上がって近くの開けた場所に向かって真っ直ぐ手を伸ばした。次の瞬間、木の上や土の上に降り積もっていた白い雪が宙に浮いてお姉さんが手を伸ばした先に渦を巻くように集まったかと思えば、瞬く間に雪の小屋を作り上げていった。


『…美子様。取引の内容ですが、先程も申し上げた通りこの胸の古傷を治して頂くことが私から美子様にお願いしたいことでございます。…ですが、童であれど、あの者と同じ力、同じ性を持つ方にこの傷を見られたくはありません。ですので、傷を治して頂く際にはこの小屋の中で、美子様と私の二人だけの状態で治して頂きたく存じます。』


腕を下ろして振り返ったお姉さんは凍ってしまいそうになるくらい冷たくて鋭い目をこちらに向けてよく通る声でそう言った。そして、覚束ない足取りで小屋まで歩いて行くと扉のところにかかっていた簾のようなものを軽く押し上げて中へ入って行った。


「…あっ、えっと…それじゃあわたしも、あの小屋に行ってお姉さんの傷を治してくるね。皆はここで待ってー…」


時間もないみたいだし急いでお姉さんの後を追わないとと思って立ち上がりながらそう言った時だった。まるで待てと言わんばかりに強く手を引かれて振り返ると、そこには怪しむような表情を浮かべた健と秀が私の左手と左腕をそれぞれ掴んでいた。


「…?どうしたの?急がないと、猪笹王起きちゃうってー…」


「…あのさぁ、美子。もう少し危機感持ったら?」


「危機感?何で?」


首を傾げながらそう聞き返すと、秀と健は呆れたように大きな溜息を吐いた。


「何でじゃなくない?わざわざ小屋まで作って二人っきりになりたいってどう考えたっておかしいじゃん。」


「おかしくないよ?だってお姉さんの傷、胸にあるんだよ?女の人だったら男の子の皆に胸を見られたくないって思うのって普通でしょ?」


「それはそうかもしんねーけどさ、そもそもその傷ってやつが本当に胸にあるのかも分かんねーだろ。さっきのあの話が嘘だって可能性もあるしよ。」


「う、うーん…確かに本当か嘘かはあのお話だけじゃ判らないけど、でもお姉さんの表情とか雰囲気とか見てた感じだと嘘じゃないと思うけど…」


口々に怪しんでいる点を告げた秀と健に言葉を返しながら、またこの二人を説得しなきゃか…と悩み始めた時、それまで黙って話を聞いていた馨が小さく「あの…」と言った。


「…確かに僕もあの人が嘘を言っているようには見えなかったよ。だけど、それでもやっぱり相手は妖怪だし、何があってもおかしくはないから小屋の中で二人っきりになるのは危ないと思う。だからせめて、僕達のうち誰か一人は一緒に入った方がまだ安全だと思うよ。」


「そ、そっか……うーん…でもお姉さん、嫌だって言ってたしなぁ……」


馨までそう言うならお姉さんにお願いしてみようかと思いはしたけど、小屋に入る前のあの鋭い目を思い出してしまうとやっぱり私だけの方が良いのではないかという考えが大きくなってなかなか答えが出せなかった。


「…うーんと、えーっと……あっ!そうだ!それならさ!透夜の式神ならどうかな?式神なら男の子も女の子もないからお姉さんも嫌じゃないと思うし、何かあった時は守ってくれるからいいんじゃないかな!」


苦しみながらも思い付いたことを口にすると、無表情で少し離れた所からこちらを見つめている透夜の元へ急いで歩いて行った。


「ねえ、透夜。そういうことだからさ、わたしのこと守ってくれそうな式神出して欲しいな。」


私がそうお願いすると、透夜は少し間を空けてからしっかりと頷いてくれた。それに期待の眼差しを向けて待っていると、透夜は私の手を取ってその上に白い紙を置いた。すると次の瞬間、その白い紙がポンっとまん丸な白いネズミへと姿を変えた。


「……ん?」


「なあ、透夜。このちっせーやつ強いのか?見た感じすげー弱そうだけどよ。」


想像していたのとだいぶ違う見た目の動物が現れて固まる私に代わって健が後ろから覗き込みながらそう尋ねると、透夜はしっかり首を横に振った。


「…いや、普段は情報収集の際に使用している。戦闘能力はほぼない。」


「はあ?闘えるやつ出せよ。」


「無理無理。誰かさんのせいでこいつ思考回路ぐちゃぐちゃだから、まともに取り合うだけ無駄だって。」


呆れながら私の横に現れた秀は、そう言って私の手の平にいた白いネズミを指で弾いて吹っ飛ばしてしまった。だけど、白いネズミは雪の上に落ちるや否や、慌てて起き上がると急いで走って私の手の上に戻ってきた。


「…やっぱり、いいよ。」


仕方がないと小さく溜息を吐いて手の平に戻ってきたネズミを透夜の手に返しながらそう呟くと、振り返って小屋に向かって歩き始めた。


「美子!待てって!一人じゃ危ねーだろ!」


「危なくないよ。大丈夫だよ。」


「はあー?今のところ危なくない要素なんて皆無なんですけど。」


歩き始めた私を追いかけるように走って来たのはやっぱり健と秀で、納得のいく説明がないから心配なのか、行かせないようにと歩き続ける私の前に立ち塞がった。


「大丈夫だって。お姉さんのこと信じようよ。」


「無理に決まってんだろ!どうしても行くって言うならオレも行く!」


「無理だねー。妖怪の言うことなんて信じらんないし。行くなら付いてくから。拒否権ないから。」



…二人のその言葉に、私の中の何かがブチっと切れた感じがした。そして、気が付いた時には口を大きく開けて息を吸い込んでいた。


『…もうっ!うるっさぁあーい!!』


「「!?」」


私がそう叫んだ瞬間、私の前に立ち塞がっていた二人が目にも止まらぬ早さでその場に正座をした。


「取引するって決めたの!信じるって決めたの!!お姉さんが二人っきりがいいって言うならそうするの!!文句言わないで!!」


大声で言いたいことを思いっきり叫んで乱れた呼吸を整えるために深呼吸をすると、冷たい空気がモヤモヤと苦しかった胸の中に入ってきて気持ち良かった。


「…い、いや、美子、あのさ…やっぱ妖怪と二人っきりは危ねーと思うんだけどよぉ…」


「…別に文句は言ってないんだけど。ただ客観的に考えて妖怪の言うことなんて信じらんないてゆーか…」


胸の心地良さを味わっていると、二人は正座をしながらモゴモゴと小さな声で何か反論していた。だから、さっきのお姉さんのような鋭い目を向けてまた大きく息を吸った。


「妖怪だからって言わないの!!それに!何でそんっなにわたしがお姉さんと二人っきりになるのが嫌なの!?怖い人じゃないってこんっなに言ってるのに!!何?!羨ましいの!?お姉さんの胸がそんっなに見たいの!?えっちだ!変態だ!スケベだ!えっちなんだ!!」


「…何でえっちを強調すんのさ…」


「…別に女の胸なんか興味ねーけど…」


またモゴモゴと反論する二人にとびっきりの怖い目を向けると、二人は漸くそのよく動く口を閉ざして俯いた。そして、振り返って私達のやり取りを静かに見つめていた馨と透夜にもその怖い目を向けた。


「馨と透夜も、取引していいよって言ったんだからもう文句言わないで!ここで待ってて!分かった?!」


「う、うん。分かったよ、美子…。」


「…ああ、分かった。ならば俺も同行しよう。」


『透夜!!』


快く頷いて私に付いて来ようとする透夜の名前を呼ぶと、健と秀と同じように透夜も素早く雪の上で正座をした。


「…よしっ。それじゃあ行ってくるから!すぐ戻るから大人しく待っててね!」


やっと静かになった四人を見渡して満足気に頷くと、そう言い残して振り返った。そして、雪山の中に建つ不自然だけどキラキラと綺麗な雪の小屋を目指して一人で歩き始めたのだった。






続く…

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