第21話 共闘
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「…ねぇ秀、本当にこっちなの?」
そう私が声を掛けたのは少し急になっている山の雪道で、作戦会議を終えて三人と別れてから秀と一緒に再び山を登って猪笹王を探していた。
「そーだって言ってんじゃん。何?俺のこと疑ってんの?」
その言葉が気に食わなかったのか、私の手を引きながら先を歩いていた秀は軽く振り返って腹立たし気にそう言った。
「そ、そうじゃないけど!でも、その、さっき猪笹王と会った場所より上に登ってるから…」
気分屋だから機嫌を損ねて「やっぱりやーめた」なんて言われたら大変だと慌ててそう説明すると、秀は私をじっと見つめてからふんっと顔を山上へ向けた。
「だってしょうがないじゃん。あいつ、ずーっと動き回ってんだもん。それを追いかけてんだから、文句ならあいつに言ってよねー。」
「動き回ってるって、暴れてるような感じなの?」
「んー、暴れてるっちゃあ暴れてるけど、探し回ってるって感じ?」
秀のその言葉にやっぱり暴れることが目的じゃないんだと確信して一人で頷くと、微かな地響きと共に木の上から雪がパラパラと降ってきた。
「…あいつ、やっと気付いたんだ。おっそ。…まあいいや。美子、こっち来て。」
山上に視線を向けて小馬鹿にしたように笑いながらそう言うと、秀は私の手を引いて近くの大きな木の後ろへと隠れた。ドシン、ドシンという足音と振動が大きくなるにつれて速まっていく鼓動を勇気付けるように深呼吸をすると、そっと木の影から足音のする山上を覗き見た。
『……フー、フー……』
山の木々の間を狭そうに歩いていたのは紛れもなく猪笹王で、荒々しい呼吸を繰り返しながら何かを探すように頭を右へ左へと忙しく動かしていた。
「…猪笹王だね。良かった、発見出来て…」
「だーから言ったじゃん。てゆーか「良かった」って何?やっぱり俺のこと信じてなかったの?傷付いたんですけどー?」
「ご、ごめんってば…」
余計なことを言ってしまったと後悔しながら小声で謝ってから秀をじっと見つめると、それに私の言いたいことが判ったのか、秀は何も言わずに私に背を向けて屈んでくれた。
「ありがとう。よいしょ、っと……秀、重くない?」
「こんなんで重いとか舐めてんの?そんな無駄な心配してないで黙って引っ付いてなよ。」
かなり刺々しいけど優しい言葉に頷きながら言われた通りに黙って回した腕に力を込めると、秀は隠れていた木の影から出て颯爽と猪笹王へ近付いて行った。そして、猪笹王から十数メートル程の遮る物のない場所まで行くと、落ちていた木の枝を猪笹王に向かって蹴った。
『……フゴ!?』
その木の枝が回転しながら猪笹王の顔と一番近い木の幹に当たると、それまでキョロキョロと頭を動かしていた猪笹王が驚きの声を上げ、その枝が飛んできた先にいる私達を見た。
「猪笹王!鬼ごっこしよう!わたしを捕まえたら勝ちだよ!」
秀がうるさくないように少し首を伸ばして大きな声でそう伝えると、猪笹王は分かったと言うように空に向かって雄叫びを上げた。そして、それを合図としたかのように秀が山を下り始めると、猪笹王はその一本の足で空高く飛び上がってから山道を滑るように走って追いかけて来た。
「秀!転ばないように気を付けてね!」
「はいはい。てゆーか、美子じゃあるまいし、気を付けなくても転ばないからー。」
私の応援に面倒くさそうに返事をした秀だったけど、その横顔は何だか少し嬉しそうで思わずじっと見つめていると、見られていることに気が付いたのか私の視線から逃げるように後ろを走る猪笹王に目を向けた。
「それにしても、こうも上手く釣れるもんなんだねー。単純な奴ー。」
「単純というか素直なんだね。それに、鬼ごっこしようってお願いしたら良いよって言ってくれたから、きっと遊ぶのが好きなんだよ。やっぱり良い人だね!」
「ふーん?でもさっき、あの白いのと一緒に美子の巾着も食べてたけど、それでも“良い人”なの?」
「うっ…!そ、それは…」
そう言えばそうだったと思い出して言葉を詰まらせると、秀は上手くいったとでも言いたげな顔で「あはは!」と大きな声で笑った。するとその直後、後ろを滑るように走って追いかけて来ていた猪笹王が『グゥァァア!!』と苛立たしそうに叫んだかと思えば、片手で山の木を軽々と引っこ抜いてそれを私達に向かって投げてきた。
「えっ!?」
「美子!掴まって!」
秀のその声に反射的に抱き付く力を強めた瞬間、浮くような感覚がしたのと同時に足が空へ、頭が地面の方へ向いていることに気が付いて、そこでようやく秀が避けるために宙返りをしたのだと判った。
「…よっと。美子ー、大丈夫ー?」
宙返りから近くの木を蹴って加速をつけ、地面に降りてから何事もなかったかのように再び走り出した秀が軽く振り返ってそう尋ねてきた。
「…う、うん…でも、急にぐるってしたから、ちょっとうぇってなってる……」
「あーらら。それはお気の毒さまー。」
バクバクする心臓とグルグルする頭に気持ち悪いのだと素直に報告したけど、秀はそんな簡単な返事で済ませて走り続けた。その態度に宙返りしなくても普通に跳んで避けるだけで良かったんじゃ…という考えが小さな不満と共に浮かんだものの、ぶつからなかったから良いやと溜息を吐いた。
「秀、皆の所まであとどれくらい?」
「んー…あいつらバラバラだからどいつのこと言えば良いか分かんないけど、一番近い奴だとあとちょっとかなー。」
何でバラバラなんだろう…?と疑問に思ったけど、馨は秀のために道標を作ると言っていたし、作戦会議の後に不機嫌だった健には「透夜を案内し終わって合流出来たらおんぶして良いよ」と伝えていたことを思い出して、だからバラバラなのかと納得して頷いた。
「そっか、じゃあ馨や健とは早く合流できそうだね、良かったぁ…。秀も、もうちょっとで皆と会えるから頑張ってね!」
「……別に?俺一人でも全然平気だけど。」
皆との合流を喜ぶ私とは裏腹に、突然声が冷たくなった秀に驚いてその表情を見ようと顔を近付けた時だった。それまで真っ直ぐ前を走っていた秀が急に跳び上がったかと思えば、さっき木を避けた時のように空中で体を回転させ、地面に着いた時にはそれまでとは逆の、迫り来る猪笹王の方へと走り出していた。
「……え、えっ!?ど、どうしたの!?反対だよ!秀!!」
宙返りをした時に前と後ろを間違えたのかと慌てて顔を覗き込むと、秀は真っ直ぐ前を見据えたまま不敵な笑みを浮かべていた。
「…やっぱやーめた。逃げんのってダサいよねー。だから、俺一人であいつ倒すね。」
その言葉にダメだと返そうとした瞬間、秀が地面を蹴ってまた身体がふわっと浮かび上がる感覚に襲われ、叫ぶ代わりに必死にしがみついた。
『…フゥゥウ……グァァアァ!!』
「あはは!おっそ!残念でしたー。」
近寄って来る私達を捕まえようと伸ばされた腕を空中で器用に避けた秀は、そう言って笑いながらその腕の上を走り、猪笹王の左の頬に強烈な蹴りを一つ食らわせた。
『…グゥウ!!ガアアァァア!!』
秀の蹴りによろめきながらももう一方の腕を振り回してくるのを避けながら、秀は離れた場所の木の枝に飛び乗って距離を取った。
「しゅ、秀!!ダメ!!皆でって約束でしょ!?」
「そんなの知らなーい。まあ大丈夫だって。猪なら何回も狩ったことあるし、このウスノロくらいすぐボッコボコにできるよー。」
今しかないと服を引っ張りながら大声でそう言ったものの、秀は私の言葉をさらっと受け流して自信たっぷりな笑顔をその言葉と共に返して私を背負い直した。そして、再び猪笹王が私達に向かって手を伸ばしたのと同時に木を蹴って素早く背後に回り込み、緑の草が生え茂っている首の後ろに蹴りを入れた。
『ウグッ!?グゥギャァァア!!!』
その蹴りにさっき頬を蹴られた時とは明らかに違う反応を見せた猪笹王は、オコジョを食べた時と同じような苦しそうな叫び声を上げて、八つ当たりでもするかのように周りの木々を殴り倒した。
「あはは、暴れてんねー。手も足も出ないから怒ってんのかなー?カワイソーにね。」
「怒ってる、のかな…?すごく痛そうだけど…」
巻き込まれないように再び離れた所から猪笹王の暴走を二人で見つめていると、鼻から湯気のような白い息を荒々しく吐き出した猪笹王が悲鳴染みた叫び声を上げながらこちらへ駆け寄って来た。
「あーあ、そのまま一人で暴れてれば見逃してやったのに、ほーんとカワイソーな奴。」
「あっ!待って!しゅ」
止めなければと気付いた時にはもう遅くて、秀は襲い掛かる猪笹王に向かって行っては振り下ろされた三つ指の手をギリギリで避けると、そのまま下から突き上げるような蹴りを猪笹王のお腹に食らわせた。
『グゥゥウ…!!』
「…うわっ、最悪なんだけど!!」
お腹を蹴られたからか、猪笹王の口から吐き出された涎に顔を歪めた秀は、その腹いせとばかりに猪笹王の顎を蹴り上げて勢いそのままに空高く跳び上がると、もう一度猪笹王の左頬を蹴ってその巨体を軽々と吹っ飛ばした。
「あっはは!!こんなもん?よっわ!!」
「しゅ、秀!待って!ダメ!倒しちゃダメ!」
このままじゃ本当に倒してしまうと焦って叫んだけどもう秀の耳には届いていないようで、ふらつきながら起き上がろうとする猪笹王へ迷わず駆けて行った。
「じゃっあーねー、バケモノー。」
「秀!!」
弱った獲物を前に獰猛な笑顔を浮かべる秀はまさしく狩りをする獣そのもので、止めを刺そうと木の上から飛び降りて猪笹王の首へ足を振り下ろそうとした時だった。
『…ゥウゥァァアァァア!!』
「!?!?」
突然、俯いていた猪笹王が私達の方に顔を向けたかと思えば、大きく開かれた口から圧迫されそうな低く重い声と共に足や目が欠けた小さな猪達が群れとなって飛び出して来た。
「…くっ!!」
まさかの出来事で、しかも空中という事もあって流石に全部は避けきれなかったのか、口から飛び出して来た一頭の頭突きが秀のお腹に命中して秀は体勢を崩した。
「…っ!秀!だいじょ」
秀越しに伝わってくる衝撃に耐えながら、苦しそうな声を上げた秀の名前を呼んだ時だった。秀が体勢を崩した隙に別の猪が私の上着の肩を噛み、そしてそのまま真っ直ぐ走り出した。
…絶対にやってはいけないと解っていたのに、予想外な出来事への驚きと猪の引っ張る力の強さに秀を掴んでいた手を呆気なく離してしまった。
「っ…!?美子っ!!」
私が手を離してしまったことに気が付いた秀は、地面を背にしながら落ちていく私にすぐさま手を伸ばした。
『…グゥオォォッ!!!』
だけど、秀の手が触れそうになった瞬間、邪魔だと言わんばかりに猪笹王がその岩のような拳で秀を殴り飛ばした。
「っ!!しゅ、うっ…!!」
もろにその攻撃を食らって凄まじい勢いで木に打ち付けられた秀の名前を叫ぼうとするも、私も雪の積もった地面に叩き付けられて全身に鋭い痛みが走った。
「……っ、うっ…ゲホッ!ゲホッ!」
どこか遠くから聞こえる湿った咳に失いかけていた意識を取り戻すと、白くぼんやりした視界の中に大きな黒い影が地面を揺らしながら近付いて来ていた。
(……あれは、猪…?…あっ、そうだ…私、秀と、罠の所まで、鬼ごっこしてて…それで……)
朦朧とする記憶を辿って今の状況をゆっくり思い出すと、こんな所で寝てる場合じゃないことに気が付いて、骨という骨が折れたように痛む身体を必死に動かした。
(…逃げ、なきゃ…あと、少し、だ、から……)
何とか罠の所まで行こうと雪の上を這って移動するものの、全身が痛くて立ち上がって走ることも出来ない状態では無意味な抵抗でしかなかった。
『………』
そして、大きな影に覆われて振り返った時には猪笹王の大きな三つ指の手がゆっくりと私に伸ばされていた。
「……っ、美子っ…!!」
痛みに顔を歪めながら必死に私の名前を叫んだのは猪笹王に殴られて木に打ち付けられた秀で、ヨロヨロと立ち上がると地面を蹴って走り出した。
(…ダメ、秀……ケガしてるのに…来ちゃ、ダメ…!)
猪笹王の手がもうすぐそこまで迫っているけど、捕まる恐怖よりも遠くから走ってくる秀のケガの方が心配で来ないでと必死に願いながら目を強く瞑った。
…シュッ!!
『…ウグゥッ!?』
…目を瞑った次の瞬間に聞こえてきたのは軽い何かが風を切る爽快な音で、驚いたような悲鳴と共に目を開くと私に伸ばされていた猪笹王の手には一本の白い雪の矢が深々と刺さっていた。
「…あっ!」
その雪の矢にまさかと思って下り道の方に顔を向けると、肩で息をしながら雪の弩を構える馨が立っていた。
「美子っ!!!」
馨の名前を呼ぶ間もなく聞こえてきた声に今度は顔を空の方へ向けると、木の上から雪と一緒に健が現れて猪笹王の頭を木刀で思いきり振り切った。
『グッ!!グゥゥウ…!!ガアァァアッ!!』
「…きゃっ!?」
健に頭を叩かれ倒れそうになりながらも猪笹王は気力を振り絞るように叫ぶと、雪の上で倒れている私を乱暴に掴んで町の方へと走り出した。
「美子っ!!」
「…チッ!くそっ!!」
もう一度攻撃を加えようと構えていた健と、その隙に雪の上で動けない私を助けようとしていた秀が猪笹王に向かって口々にそう叫ぶと、地面を蹴って逃げる猪笹王を追い掛け始めた。
「美子!!…って、うお!?」
そんな声に苦しくて瞑っていた目を開いて見ると、姿を消していた猪達が再び木や雪から現れて猪笹王の後を追う健と秀に襲い掛かっていた。
(…っ、な、何とかして逃げ出さないと…でも、う、動けないっ!)
いくら足が速いとは言え、その襲い掛かる猪達をかわしたり倒したりしながら追い付くのは流石の二人でも難しいようで、どんどん離れていく二人に焦りを感じた時だった。シュッ!という風を切る音が再び聞こえて来た次の瞬間、真っ直ぐ走っていた猪笹王の身体がグラッと右へ大きく傾いた。そして、そのまま雪の上へ倒れた猪笹王は、起き上がると膝に手を置いて何かを引き抜いた。
(……あれは、雪の矢…?)
目を凝らして引き抜いたそれの正体を確認すると、猪笹王は矢が射られた先を睨んでそれを投げ返した。
「っ…!」
光のような速さで投げ返されたそれをギリギリで避けたのは雪の弩を手にした馨で、背中の矢筒から矢を一本抜いて弩に番えようとした。だけど透夜に即席で作って貰ったからか、矢を番える前に雪の弩が一人でに割れて粉々に砕けてしまった。
「あっ…!?」
『グゥオオォオ!!!』
驚く馨に向かって猪笹王が苛立たしげな声で叫ぶと、木の影から猪が音もなく現れては馨目掛けて突進した。その突進してくる猪に馨は持っていた雪の矢を投げて応戦していたけど、もう一頭の猪が馨の背後の木から現れて襲い掛かった。するとその時、白い雷のような光が目の前に広がったかと思えば、白い大きな犬が空中を稲妻のような速さで駆けて馨に突進しようとしていた猪に噛み付いた。
「…爆ぜろ。」
落ち着いた声が響いた次の瞬間、猪に噛み付いていた白い犬が雷を放ちながら猪と共に花火のように弾けて姿を消した。そしてそれと同時に、私の近くでも同じような雷の音が聞こえたと思ったら、猪笹王が悲鳴を上げ、それまで身体を縛っていた三つ指の手が開いて身体が地面へと落ち始めた。
「…っ!」
また地面に叩き付けられるかもと痛みを覚悟して目を瞑った。だけど、地面に落ちる寸前に私を抱きとめた腕に慌てて目を開くとそこには焦ったような表情を浮かべる健がいた。
「美子!!無事か!?」
「…け、んっ…!」
見知った顔がすぐそこにあって安心したからか、涙声で名前を呼びながら健に抱き付くと、健は安堵の息を吐きながら勇気付けるように私の背中を優しく叩いてくれた。
『…ゥガァアァ!!グギャァア!!』
安心したのも束の間、健の後ろから聞こえてきたのはそんな怒り狂ったような叫び声で、猪笹王がまるで返せとでも言わんばかりの勢いで追いかけて来ていた。
「うおっと!あぶねー!」
そう言って突進して来る猪を避けた健を見て、私を連れて逃げる人は猪笹王から逃げるだけでなく何処からともなく現れる猪達の相手もしなければならないというかなり大変な役割であるということに、自分の考えの甘さが嫌というほど突き付けられて思わず顔を歪めた。
「っ…!おいっ!オマエら!!ぼーっとしてねーでさっさとそのブタ共片付けろよ!!」
「うるっさいなぁ…!今やってんだから黙ってろよ!!」
「…お前に言われずとも分かってる…!」
私を抱えて逃げる健を追い掛ける猪笹王と猪の群れ、そしてそれを追い掛けながら周りの猪達を倒していく秀と透夜。三人のその切迫した表情とやり取りに、この状況を早く何とかしないとと必死に頭を動かした。
(…本当なら、罠の所まで行くのが一番良いけど、だけど、ここからどれくらい離れてるのか分からないし、あの倒してもすぐに現れる小さい猪達をどうすればいいのかも分からないような状況じゃ罠の所へ着く前にまた誰かが怪我をするかもしれない……それならいっそ、一か八かでー…)
終わりの見えない攻防にこれ以上誰かが傷付くくらいならとあることを考え付くと、健の耳に顔を近付けて口を開いた。
「…健!戻って!馨のいる方に戻って!」
「…は、はあ?!何でだよ!!罠のとこに行くんだろ!?」
健にだけ聞こえるように、だけどなるべく大きな声でそう言うと、健は驚きいっぱいの声と表情でそう聞き返した。
「ううん、罠のところには行かない。ここで猪笹王と闘おう。」
「え、い、いや、でも……良いのか…?倒すのは嫌なんだろ?」
猪達の突進攻撃と猪笹王の振り回される腕を避けながら私を真似るように小さな声で言葉を返してくれる健の目をじっと見つめた。
「うん。だけど、大丈夫。皆で力を合わせれば、絶っ対大丈夫!」
健を説得するというよりも、自分の考えは間違ってないはずだと自信たっぷりに笑ってそう言うと、健は一瞬驚いたような表情をしてから根負けしたかのように笑った。そして、真剣な表情を浮かべた次の瞬間、前から突進して来た猪の頭を踏み台にして高く跳び上がると、伸ばされた猪笹王の手と頭を次々と蹴って猪笹王の背後に降り立ち、今来た道を戻り出した。
『ングッ!?』
「はぁ!?」
「なっ…!?」
健のその行動に、同じ方向を目指して走っていた全員が驚きの声を上げながら慌てて止まり、競い合うように後を追い掛け始めた。
「あっ!馨っ!!」
「…えっ…?」
思っていたよりも早く馨を見つけることができた嬉しさに笑顔でそう名前を呼ぶと、馨は私達を見るや否や、何で戻って来たのか分からないという表情で固まってしまった。
「み、美子?!な、何で戻ってー…」
「馨!お願い!猪笹王の“弱点”を見つけて!!」
戻って来た理由でもあるお願い事を大声で伝えると、馨は益々驚きと困惑の表情を浮かべて躊躇いがちに口を開いた。
「…ご、ごめん。美子。僕には、弱点なんて…分からないよ…。」
「大丈夫だよ!だって馨、お祭りの時にくじ屋さんで「当たりが光って視える」って言ってたでしょ?だから!それで弱点もー…わっ!?」
くじ屋さんにとって当たりは弱点みたいなものだから、その力を使えば猪笹王の弱点も判るかもなんて半ば強引な考えを、突進してくる猪を避けるために途中にはなってしまったけど早口で何とか伝えると、馨は大きく目を見開いてから黙り込んでしまった。俯きながら考える姿に、やっぱり無茶なことをお願いしてしまったかも…と心配になり始めた時だった。
「…分かった。やってみる…!」
そう言って顔を上げた馨の表情にはまだ少し不安そうな気配が残っていたけど、その目には覚悟の色がしっかりと映し出されていた。そして、地を蹴って真っ直ぐと猪笹王の方へ走っていくと背中の矢筒から雪の矢を二本取って素早く投げた。
『ングッ!?グゥァァア!!』
その矢が猪笹王の右の脇腹と腿の右側に突き刺さると、猪笹王は一瞬びっくりしたかのように身体をビクッと震わせてから腹立たしげに拳を馨へと振り下ろした。
「馨っ!!」
「わっ!?」
さっきの秀みたいにまた殴られると慌てて大声で名前を呼んだ時だった。猪笹王の拳が馨の頭上ギリギリまで迫った時に、白い何かが馨を背に乗せて拳の下を風のような速さで走り抜けて行った。
「鳥…?あっ!透夜!」
馨を乗せて宙を駆け回る白い鳥に、つい数分前の似たような光景を思い出して辺りを見渡すと、木の上で人差し指と中指を真っ直ぐ立てて口の前に置く透夜を見つけた。
「…敵をよく見ろ。闇雲に打っても意味は無い。」
「っ…、ごめん。でも、ありがとう。」
透夜の言葉に少し表情を曇らせたものの、お礼を伝える時にはすっかり頼もしい顔付きになっていて、猪笹王を見つめる目は本物の朱雀のような鋭さを帯びていた。
『…フゥゥー…!グガァ!!』
「…っ!!」
振り下ろした拳をゆっくりと持ち上げて私達を再び追い掛けようとする猪笹王に、透夜の白い鳥に跨りながら近付いた馨は果敢に猪笹王の顔の前に躍り出ると、最後の矢を取って放った。その矢が真っ直ぐ空を翔けて猪笹王の目の上に突き刺さると、馨は大きく目を見開いてから口を開いた。
「健!側頭部だ!!右の側頭部!あと、腰の左側を突き上げるように殴ってくれ!!」
「は、はあ?!そ、そくとうぶってどこだよ!?」
「チッ…!こめかみってことだよ!駄犬!!」
名前を呼ばれ、追い掛けてくる猪達を跳んでかわした健が猪笹王の方へと戻りながらそう返事をすると、暫く小さい猪達の相手をしていた秀がそう怒鳴ってから地を蹴り飛び上がった。そして、迫り来る猪達を足場にしながらそのまま猪笹王の顔の近くまで駆け寄ると、馨が言っていた右の側頭部に強烈な蹴りを放った。
『…グゥフッ…!?』
その一撃に、猪笹王は大量の涎を吐き出して目を揺らしながら体を大きく左へ傾けた。それにすかさず背後へ回り込んだ秀は、地面を蹴って馨が言っていたもう一つの弱点である腰の左側を突き上げるように蹴り込んだ。
『……フグッ…ガァッ…!!』
「透夜!!あとは頼む!!」
秀の蹴りを食らって勢いが弱まったのは明らかだったけど、それでもまだ何とか耐えようとする猪笹王に馨がそう叫んだ。すると次の瞬間、白い雪が木の上から猪笹王に降り落ちた直後、雪と共に木の上から飛び降りた透夜が猪笹王に向かって電気を纏ったお札を三枚放った。
「破邪放雷、急急如律令っ!」
透夜がそう唱えた次の瞬間、白い雷がまるで蛇のように暴れながら耳が痺れる程の轟音と共に猪笹王の全身を包み込んだ。
…白くて眩しい光が目を奪う中、おぞましい獣の断末魔の叫び声が山に響き渡って地を震わせたのだった。
続く…




