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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
54/75

第19話 暴走


ーーーーーーーーーーーーー






「…っ、はぁ、はぁっ…!ま、待ってー!!」


息を切らせながら大声でそう叫んだのは町の最北にある北上山で、誰も踏んでいない綺麗な雪に何度も足を取られながら懸命に私の巾着を盗んだオコジョの後を追っていた。


「はぁ、はぁっ…わわっ!?」


「っ!…大丈夫?美子。」


「あ、ありがとう、馨…。」


転んだ私を咄嗟に受け止めてくれた馨にそうお礼を返すと、振り返って雪に埋まった長靴を引き抜いた。


(…雪で濡れると思ったから長靴にしたけど、紐の付いた靴の方が良かったかな…靴下びしょ濡れになっちゃったし……まあ、巾着を取られちゃった私が悪いんだけど、でも…“あれ”さえなければこんな所にまで来なくて済んだのになぁー……)


雪の上に座って長靴を履き直しながらそんなことを考えると、溜息を吐きながら呆れた目をオコジョの方へ向けた。



「…おっしゃあ!捕まえー…っうお!?あっぶねーな!!さっきから何してんだよ!!秀!!」


「名前呼ばないでよ、ムカつくから。てか駄犬はおすわりしてなって。これは俺が捕まえー…っ!?あっぶな!!…お前さぁ、さっきからどこ投げてんの?!」


「…退け、美子が待っている。これ以上邪魔立てするなら容赦はしない。」


「ジジッ!」


…そう、この光景こそあのオコジョをこの北上山まで追い掛ける羽目になった原因そのものだった。足の速い健や秀がいるのに何故たった一匹のオコジョが捕まえられないのか、それはあの三人に協力するという考えが皆無で延々とああやってお互いを妨害し続けていたからだった。


(…オコジョは一匹しかいないのに三人で別々の方法で捕まえようとしてもダメって気付かないのかな……絶対協力した方が早いと思うんだけど……)


蹴りやらお札やらが飛び交うというもはや見慣れた光景に頭を抱えた時、雪の上は危険だと判断したのか山を駆け登っていたオコジョが急に近くの大きな木の幹に飛び付いて真っ直ぐ上へと走って行った。


「ぅおっと!って、逃がすかよ!!」


それに一番始めに反応したのは透夜の蛇の式神を迫り来る秀に向かって打ち払ってちょうど二人から距離を取った健で、さっきの神ヶ森の時と同じように颯爽と木を駆け上っていった。そして、駆け上るオコジョに追い付き木刀を振りかぶった瞬間、木の下から白い犬の様な式神が飛んで来て健を襲った。


「あっぶねっ!?」


噛み付かれる寸前に木を蹴って攻撃を躱した健が睨む先には真っ直ぐ立てた人差し指と中指を口元に置いて鋭い目線を向ける透夜が立っていた。


「…っ!透夜ぁ!!オマエもさっきから狙う相手間違えてんだよ!あとちょっとで捕まえられんだから邪魔すんな!!」


「…俺が狙っていたのはあの害獣だ。憎むならその前で彷徨いていた自分を憎め。」


「!?ちょ、ちょっと待ってー!!皆、一回落ち着いー…」


「………はぁーー…うっぜぇなぁ…」


いよいよ漂い始めた険悪な雰囲気に慌てて口を挟んだのと同時に聞こえてきた溜息に背筋を凍らせた。そして次の瞬間、朽木の所でさっき健が打ち払った蛇の式神に拘束されていた秀が朽木を蹴り倒して拘束を解き、オコジョの木の下にいる透夜へ一直線に飛んで行った。


「っ!?」


一瞬驚いたように目を見開いた透夜は足場にしていた箱型の結界から滑り落ちるような形で秀の拳を避けた次の瞬間、その放たれた秀の拳が木の幹に当たってバキィィッ!という物凄い音を響かせた。


「…あっ!?」


そして、その音が響き終わるやいなや、今度はバキバキという音と共に支えを失った大木がゆっくりと後ろへ倒れ始めた。


「ジジッ!?」


再び危険を感じたのか、枝の上で大人しく三人の攻防を見つめていたオコジョが急に慌てふためき、そしてどうとでもなれとでも言っているかのように倒れる木を蹴って空中へ飛び上がった。


「あっ!こっちに来る!!」


「…!?美子待って!何か来る!!」


落ちてくるオコジョ目掛けて走り出す私に馨がそう叫んだけど、飛んで来ているのはオコジョだったし、何より早く捕まえてこの無益な争いを終わらせたかったから構わずに走り続けた。


「よしっ!捕まえ」


走りながら手を伸ばして落ちてくるオコジョを受け止めようとした時だった。


…空に浮くオコジョの遥か上、白くて眩しい太陽に黒い影が見えたと思ったらその影がどんどん大きくなっていった。


(…何だろう?あれ…いや、でも、それよりもー…)


眩しさに目を細めながら、大きくなっていく黒い影と風を切る音に、それが私に近付いてきているのだと漸く判ったけど、判ったとしてもその大きさと落ちてくる速さにもう避けようがなくて、ただ茫然とその影を見つめてしまった。


「美子っ!!」


「っ!!?」


切迫した声に名前を呼ばれて振り向こうとしたけど、それよりも先に強い衝撃と共に身体が浮くような感覚がした。そして、そのすぐ直後にドォォオォン!!という凄まじい音と振動が響き、雪煙が白い壁のように舞い立った。






「……うっ…」


「美子!!大丈夫か?!」


突然の体当たりの勢いそのままに雪の上を転がり続けて漸く止まった頃に恐る恐る目を開くと、私と同じように雪まみれになった健が心配そうな目で私を見つめていた。


「…だ、大丈夫…ありがとう…」


目が回って少しクラクラとする頭に顔を歪ませながらお礼を伝えた時、舞い立った白い雪煙の中からあの「ジジジッ!」という鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声に、もしかしたら避けきれずにあの黒い影の下敷きになっているのかもしれないと慌てて起き上がった次の瞬間、言葉を失った。



…雪煙の奥に佇む黒い大きな影は、【玄武】の地で見たあの巨人の妖怪よりも背が高く、岩のような筋肉をまとった身体には茶色い獣のような荒々しい毛が生えていて、その巨大な身体を支えるのは山の木の幹よりも太い一本の脚、そして猪のような頭には大きな目が一つあって背中には緑の葉っぱが(たてがみ)のように生えていた。


「…ジィ、ジジッ!」


目の当たりにした影の正体に呼吸すら忘れて動けずにいると、またあの鳴き声が聞こえてきた。その声に目を凝らしてみると、あのオコジョが巾着を咥えたまま猪の巨人に尻尾を掴まれて宙吊りになっていた。


「ジジジジ!ジジッ!」


『……』


必死に身体をくねらせて逃げようとするオコジョを猪の巨人は何も言わずにその一つの目でじっくり眺めていた。すると突然、オコジョを持つ手と顔をゆっくり上に動かして口を大きく開けたかと思えば、オコジョを掴んでいた手をパッと開いたのだ。


「……あっ…!」


雪が舞い落ちるようにゆっくりと落ちていくオコジョに思わず声を上げたけど、それで何かが変わるはずもなく、あの白いオコジョと私の巾着は猪の口の中へ落ちていってしまった。


『……ングッ!?…グッ、グゥゥ…!!グギャァァアァアッ!!!』


すると突然、口を閉じてご飯でも食べるかのようにモグモグと顎を動かしていた一つ目の猪が、苦しみもがくように叫んで山の木を幾つも折っては倒して走り回り、狂ったように暴れ出した。


「わ、わわわっ!」


「っ!何なんだよ、アイツ!!」


大きな猪が暴れ回るお陰で地面が揺れて動くこともままならない私を、木の上から落ちてくる雪から庇いながら健がそう叫んだ。するとどう言う訳か、あんなに鳴き喚きながら暴れ回っていた猪がピタリと動きを止めた。そして、ゆっくり私達を振り返って見ると、空に向かって叫んでから荒い鼻息を吐きながら一直線にこちらへ走って来た。


「えっ!?」


雪煙を上げながら凄まじい速さで近付いてくる巨大な猪に何とか逃げないとと思って健の手を握ろうとすると、健は何故か私の手から逃げるように静かに立ち上がって木刀の柄に手を置いた。その逞しげな後ろ姿に、とても嫌な予感がした。


「け、健…?」


「…真っ向勝負とは良い根性じゃねーか。いいぜ、受けてやっから来いよ!ブタァ!!」


迫り来る猪に向かってそう言う健は何だかとても楽しそうで、逃げようと言うのが悪いことのように思えるほどだった。


『フギィィィイィ!!』


「っ…!」


狂気染みた叫び声に思わず顔を歪めて耳を塞いだ。そして、もうすぐそこまでに迫った大きな一本足の猪に恐怖を感じて強く目を瞑った。


『……フゴッ!?』


だけど、次の瞬間に聞こえてきたのはそんな鳴き声とドッ!!っという鈍い音で、目を開くと顔の前で腕を交差させながらゆっくり後ろへ倒れる猪とその腕に強烈な蹴りを入れている秀がいた。


「おい!!邪魔すんなよ!秀!!」


「お前こそ邪魔ー。こいつは俺が倒してあげるからさぁ、お前はさっさとしっぽでも巻いて逃げれば?」


雪の上に降り立ってそう言った秀は、小馬鹿にするように笑って健を見た後に私を見てニコリと笑った。


「だーいじょーぶ、分かってるって。巾着でしょ?それならちゃーんと取り返してあげるから安心してよ、美子。」


「……へ?…あ、う、うん…」


「何言ってんだ、美子の巾着はオレがアイツから取り返すんだよ。オマエこそ黙って見てろよ。」


その言葉を最後に睨み合う健と秀の険しい剣幕に協力しようよとは流石に言えなくて、頼むから喧嘩には発展しないでくれと一人冷や汗をかきながら目の前の二人を見つめていた。


『……グゥゥウアアァッ!!』


すると、いつの間に起き上がっていたのか、あの猪が叫びながら私達に近付いてきていて、大きな三つ指の手がすぐそこまで迫ってきていた。


「あっ…!?」


『フゴッ!?』


驚いて声を上げたのと同時にまた同じような鳴き声を上げたと思ったら、今度は白い猪のようなものがその一本足の猪の胸辺りに体当たりをして、大きな猪は雪煙を上げながら再び雪の上にひっくり返った。


「…敵の前で油断をするな。【青龍】と【白虎】ではそんな初歩的なことも教わらないのか?」


地響きが鳴り止む頃に聞こえてきた声に振り返ると、呆れを感じさせる表情をした透夜が立っていた。


「はぁーあ?油断なんてしてないんですけどー?あいつが起き上がってることなんてとっくに気付いてましたけどー?気付いてなかったこいつと一緒にしないでくんなーい?」


「ああ?オレだって気付いてたっつーの。つか、透夜。オマエもこれ以上邪魔すんなよ。あのブタはオレが倒すんだからな。」


「…笑わせるな。ああいった類いとの闘いに不慣れなのは一目瞭然だ。故に俺が奴を倒す。お前らは足手纏いだ、下がっていろ。」


何とも威圧的で挑発的な言葉に場の空気がより一層張り詰めたのが嫌というほど判って頭を抱えてしまった。するとその時、雪の上に倒れているあの猪がまた空に向かって荒々しい声で叫んだ。次の瞬間、山の雪や木のあちこちから音もなく足や目の欠けた猪が現れては一斉に私達目掛けて走り出した。


「えっ!?ど、どうしよー…」


こちらへ向かって一直線に駆け寄ってくる猪の群れにどうやって三人の手を握って逃げようか悩んでいると、私を囲むようにして立っていた三人がその猪の群れに向かって走り出した。


「…えっ!?ちょ、ちょっと!?」


「心配すんなって、美子!何匹いようがオレがぜってーあのブタを倒してやっから!!」


「まーだそんなこと言ってんの?あいつ倒すのは俺だから。良い子で待っててねー、美子。」


「…すぐ方を付ける。任せてくれ、美子。」


私の呼びかけにそう返した三人はどこか楽しそうで、迫り来る猪達を競い合うように倒しては一番奥でのっそりと起き上がっている一つ目の猪へ向かって行った。


『…グゥゥウ…フゥー、フゥー…』


「……あれ?」


「美子。」


険しい表情で荒々しい呼吸を繰り返している一つ目の猪に妙な違和感を覚えて首を小さく傾げた時、後ろから小さな声で名前を呼ばれた。それに振り返ってみると、私のすぐ後ろに心配そうな表情を浮かべた馨が立っていた。


「あっ!馨!良かった!ケガしてない?」


「うん、僕は大丈夫だよ。美子こそ怪我してない…?」


「うん、さっきまでちょっとクラクラしてたけど、もう大丈夫だよ。」


笑顔でそう言うと、馨は安心したように息を吐いて私の手を握った。


「…三人が闘ってくれているうちに、山を下りよう。ここにいたら危険だよ。」


「…えっ、あっ、うん…」


馨のその言葉に頷いて立ち上がったものの、何かが心に引っかかってもう一度振り返った。


「おっしゃあ!覚悟しろよ!ブタァ!」


「あっはは!どっから殴ってやろーかなぁ!」


「…案ずるな、一瞬で終わらせてやる。」


『…グゥゥ、グゥァァア!!』


小さな猪達を倒し終えて最後に残った一番大きな猪へ迫っていく三人を睨みながら叫んだその苦しそうな声に、このまま闘わせてはいけないような気がした。そして、それに突き動かされるまま急いで繋いでいた手を放すと、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


『待って!!闘わないで!!』


「「「!?」」」


私がそう叫んだ瞬間、一つ目の猪へ攻撃を繰り出そうとしていた健、秀、透夜の三人がピタリと動きを止めて弾かれたように猪から距離を取った。


「美子!?なんで」


「一回逃げよう!!だから、誰かもう一回その猪を転ばせて!!」


疑問と驚きに満ちた顔で私を見つめる三人に向かってそう言うと、舌打ちをした秀が木を蹴って猪の元へ飛んでいき、そのお腹に強烈な蹴りを入れた。蹴りを食らった猪はバランスを崩したようにゆっくり後ろへ倒れて地響きと共に白い雪煙を舞い立たせた。


「よ、よしっ!今のうちに逃げよう!!皆こっち!」


転んだの確認してから大きな身振り手振りでそう言うと、近くにいた馨の手を握って真っ白な山道を走って行ったのだった。






続く…

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