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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
53/75

第18話 御詞巡り


ーーーーーーーーーーーーー






「お財布お財布っと……あ、お年玉もちょっと持っていこうかな?」


森で皆と思いがけない再会を果たした後、教えてもらった「御詞巡(みことばめぐ)り」に参加する支度を整えるために私は一度家に戻って来ていた。


(…荷物はこれで大丈夫。部屋はー…うん、帰って来たらちゃんと片付けよう。)


巾着の口を閉じてから散らかしたままになっていた部屋を見渡して苦笑いを漏らしたものの、今はとにかく皆と遊びたかったので畳の上にある布団や脱いだ服を部屋の隅へ簡単に寄せて先生やお手伝いさんに見つかりませんようにと手を合わせてお願いした。


「よしっ!それじゃあ裏門に行こー…」


準備は整ったと机の上に置いていた巾着を手に取ろうとした時、机の引き出しからちょろっと垂れている白い紐が目に入った。何だろうと不思議に思いながら引き出しを開けてみると、文房具や折り紙と一緒に入っていたのはあの一ヶ月かけて作った不恰好な御守り達だった。


(…そう言えば渡したくて作ってたんだよね…でも、上手に出来なかったから諦めて、それでここに……)


改めて見てもやっぱり歪な形の御守りだったけど、久し振りに見た皆の顔を思い出すとある考えが湧いてきて胸を高鳴らせた。


(……もしかしたら、こんなのでも……でも迷惑かも……いやでも、折角作ったから……でもでもやっぱり……)


暫くの間、御守りを手に持ったり引き出しに戻したりを繰り返しながら悩んだ末、時間が勿体ないと半ばヤケクソのように巾着に入れると紐を引っ張って口を閉じ、マフラーを首に巻いて部屋を後にした。




………

……




「…よっと!皆お待たせ!」


雪で転ばないように気を付けながら何とか裏門の所まで辿り着き、門を開けてそう言うと応龍祭りの時と同じように竹垣を背にしてしゃがんで待っていた四人がばらばらと立ち上がった。


「そんな待ってねー…って、んっ?美子のそれ、ばあちゃんから貰ったやつか?」


門から一番近い所にいた健がそう言って指差したのは私が持っていた巾着で、それに気付いてもらえたことが嬉しくて元気良く「うん!」と答えた。


「素敵な巾着だね。その“ばあちゃん”ってお菓子の師匠さんのこと?」


優しい声で私の大切な巾着を褒めてくれたのは馨で、その質問に健は驚いたような顔をして振り返った。


「ああ、そうだけど、何で馨がばあちゃんのこと知ってんだ?」


「美子と電話した時に聞いたんだ。健も一緒にお菓子を作ったりお店の手伝いをしていたんだよね?」


「ああ!オレ、大福とかまんじゅう作んのすげー上手いからな!いつか作ってやるよ!」


「…意外だな。粗暴な性格でも手先が器用とは。」


「?褒めてんのか?」


前に遊んだ時からだいぶ時間が経っているにも関わらず和気藹々と会話をする三人を見つめながら前よりも仲良くなったようで良かったと喜んでいると、それを冷めた目で見ていた秀が溜息を吐いた。


「…はいはい。もういい?時間ないんだからさぁ、さっさと木札貰いに行こーよ。いっぱい遊ぶんでしょ、美子ー?」


「…あ、う、うん。そうだね…」


ざっと三人を見てから私だけに話し掛ける秀に複雑な気持ちになりながらも確かにその通りだと思って他の三人に目配せをした。


「それじゃあ行こう!まずは健のところね!」


そう言うと健と馨は頷き、透夜は黒いマスクを顔に着けてから頷いてくれた。そして最後に秀を見つめると、はいはいとでも言いたげな顔で頷いてくれたので私も「よし!」と頷いてから雪の上を一歩一歩慎重に歩き出した。





………

……





「ふぅ…や、やっと着いたぁ…」


気を付けてはいたものの慣れない雪道に何度か足を滑らせながら青龍神社に到着したのは出発してから数十分後のことで、きっちりとした防寒と予想以上の運動量に全身汗まみれだった。


「美子、大丈夫?少し休んだ方が…」


「だ、大丈夫!へっちゃらだよ!」


私より体力があって運動神経も良いからか、同じ道を歩いて来たはずなのに汗一つかいていない皆を羨ましく思いながら元気にそう答えて汗を拭うと、お辞儀をしてから青龍神社の鳥居を潜った。そして、まずはお手水だと思って手水舎へ歩いて行こうとした時、背後が何だか寂しい感じがして振り返るとそこには健しかいなかった。


「…あれ?健だけ?皆はー…」


どこに行っちゃったんだろうと健の更に後ろを見てみると、鳥居の向こうで立ち尽くす三人の姿が目に入った。


「どうしたの?早く木のお札貰いに行こ?」


近寄って三人にそう言うと、秀が呆れたような顔をして健を指差した。


「あのさぁ、忘れたの?そこは【青龍】の場所なの。俺は【白虎】なの。そんでこいつらは【朱雀】と【玄武】なの。だから入らないのー。」


「あっ…」


そう言えば、応龍祭りの時に「森のお社伝説」に参加するために朱雀神社へ焔を貰いに行った時も同じようなことがあったなと思い出してから、もう一度お願いしてみようと三人を見つめた。


「そうかもしれないけど、でもでも!わたしだけじゃなくて皆で「御詞巡り」やろうよ!その方がもっと楽しいよ!」


「はぁ…無茶言わないでよ。美子はともかく、こいつらと一緒にいるだけで父上に何を話したんだとかしつこく聞かれてメンドーなんだから。」


「…それに関しては俺も同感だ。足を踏み入れて詮索でもしていると捉えられれば要らぬ争いを生むだけだ。」


「ごめんね、美子……僕も、それは難しいかな…。」


あの時と同じ頑なな拒絶にやっぱりダメかとガックリ肩を落とした。すると、後ろから肩をトントンと叩かれて振り返ると健が屈託のない笑みを浮かべて口を開いた。


「気にすんなよ、美子。「御詞巡り」なんかしなくたってオレらには四神の加護があるからな!」


「…うん。そう、だね…」


四神に守ってもらうことにも勿論興味があったけど、皆と一緒に参加することに意味があるんだけどな…と心の中で反論しながらも、私の我儘のせいで皆が怒られることの方が嫌だったから渋々頷いた。


「…それじゃあ、健と行ってくるね。すぐ戻るから、皆は待っててね。」


「はいはーい。」


「うん。」


「…ああ。」


三人の返事を聞いてから振り返って逸れないように健と手を繋ぐと、木札を貰うために参拝の人達と同じように参道を歩いて行った。




………

……




「こちらが「御詞巡り」のお札となります。文字をお書きになる際はあちらの台と筆をお使いください。」


「はい、ありがとうございます。」


お手水と参拝を済ませた後に御守りやお札を扱っている授与所で巫女のお姉さんから木札を受け取ってお礼を言うと、言われた通りに青い筆ペンの置いてある台の方へ移動した。


「ここ、本当は絵馬を書く所だよね?あ、でもペンは青だけなんだね。」


「ああ、年末年始の時から書く場所増やしてたからそのまんま使ってんだよ。そんで、ペンが青だけなのはここの神社にいんのが青龍だから、ちゃんとお参りして来たぞーって応龍に証明するためだってじいちゃん言ってたぞ。」


他の三つの神社と比べてよく来る場所とは言え、いつもとは違う微妙な変化にお祭りの特別な感じが伝わってきて胸がワクワクとした。


「ふふ、やっぱりお祭りって楽しいね!よしっ!それじゃあ早速ー…」


字を書くぞー!と意気込んで手袋を外し筆ペンを握った瞬間、ある疑問が浮かんできて動けなくなってしまった。


「…?美子?どうした?」


急に動かなくなった私を不思議そうな目で覗き込むと、健は私にそう声をかけてくれた。


「…健、字って何を書けば良いの?」


神様に納めるものだから失礼なことはできないと緊張した面持ちでそう聞き返すと、健は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「字?そんなの好きなのを書けばいいんじゃねーのか?」


「そ、そうだけど、でも、変なのを書いて納めたら、応龍と四神が怒るかもしれないでしょ…?」


そしたら守って貰うどころかとんでもない天罰が下るんじゃ…と不安になっていると、健は「んー…」と考え込みながら筆ペンを取ってクルクルと遊ぶように回した。


「…なら、自分の名前でも書いたらどうだ?美子の名前って漢字だと四文字だろ?一枚に一字ずつ書けば余ったりしねーし、丁度いいんじゃねーか?」


「名前…た、確かに!それすごくいいね!」


名前なら嫌と言う程練習してきたからどの字よりも綺麗に書ける自信があった。だから、健のその提案にたくさん頷いてお礼を言うと、筆ペンのキャップを取って木札に「天」と大きく丁寧に書いた。


「よしっ!書けた!」


「おー!青で「天」って書くと青空みたいでなんかいいな!」


「本当だ!確かにそうだね!」


そういう見方ができるなんてすごいなぁと健を見つめていると、私の隣に木札を持った男の子がやってきた。


「…あれ?筆なーい!」


「あ、ご、ごめんね。はい、どうぞ。」


そう謝って持っていた筆ペンを渡すと男の子は元気な笑顔で「ありがとう!」と言った。


「健、もう行こっか。他の人の邪魔になっちゃうね。」


「おお、そうだな。」


そう言って頷くと、健も持っていた筆ペンを元の場所に戻して私に手を差し出した。それに急いで木札を巾着にしまってその手を取ると、再び手を繋いで三人を待たせている鳥居を目指して歩き始めたのだった。





ーーーーーーーーーーーーー





「…わぁ、朱雀神社って火がいっぱいだから何だか暖かいね。」


青龍神社を出た後に訪れたのは町の南側にある朱雀神社で、今度は馨と手を繋いで二つ目の木札を貰うために授与所を目指して歩いていた。


「そうだね。本当は火の熱で邪気を祓うために沢山置いてあるんだけど、冬場は暖も取れるから一石二鳥かもね。」


「いっせきにちょーか…あ!それなら雪も溶けて転ばなくなったらさんちょーになるね!」


「ふふ、確かにそうだね。」


そんなたわいもない会話をしながら目的地である授与所に到着すると、青龍神社の時と同じように巫女のお姉さんから御詞巡りの木札を受け取って筆の置いてある場所へと移動した。


「あ、朱雀はやっぱり赤なんだね!火の色だもんね!」


「うん。あ、美子、そっちの紅色じゃなくて朱色の方がオススメだよ。魔除けの色だし、何より朱雀と同じ漢字だからね。」


馨のオススメなら間違いないなと笑顔で頷き筆ペンを持ち変えると、キャップを取って慎重に二文字目の「地」を書き始めた。


「……うーん、どうだろ…?ねぇ、馨はこの字どう思う?大丈夫かな?」


最後の跳ねが微妙かな…と不安になりながら木札に書いた「地」の字を馨に見せると、馨は優しく笑って頷いてくれた。


「うん、とても上手だと思うよ。年賀状もそうだったけど、美子は綺麗な字を書くよね。」


「……え、え?そっ、そ、そう、かなぁ…?」


生まれて初めて字が綺麗だと褒められて、今まで感じたことのないような大きな喜びが胸で暴れ回って分かりやすいくらい頬を紅く染めた。胸をくすぐるむず痒い熱を何とか抑えたくて手でパタパタと顔に風を送っていると、優しく微笑む馨と目が合って火が噴くくらい全身が熱くなった。


「…?美子?大丈夫?顔が赤いようだけど、暑いならマフラーを外して少しでも風に当たった方が良いよ?」


「…ぅ、うん…だ、だいじょう、ぶ…たぶん……」


何でこんなに恥ずかしいのか解らなかったけど、これ以上この話をすると私が溶けてなくなってしまいそうだと思って、慌てて筆ペンを元の場所に戻して木札を巾着の中にしまった。そして、心配そうな顔をしている馨の手を握ると、少し早足で逃げるように台から離れたのだった。





ーーーーーーーーーーーーー





「…はぁー…」


まだドキドキしている胸を抱えながら観光用のバスに乗ってやって来たのは町の西側にある白虎神社で、金ピカの手水舎で金の虎が吐き出す冷たい水で手を洗っていると急に腕を引かれた。


「…ちょっと、いつまで手洗ってんの?て言うか、何で溜息吐いてんの?て言うか、俺が呼んでんのに何で無視してんの??」


引かれるまま振り向くとそこには苛ついたような目で私を睨む秀がいて、その剣幕に漸く平常心を取り戻して目を瞬かせた。


「…あ、ご、ごめん。ちょっと、ドキドキしてて…」


「は?」


まさか呼ばれているとは思わなくて正直にぼーっとしてた理由を伝えて謝ったのに、秀は何言ってんの?みたいな顔でまた私を睨んでから大きな溜息を吐いた。


「…あのさぁ、訳わかんないこと言ってないでさっさとお参りして来て。そんでさっさと札でも何でも貰って来てよ。グズグズしてたら時間なくなんじゃん。」


「う、うん。そう、だね…」


タオルで手を拭きながらそう返事をすると、秀は私の手を掴んで人波を縫うように進んでいった。


(…何だろう…秀、今日ずっと怒ってるみたいだけど、どうかしたのかな…?)


早く遊びたいのもあるとは思ったけど、それよりももっと大きな原因があるような気がして直接聞いてみようと思った。だけど、転ばないように逸れないように着いていくのに必死でなかなか聞けず、漸く止まったと思ったらもう拝殿の前で、話し掛けている時間などなかった。すると、秀は突然拝殿の近くに置かれている大きな虎の石像を指差した。


「美子、お参り終わったらあの石像のとこで待ってて。絶っっっ対、他の所には行かないでよ?」


「…えっ?!お、お参りは?!」


もう次なのにそう言って何処かへ行こうとする秀の手を慌てて掴んで引き止めると、秀は小さな溜息を吐いた。


「俺はしないよ、お参りとか面倒じゃん。その間にお札貰って来てあげるから、だから絶っっっ対あそこで待ってて。分かった?」


分かった?と聞いておきながら私が返事をする前に手を離すと、秀はあっという間に人混みに紛れて見えなくなってしまった。


(……取って来てくれるのはありがたいけど、お参りしないのはどうかと思うんだけど……)


効率的なのかせっかちなのかよく判らない行動に一人混乱しながらも、後ろに並んでいる人がいる状況で進む以外に選択肢はなく、仕方がなく一人で白虎に挨拶をした。そして、言われた通りに虎の石像の前で待つこと一分。絶えず流れる人混みの中から木札を持った秀が満面の笑みを浮かべて現れた。


「お待たせ〜。これお札ね。それとー、お参りに来てた優しいお姉さん達からいーっぱいお菓子貰ったからぜーんぶ美子にあげるー。嬉しい?」


「う、うん。ありがと…」


さっきとは打って変わって機嫌の良さそうな秀にまあ怒ってるよりは良いのかな…と納得して差し出されたお菓子を受け取ると、秀は私の腕を掴んで字を書く台の所まで私を連れて行ってくれた。


「はい、何書くかは決まってるんでしょ?」


「うん。自分の名前を書くって決めてるから、三文字目の「美」だよ!」


貰ったお菓子をポケットにしまいながらそう答えると、白い筆ペンを取って慎重に三文字目の「美」を書き始めた。


(…「美」って、画数も多いし形も左右同じだからバランスよく書かないとー…)


「……名前…」


後は下の「大」を書くだけとなった時に消え入りそうな声でそう呟いたのはついさっきまであんなに機嫌良さそうにしていた秀だった。


「秀?どうしたの?」


私が見た時には俯くように顔を背けていたからどんな表情かまでは分からなかったけど、その雰囲気に放っておけなくて筆ペンを置いて覗き込むようにしてその目を見つめると、秀は面倒くさそうな顔をして渋々口を開いた。


「……別に?…ただ、あいつら…名前、呼んでたから、それが気になっただけ。」


「名前?…あっ、さっきの?」


私がそう聞き返すと、秀は何も言わずに小さく頷いた。


「うーん、健は多分人見知りとかしないから特に仲良しだとか気にしたりしないで普通に呼んでただけだと思うけど、馨と透夜は焔を分けっこしたから仲良くなったんだよ。」


「…焔?」


驚いた顔でそう繰り返した秀に「うん!」と頷くと、二人の間にあった出来事を思い出して説明を始めた。


「ほら、応龍祭りの時に皆で伝説のお社を探してた時にわたしが玄武のご神体を壊しちゃったって話したでしょ?それで加護が強まっちゃったから【玄武】の人達が大変なんだって透夜が話した時に「朱雀の焔」を分けてって馨にお願いして、透夜が「検討する」って言ってたの覚えてない?」


「…覚えてるけど、もしかして、それ?」


「そう!あの後ね、透夜と電話でいっぱいお話しして、大人の人達には内緒で焔を分けて貰おうってことになったの。それで、わたしから馨にちょうだいって電話でお願いして「良いよ」って言ってくれたから、焔を分けっこしたんだよ!」


「…待って。前に電話で「烏天狗にお願いしたいことがある」って言ってたのって…」


「うん!始めは透夜の式神に運ばせる予定だったんだけど、距離的にも体力的にも難しいねってなって、それなら空を飛ぶのが得意な烏天狗にお願いしようと思って秀に電話したんだよ!」


我ながら上手に説明ができたなと満足気に頷くと、秀が目を見開いて固まっていることに気が付いた。


「秀?どうしたの?大丈夫?」


「……別に。あいつらのこととか、俺には関係ないし。それよりほら、さっさとそれ書いてよ。他の人だって使うんだから、ずっとここに居たら邪魔になるでしょ?」


私が名前を呼ぶと、秀ははっとした顔をしてから少し早口でそう言った。本当はもっとちゃんと聞き返したかったけど、青龍神社の時みたいになったら嫌だし、何よりその口調がまるでこれ以上この話はしないと言っているようで、私も「うん…」と頷くしかなかった。


(…秀も、皆と名前を呼べるくらい仲良くなって欲しいんだけど、でも無理強いはしたくないしな……)


頭の中で何か仲良くなるきっかけがあればと考えながら途中となっていた三文字目を再び書き始めたのだった。





ーーーーーーーーーーーーー





「つ、冷たいっ…よいしょっと…はい、透夜。」


「…二八か、ならこれだな。」


最後に訪れたのは町の北側にある玄武神社で、参拝を済ませた私達は木札を貰いに行く前に湧水の上に置かれた甕の中から数字の書かれた石を拾って吉凶を占うという水神籤(みずみくじ)を引いていた。


「ありがとう。えーと…ん?これ何て読むの?」


籤箱から取って貰ったおみくじを開いて見ると、吉でも凶でもない字が書かれていて読んでもらうために透夜に見せた。


「…「(たいら)」だな。」


「たいら?」


首を傾げながらそう繰り返すと、透夜は真っ直ぐ私を見つめて静かに頷いた。


「…神社によっては「へい」や「ひら」とも言うが、吉と凶の間に位置する運勢だ。」


「へー、間かぁ…それじゃあ良くも悪くもないって感じなのかな?」


「…ああ。だが、「平らで穏やかな運勢」とも言える。また、御神籤に「平」が含まれる神社は全国的にも少なく割合も大変低いため「平」を引くこと自体幸運とも言える。」


「そっか!幸運なんだね!」


吉ではなかったけど穏やかなのは良いことだなと満足気に頷くと、書かれている内容を読もうとおみくじに目を向けた。その時、おみくじの右下に黒い亀のような印が押してあることに気が付いて笑みを浮かべた。


「…ふふ。」


「…?どうかしたか?」


堪らず声を漏らすと石を水甕の中に戻していた透夜にそう質問された。それにもう一度笑っておみくじの黒い亀を透夜に見せてあげた。


「この黒い亀見てたらね、透夜がくれた年賀状を思い出しちゃって…二枚目の年賀状のあの真っ黒いの、玄武を描いたんでしょ?」


「…ああ。美子も年賀状に描いていたからな。…絵の模写は初めてだったが、なかなか上手く描けたと思う。」


そう言ってどこか誇らしげな目をした透夜は、年始に私にわざわざ年賀状を二枚も送ってくれていた。それは勿論一枚目に不備があったとかではなくて、私が年賀状に玄武の絵を描いて送ったからだった。


(…丸い何かが真っ黒に塗り潰されてて玄武には見えなかったけど、でも、わざわざ玄武を描いて送ってくれたことがすごく嬉しかったなぁ…)


今日の朝に届いた真っ黒な二枚目の年賀状を思い出してまた一人で笑っていると、透夜は不思議そうな目をして私を見つめた。


「…ふふ、なーんでもない!ほら、木のお札貰いに行こう!」


何だかこの思いは独り占めしたくて少し意地悪な笑顔でそう言うと、透夜は微かに眉を顰めたけど、私は構うことなくその手を引いて授与所へと走り出したのだった。




………

……




「皆お待たせー!お札貰ってきたよー…ってあれ?秀は?」


四枚目のお札に文字を書き終えて戻ってきたのは玄武神社の鳥居の所で、お礼をしてから潜って境内の外へ出ると待っていたのは健と馨だけだった。


「うん、実はさっき、参拝終わりの方達に話しかけられて色々と話した後にバス停まで送るって言って着いて行っちゃったんだ。」


「え、そうなの?」


秀にしては珍しく親切だなと驚きつつ、喧嘩したとかじゃなくて良かったと胸を撫で下ろしたちょうどその時、道の向こうから雪の上を軽やかに駆け寄って来る透ける銀髪の人影が目に入った。


「あ、美子戻って来てたんだ、よかったー。」


「よかった…?」


その言葉に首を傾げていると、秀は急にニコニコと笑みを浮かべて服のポケットからたくさんのお煎餅や飴を取り出して私の手に乗せた。


「お見送りのお礼に貰ったから美子にあげるー。嬉しいでしょ?」


「う、うん。ありがとう。」


何でこんなにお菓子ばっかりくれるんだろう?と疑問は抱いたものの、お菓子なら皆で食べられるから良いかと有り難く受け取った。


「なんだよ、お菓子が欲しくて着いて行ったのか?子供みてーだな。」


「はぁ?そんな訳ないでしょ?これはお礼。ただお前らと大人しく待ってるのが嫌だったから着いて行ったのー。」


一瞬張り詰めた空気に喉がギュッとなったけど、秀が健を睨むだけで喧嘩まで発展しなかったことに安堵の息を吐いた。


「…美子に待てと言われたら大人しく待て。ふらふらと歩き回られては迷惑だ。」


「……はあ?」


「っ!?…あっ、あー!そっ、そろそろ行かないとバスに乗り遅れちゃうから!!ねっ!!?」


透夜の余計な一言に再び高まった緊張を何とか誤魔化すために大きな身振り手振りで二人の間に入って大声でそう言うと、さあ行こう!とバス停がある通りへの道を指差した。するとその時、道の脇にある草陰が微かに揺れたかと思えば胴の長い白い生き物が飛び出して何かを探すかのように辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「…うわぁぁ!かわいい!あれなぁに?!犬?猫?」


「あれはー…オコジョかな?犬や猫と言うよりはイタチの仲間って言った方がいいのかもね。」


「へー、オコジョっつーのか、あれ。初めて見たな。」


「…オコジョは山岳や高山地帯に生息するため、そう滅多に見られるものではないが、この町の北上山にも生息していたとは初耳だ。」


「ふーん、キョーミなーい。」


一触即発の空気からオコジョの登場によって何とも穏やかな空気になったことを心の中で感謝していると、それまでキョロキョロと頭を忙しく動かしていたオコジョが私達を見てピタリと止まった。そして、暫く私達を見つめた後に突然ピョンピョンと楽しそうに跳ねたかと思えばこちらへ一直線に駆け寄って来た。


「あ!こっち来た!触っても良いかな?」


「いや、野生動物に触るのは危なー…」


駆け寄って来るオコジョを迎え入れるように伸ばした手を馨が止めようとした瞬間だった。それまで雪の上を走っていたオコジョが急に飛び上がって私に襲い掛かったのだ。急なことで避けようもなく、後ろに倒れながら鋭く尖った白い牙を大きく見張った目で見つめていると、顔のすぐそばまで近付いてきていたオコジョが急に後ろへ離れて行った。


「ジィッ!ジジジジッ!!」


「…何、こいつ?うっざいから暴れないでよ。」


「…しゅ、秀…?」


雪の上で尻餅を突きながら見上げると、そこには面倒くさそうな顔をしてオコジョの尻尾と首の後ろを掴むようにして持つ秀が立っていた。


「…美子、怪我はないか?」


「う、うん…だ、大丈夫。」


突然のことに混乱しつつもぎこちなく頷いて、ポケットから落ちたお菓子を拾っていると私の隣で辺りを警戒していた健が溜息を吐いた。


「…あっぶねーな。でも秀が捕まえてなかったら刀で斬ってたから助かったぞ、ありがとな。」


「別に?お前のためじゃないから。」


健のお礼に素気なく返事をすると、秀は暴れ続けるオコジョに舌打ちをして首を掴んでいた手に更に力を込めた。


「…あのさぁ、暴れんなって言ってんの。言うこと聞かないならこの首折って黙らせるよ?」


「…ジ、ジジ……」


「ま、待って!秀!それはダメだよ!」


身の毛もよだつような威圧的な声で紡がれた言葉に慌てて立ち上がって止めようとした時だった。首と尻尾を掴まれていたオコジョの目が一瞬青く光った次の瞬間、オコジョの身体がさらさらの白い雪へと変わって宙に舞った。その綺麗で不可思議な現象を誰も何も言わずに見つめて舞っていたその雪が地面に落ちた次の瞬間、参拝客の足跡が残る平坦な雪道からさっきの白いオコジョが私目掛けてものすごい速さで飛び出して来た。


「きゃっ!?」


「美子!!」


怖くて咄嗟に顔を覆った手にオコジョがぶつかった衝撃に耐え切れず再び尻餅を突きそうになったのをギリギリ健が抱き止めてくれて転ばずに済んだけど、少し痛くて痺れる手にある物がないことに気が付いて慌てて辺りを見渡した。


「…あっ!!わたしの巾着!!」


そう叫んだ先にいたのはあのオコジョで、その口には私の巾着袋がしっかりと咥えられていた。


「そ、それはダメ!!返して!!」


袋も中身も絶対にあげられない物だったから何とか返して欲しくて手を伸ばしながらそう叫んだけど、オコジョはそんなの関係ないと言わんばかりに背中を向けて雪道を走って行ってしまった。


「ま、待って!!それ返して!!」


離れて行くその小さな後ろ姿に慌てて立ち上がると、少し歩き慣れてきた雪道を必死に蹴って後を追いかけ始めたのだった。






続く…

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