第17話 挨拶
ーーーーーーーーーーーーー
「…よいしょ、っと!すごろくと、かるた…あ!あと折り紙も用意しておこうかな?」
年が明けて迎えた四日の朝、布団から飛び起きて朝ご飯を食べ終えた私は、自分の部屋を綺麗に掃除して遊べそうな物を押し入れから取り出し、その時を今か今かと待ち侘びていた。
(…今日来ることは確かなんだけど、何時に来るのか聞き忘れちゃったんだよね…うっかりしてたぁー…)
喜び過ぎて大切なことを聞き逃してしまったと反省しながら苦笑いを漏らして今度からは気を付けようと頷いた時だった。少し騒がしい廊下の先、玄関の方からピーンポーンというチャイムの音が鳴り響いてきた。
「あ!い、行かなくちゃ!」
その音に、期待と緊張で鼓動が跳ねて声を少し上ずらせながらも慌てて立ち上がり、部屋を飛び出そうと襖に手を伸ばした。だけど、私が触れる寸前に襖がまるで自動ドアのように横へ動いた。その不可思議な現象に、いつの間にか魔法でも使えるようになったのかと驚きに目を何度も瞬かせ手を見つめていると、正面から少しわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「…お父さま…?」
その咳払いに顔を上げると、部屋の前には淡い黄色の羽織に灰色の袴を身に纏ったお父様がいつもと変わらない無表情で立っていた。
「…あ、ご、ごめんなさい。今ちょうど行こうと思ってたんです…。」
もしかして行くのが遅かったからわざわざ迎えに来てくれたのかもと思って慌ててそう謝った。だけど、謝ってから暫く経ってもお父様は無言で、それに疑問を抱きながら恐る恐る顔を上げてその目を見つめると、お父様はゆっくり口を開いた。
「……お前は、来なくて良い。」
「…えっ……?」
…とても簡単な言葉だったけど、理解するには衝撃が強すぎて頭が真っ白になった。
(……えっ…?…今、何てー……)
「…これから、【四神】の当主と次期当主が挨拶に来るが、お前は来なくて良い。部屋から出ずに、大人しくしていなさい。」
たどたどしく状況を理解しようとするのを助けるようにお父様は芯の通った声でゆっくりとそう紡いだ。お父様のその言葉を頭の中で繰り返すと、漸く理解が追い付いて頭に鈍痛が走り、心臓が握り潰されたみたいに痛んだ。
「…っ、ま、待ってください!!ど、どうして、どうしてですか!?だ、だって!わたしの誕生日の時は、わたしも皆に挨拶をしたじゃないですか!!」
震える手でお父様の袴を掴んで叫ぶようにそう尋ねると、お父様は何の感情もない目で静かに私を見下ろしながらまたゆっくりと口を開いた。
「…それとこれとは話が別だからだ。とにかく、今日は私と光だけで良い。お前の挨拶は不要だ。」
「っ…!で、でもでもっ…、あ、挨拶は、大事だって、いつ、も……」
私だけ要らないのだとはっきり言われたことが余りにも悲しくて、震える喉で何とか反論したけど、頼りない言葉ではお父様の考えを覆すことなど不可能だった。
「…分かったのなら、部屋で大人しくしているように。」
悲しさ故の無言を承諾と取ったのか、お父様はまたそう言うと、袴を掴んでいた私の手をゆっくり引き剥がして廊下を歩いて行った。
「……わたしも、お父さまやお兄さまと同じ…【応龍】、です……お父さま…」
…いつもなら、自分を【応龍】だと言うのはあまり好きじゃないけど、だけど、自分も同じなのだと…仲間外れは嫌なのだと伝えるために離れていく背中に微かに震える声でそう訴えた。
「……」
私の言葉は届いていたようでお父様は一度足を止めたけど、振り返ることも何かを言うこともなくまた歩みを進めて廊下を歩いて行ってしまった。
………
……
…
「……グズっ…」
それから暫く部屋の隅で枕を抱き締めて丸まり、遠くから響いてくるチャイムの音や人の話し声のようなものを朧げに聴きながら傷付いた心を涙で癒やしていた。
(…挨拶、しなくても良いなら、早く言ってくれれば良かったのに……それに、あんな言い方、しなくてもいいのに…)
お父様の落ち度について頭の中で文句を言ってみるものの、一向に晴れない気持ちに大きな溜息を吐いてまた顔を枕に埋めた。
(…お兄様だったら、絶対に良いよって言ってくれたのに……お兄様がさっき居なかったのは、お父様が絶対何か言ったんだ……)
唯一の味方さえも奪うなんて…と根拠もないのに疑って、そこまでして私を仲間外れにしたいんだ…と更に悲しみを深めていると、涙で滲む視界にさっき押し入れから取り出したすごろくとかるたが映し出された。
(…今日の挨拶の時に、皆に遊ぼうって、言おうと思ってたのに……言えなくなっちゃった……)
大事な約束だから直接言いたくて、年が変わってすぐに皆と電話をした時にも言わなかったことが、お父様のせいで言えなくなってしまったことにまた涙が溢れてきて枕を強く抱き締めた。
(…皆に会えるって、嬉しかったのに…楽しみだったのに…お手伝いもお掃除も、たくさん頑張ったのに……)
この一か月、自分がどれ程この日を待ち望んでいたのか、そのためにどれ程頑張ってきたのかを思い出すと、何だか段々と怒りが湧いてきて、このまま言われた通りに大人しくしているのが馬鹿らしくなってきた。
(…お父様は来るなって言ってたけど、お兄様がいるなら何とかなるかもしれない……そうだよ、それに、今度はいつ会えるか分からないんだから、怒られても良いから遊ぶ約束だけでもしに行こう!)
お父様に対する怒りから反発するようにそう決意すると、目から溢れる涙を袖でゴシゴシと強く拭って立ち上がった。そして、押し入れから布団を引っ張り出すと、敷布団に掛けてある真っ白なシーツを剥がしてそれをマントのように羽織った。
(…皆を集めて挨拶するなら、多分あの一番大きな部屋だよね…)
鏡の前で全身がちゃんとシーツに隠れているかを確認しながら頭の中にこの家の間取りを思い浮かべて目的地への道順も念入りに確認した。
(…あそことあそこの角を曲がって…うん、大丈夫。…それよりも、先生とかお姉さんに見つからないように気を付けないと……)
理由は判らないけど、さっきの朝ご飯を食べている時にお祭りの時と同じくらいお手伝いの人達がこの広い家であれこれと忙しそうにしていたのを思い出して、目的地へ着くまでの間に見つからないように上手く壁に擬態しなければと胸に深く刻み込んで鏡の中の自分に向かって力強く頷いた。
「…よしっ!行くぞ!!」
両頬を強く叩いて気合を入れると、阻むように閉まっている襖を慎重に開いて足音を立てないように廊下を歩き始めたのだった。
………
……
…
「……はぁぁー…」
それから十数分後、眉間に深い皺を刻み苦々しく溜息を吐いた私がいたのは目的の大広間ではなく、振り出し地点の自分の部屋だった。
(…やっぱり先生もお父様の味方だったなぁ…あーあ、あとちょっとだったのにー…)
何かの準備で忙しそうにしている大人の人達の目を掻い潜り、目的地まであとあの角一つ曲がれば…!という所で先生に見つかってしまい、抵抗も虚しくこの部屋まで連れ戻されてしまったのだ。
(壁になるには色がちょっと白すぎたのかなぁ…あ、埃か何かで汚した方が良かったのかも……)
考えが甘かったと落胆したものの、皆が帰ってしまう前に何とかあの部屋まで行かなければ!という強い思いに駆られ、失敗に終わったシーツを投げ捨てて再び両頬を叩き気合を入れた。
「よしっ!次の作戦だ!」
拳を握って小さな声でそう叫ぶと、今度はハンガーに掛けてあった上着を取って袖を通し、靴下を三つ重ねてそれぞれの足に履かせた。
(…家の中がダメなら外から行こう。靴は取りにいけないから靴下で何とかして……庭を通って家の壁沿いに行くのが一番楽だけど、また先生に見つかるかもしれないから、居間の縁の下から潜って大広間近くの庭に出てそのまま突撃しよう!)
そう作戦を立てたのはいいものの、縁の下に入ったことなんて勿論なくて、本当に向こうの庭と繋がっているのかまでは判らなかった。だけど、今はとにかく時間がないからやるだけやってみようと自分に言い聞かせてマフラーを巻くと、再び慎重に襖を開けて息を殺しながら廊下を進んで行ったのだった。
………
……
…
「……はぁぁぁぁー…」
…再び深い溜息を吐いたのはそれから数分後のことで、場所は勿論大広間ではなく色々な物で散らかった自分の部屋だった。
(…居間から庭に出て縁の下に潜るまでは良かったのに……まさか、縁の下で猫が寝てるなんて…)
…第二の作戦が失敗に終わった経緯はとても間抜けなものだった。縁の下には当然陽も差し込まないし電気だって付いていないことまで考えが及ばなかったが故に懐中電灯を持って行かなかったこともあって、縁の下の暗闇の中でぬくぬくと眠っていた猫が見えなくてその猫の尻尾を思いっきり膝で潰してしまい、その痛みで鳴き喚き逃げていく猫の傷を治そうと慌てて追いかけて縁の下から出たところを先生に見つかって連れ戻されたのだ。
(…猫さん、本当にごめんなさい……でも、落ち込んでる場合じゃない!)
心の中で私の企みに巻き込んでしまったあの猫に謝ってからもう一度頬を強く叩いて気合を入れると、次の作戦のために押し入れの上段に上って押し入れの天井に手を触れた。
(…家の中も下もダメなら、今度は上から行こう!ここから、天井の上に上って大広間のところまで這って行けば、誰にも見つからないで行けるはず!)
最近観た時代劇のドラマで忍者がやっていたみたいに天井裏を移動する作戦を立て、何とか動かせないかと叩いたり揺らしたりしていると、廊下の方から「美子様、よろしいでしょうか?」と言う声が聞こえてきた。それに返事をして慌てて押し入れから飛び降りると、襖が開いて先生が現れた。
「…失礼致します。応龍様より言伝を預かりましたのでお伝えに参りました。」
「…こ、言伝…?」
バクバクと激しく脈を打つ心臓を落ち着かせながらそう繰り返すと、先生はゆっくりと頷いた。
「…応龍様から美子様へのお言葉でございます。『新年の会合はもう終わった。この後は自由に過ごして良い。』とのことです。」
「………え…」
先生のその言葉に、あんなにうるさかった鼓動が一瞬止まったような不思議な感覚に襲われた。
…その一瞬の後はもう、何も考えられなくて、瞬きも呼吸も出来なくて、先生が頭を下げて襖を閉めた後もその場にただ立ち尽くすことしか出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーー
…それからどれだけの時間、一人で放心していたのか判らないけれど、気が付いた時には私は外にいて、俯きながらとぼとぼと森への道を歩いていた。ほとんど無意識のうちにあの家を出てここにいたが、一度脱いだはずの上着やマフラーをきちんと身に付けているのは多分お手伝いの人が手伝ってくれたからで、私が出掛けていることは知っているはずだと思った。だからきっと、お父様にも伝わっているはずだから怒られることはないとは思ったけど、そんなこと今はどうでも良かった。
(……結局、皆に…誰にも、会えなかった……遊ぼうって、言え、なかった……)
その事実だけが頭の中を埋め尽くして気分をどんどん沈ませていった。
(……泣いてなかったら、間に合ってたのかな…それとも、一個目か二個目の作戦が成功してたら、間に合ってたのかな……)
今更そんなことを考えたってどうしようもないと解ってはいたけど考えずにはいられなくて、この結果を招いた自分の失敗を延々と責め続けていた。
…そうしているうちにいつの間にか大好きなあの森に到着していて、一人でここにいるという新たな事実にまた悲しみと後悔が膨れ上がっていった。そして、何回か木にぶつかりそうになりながらふらふらと歩いて辿り着いたのは、よく木登りをして遊ぶこの森で一番大きな木の前だった。
(……懐かしいな…健と出逢う前は、落ち込んだ時とか、寂しい時に一人で遊びに来てたから……)
…健や皆と出逢ってからはそうじゃなくなったので忘れていたけど、一人でここに来ることはずっと当たり前で落ち込むことじゃないと言い聞かせても、悲しさや寂しさを更に煽るだけだった。
(…ずっと、落ち込んでても仕方ないよね……折角、久しぶりに遊びに来たんだもん……)
終わりの見えない後悔を追い出すようにブンブンと頭を横に振ると、木の前にしゃがみ込んで真っ白で綺麗な雪を掻き集めておにぎりのように丸めていった。
(…雪だるま、いっぱい作ろう…そしたらー…)
「雪合戦でもすんのか?美子。」
「……えっ…?」
突然後ろから聞こえてきた声に引き寄せられるように振り向くと、私のすぐ後ろに元気な笑顔を浮かべた健が私の手元を覗き込むようにして立っていた。初めは私の会いたいという気持ちが見せた幻か何かかと思っていたけど、その晴れやかな笑顔と私を見つめる真っ直ぐな目から本当に本物の健が今ここにいるのだと判った。
「………っあ!け、け」
「うおっ!?」
本当にいるのだと確信を得てから慌ててその名前を呼ぼうとした瞬間、木の上から雪の塊がものすごい速さで落ちてきて健の頭に直撃した。
「…あっははは!はい、お前の負けね〜。さっさと美子から離れてくださーい。」
「えっ…!?」
その意地悪な笑い声に今度は木の上を見上げると、枝の上に座って足をブラブラと楽しそうに揺らしている秀が私達を見下ろしていた。
「しゅ、しゅ」
「…んのやろっ!」
驚きながらもまた名前を呼ぼうとした瞬間、私のすぐ近くで尻餅をつきながら顔の雪を払っていた健がそう言い放つや否や、私が丸めた雪玉を掴んで颯爽と木を駆け上り、枝に座っていた秀と木の上で雪合戦を始めてしまった。
「…えっ?えっ?!ちょ、ちょっと待っ」
「…相変わらず血気だけは盛んだな。」
「そうだね。」
混乱しながらも危ないから雪合戦の二人を止めようとすると、また後ろから聞き覚えのある声が今度は二つ聞こえてきた。その呆れ果てた声のする方へ慌てて振り返ると、そこには木の上で闘う二人を見上げる透夜と馨が立っていた。
「…えっ!?と、透夜と、か、馨もっ!?」
私がそう叫ぶと、見上げていた二人は私を見つめて嬉しそうに微笑んだ。その微笑みに胸が高鳴ったけど、それよりもまるで示し合わせたかのように次から次へと現れることへの驚きが強くて素直に喜べなかった。
「…ま、待って!あのっ、な、な、何、えっ?!」
「…?大丈夫?落ち着いて、美子。」
何をどう聞けばいいのか判らなかったけど何か言わないとと思って慌てる私を不思議そうに見つめる馨にそう言われて、落ち着くために大きく深呼吸をしてからもう一度口を開いた。
「あの、えっと…いっぱい、言いたいことはあるんだけど、でも、その……久しぶり、だね、馨、透夜。」
まだバクバクと暴れている心臓を抑えるように手を強く握りしめながら、確認するかのようにそう言うと、馨と透夜はまた柔らかく微笑んだ。
「うん、久し振りだね、美子。」
「…久し振りだな、美子。」
優しい声で名前を呼ばれたからか、胸がじんわりと熱くなって思わず泣きそうになった。だけど、それ以上に約束もしてないのに会えたことが嬉しくて、ありがとうの意味も込めて満面の笑みを二人に返した。
「…あ!そ、そうだ!ちょっと待って!健と秀も呼ばなきゃ!」
二人と話したいのは山々だったけど、やっぱり全員揃ってからじゃないとと思って二人にそう言うと、木の上で激しく闘う健と秀を見上げて息を吸い込んだ。
「けーーん!!しゅーーう!!降りてきてー!!みんなで遊ぼーー!!」
もはや雪合戦ではなくただの戦闘を繰り広げている二人に木の下からそう叫ぶと、二人は距離を取って枝にそれぞれ止まり、チラッと私を見てから何故かニヤリと笑った。
「ちょっと待ってな!コイツ倒してすぐ行く!」
「すぐ終わるから待ってて〜、遊ぶのはこいつ倒してからね!」
「……んえっ!?ちょ、ちょっと!!倒したら皆で遊べないでしょー!!いいから降りてきてー!!」
闘うのを止めてくれたし、二人とも笑っていたからてっきり分かってくれたのかと思ったのに、「倒してから遊ぶ」というまさかの返事に慌ててそう叫んだ。だけど、二人は聞く耳を持たずに激しい攻防を繰り返していた。
「…もぉ〜!!ダメって言ってるのに!!」
前に皆と遊んだ時も似たようなことがあったような…と思いながら二人を止めるために木を登ろうとすると、黙って二人の戦闘を見ていた透夜が私の肩に手を置いて首を横に振った。
「…美子、雪が降った後の木は落雪、または凍結の恐れがあるため登るのは控えるべきだ。」
「そ、そうなの?で、でも、このまま見てるだけなんて……あ、それじゃあ透夜が二人を止めてよ!」
我ながら良い案だと満足気に頷いて期待に満ちた目で見つめると、透夜はコクンと快く頷いて上着の内ポケットからお札を二枚取り出した。小人の式神を木に登らせて止めるのかなと思って黙って見つめていると、突然そのお札が電気を帯びたように光ってバチバチッ!と静電気のような音を立てた。
「……と、透夜…?」
「…あいつらの性格とこれまでの行動から考えるに俺が説得したとしても素直に聞くことはまず有り得ない。となれば、力尽くで事を進める他ないがあの高さとなると……ふむ、美子なら兎も角あいつらなら骨の一、二本が折れてもそこまで問題にはならないだろう。」
さらっととんでもないことを言った透夜は自分の言葉に納得したように頷くと、そのお札を人差し指と中指で挟んで木の上の二人をまるで狩りでもするかのような鋭い目付きで見上げた。
「…あっ!!と、透夜!ちょ、ちょっと待って!!ダメ!ダメだよ!!皆で遊べなくなっちゃうでしょ?!」
透夜のその言葉と姿に、あの二人をお札で打ち落とそうとしているのだと解って慌てて腕を引っ張り止めさせると、透夜は不思議そうに目を瞬かせた。
「…?…【青龍】と【白虎】の頑丈さなら骨が折れてようが腹に穴が空いていようが遊ぶことに支障はないと思うが…」
「あ、穴!?…と、とにかくダメ!怪我させるのは絶対ダメ!!」
あの二人を信頼してるのか、それともどうなっても良いと思っているのかよく分からない言葉に戸惑いながらバチバチと電気の帯びたお札を持っている手を下ろさせると、今度は助けを求めるように馨を見つめた。
「か、馨、どうしたら良いと思う?」
「うーん……あ、それなら、あの力を使うのはどうかな?」
「あの力?」
私がそう繰り返すと、馨は小さく頷いて自分の喉を人差し指でトントンと優しく叩いた。その姿に馨の言う“あの力”が何のことだか漸く解って「分かった」と言う代わりにしっかり頷いて答えた。
「…んん、あー、あー…よしっ!」
喉の調子を簡単に整えると、木の上で闘い続けている二人を見上げて大きく息を吸った。
『…健!秀!今すぐ降りて来なさい!!』
「「!?」」
ちゃんと真っ直ぐ届くように口の横に手で壁を作ってそう叫んだ瞬間、木の上で闘っていた健と秀が身体をビクリと大きく震わせた。そして、まるで引き寄せられるように私の前にやって来てちょこんと正座をした。
「…み、美子…またそれかよ…」
「…もぉぉ、最悪なんだけどぉ…」
本当に使えたと心の中で驚きながらも喜んでいると、目の前で正座している二人が苦々しくそう呟いた。
「最初に降りて来てって言った時に降りて来てくれたら言霊なんて使わなかったよ!じごーじとくです!反省しなさい!」
遊びを邪魔されて拗ねたような目を向ける二人にそう言い返すと、しゃがんで二人の目を無言でじーーっと見つめた。
「………。」
「…な、何だよ……」
「…あのさぁ、言いたいことがあるならさっさと言ってくんない?その目、嫌、なんだけど……」
何も言わないのが怖くなってきたのか、私から目線を逸らしながらそう言う二人に小さく溜息を吐くと背けた顔をそれぞれ覗き込んだ。
「…久しぶりに皆で会えたんだから、ケンカしてないで皆で遊ぼう?ね?」
最後にお願いと目で訴えると、正座していた二人は同時に溜息を吐いて諦めたように頷いた。
「やったぁ!それじゃあもういいよ!」
その返事に喜んで二人の肩に手を置くと、二人は緊張から解放されたみたいに雪の上に寝転んだ。
「あー、冷たかった〜。雪の上に正座させるとか美子ってイジワル〜。」
「…呼ばれてもすぐに降りて来ないお前らが悪い。美子に非はない。」
秀の棘のある言葉にすぐさま透夜が反論すると、面白くなかったのか秀は寝転がりながら軽く透夜を睨んだ。それに今度はこっちで闘いが起きそうだと嫌な予感がして空気を変えるために慌てて口を開いた。
「そ、そう言えば!ビックリしたなぁー!約束もしてないのに次から次へと集まるんだもん!どうして皆ここに来たの?」
何となく私がそんな質問すると、一番始めに私の前に姿を現した健がむくりと起き上がった。
「どうしてって、いつも美子と遊ぶ時はここで待ち合わせてるだろ?だから来ただけだぞ。」
「んー、俺は美子の家に迎えに行こーとしてた時にここから何か美子っぽい匂いがしたから来てみただけー。」
「僕は美子を迎えに家に行ったんだけど、家の人に「遊びに行った」って聞いたからここかなって思って来たんだ。その途中で透夜と会って…」
「…ああ、俺は家には行っていないが、式神に美子の年賀状を持たせて案内させていた。故に馨と一緒だったのは偶然だ。」
私の質問に四人は順番にそう答えてくれた。それを聞いて、それぞれここへ来た方法は違うけど、皆私と遊ぶために来てくれたことが嬉しくて一人ニマニマとしていると、秀が驚いたような顔をして固まっていることに気が付いた。
「…秀?どうしたの?」
「…べっつにー?何でもなーい。」
何でもないように見えなかったからじっと見つめていると、秀はまた私から逃げるように顔を逸らした。
「ところで、美子はここで何をしていたの?」
また顔を背けた方に回り込もうかと考えている時に馨にそう言われて、無視する訳にもいかなかったからそれ以上の追及は諦めて馨の方を見た。
「わたしは遊びに来たの。…本当は、さっきの挨拶の時に皆に遊ぼうって言いたかったんだけど、わたしは来ちゃダメって言われたから…だから、一人で雪だるまでも作って遊ぶつもりだったんだけど、まさか皆も来てくれるなんて思わなかったよ!」
さっきまでの悲しさで少し胸がチクッと痛んだけど、皆がここにいることがすごく嬉しくてそんな痛みはすぐ消えてしまった。すると、私のその言葉に馨は少し驚いたような顔をして微かに首を傾げた。
「…馨?」
「…あ、いや、その……今日は「御詞巡り」の日なのに、参加しないのかなって思って…」
「みことばめぐり…?」
初めて聞く言葉に今度は私が首を傾げると、馨の隣に立っていた透夜が静かに頷いて口を開いた。
「…「御詞巡り」とは、一月四日に【四神】の四つの神社を巡り、各所で木札を受けそれぞれに一字ずつ書き入れ天地神社へ奉納するという催事だ。その四枚の木札を四神の王たる応龍を祀る天地神社へ納めることで四神の庇護を受けられると言い伝えられている。」
「へー…そんなお祭り、初めて聞いた…」
だから応龍祭りの時と同じくらいお手伝いの人が家にいたんだと納得してから、よしっ!と立ち上がって皆を見渡した。
「それじゃあ折角だし、わたし達もその「御詞巡り」やってみようよ!その後雪合戦とか、雪だるま作って遊ぼう!ね!」
皆に向かってそう言った後にもう一度強めに「ね!」と言うと、皆は一瞬驚いたような顔をしてからやっぱりねとでも言いたげに笑った。
「だよねー、美子なら絶対言うと思ったー。」
「美子、祭りとか好きだもんな!」
「うん!お祭り大好きだよ!だから行こ!」
その笑いが良い方なのか悪い方なのか判らなくてモヤモヤしながらもう一度そう誘うと、皆は分かった分かったと笑いながら頷いてくれた。
「本当!?ありがとう!それじゃあ行こう!早く行こう!」
冬は夕方になるのが早いからこうしてる時間が勿体ないと慌てて座っている健と秀の手を引いて立たせ、皆に背中を向けて森の出口へ向かって走ろうとした時、ある事を思い出して皆の方を振り返った。
「?どうした?美子。」
「忘れてた!健、馨、秀、透夜!明けましておめでとう!今年もいっぱいよろしくね!」
ずっと言いたかったことを大きな声で一生懸命伝えると、四人はまた驚いたように目を見開いてからくすぐられたみたいに笑って私の方へ歩いて来た。
「こっちこそよろしくな!美子!」
「ふふ、明けましておめでとう。いっぱいよろしくね。」
「…ああ、俺も、よろしく頼む。」
「ていうか、年明けの電話でも言ったのにまた〜?どんだけよろしくするの?」
「いいでしょ!大事なことだから、ちゃんと顔を見て言いたかったの!」
秀の揶揄いにそう言い返してから、もう一度皆に「行こう!」と大きな声で言った。私のその言葉に、皆が頷いてくれるのをきちんと見届けてから、「御詞巡り」というお祭りに参加するために皆と森を走って行ったのだった。
続く…




