表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
50/75

第15話 独学


ーーーーーーーーーーーーー






「…うぅ〜寒いっ…走ったら暖かくなるかなぁー…」


境内に吹き荒ぶ冷風から逃れようと顔をマフラーに埋めながら霜が付いている雑草を引き抜いて、真っ赤になった指先にはぁと温かい息を吹きかけて曇った空を見上げた。


「…はぁ…健、今頃何してるのかなぁー…」


…おばあちゃんのお店の問題が解決してから早くも二週間が経ち、新しい年まで後一ヶ月を切った今日この頃だが、私も健も年越しに向けての掃除や準備が忙しくて暫く会えない日々が続いていた。


(…ふふん、でもでも、悪い事ばっかじゃないもんね!)


心配そうに私を見下ろす空に向かって自慢するように心の中でそう呟いてニヤニヤと少し変な笑みを浮かべてしまった。


「…だってだって、年が明けたら皆にまた会えるんだもん!」


嬉しさの余りつい空に向かってニヤニヤの理由を声にすると、大きな独り言を言った恥ずかしさと抑えきれない興奮が相まって胸がポカポカと暖かくなって高鳴り出した。


(…昨日、電話で馨が教えてくれたの。三が日の次の日に【四神】が【応龍】に新年の挨拶をしに神ヶ森(こっち)に来るんだって。だから、あと少しでまた皆と遊べるの!)


一週間に一回だけの電話で知った衝撃的な事実から一ヶ月後のことを想像するとやっぱりニヤニヤせずにはいられなくて、勝手に上がる頬を手で押さえながらどんよりとした空を見上げた。


「…だから、お掃除もお手伝いも頑張るよ!いっぱいいっぱい頑張るから、その日は絶対晴れにしてね!」


そうお願いしてまた玉砂利の間に生えている雑草を張り切って抜き始めると、静かだった境内の木々達がザワザワと葉を揺らし始めた。それが何だか応援してくれているように感じて更に張り切って雑草を抜いていると、拝殿の方から太鼓のような音が聞こえてきた。御祈祷の時間にしてはまだ少し早いような…?と不思議に思ってちょっとだけ様子を見てみようと雑草の袋を抱えて人気のない境内を走り出した。




………

……




「…よいしょっ、ここからなら良いかな?」


あまり近付き過ぎると誰かに見つかってしまうと思って拝殿の入り口が何とか見える灯籠の後ろに隠れながら音のする拝殿の中をこっそりと見てみると、中ではお父様やお兄様、そして神職の人達が音楽を奏でながら祝詞(のりと)を述べていた。


「…お父さまとお兄さま、何してるんだろう?」


お祭りみたいで楽しそうだなと思いながらもう少しよく見たいと頭をぐっと前に出そうとした時、後ろから「美子様?」と声を掛けられた。それに慌てて振り返ると、そこには神楽の先生の娘さんでいつも巫女さんとしてお手伝いしてくれるお姉さんが立っていた。


「そんな所で何をしていらっしゃるのですか?」


「あ、えっと、その…お掃除、してたんですけど、音が聴こえたので気になって…その…」


ドキドキしながら何とかここにいる理由を伝えると、お姉さんは「ああ」と頷いてから口を開いた。


「今拝殿で儀式を行っているのは御守りの為ですよ。」


「お守り…?」


あの音楽や祝詞がどう関係してくるのか解らずに首を傾げながら繰り返すと、お姉さんはほんの少しだけ微笑んで頷いてくれた。


「この天地神社では毎年、年始限定で手作りした御守りを参拝された方にお渡しするという決まりがあります。そのために使う錦と糸をあのような儀式を行って応龍から賜るんです。」


「手作りのお守りってお姉さん達が作るんですか?」


「はい。天地神社に奉仕する巫女が作ることになっていますので。美子様も、応龍様がお許しになればゆくゆくはお作りになるかと思いますよ。」


お姉さんがそう説明し終えると、参道を歩いて来たおじいさんがお姉さんに声を掛けた。


「すみません、祈祷の受付はどちらでしょう?」


「御祈祷ですね。御案内致します。」


そう返事をすると、お姉さんは私に一礼してからおじいさんを連れて社務所へ歩いて行った。一人残された私は、また灯籠の影からちらりと拝殿を覗いた。


(…手作りのお守り…私も皆に作ってみようかな…)


いつも一緒に居られる訳ではないから、皆を怪我や病気から守ってくれる物を渡せたらすごく良いなと思い至って、音楽と祝詞が響く拝殿を眺めながら密かに御守り作りを決意するのだった。






ーーーーーーーーーーーーー






「お裁縫の本?」


その晩、御守りを作るためにはまずは本を読んで針や糸の使い方を勉強しないとと思って絵本の読み聞かせに来てくれたお兄様にそうお願いをした。


「はい!お裁縫の本と、あとお兄さまのお裁縫箱も貸してください!」


本当は先生やお手伝いに来てくれる人に教えて欲しかったけど、皆が年末年始に向けていつも以上に忙しそうにしているのを知っていたから私に付き合わせるのは悪いと思って本で勉強しようと思ったのだ。だけど、私は図書館のカードを持っていなかったからお兄様に代わりに借りてきて貰い、また針も糸も持っていなかったからお兄様が学校で使っているのを借りようと思ってそうお願いをすると、お兄様は僅かに首を傾げた。


「…本を借りてくるのも裁縫箱を貸すのも構わないけど、料理の次は裁縫がしたいの?どうして?お父様は許してくださったの?」


「う、うぅんー…」


嘘は付きたくなかったけど本当のことを言う訳にもいかず誤魔化しながらそう返事をすると、お兄様は困ったように笑って布団をめくりぽんぽんと叩いた。それが布団に入りなさいという合図だと判ったから促されるまま布団に寝転がるとお兄様は優しく布団を掛けてくれた。


「ふふ、また内緒?」


「…あ、後でちゃんと言います……多分…」


小さくそう付け足してお願い…!とジッとお兄様を見つめると、お兄様は「ははっ」と軽く笑って私のお腹をポンポンと叩いた。


「いいよ、お父様には内緒にしておいてあげる。でも、怪我は絶対ダメだよ。約束出来る?」


「…が、頑張ります……」


自分の不器用さはお菓子作りの時に嫌と言う程思い知らされたので「うん」とは言えなかったけど、許してくださいとまたお兄様を見つめると困ったように笑った。


「…本当はちゃんと約束して欲しいけど、美子には敵わないね。」


独り言みたいにそう言うと、お兄様は私の頭を撫でてから絵本を一つ取って私にも見やすいように広げてくれた。


「今日は何のお話ですか?」


「月のお姫様が愛する人と幸せになるお話だよ。」


「あ!わたしの好きなお話!」


早く読んでと絵本を広げるお兄様の腕にピッタリとくっ付くと、お兄様はクスリと笑ってからゆったりとした口調で「むかーしむかし」と絵本を読み上げ始めたのだった。






ーーーーーーーーーーーーー






それから三日後、お兄様が学校の図書室と図書館から借りてきてくれたお裁縫の本を読み漁って道具の名前や使い方を覚え、また御守りに使う布も商店街の古着屋さんに処分する物を譲って貰ったりして何とか材料を集めて後は実際に縫ってみるだけの状態まで準備を進めていた。


(…チクッとしたら痛そうだな……いや、でも!皆がこっちに来るまで時間もないから一人でも頑張らなくちゃ…!)


糸を通し終えた針を見つめながら、恐怖でざわめく心臓にそう言い聞かせて大きく深呼吸をした。


「…よ、よしっ!やってみよう!」


恐怖を力に換えていざっ!と指抜きを指にはめると、小さく切った布を重ねて慎重に一針一針縫い進めていった。



……チク、チク…チク……


「…っ…いった!うぅ…ばんそうこう…」


……チク……チク……


「…あ、あれ?何でこっちとそっちが一緒になってるんだろう…?」


……チク、チク、チク…


「…玉留めってこれで良いのかな…?何か写真と違ってグチャグチャになっちゃった…」


……パチン



…糸を切り、縫い終わったそれを机に置き、ジッと目を凝らして見た。だけど、いくら見つめてもそれは御守りの袋には見えてこず、書き損じてグシャグシャに握りつぶした紙のような布の塊にしか見えなかった。


「……だ、大丈夫!な、何とかなるよ!……多分…」


縫う前とは違った胸のざわめきを振り払うように頬を強く叩くと、また針に糸を通して布を縫っていった。








ーーーーーーーーーーーーー









…そして、一人で練習し始めてから多くの月日が過ぎていき、世間では年末と呼ばれる頃になっていた。神社の方はこの頃になると年末詣のために訪れる人も多くなって忙しくなるため、この広い家には贅沢なことに私しかいなかった。


「…うぅぅ〜…」


だけど、そんな贅沢を楽しむどころか地を這うような唸り声を上げていたのは勿論私で、頭を抱えた私の目の前には何とか御守りに見えなくもない物達が転がっていた。


「……お守り…出来たけど、でもなぁー……」


そう言って作った御守りを改めてよく見ると、初めて作った時みたいに塊になってはいないし、持ち上げた時に中に入れた内符が出てきたりする事はないが、横の長さがバラバラでギザギザに縫ったから布が余ったり突っ張ったりしていて、一言で言えば歪な形だった。


(…こんな変なの、貰っても迷惑なだけだよね……)


皆に渡した後のことをいくら想像してみても、微妙な反応が返ってくることしか考えられなくて、折角久し振りに会えるのにこんなことで台無しにしたくないなと思って溜息を吐いた。


「…仕方ない。作り直す時間も材料もないし、今回は諦めよう。」


ビックリさせたくて皆にも内緒にしていたのがこんな形で役に立つなんて…と自虐染みた笑いを漏らした時、襖の向こうから「美子」と名前を呼ばれ、慌ててそれらを机の引き出しにしまい襖を開けると頬や耳を少し赤らめたお兄様が立っていた。


「お兄さま?どうしたんですか?お手伝いは?」


「少し人出が減って来たからね、ちょっと抜けて来たんだ。」


冷たくなったお兄様の手を絆創膏だらけの両手で挟んで温めながら何でだろう?と見つめていると、お兄様はしゃがんでニコリと微笑んだ。


「美子、明日の夜に一緒に年末詣に行こう。」


「年末詣?でも、明日は大晦日だから、すっごく忙しいんじゃ…」


一瞬胸が高鳴ったけど、大祓や御祈祷の予約がいっぱいだと巫女のお姉さん達が嘆いているのをお掃除の時に偶然聞いていたためそう返すと、お兄様はふふっと軽やかに笑った。


「大丈夫、その分今日手伝わせて欲しいってお父様にお願いしてあるから。それに、明日の大祓は夕方には終わるし、夜に忙しいのは大人だけだよ。」


「…でも、人もいっぱいいるのに神社の中でお兄さまと一緒に居たらお父さまにー…」


以前、そんな人が居ない時に話し掛けただけで怒られたことを思い出して思わず俯くと、お兄様は温めたばかりの手で頭を優しく撫でてくれた。


「大丈夫。僕と一緒に応龍に一年の感謝と挨拶をしにいくだけなんだからお父様も許してくださるよ。」


「……本当?怒られない…?」


「うん。それにもし怒られそうになっても僕が守ってあげるから、ね?」


その頼もしい言葉と笑顔に漸く不安が溶けて明るい声で「うん!」と答えると、お兄様も嬉しそうに笑ってくれた。


「それじゃあまた明日の夕方に迎えに来るから、それまで良い子でお留守番しててね。」


「はい!わたしもお留守番頑張るので、お兄さまもお手伝い頑張ってください!」


笑顔でそう言うと、お兄様は「ありがとう」と言ってまた優しく頭を撫でてくれた。そして、廊下を行くお兄様の後ろ姿が見えなくなるまでお見送りしてから襖を閉めると、押し入れから枕を取り出して力いっぱい抱きしめた。


「…ふふふ、やったぁ…!お兄さまと、お出かけ…!」


枕で口元を覆いながらなるべく小さな声で喜びを言葉にすると、明日着ていく服を用意しなくちゃ!と思い至って箪笥からお気に入りの服を引っ張り出して鏡の前で心躍らせながら夜を一人で過ごしたのだった。






続く…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ