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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
43/75

第8話 答え合わせ


ーーーーーーーーーーーーー






「…あっ!あった!あった!」


静かな物置部屋で私がそう声を上げたのは、今日の課題の半分を終わらせ少し早めのお昼を済ませた頃のことだった。綺麗に整頓された段ボール箱や木箱をいくつも漁って漸く見つけた麻の縄を取り出してはあちこちを引っ張って千切れないかを確認した。


「よしっ!大丈夫!お茶はもう用意してあるし、煙草は商店街の誰かに貰うとして…うーん…一応シャベルも探してみようかな…」


…今何をしているのかと言うと、あのおじいさんにとって大事な羽織と好物と思わしき物を使って罠を作る作戦を考えて捕獲するための道具をこうして揃えていたのだ。また、もしもの時のために落とし穴も作ろうかと物置部屋を見渡したものの、お店に行く前に寄る所があるのを考えるとこれ以上探している時間はないなと判断して漁った段ボールや木箱を片付けた。そして、廊下に置いていたリュックを背負い、トートバッグに麻縄を入れて物置部屋を後にした。




………

……




先生とお手伝いさんに見送られて向かったのは、おばあちゃんのお店ではなく青龍神社だった。理由はもちろん、おじいちゃんにあの怪異について教えてもらうためだった。


(だから健におじいちゃんを引き留めておいてねってお願いしたんだけど…健が私の家まで来なかったってことは大丈夫だったんだ)


健にお願いして良かったなと思いながら待っているであろう健の家へ行こうとした時だった。


…ヒュゥゥドォオン!!


「!?」


突然空から凄まじい速さの何かが私のすぐ近くに落ちてきて、綺麗に敷き詰められていた玉砂利が砂と共に飛び散った。始めは隕石か何かが落ちてきたのかと思ったけど、舞い立つ砂煙の中から咳き込む音が聞こえてきて落ちてきたそれが人間なのだと判った。


「だ、大丈夫ー…って健!?」


「…っく、いってぇー…。」


荷物を置いて安否を確かめるべく砂煙の中へ入ると、落ちてきたその人は今まさに会いに行こうとしていた人物だった。


「だ、大丈夫!?で、でもなんで空から落ちてきたの!?」


家でおじいちゃんと一緒にいると思っていたのに、まさか空から降ってくるとは思わなくて混乱しながらそう尋ねると、健は漸く私に気が付いたのか起き上がってばつが悪そうに頭を掻いた。


「…昨日、美子にお願いされたことしてたんだよ。」


「えっ…?でも、お願いって…」


「まだまだじゃのぉ、健。」


後ろから聞こえてきた声に振り返ると、木刀を腰に差したおじいちゃんがニコニコと笑いながら立っていた。


「空まで追い掛ける心意気は良いが、返り討ちに遭うことも考えんと相手の思う壺じゃぞ。もう少し頭を使いなさい。」


そう言って地面に突き刺さっていた健の木刀を引き抜くと、私を見て柔らかく微笑んだ。


「いやなに、「美子が来るまでどこにも行くな」と言うて朝餉の後からずっと追い掛けてくるのでな、仕方なく相手をしておったのよ。何度地面に叩き付けたか分からぬほど未熟ではあるが、しかしまぁ、美子ちゃんが来るまで頑張ったからのぉ。褒美に話くらいは聞こうかの。」


長い髭を撫でながら私のトートバッグへ向けられたその目に、用件を思い出して慌ててバッグを取りに行った。


「おじいちゃん!教えてください!今噂になってる怪異のこと!」


そう言いながらバッグから昨日手に入れた羽織を取り出して広げると、おじいちゃんはほぉと声を上げた。


「あの者の羽織じゃな。脱ぎ捨てるほど追い詰めるとは見事見事。」


「これもそうだけど、あのおじいさんにはわたしや健には見えても他の人からは見えなくなる力があるんですよね?あと、思い出せなくなる力も。どうやったらその力に絶対勝てますか?」


とにかく聞きたいことを伝えると、おじいちゃんは考えるような素振りをしてからゆっくり瞬きをした。


「…見えなくなる、か。ふむ、そう考えても間違いではないが、正確に言えば「見えはするが在ることが当たり前過ぎるために見えなくなる」という力じゃの。」


「当たり前過ぎる…?」


そう繰り返すと、おじいちゃんは足元に落ちていた丸石を一つ拾って見えやすいように持ち替えた。


「例えば、いつも通る道があってその道にこんな石が一つ落ちているとするのぉ。初めてその道を通る時はこの石に気が付くかもしれんが、毎日毎日同じ道を歩いていると次第にその石が見えんようになる。その石で転ぶことはないと安心するようになるからとも言えるが、その道にその石が落ちていることが当たり前になり意識して見なくなるからじゃ。目に映っても、それを意識しなければ見えないのと同じ。視覚と意識の陰に潜むのが得意なあの者らしい力と言うべきかのぉ。」


「…え、えっと…」


見えているのに見えないというのがなかなか理解出来ずに黙り込んでいると、おじいちゃんはほっほっと軽やかに笑って私の頭を撫でた。


「少し難しかったかの。さっきも言ったが「見えなくなる力」という認識でも間違いではないからのぉ。仕組みについてはもう少し大きくなってから理解すれば良い。」


「…分かりました。」


少し歯痒かったけど時間もないし、いくら考えても解らなさそうだったから仕方ないと諦めてそう頷いた。


「さて、二つ目の質問についてじゃが、結論から言えば美子ちゃんも健も気にせんでも良い力じゃぞ。」


「えっ?で、でも、わたしも健も、初めてあのおじいさんに逢った時は思い出せなくなったから…」


予想だにしない答えに慌てるようにそう返すと、おじいちゃんは安心させるかのように優しく笑った。


「二人は幼子ではあるが神に仕える者であり、神の力をそれぞれ持っておる。その力は神聖なもので、邪気とは相容れぬものじゃ。よって本来二人には邪気や妖気など効かぬはずなんじゃが、あの日美子ちゃんは妖気を感じるほどの力はあったが疲労からその力が弱まっておった。じゃが、思い出そうとしてしまったために妖気が増し、抗うことが出来ずに体力まで食われてしもうたんじゃ。健はそもそも妖気を妖気と感じられぬほどその力がなく、知らぬ間に術にかかっておったのじゃ。単なる修行不足じゃな。」


そう一息に言ってから地面に座っている健に冷たい眼差しを向けて長い溜息を吐いた。


「それじゃあ、怪異に遭った人達が思い出せなくなるのは、妖気を感じてもわたしたちみたいに神さまの力がないからなんですか?」


「うーむ…そうじゃな。まああの者に関しては、妖気を感じるというよりもその姿を見ることによって術にかかってしまうため思い出せなくなる、という方が良いのかのぉ。」


「えっ?でもさっき、当たり前だから見えないって…」


矛盾する言葉に首を傾げながらそう問うと、おじいちゃんは嬉しそうに笑って口を開いた。


「人の話をよく聞いておるのぉ。その通り、あの者はすれ違ったりそこにいるのを見ただけでは見ることができん。じゃが向こうから話しかけられた時は違う。自分を呼ぶ声が聞こえたら意識せずにはおれん。その時に漸く見ることができるんじゃが、自分の姿を見た者がおると陰に潜んで生きるあの者にとっては厄介になるのでな、自分を見たという記憶にだけ鍵をかける。だから皆思い出せんのよ。」


なかなか難しい説明を何度も頭の中で繰り返して理解できる所だけ覚えると、今度はその説明と矛盾する自分の行動を思い出した。


「あの、おじいちゃん。わたしも初めて逢った時には一回忘れたのに、その後思い出せたのはどうしてですか?」


そう聞くとおじいちゃんは一瞬だけ私から目を逸らして髭を撫でた。


「…推測じゃが、さっきも言った通りあの日美子ちゃんは疲労から抗う力が弱まっておった。じゃが休んだことによってその力が回復したんじゃろうな。そして、その鍵を解く手掛かりを得た。図らずもあの者がそこにいたことを証明してしまう、厄介な手掛かりじゃ。」


「手掛かり…?…あっ!お茶と煙草!」


思い出したあの日のことを思い返してそう叫ぶと、おじいちゃんはコクンと頷いた。


「普通ならお茶や煙草の匂いに触れても思い出すことはできん。鍵となる妖気に抗う力がないからの。じゃが美子ちゃんにはあった。その違いかの。」


怪異について一頻り話すと、おじいちゃんは私に手を差し出した。何だろうと思ったけど、私の持っている羽織が欲しいのだと解ってそっとその手に渡した。すると、おじいちゃんが背中を向けて歩き出したので荷物を持って健と一緒にその後を追った。


「…わぁ、大きな木…」


おじいちゃんが立ち止まったのは青龍神社の拝殿の近くにある注連縄の巻かれた大きな御神木の前だった。太い幹と秋なのに青々とした葉っぱの堂々とした佇まいに瞬きも忘れて眺めていると、おじいちゃんは御神木に一礼してから羽織を木の幹に当ててその上に健の木刀を翳した。すると次の瞬間、無風だった境内に風が吹き始めてその木を登るように風が巻き上がっては青い葉を揺らした。



「…健、何か聞こえたかの?」


風が止んで葉も静かになった頃、もう一度御神木に一礼したおじいちゃんが振り返ってそう聞くと健は首を横に振った。


「少し騒いでたけど特には。」


「ふむ。まあそうじゃろうな。あの者は夕方にしか現れん。」


想像通りの反応だったのかそれ程残念がる素振りのないおじいちゃんは木刀を健に、羽織を私に返して口を開いた。


「夕方にもう一度、今と同じように町の木に聞きなさい。風が答えを運んでくれるじゃろう。」


「町の木って、この御神木じゃなくてもいいのか?」


健がそう聞き返すとおじいちゃんは「ああ。」と言って頷いた後に御神木を見上げた。


「なあ、じいちゃん。結局何ていう妖怪なんだ?」


「…さあ、何と言ったかのぉ…物忘れが多いジジイには思い出せん。困った困った。」


揶揄うような口調で手をヒラヒラと振ったおじいちゃんに、その答えは自分で聞き出しなさいと言われているように思った。答えを教えろとおじいちゃんに詰め寄る健を目で追ってから、手渡された羽織を静かに眺めては風に揺れる木の葉を思い浮かべていた。






ーーーーーーーーーーーーー






「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」


最後のお菓子を買ったお客様を外までお見送りしたのは、時計の針が午後の四時を少し過ぎた頃だった。


(…夕方って何時から何だろう…とりあえず健が聞きに行ってくれてるけど…もう何処かでお茶した後だったらどうしよう…)


店仕舞いをしながらそんなことを考えていると不意に柔らかな手に頭を撫でられた。ビックリして顔を上げると、そこにはおばあちゃんが立っていてニコニコと柔らかな笑顔を浮かべていた。


「そんなに気もそぞろでどうしたの?健君が先に帰っちゃったから寂しいのかしら?」


茶目っ気のある声音でそう言うおばあちゃんに、何でもお見通しなんだなと感心しながら、本当のことを言うわけにもいかないので誤魔化すように笑って口を開いた。


「健がいなくても、おばあちゃんがいるから大丈夫です。」


「ふふ、嬉しいけど健君に怒られちゃいそうね。」


その言葉に笑って答えてから店仕舞いの続きをしようとした時だった。閉じたばかりの扉が勢いよく開いたかと思えば、そこには私のトートバッグを持った健が立っていて私を見つけると走って近付いてきた。


「美子!あいつの場所分かったぞ!教えてもらった!」


「えっ!本当!?」


そう聞き返すや否や、健は私をおんぶして出口に向かって走り出した。それに慌てて振り向いて呆然としているおばあちゃんに向かって口を開いた。


「お、おばあちゃん!また後で来ます!!健と一緒に絶対!!」


困惑しているおばあちゃんが頷くよりも先に店を飛び出した健は、商店街の所狭しと並ぶ屋根に飛び乗ってその上を物凄い速さで走り始めた。


「健!あのおじいさんはどこにいるって言ってたの?」


「住宅街の北西の方だって言ってた!あと庭にコスモスと栗の木が生えてる家だって!」


結構詳しく教えてもらえたんだなと思いながら、どうか間に合ってくれと心の中で強く念じた。そして、健にしがみ続けて五分と経たないうちに到着した住宅街を必死に見渡した。


(コスモスは知ってる、確かピンクのお花だった。でも栗の木って何色なんだろう…実が茶色だから茶色なのかな?)


その特徴を頼りに家を探していると突然一際強い風が吹いて私達の身体を包んでいった。健は舌打ちをしながら一度屋根に降り立ち、私はその冷たい風に思わず顔を背けた。するとその時、二本向こうの道を歩く渋い茶緑の人影が見えた。


「…あ、あっ!!健!いた!あそこ!!」


見えやすいように健の頭を両手でぐいっとその方に向けると、健もすぐその姿を捉えて再び屋根の上を走り出した。漸くあのおじいさんと同じ道に辿り着いたと思った瞬間、おじいさんは庭に栗の木が生えているお家の門を勝手に開けて入ってしまった。


「待て!このっ!!」


「け、健!待って!!」


その背中を追って門を飛び越えようとする健の服を慌てて引っ張って身体を後ろに傾けると、健は急いでいた足を止めて振り返った。


「何だよ!早くしねーとまたやられんぞ!?」


「分かってるよ!でも人のお家に勝手に入ったら不法侵入って言うんだよ!怒られちゃうんだよ!」


テレビのニュースとかで聞いたことのあるそれを中にいるおじいさんには聞こえないような声で言うと、健は道を歩く人達を見ては言葉を飲み込むように黙り込んだ。


「…っ、じゃあどうすんだよ!ピンポンでもしろって言うのかよ!?」


苛立たしげにそう言う健に、私は首を横に振って地面に降りた。そして、健の持っていたバッグを掴んで健に押し当てた。


「…これがあるでしょ?健。」


真っ直ぐ見つめながらそう言うと、健は何も言わずにただ私を見つめ返した。






続く…

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