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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
42/75

第7話 収穫


ーーーーーーーーーーーーー






「…教えてくださってありがとうございました!お邪魔しました!」


黒い瓦屋根のお家から出てそう挨拶をした私達がいたのは商店街からすぐ近くにある住宅街で、あれからずっと噂を追って聞き込みを続け、ようやく怪異に遭遇した最後の人に話を聞き終えたところだった。


「んーと、怪異に遭ったのが四人で、そんでやっぱり全員がお茶と煙草が机の上に置いてあったってのと、あと何があったかよく思い出せねーって言ってたよな?」


「うん。夕方にご飯を作ってたりテレビを観てたりっていう違いはあったけど、その三つは共通してたね。」


聞き込みの最中に色んな食べ物を貰いながら数時間かけて集めた情報を言葉にして確認しつつ、一旦商店街へ向かうために夕焼けに照らされた道を歩き始めた。


「そんでその怪異を追ってんのがじいちゃんだってことも分かったな。だから最近忙しそうだったんだなー。」


「うん。…でも、それ以外はあんまり分からなかったね…。」


商店街や住宅街で聞いた噂にはお煎餅屋の女将さんが話してくれたこと以外にも「そのお茶を捨てたら更に怪異に見舞われる」「その怪異を思い出したら不幸が訪れる」といった尾鰭がついたものも幾つかあってあまり当てにならず、また実際に怪異に遭った人達も詳細を思い出せないから結局一番始めに聞いた女将さんの話ほど有益な情報は手に入らなかったのだ。


「まあ面白おかしく言うのも噂の醍醐味みたいなもんだしな。あんまり落ち込むなよ、美子。」


「うん…。」


こんなことなら後はおじいちゃんに任せて健と遊んだ方が良かったのかな…なんて思っていると、先を歩いていた健が振り返って俯く私の両頬をぐいっと持ち上げた。


「…け、けん?」


「ほら、帰る前にばあちゃん家行って明日の分のあんこ作ったりしなきゃなんだろ?そんな顔で行ったらばあちゃんビックリすんぞ?」


そう言われて健のその行為が私を笑顔にしたくてやったことだと分かって胸が熱くなった。だけど、面白いことをして笑わせるとかじゃなくて頬を持ち上げるという強引というか直接的過ぎるやり方が可笑しくて、感動よりも笑いが込み上げた。


「あはは!そうだね!ありがとう!健!」


頬を持ち上げる手を握ってお礼を言うと、健は満足そうな笑顔になってそのまま手を引いて商店街の方へ走り出した。


(おばあちゃん、病院どうだったのかな?もし悪いところがあっても治癒の力で治せるよね…あっ、でもまたダメって言われちゃうかな…)


健が人や自転車を避けながら走ってくれるから人にぶつかる心配もせずにそんなことを考えていると、十字の道を真っ直ぐ通る時に右手の道からサッカーボールが飛んできた。ビックリして動けない私を庇うようにボールと対峙した健は、木刀でそれを真上に打ち上げて落ちてきたのを片手で受け止めた。


「あっぶねーなぁ…美子、大丈夫か?」


「う、うん。ありがとう。」


「あー!!ドロボー!それおれのだぞ!!」


急に響いた大声にビックリしてその方を見ると、同い年くらいの男の子達が駆け寄って来て先頭の帽子を被った男の子が健からひったくるようにボールを取った。


「何だよドロボーって。別に欲しくねーから、そんな汚ねーボール。てか謝れよ。美子にぶつかるところだったんだぞ。」


「な、なんだとぉ!?これ買ってもらったばっかなんだからな!!お前こそ謝れよ!」


「ま、待って!ケンカしないで!」


そう言って火花を散らす二人の間に慌てて入ると、二人は睨み合いながらも離れていった。


「あの、別にわたしも健も謝って欲しいとか本当は思ってないよ。でも、こんな道路でボールを蹴ったら危ないよ。車が通るかもしれないし、お年寄りの人とか妊婦さんに当たったら大変でしょ?だから」


「う、うるせーよ!ブス!」


皆の前で怒られて恥ずかしいのか、帽子の子は顔を真っ赤にしながらそう怒鳴って私の肩を思いっきり押した。そのせいで転びそうになったけど、健に支えられて難を逃れた。お尻が痛くならなくて良かったと安堵してお礼を言おうと健を見上げると、その表情が鬼のような恐ろしいものになっていてそれを見た男の子達が悲鳴を上げて後ずさった。


「…今何つった?もう一回言ってみろよ?」


「…ひ、ひぅ、そ、そのっ……」


ガタガタと震えながら顔を真っ青にしたその子は、泳がせていた涙目を健でも後ろにいる友達でもなく健の後ろにいた私に向けた。


(…助けてくれってことだよね…後ろの友達じゃなくて私に助けを求めるんだ…巻き込まないようにしてるのは偉いなぁ…)


そこまで悪い子じゃないのかも…と感心しながら一つ溜息を吐いて殺気を纏う健に近寄って手を繋いだ。


「…健、ケンカしちゃダメだよ。ケガしたら痛いって知ってるでしょ?ね?」


顔を覗き込んで落ち着かせるように手を包むと、舌打ちをして鋭い眼差しを瞬きで打ち消した。それに胸を撫で下ろした時、男の子達の方から一人の老人が歩いてきた。帽子に渋い茶緑の着物が昨日のあの人と全く同じだったから目を離せずにいると、私の視線に気が付いたのかすれ違う時に帽子の下の目が見えた。…帽子の影の中で僅かに開かれたその目は、底冷えするような鋭さと不気味さを湛えていて、見つめた瞬間に気持ち悪い寒気が身体を駆け巡った。



「……っ、あ、あのっ!」


怖かったけど、それよりも話し掛けなきゃという気持ちが勝ってその人に声をかけた瞬間だった。ゆっくり歩いていたその人が急に走り出して猛スピードで私達から離れて行った。


「えっ!?待って!!」


それに引っ張られるように私も走って追い掛け始めたけど、その人の逃げ足は軽やかなのに異常なほど速くてただ離れていくばかりだった。


(っ…全然追い付けない!何であんなに足が速いの!?)


このままじゃ逃げられると思ったその時、目の前に何かが見えたと思ったら急に体が傾いて足が浮いた。もう走ってないはずなのに体に受ける風や通り過ぎていく景色に何が起こっているのか理解できずにいると、顔を擽る赤茶の髪が目に映った。


「…け、健っ?!」


置いてきたと思った健が前にいる、いや、健が私をおんぶして走っているのだと漸く解ってその名前を呼ぶと、健は振り返らずに口を開いた。


「美子が急に走り出したからおんぶした!てか「待って」って誰に言ってたんだ?」


多分私の唯ならぬ気配を感じ取って咄嗟に追い掛け、足の遅い私に代わって走ってあげようと思っておんぶしたってことだと思った。状況的にはその通りだし有り難かったしお礼を言うべきだと思ったけど、よく走ってる人をおんぶできたなという驚きの方が大きくて言うべき言葉がなかなか出て来なかった。


「…あ、えっと!健!あの人!あの帽子を被った茶緑のおじいさんを追いかけて!」


「ん?んー…ああ、あのじいちゃん?何でだ?てか足はえーな。」


あの服装や背格好に心当たりはなさそうだったけど、健があのおじいさんを視認できたことに少し安心して言葉を続けた。


「何でって、何かゾクってしたから!あと昨日の人と似たような格好なんだもん!絶対同じ人だよ!」


お茶と煙草の香りはしなかったけど、あの目は絶対何かあると思ってそう言い切った。すると、健は一瞬だけ私を見て悪戯っ子みたいな笑みを浮かべた。


「そんじゃあ、あのじいちゃんをとっ捕まえれば良いんだな?よっしゃあ!任せとけ!」


そう言うや否や、健は立ち並ぶ家の塀の上に飛び乗って道とも言えない細い道を風のような速さで走り出した。


(…確かに人や自転車を避けなくていいから道を走るより速いかも知れないけど…こんな細い道を上がったり下ったり跳んだりするのは怖すぎるっ!)


いつぞやの神ヶ森の木の上を走って逃げる時みたいな感覚に襲われたけど、どんどん近付いていく茶緑の背中から目を離すことはしなかった。


「…?」


おじいさんを追い掛ける最中、ふと違和感を覚えて道を歩く人達を意識して見てみると、私が追い付けないくらいの速さで走っているおじいさんとすれ違っても驚く素振りがないことに気が付いた。


(…おじいさんがあれくらいの速さで走るのって普通なのかな?私は初めて見たんだけど…)


「じいちゃん!追い付いたぜ!観念しろ、よっ!!」


一人で道を歩く人達の反応に首を傾げていると、おじいさんまであと5メートルに迫った健がそう言って塀の近くに植えられていた紅葉の木を蹴り、一直線におじいさんまで飛んでいった。そして、逃げるその背に手を伸ばして羽織を掴んだ。


「!捕まえ…」


そう喜んだ次の瞬間、おじいさんは健が掴んだ羽織だけを器用に脱ぎ捨てて車が通る道路に足を踏み入れた。


「なっ!?」


「ま、待って!!」


速度を落とすことなく近付いてくる車の群れに最悪の事態が脳裏を過ってそう叫んだ。だけど、車道を横切るおじいさんと走ってくる車がぶつかることはなくて、大きなトラックが視界を遮った次の瞬間にはその茶緑の後ろ姿は見えなくなっていた。目の前で起こったことが理解出来なかった私と健は、暫くの間瞬きも忘れて何事もなかったように車が行き交う道路を眺めていた。




………

……




「…すごかったな、あのじいちゃん。足はえーし、避けてる訳でもねーのに渡り切っちまうなんてさ…。」


「…うん。だけど、車とぶつからなくて本当に良かった…。」


そんなことを話しながら歩いていたのは、家路を急ぐ人や夕ご飯の買い物をする人で賑わう夕方の商店街だった。おばあちゃんの様子を見て明日の分の仕込みをするために訪れた私達だったけど、それよりもさっきの出来事が忘れられなくて半ば放心状態で歩いていた。


「捕まえらんなかったけどさ、収穫はあったからな。」


そう言って健が持ち上げたのはあのおじいさんが脱ぎ捨てた茶緑の羽織だった。


「そうだね。健のおじいちゃんに見てもらったら何か判るかもしれないよ。」


今日の聞き込みが無駄にならなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、突然健がその羽織に鼻を近付けて顔を顰めた。


「うえっ、何かくせーなって思ってたんだけどこれかよ。」


「多分煙草だよ。木とか紙を燃やした時とは違う匂いだよね。」


お父様や先生は吸わないけど、応龍祭りの日に大人の人達が吸ってるのを見掛けて、興味本位に近寄って嗅いだらすごい臭いで後悔したことがあったからある程度確信を持ってそう答えた。


(…あの時はやめておけば良かったって思ったけど、煙草の香りを知っていたおかげで思い出せたって考えたら良い経験だったのかな…)


何事も経験だなとしみじみ思っていると、健は溜息を吐いてそれを自分の右肩にかけるように持ち替えた。


「健、嫌ならわたし持つよ?」


苦虫を噛み潰したような顔でまた溜息を吐いたから煙草の臭いがよっぽど苦手なんだなと思ってそう提案すると、健は意外にも首を横に振った。


「いや、いいよ。だって美子も好きじゃねーだろ?この匂い。」


「そうだけど、でも」


我慢できるから大丈夫と言おうとすると、まるでそれを察したかのように私の手を握って置物屋さんの角を曲がった。


「明日はばあちゃんの店があるから聞くのも探すのもできねーな。でもあのじいちゃん捕まえねーとまた怪異が〜ってなるもんな。」


「うん。でもどこか決まった場所に現れる訳じゃないみたいだし、それに足もあんなに速いんじゃまた逃げられそう…。」


透夜がいたら式神の子にこの羽織を持たせて探させれば良いんだけどな…と思いながら罠か何かを用意すべきかと考えあぐねていると、明かりが灯っているおばあちゃんのお店が目に入った。


「あ!おばあちゃん帰って来てるんだ!」


その暖かな明かりに胸を躍らせ、健の手を引いて駆け寄ってはおばあちゃんのお店の扉を開けた。


「おばあちゃん!こんにちは!」


「あらあら、こんにちは。お休みなのに来てくれたの?」


扉を開けてすぐそう挨拶をすると、椅子に腰掛けていたおばあちゃんが驚いたようにこちらを見ては机の上に広げていた手帳を鞄にしまって立ち上がった。


「はい!だって、おばあちゃんとお話ししたかったし、明日の仕込みのお手伝いもあったので来ちゃいました!」


おばあちゃんに小走りで近寄りながらそう言うと、おばあちゃんは照れたように微笑んで私の頭を撫でた。


「ありがとうね。それじゃあ早速始めましょうか。」


そう言って割烹着を取りに二階へ上がるおばあちゃんを見送っていると、健が肩に掛けていた羽織を長椅子の上に置いて煙草の臭いを払うかのように肩を払った。


「健、大丈夫?」


「ああ。ばあちゃんには悪いけど仕込みが終わるまではここに置かせてもらうな。」


「そうだね。強い匂いはお菓子に移るから気を付けてっておばあちゃんも言ってたもんね。」


そう頷きながら長椅子の上に無造作に置かれた羽織を畳もうと手を伸ばした時、階段を下りてくる音が聞こえて振り向くと割烹着を着たおばあちゃんが慎重に階段を下りていた。


「ふう、お待たせしました…って、あら?健君も来てくれたの?扉の開くような音は聞こえなかったけど…いつ来たの?」


「「えっ?」」


その言葉に二人して間抜けな声を上げて顔を見合わせると、健は不思議そうな顔をして口を開いた。


「…いつ来たも何も、美子と一緒に来たぞ?今日はずっと美子と一緒に噂の聞き込みしてたからな。」


「一緒に…?そうだったかしら…」


独り言のようにそう繰り返すと、おばあちゃんも健と同じように不思議そうな顔をして考え込んでしまった。


(…健とは確かに手を繋いでいたから遅れて来たなんてことはないはずなんだけど…でも、おばあちゃんが嘘をつくとも思えないし…ということは、本当に健が見えなかったってこと…?)


その時ふと目に入った茶緑の羽織にある考えが浮かんで、まさかとは思ったけど確かめてみようと羽織と健の手を取って外に出た。そして、おばあちゃんからは見えない所でその羽織を羽織ってさっきと同じように健の手を引いてお店に入った。


「健君?出たり入ったりしてどうしたの?それに美子ちゃんは?」


「…えっ?あっ、と…」


今起こっていることをどう言葉にすればいいのか分からず言葉を詰まらせる健は、私とおばあちゃんを交互に何度も見つめていた。


(…やっぱり、そういうことなんだ…)


まだ信じられないけどおばあちゃんの反応からそうだと認めるしかなくて、一人で小さく頷いてから健の手を離して長椅子の所まで歩いて行き、羽織を脱いでそこに置いた。


「おばあちゃん。」


「あら、美子ちゃん。どこに行ってたの?」


とにかく今は仕込みを始めないとと思ってその名前を呼ぶと、おばあちゃんは少し驚いたような顔をしてそう返事をした。真っ直ぐ注がれる視線に少し安堵しながら口を開いた。


「ちょっと外にいました!夕焼けのお空がとってもキレイだったので、もっと見たいなって思って外にいました!」


居たけど居なかった理由を繕うためにそう言って窓を指差すと、おばあちゃんも黄昏の空を見つめてふふっと笑った。


「秋は夕暮れが見事ですから見惚れてしまうのも無理はないわね。」


「はい!でももう大丈夫です!ちゃんと夕焼けに「またね」って言ったので!だから仕込みを始めましょう!」


そう返事をして扉を閉めると、おばあちゃんもコクンと頷いて暖簾を括り、調理場へ入って行った。



「…美子、あの羽織って…」


調理場から水の音が聞こえてきた時、私と同じくお店に残っていた健が抑えめな声で言ったその言葉にしっかり頷いて口を開いた。


「…あの羽織、持ってたり着たりするとその人が見えなくなるんだ。…追い掛けてる時、あのおじいさんの足がすごく速くても誰も驚かなかったのも、車が速度を落とさなかったのも、わたしたち以外の人にあのおじいさんが見えなかったからだったんだ。」


実験台みたいにおばあちゃんで試してしまったことに加えて嘘をついてしまったのは申し訳ないと思いつつ、さっきの追い掛けっこの時から覚えていた違和感の答えがはっきりしたことは大きな収穫だった。


(…だけど、あのおじいさんが車道を渡ったのは健が羽織を取った後だったから、おじいさん自体に見えない力があるんだろうな…それに、おばあちゃんは見えなくなるだけで思い出せなくなる訳じゃなかったから、見えなくなるのとは別の力があるのか…)


分かったことを少しずつ整理して今度会った時には逃げられないように、またもしもの時のためにと対策をあれこれ考えていると、調理場からおばあちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。その声に今はお手伝いが先だなと判断して健と一緒に調理場へ向かって仕込みを始めたのだった。






続く…

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