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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
41/75

第6話 立ち話


ーーーーーーーーーーーーー






「……ん、んん〜…?」


窓の外から聞こえてくる賑やかな雀の囀りに起こされて、いつも布団の近くに置いている目覚まし時計で時間を確認しようと手を伸ばした。だけど、いくら手を彷徨わせても畳を撫でるだけでその時計が手に触れることはなく、仕方がなく布団から顔を出すといつもの場所ではなく机の上に置いてあるのが見えた。


「…あれぇ?なんで…?」


寝坊しないようにと寝る前に何度も確認して枕元に置いたはずなのに…と不思議に思いながらノソノソと布団から出て伏せてある時計を手に取った。


「…ん〜、もう8時かぁ…応龍に挨拶しなくちゃ…ふわぁ〜あ………って、8時ぃ!?」


寝惚けている目を擦ってもう一度時計の針を見つめてみたけど、目覚まし時計の針は間違いなく八時を指し示していた。


「や、やっちゃったぁ…!!」


カチコチと正常に動き続ける秒針に全身の血の気が引いて倒れてしまいそうになったけど、それどころじゃないと慌てて部屋を飛び出した。足がもつれて転びそうになるのを堪えてご飯を食べる居間の入り口のところまで走っては、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさいっ!!寝坊しちゃいました!!」


いつもなら洗面所で顔を洗って髪を梳かし、身なりを整えて応龍に挨拶をし、それから居間で朝ご飯を食べるけど、今日はお父様に謝る方が先だと判断しての行動だった。何を言われるのか、またどんな罰を言い渡されるのかビクビクしながら頭を下げ続けていた。だけど、いくら待っても叱責の言葉はおろか溜息の一つも聞こえてこなくて恐る恐る顔を上げてみると、居間にはお父様もお兄様もいなかった。


「…あっ、そっか。8時だからか…」


私とは違ってお仕事と学校があるからいないのだと思い至って、寝覚めの説教をされなくて済んだことの安堵から大きな息を吐いてその場にへたり込んだ。すると、廊下の向こうから心配そうな声で名前を呼ばれ、その方を見るとお手伝いさんが歩いて近寄って来ていた。


「大丈夫ですか?具合でも悪いんですか?」


青白い顔で座り込んでいるからそう思ったのか、お手伝いさんは私のおでこに手を当てて熱を測った。


「…あっ、だ、大丈夫です。ごめんなさい…」


余計な心配をさせてしまったことを謝りつつおでこに当てられた手をそっと下ろすと、お手伝いさんはその手を握ってゆっくり私を立たせた。


「さあ、まずはお顔を洗いませんと。それからご飯にしましょう。」


「…あ、いえ、あの!お、お父さまは、何か言ってませんでしたか?!」


聞きたいような聞きたくないような、でも聞かないでいる方が怖いと思ってあたふたとそう尋ねると、お手伝いさんは微笑んで頷いた。それに眠っていた緊張が一気に目を覚ました。


「ええ、お出掛けになる前に「起きたら今日は勉強をしなくて良いと伝えて欲しい」と仰っていらっしゃいましたよ。」


「……へっ?」


想像していたものとは真反対の言伝に目を丸くすると、お手伝いさんは更に笑みを深めて口を開いた。


「美子さんにゆっくり休んでいただきたかったのだと思いますよ。枕元の目覚まし時計を解除なさったのも天地様でしたから。」


「お父さまが…?」


俄には信じ難い言葉にそう繰り返すと、お手伝いさんはにっこりと笑って頷いた。そして、「お顔を洗いましょう」と言って私の手を引き洗面所への道を歩き出した。その間ずっと、目覚まし時計を解除しているお父様を想像してはお腹がむず痒くなるのを一人静かに繰り返していた。




………

……




「本当に遊びに行かれるのですか?今日くらいお家でゆっくりなさっても…」


「ありがとうございます!でも大丈夫です!」


心配そうな顔でそう言ってくれることに感謝をしながら笑顔でそう答えると、お手伝いさんは観念したように小さく息を吐いて頭を下げた。


「…ご無理はなさらずに。行ってらっしゃいませ。」


「行ってきます!」


元気よく挨拶をしてから玄関を出て、昨日と同じように外に誰もいないのを確認してから静かに門を潜った。そして、石畳の道を走って鳥居を潜り、まずは健の家へ行こうと走り出した。


(…お父様にはごめんなさいだけど、昨日のことがどうしても気になるの。何で思い出せないのか、何で健は何ともなかったのか、何でおじいちゃんはあそこに居たのか…それに、お面屋さんの木下さんが言ってた怪異も、折角時間ができたんだから調べてみたい!)


好奇心のような義務感を胸に抱いて道を走っていると、反対側の道路から大きな声で名前を呼ばれた。それに足を止めて振り向くと大きく手を振る健がガードレールの向こうに見えて私も大きく手を振った。信号か歩道橋で向こうに渡らないとと辺りを見渡していると、道路の反対側にいた健がガードレールを蹴って飛び上がり、走ってくる車の屋根を上手く伝って私のいる道路まであっという間に来てしまった。


「よ!おはよう!美子!」


「お、おはよう。す、すごいね、健。動いてる車なのに…」


足は大丈夫なのかと心配になりながら朝の挨拶をすると、健は少し首を傾げて口を開いた。


「動いてるって言っても速度とかタイミングとかに合わせれば余裕だろ?それより、もう大丈夫なのか?」


「あ、うん!昨日いっぱい寝たからもう大丈夫!心配かけてごめんね?」


そう謝ると健は首を横に振った。


「気にすんなって。てか美子、今日はばあちゃんの店ねーのに勉強しなくていいのか?」


「うん。お父さまがね、今日はしなくていいって言ってたみたい。」


恥ずかしくて寝坊したとは言えなかったけど、今日は自由であることを伝えると健は嬉しそうに笑った。


「そっか!良かったな!そんじゃあ今日は森でいっぱい遊ぼうぜ!昨日、落ち葉でベッド作るって言っただろ?」


そう言って私の手を引いて森へ行こうとする健に、慌てて繋いだ手を引っ張ってその歩みを止めさせた。


「待って!あのね、わたしもすごく遊びたいんだけど、それよりも昨日のことがすごく気になってるの。」


「昨日のこと?美子が急に立てなくなったことか?」


その質問に「うん」と頷いて答えると、健は眉を顰めて首を傾げた。


「あれは疲れてたから立てなくなったんだろ?それに、昨日いっぱい寝たから大丈夫だってさっき言ってなかったか?」


「それはそうなんだけど、それだけじゃないの。…立てなくなる前、よく思い出せないんだけど何かがあって、どんどん力が抜けていって、それで立てなくなったの。だから、それを調べたいの。」


「…?何かって何だよ?」


自分で言ってても解らないほどあやふやな言葉に健は更に眉を顰めたけど、思い出せないことにはどうしようもなくてただ首を横に振った。


「…分かんない。でも、健のおじいちゃんは妖気がどうのこうのって言ってたでしょ?だから、もしかしたら何か知ってるんじゃないかって思うんだけど……健、何かおじいちゃんから聞いてない?」


私がそう質問を返すと、健はううーん…と暫く唸って少し乱暴に頭を掻いた。


「何かって言われてもなぁ…じいちゃん、美子を送った後にすぐどっか行っちまったし、今日も用事があるってさっさと出掛けたからなぁ…。」


その言葉に少し落胆しつつ、「それじゃあ」と更に言葉を続けた。


「おばあちゃんのお店から出て森に行こうってなった時、秋は落ち葉がたくさんあるからベッドを作ろうって健が言ったの覚えてる?」


「ああ。そんで美子が楽しそうって言いかけてやめただろ?」


「うん。それで、わたしがそう言った時くらいのこと、何か覚えてない?何か、その…妖気を感じたとか変なものを見たとか…。」


またあやふやなことを聞いて申し訳ないなと思いながら必死に思い出している健を見つめていると、健は溜息を吐いて首を横に振った。


「…じいちゃんにも昨日似たようなこと聞かれたけど、オレは何も感じなかったし見てもねーんだよ。ただ、急に美子が手を離してさ、後ろ見ながら立ち尽くしてたからどうしたんだ?ってぐらいにしか思わなかったな。」


「そっかぁ…。」


私が思い出せないように、健ももしかしたら知らないうちに忘れてしまっているのかもしれないなと思ったから、それ以上は何も聞けなかった。諦めるしかないのかなと肩を落としていると、健が小さく「あっ」と声を上げた。


「そういや美子を家に送り届けた時、寝言でお茶と煙草がどうのこうのって言っててさ、それを聞いたじいちゃんが血相変えて出て行ったから何か関係あるんじゃねーのか?」


「…お茶と、煙草…?」


そう繰り返した瞬間、寒気と共にその香りが蘇って頭の中に昨日の光景を映し出した。



「…あ、あっ!そうだ!そうだよ!お茶と煙草の匂いがしたの!あの人とすれ違った時だよ!」


「あの人…?」


忘れないうちに伝えておかないとと思って少し早口でそう伝えると、健は驚いたような顔をして目を瞬かせた。


「そう!帽子を被った渋い茶緑の着物を着たおじいさんとすれ違ったの!健もすれ違ったんだよ!覚えてない?」


「…帽子を被った渋い茶緑の着物を着たおじいさん…?あー…いやぁ…そう言われると、そんな気もしなくはねーけど…わっかんねーなぁ…」


問い詰められて苦悶の表情を浮かべる健ははっきりとは答えなかったけど、健のおかげで思い出したその光景が求めていた答えだと判ったから充分だった。


「健、ありがとう!それじゃあ今度は一緒にその人を探そう?探してお話しして、あの時どうしてわたしが動けなくなったのかを教えて欲しいの!お願い!」


繋いでいた手に力を込めてそうお願いすると、健は暫く黙ったまま私を見つめていた。そして、頭を軽く掻いてから溜息を吐いた。


「…やっぱ利口ぶって考えんのは苦手だな。性に合わねーや。」


「えっ?」


呟かれた言葉に首を傾げると、降参したように笑って口を開いた。


「分かった。オレはどんな奴か思い出せねーけど、美子が探してーなら手伝う。じいちゃんとも関係ありそうだしな。」


「!ありがとう!健!じゃあ、商店街を探してみよう!同じ場所に行ったら何か分かるかもしれないよ!」


私がそう言うと、健は大きく頷いて商店街へ向かう道を走り出した。




………

……




「確かこの辺だったよな?美子が座り込んだのって。」


「うん、そうだと思う。」


町を駆けて辿り着いた昨日の場所でそう確認し合うと、健は何か手掛かりになりそうなものはないかと辺りを見渡し始めた。


(…昨日はちょうどここのお煎餅屋さんがお休みの日だったんだよね…お店がやっていたら何か聞けたのかもしれないのにな…)


食欲を誘う香ばしい醤油の香りに落ち込みながら、でももし営業してたらお茶と煙草の香りには気付けなかっただろうなと思っていると、お煎餅屋の女将さんと話していた男の人がこちらを向いて「おや」と小さな声を上げた。


「こんにちは。また会ったね。」


「あ、こんにちは!木下さん!」


今日は洋服を着ているから一瞬誰だか分からなかったけど、その優しげな声と目から昨日あんころ餅を取りに来た木下さんだと判ってそう挨拶をした。


「奇遇だね。お使いかい?」


「いえ、違います!ちょっと調べたいことがあって来たんです!」


「調べたいこと?」


そう首を傾げた木下さんにどこまで話そうか考えていた時、昨日木下さんがおばあちゃんに言っていた噂を突然思い出して慌てて口を開いた。


「あ、あの!話は変わるんですが、昨日あんころ餅を取りに来た時に、おばあちゃんに話していた噂について詳しく教えてください!」


「昨日…ああ、この商店街とすぐ近くの住宅街で夕暮れに一人で家にいると怪異に見舞われるという噂のことかい?」


「はい!それです!」


そう返事をすると、木下さんは申し訳なさそうな顔で微笑んでから口を開いた。


「…昨日も言ったように、私も噂を小耳に挟んだだけでね、詳細までは知らないんだ。すまないね。」


「あっ…そう、ですか…」


確かにそう言っていたことを思い出して、知らないなら仕方ないかと肩を落とした時、焼きたてのお煎餅を持った女将さんが現れて「あら?」と声を上げた。


「どうしたの?お腹でも痛いの?」


「あ、いえ、その…おばさんは夕方の怪異の噂って知ってますか?」


明らかに元気のない私を心配してくれた女将さんにダメ元でそう聞くと、「ああ〜!」と大きな声が返ってきた。


「その噂ね!知ってるわよ。だってその怪異、私が実際に体験したものだもの。」


「…え、えっ!?」


まさかの答えに思わず大声を出すと、女将さんは少し考え込むような素振りをして話し始めた。



「…あれは一週間前だったかしら。夕ご飯を作りに家に帰った時のことなんだけどね、何だか妙な気配がして振り返ると用意してもないお茶が一つ居間の机の上に載っていたの。その時は朝に片付け忘れたのかしら?くらいにしか思わなかったんだけど、暫くすると今度は煙草の臭いがしてね。振り返ると机にさっきまでは置いてなかった灰皿と火のついた煙草があったの。流石に怖くなって二階にいた息子を呼びに行ったら、「お客さんが来てたんじゃないの?だって母さん、楽しそうに話してたじゃないか。」って言われてね…。これだけでも十分不気味でしょう?でもね、翌日に青龍神社にそのことを相談しに行ったんだけど、いざ話そうとするとどうしてもその時のことがはっきりと思い出せなくなって……自分のことなのに思い出せないなんてとっても不気味でしょう?だから商店街と住宅街の皆さんに夕暮れの時は気を付けてねってお話ししたのよ。」


「…お茶と煙草…思い出せない……」


昨日自分が体験したことと女将さんの話があまりにも似ていて呆然としてしまった。すると、お店に別のお客様が入ってきて女将さんは「いらっしゃいませ!」と言ってから持っていた煎餅を一つずつ私と健に手渡して、そのお客様のもとへ行ってしまった。



「昨日の美子と同じだったな、おばさんの話。」


「…うん。そうだね…。」


思わず受け取ってしまったお煎餅を見つめながら今聞いた話を繰り返していると、木下さんがコホンと小さく咳払いをした。


「…もし、まだ気になることがあるなら別の人にも聞き込みに行ってみるのはどうだろう?女将さんの他にもその怪異に遭遇した人がこの商店街や住宅街にいるかもしれないよ。」


「聞き込み…そっか、そうですね!」


本当に女将さん以外にもいるかどうかは分からないけど、色んな人からその噂について聞いたり実際に体験した人がいたら新しいことが判るかもしれないと思って健を見ると、真っ直ぐ私を見つめたまま頷いてくれた。


「私が噂を聞いたのは確か表通りの豆腐屋の若女将だったかな。まずはその人を尋ねてみたらいいよ。」


「ありがとうございます!木下さん!」


そうお礼を言ってから貰ったお煎餅を急いで食べると、健と一緒にお煎餅屋さんを出て表通りの豆腐屋さんへ向かって走っていった。






続く…

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