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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
幕間
37/75

第2話 忠告


ーーーーーーーーーーーーー






「健、大丈夫?」


隣を歩く健にそう尋ねると、健はニカっと元気な笑顔を見せて頷いた。


「おう!軽トラに比べたらすげー軽いからな!」


そう言えばそうだったと小さく笑っていると、健におんぶされていたおばあさんが申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「ごめんなさいね、助けて頂くばかりかこうして家まで送って頂くなんて…。」


…あの後、おばあさんにお礼がしたいと言われた私達だったけど、そんなお礼をされるようなことはしていないし、何よりおじいちゃんのお使いがあるからとお断りをした。だけど、おばあさんが足を怪我してしまっていることに気が付いて救急車を呼ぼうと言ったけど今度はおばあさんに断られてしまい、流石にこのまま放っておくなんてできなかったので、それならせめて家まで送ろうということになったのだ。


「いえいえ!困った時はお互いさまです!気にしないでください!」


謝るおばあさんに慌ててそう答えると、健もそうだそうだと言わんばかりに頷いてから首だけ振り返っておばあさんを見つめた。


「ケガしてる時に無理するともっと痛くなるからな、安静にしてんのが一番だぞ。それに、オレなら大丈夫だから気にすんなよ。」


そう言った健に今度は私がそうだそうだと頷きながらおばあさんを見つめると、おばあさんは私達の顔をしばらく眺めてから柔らかく笑った。


「…本当にありがとうね。こんな婆にも優しくしてくれて…ありがとうね…。」


再び繰り返された感謝の言葉に健と顔を見合わせて照れたように笑い合った。




「お、ここの置物屋を曲がれば良いのか?」


それからしばらく歩いた頃に健がそう言った。おばあさんが目印として教えてくれていた置物屋さんには、木で作った熊や狸の置物の他にも木のお皿やコップ、絵が彫られた横長の板なんかが並んでいた。


「…あれ?ここって、あのお面屋さん?」


場所と木の商品が並ぶことからそう独り言を言うと、おばあさんが「ええ」とゆっくり頷いた。


「このお店はこの辺では一番有名な木工のお店でね、普段はこういう木彫り置物とか欄間を作っているんだけど、応龍祭りの日は特別に龍や虎のお面を作って売っているのよ。」


「あ、そうなんですか…。」


ウサギのお面をまた買えないかな?と思ったけど、おばあさんのその言葉とお祭りから二ヶ月近く経っていることを考えては一人静かに肩を落とした。


「ここのお店を曲がればもうすぐですから、もう少しだけお願いしますね。」


おばあさんのその言葉に健は「よしっ」と気合を入れておばあさんを背負い直した。それから私を見て口を開いた。


「美子、もうちょっとだから頑張れよ!」


「うん!あとちょっと頑張ろう!」


正直、買い物袋の紐が肩に食い込んで痛かったけど、健と少し喧嘩しながらも私がやり出したことだし、健に変な心配をかけないためにも笑顔でそう返事をした。そして私も、健を真似るように「よしっ」と買い物袋を背負い直してから木工屋さんの角を曲がった。そしてその路地を真っ直ぐ進んで裏通りに出るとおばあさんが小さな声を上げた。


「あそこにある四つ脚の木の台が見えるかしら?あの台が置いてある家が私の家なの。なのであそこまでお願いしてもいいかしら?」


そう言っておばあさんが指差したのは、道端に置かれた背もたれのない椅子のような木の台だった。


「あそこだな!任せとけ!」


それに元気よく返事をした健と一緒にその木の台のあるお家の前まで歩いて行くと、おばあさんは着物の懐から鍵を取り出して私に渡した。それを受け取って扉の鍵穴に差し込んで回すと、カチャっという愉快な音が鳴った。そして鍵を抜いて扉を横に滑らせると、微かな木の匂いと甘い香りが漂ってきた。


「扉の近くに電気のスイッチがありますから、押してくださいな。」


「はい。」


薄暗い中、おばあさんの言う通りに扉のすぐそばの壁を見上げると白い電気のスイッチが見えた。手を伸ばしてそれを押すと、カチッという音と共に薄暗かった部屋の明かりが付いた。それに振り返って室内を見渡した時、その光景に思わず小さな声を上げてしまった。



「…お店?」


電気の温かな明かりに照らされた室内には、何も入っていないショーケースや赤い布が敷かれた長椅子が置かれていて、人が生活する空間というよりもお店のような空間に思われてそう呟いた。


「ありがとう。もう大丈夫ですから下ろしてくださいな。」


そう言って健の背中から下りたおばあさんは、私から荷物を受け取った後に「そこの椅子に座っててくれるかしら?」と言って杖をつきながら暖簾をくぐって奥の部屋へ入って行った。


「…ばあちゃんの家って、店だったんだな。何か意外っつーか、驚いたっつーか…。」


「そ、そうだね…看板がなかったから、お店って分からなかった…。」


ぼんやりとそんな会話をしてからとりあえず言われた通りにしようとなって、扉を閉めてから赤い布が敷かれた長椅子に二人で座っておばあさんを待っていた。すると、しばらくしてお茶とお饅頭を二つずつ載せた持ち手のあるお盆を持ったおばあさんがゆっくり歩いて現れた。


「…ふぅ、お待たせしてごめんなさいね。お茶と、私の手作りだけどお菓子も良かったらお上がりくださいな。」


「手作り?これ、おばあさんが作ったんですか?」


おばあさんが座るのを手伝いながらそう尋ねると、お盆に載せたお饅頭をお皿と一緒に私と健に一つずつ渡してから頷いた。


「ええ。私、前まではここでお菓子を手作りしてお店を開いていたの。御贔屓にしてくれるお客さんもたくさんいてね。…ふふ、こう言っては何だけど、とても人気のあるお店だったのよ。」


照れながら、でも誇らしげにそう言ったおばあさんをしばらく見つめていると、おばあさんが座っている長椅子をトントンと手で叩いた。それが座りなさいという合図だと思っておばあさんの隣に腰掛けた。


「こんなもので申し訳ないけど、遠慮しないでどうぞ。」


「…あ、は、はい…。」


貰ったお饅頭を黙ったまま見つめ続けていると、おばあさんは優しくそう言ってくれた。だけど、本当に食べてしまってもいいのか分からなくて躊躇っていると、健が大きな声で「いただきます!」と言ってお饅頭に齧り付いた。


「んん!?何だこれ!ちょーうめぇ!」


驚きの声を上げつつ急ぐようにお饅頭を何度も口に運ぶ健は、食べないでいる私に気が付くと口の中のお饅頭を飲み込んでから口を開いた。


「美子、食わねーのか?すげーうめーぞ!このまんじゅう!」


元気な声と笑顔に勧められて、意を決して私も「いただきます」と言った。そして、お饅頭を一口齧った瞬間、餡子の滑らかで濃厚な甘さが口に広がった。


「おいしいっ!すっごくおいしいです!このおまんじゅう!」


健の元気が移ったように、勢いよく顔を上げておばあさんにそう言うと、嬉しそうな笑顔が降り注いだ。


「…ふふ、良かったわ。そんなに慌てて食べなくても足が生えて逃げたりしないからお茶と一緒にどうぞ。」


「はい!」


そう元気に返事をしてからお茶を受け取って残ったお饅頭と一緒に食べ始めた。餡子のしっとりとした甘さとお茶の優しい苦さが口の中に広がると、「おいしい!」と言わずにはいられなくて隣に座る健と何度も顔を見合わせて言い合った。おばあさんは、そんな私達を何も言わずにずっと柔らかな笑顔で見つめていた。


「「ごちそうさまでした!」」


お饅頭とお茶をあっという間に平らげた私達の声が響くと、おばあさんは小さく笑って頷いた。


「御粗末様でした。御満足頂けたようで何よりだわ。」


そう言いながら私達の湯呑みとお皿をお盆に載せたおばあさんを見上げて口を開いた。


「本当に美味しかったです!おばあさんのおまんじゅう!」


「ああ!すげーうまかった!今まで食ったまんじゅうの中で一番うまかった!」


口々にそう伝えるとおばあさんは照れたように笑った。


「…まあ、とっても嬉しいわ。ありがとう。」


「なあ、ばあちゃん。オレのじいちゃん知ってっか?東堂翠輔(あきすけ)って言うんだけどさ。」


健のその言葉に本来の目的を思い出して、慌てておばあさんを見つめた。すると、おばあさんはその言葉を待っていたかのように「ええ」と言って頷いた。


「東堂さんはうちの常連さんの一人でしたからよく存じてますよ。貴方は、東堂さんのお孫さんよね?」


さっき誰かが健のことを「【青龍】の子」と言っていたことからある程度確信していたのか、健にそう尋ねた。健はそれに「ああ」と言って頷いた。


「実はそのおじいちゃんからお使いを頼まれていて、おじいちゃんが贔屓にしているお店を探していたところだったんです。」


簡単に事情を話すと、おばあさんはわずかに驚いた表情をしてから表情を曇らせた。


「そう、うちを探していたなんて驚いたわ。でも、困ったわね…ご覧の通り、今はお店をやっていないのよ。だから、何もお売りできるものがなくて…。」


そう言って申し訳なさそうな表情で俯くおばあさんの顔を覗き込むように見上げて口を開いた。


「あの、どうしてお店をやってないんですか?こんなに美味しいおまんじゅう、皆に食べてもらわないとかわいそうです。」


素直な疑問を言葉にすると、おばあさんはゆっくりと私を見つめた。


「…実は、半年くらい前に足を骨折してしまって、それがなかなか治らなくてね…私も年だし一人でたくさんのお客さんをお迎えするのも大変だから、お店はお終いにしたの。…本当はもっと続けたかったんだけど、仕方ないわよね…。」


そう言って痛めた足を撫でるおばあさんは、笑っていたけど何だか悲しそうだった。だから私も同じようにその足を見つめてから、立ち上がっておばあさんの正面に立ち、足を撫でる手を握った。


「…年齢のこととか、お客さまのことはどうしたら良いのかまだ分からないんですけど…でも!足の怪我は任せてください!」


「えっ…?」


小さな声を聞きながら目を瞑って握った手に意識を集中させた。すると、瞼の向こうが明るくなって息を呑むような声が聞こえてきた。


(…またお店ができますように、おばあさんの足が治りますようにー…)


手から足へ、この力が届くようにおばあさんの身体の中を駆け巡るイメージで必死にお願いした。そして、光が弱くなった頃にゆっくり目を開いておばあさんを見つめた。


「…貴方、もしかしてー…」


驚きに満ちた顔をしてその先の言葉を飲み込んだおばあさんは、私の手を包むように握り返して首を横に振った。


「…治して下さってありがとうございます。ですが、いけませんよ。その御力を、見ず知らずのこんな婆に使うなんて……私が悪い人だったら、取り返しの付かないことになっていましたよ。」


「…えっ、で、でも、これは応龍の力です。だから、どんな人でも治すために使わないと…」


まさか怒られるとは思わなくて少し驚きながらそう言い返すと、おばあさんはもう一度首を横に振った。


「…その考えはとても素晴らしいものよ。でもね、その力は、価値が付けられないほど貴重なもので、この世で貴方にしか使えないものでもあるの。そして、世の中にはその力を独り占めしようと思う人達が必ずいる。その人達が、力を使える貴方を独り占めしようと危害を加えるかもしれない…だから、その力を使う時はよく考えないといけないのよ。それが皆を、貴方を守るためにもなるということを、絶対に忘れないで頂戴。」


凜とした声で紡がれた言葉に、私は身体を固まらせることしか出来なかった。だけどそれは、おばあさんが怖かった訳でもお説教が怖かった訳でもなかった。ただ純粋に、初めて自分の力の脅威を知ったことが衝撃的だったから、私は瞬きもせずにおばあさんの目を見つめていた。すると、それまで黙って聞いていた健が眉を顰めながら椅子から立ち上がって口を開いた。


「美子ならオレがぜってー守るから、独り占めなんかさせねーぞ?」


「…そうね、それでも用心するに越したことはないから、どうか婆のたわ言と思わずに覚えていてね。」


そう言っておばあさんは少し拗ねたような顔をしている健の頭を撫でた。


「…分かりました。これからは、気を付けます。」


健の頭を撫でる手とは反対の、握られたままの手を見つめながら何とかそう返事をすると、おばあさんは「ありがとう」と言って同じように私の頭を撫でた。…おじいちゃんの手よりも小さなその手は、おじいちゃんの手と同じくらい温かくて優しくて、何だか無性に泣きたい気持ちにさせた。


「そうだ、少し待っていてくださる?お見送りをする前に用意してきますから。」


何かを思い出したかのようにそう言ったおばあさんはお盆を持って立ち上がり、杖をつかずにさっきと同じ暖簾をくぐって奥の部屋へ消えて行った。そして、風呂敷に包んだ何かを持って再び現れた。


「お使いで来たのよね?それならこれを東堂さんに渡してくださいな。東堂さんはうちの餡子がお好きだったから気に入って頂けると思うわ。」


「あ、そういやそうだった。ありがとな!ばあちゃん!」


その言葉にはっとしたような顔をしてから元気にお礼を述べた健がその包みを受け取ったのを見て、今度は私がはっとする番だった。


「あ、お金…。」


お使いで商品を買うにはお金を払わなければいけないことを思い出してそう言ったけど、おばあさんは首を横に振った。


「これは人様にお売りできるような物じゃないからお代は結構よ。それよりもほら、もうこんな時間ですから帰らないと親御さんが心配しますよ。」


おばあさんのその言葉に壁の時計を見上げると、夕焼けのチャイムが鳴る時刻まで30分を切っていた。


「やっべ!急いで帰ろうぜ、美子!」


「う、うん!」


今の時刻に慌てて手を繋ぎ、お店の扉を開けて外に出た。そして、走り出す前にもう一度おばあさんを見つめて口を開いた。


「あの、美味しいお茶とおまんじゅうをありがとうございました!また来ます!」


「また来るな!ばあちゃん!」


私達がそう言うと、おばあさんは少し驚いたような顔をしてから優しく笑って頷いた。


「こちらこそ、何度も助けて頂いてありがとうございました。大したことは出来ないけど、是非またいらしてね。」


丁寧なお辞儀とその言葉に笑顔で「はい!」と答えてから健と一緒に通りを走り始めた。そして、表通りへの路地へ入る時に一瞬だけ見えた手を振るおばあさんに嬉しさが込み上げるけど、夕闇を纏ったその姿が寂しそうに見えてしまって、帰りたくない気持ちが芽生えた。だけど先生との約束もあるし、何よりカラスが帰れとでも言うかのように騒ぐので、後ろ髪を引かれながらも健と一緒に夕暮れの商店街を駆けて行った。





続く…

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