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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
第一章
34/75

第34話 ワガママ


ーーーーーーーーーーーーー






「…っ…う…」


思ったよりも痛くない身体に恐る恐る目を開くと、まず見えたのは真っ暗な森の景色だった。


「…出られた…?」


提灯が飾られたあの空間とは全く違う景色に空を仰ぐと、白い満月が木の間から顔を覗かせていた。


「良かった「いってぇー…」


不意に私の真下から聞こえた声に驚いて顔を下げると、紺碧に白の麻の葉模様の甚平が見えた。


「け、健っ!?」


「…っ、ケガしてねぇか?」


うつ伏せの状態で下敷きになっている健に慌てて起き上がろうと足を動かすと小さな呻き声が別の方向から聞こえてきた。


「…ちょっと、足ぶつかってんだけど。」


「えっ!?秀!?」


勢いよく振り向くと私の足元らへんに不機嫌そうな秀の頭があって、仰向けの状態で健と同じく私の下敷きになっていた。


「ご、ごめん!!ちょ、ちょっと待ってね!!」


どう下りれば二人の負担にならないか必死に考えながらなんとか地面に下りると、二人はゆっくり起き上がった。


「ふ、二人とも大丈夫!?ごめんなさい!あっ!痛いとこ治さないとっ!!」


たくさん謝って、たくさん言いたい聞きたいことがあったけど、痛々しい傷や痛みに耐える険しい表情にそれどころではないと慌てて手を伸ばした。するとその時、背後から草の揺れる音と足音が聞こえた。


「っ!?」


まさかあの人が追い掛けて来たんじゃ…と緊張しながら振り返ると、そこには馨と、馨に肩を貸してもらって歩く透夜がいた。


「馨!透夜!」


慌てて二人に駆け寄ると透夜は近くの木に寄りかかって座り込んだ。


「大丈夫っ!?ケガ、ケガ治そう!」


そう言って手を伸ばすけど、二人は頭を横に振った。


「僕は大丈夫。少し頭を打っただけだから…。」


「…すまない、美子。守護者としてあるまじき失態だ。」


目を合わせずに申し訳なさそうな表情で俯く二人に慌てて口を開いた。


「そんなことないよ!むしろ謝るのはー「…美子?」




…私の名前を呼ぶ冷淡な声に、思わず身体が固まってしまう。だって、その人がここにいるはずはないから……




「…お父さま…?」


声の聞こえた方を見ると、立っていたのは提灯を持ったお父様だった。だけど、そこにいたのはお父様だけでなく【四神】の当主様達も提灯を手に立っていた。


「…このような場所で何をしている?祭りはとっくに終わっているだろう。」


「…あっ、えっと…その、お社を探しに来たんです。森の、伝説の…。」


流石に見つけて入ったとは言えなくて森に来た理由だけ答えると、お父様が一瞬驚いたような顔をした。だけどすぐにいつもの無表情に戻って冷たい目で私を見つめた。


「…こんな遅くまで子供だけで遊び歩くとは…やはり時限を定めるべきだったな。」


そう言って溜息を吐くと、お父様は手を差し出して「来なさい。」と言った。だけど、私はすぐに頷けなかった。


「あ、あのっ!ちょっと待って下さい!皆のケガ、治さないと…」


「怪我?」


私の言葉にお父様は座り込んでいる皆を見渡して眉を顰めた。


「…何があったのかは知らないが、放っておきなさい。」


「……えっ?」


耳を疑うような言葉に驚きを隠せず固まってしまった。すると、その言葉を後押しするようにお父様の後ろにいた青龍殿が頷いて口を開いた。


「応龍様の仰る通りです。【四神】は守護者、応龍様や美子様をお護りするための傷ならば名誉にございます。」


「…名、誉…?で、でも!わたしのせいでケガをしてしまったのに、放ってなんておけません!!すぐ終わらせますから!だから、ちょっと待って下さい!!お願いします!!」


必死にそうお願いするけど、私に向けられる目は冷たいままで誰も首を縦に振らなかった。


「美子様、どうか御自愛ください。その御力は多くの者を救う神の御力。そして、この世で美子様だけがお使いになれるのです。幾らでも替えの利く【四神(われら)】とは訳が違うのです。」


「違くないです!それに!神さまの力なら、皆に平等にー…」


「美子様。」


説得に熱くなる私を制したのは華のある声で、振り向くと秀が仮面の微笑みを浮かべていた。


「皆様の仰る通りです。この程度、怪我のうちにも入りませんから、どうかお気になさらず。」


「でもっ…!」


秀のその笑顔も声も言葉も、大人達に合わせた偽りのものだと知っていたからなお反論しようとしたけど、その目が「良いから話を合わせて」と鋭く光って仕方がなく口を閉ざした。他の三人を見ても、秀と同じ考えなのか特に何かを言うでもなく地面を見つめていた。




「美子、来なさい。帰るぞ。」


「……はい、お父さま…。」


靄みたいな気持ちを抱えたまま、再度促された言葉に従って差し出された手を取った。その大きな手に引かれるまま森の道を歩き出すと、後ろから話し声が聞こえてきた。



「…怪我をするとは修行が足りないようだな、健。家に帰ったら宴が終わるまで先代に稽古をつけて貰いなさい。」


「…はぁ、分かりましたぁー…。」



「秀、お前は怪我をしていないようだな!流石自慢の息子だ!私も鼻が高いぞ!」


「はは、勿体ないお言葉です、父上。」



「…御苦労様でした。貴方は先に帰りなさい。明日には此処を発ちますから、その用意も忘れないように。」


「…はい。畏まりました、朱雀様。」



「…透夜、大事無いな?先刻、見張りの者から北北東の地にて不穏な動きがあると報せが入った。赴き然るべき処置を。」


「…承知致しました。追って御報告致します。」




(…これが、皆にとっての“普通”なんだ。怪我をしても大丈夫?って聞かれなくて、気付いても貰えない……痛いのを我慢して、傷付くのが当たり前なんて、間違ってるのに……)


遠ざかるやり取りに怒りと悲しみが込み上げるけど、声を上げても変えられなかった自分が無力で情けなくて、まるで罰でも与えるかのように傷だらけの手を強く握りしめた。




「美子!」


「…お兄さま…?」


名前を呼ばれて顔を上げると、森の出口の方からお兄様が早足でこちらに近付いて来ていた。その手には何故か、お社に忘れてきたはずの巾着袋が握られていた。


「良かった。遅いから迎えに来たんだけど、森の入り口に巾着だけ落ちていたから心配したんだよ?」


「…落ちてた?……あ、ごめんなさい…。」


何でそんな所に落ちていたのかは判らなかったけど、失くさずに済んで良かったと胸を撫で下ろしながら心配させてしまったことを謝った。そして、巾着袋を受け取ろうと手を伸ばした時、お兄様がその手を掴んだ。


「あっ…」


「…これ、どうしたの?どうして怪我したの?」


そう言うお兄様の視線の先にあるのは私の手の平だった。その目に私も釣られて見ると、馨が綺麗に貼ってくれた絆創膏もあの人に爪を立てられたり、自分で強く握ってしまったりして血や土に汚れ剥がれかかっていた。


「…転んだんです。石に、つまずいて…」


本当は違うけど、言ったらお祭りに行かせて貰えなくなると思って咄嗟に嘘をついた。すると、お兄様はしゃがんで両手で優しく私の手を包んだ。


「…そう、こんなに傷だらけで痛かったろうに…。帰ったら、ちゃんと手当てしようね。」


そう言って柔らかく微笑んだお兄様を見て、さっきのやり取りが思い出され涙が込み上げてきた。その涙の熱は怒りも悲しみも打ち消して甘い痛みで鼓動を早めた。それに突き動かされたかのように、気が付いた時にはお父様の手を離して正面でしゃがむお兄様に抱きついていた。




「…美子、それは」


「帰ろうか、美子。」


何かを言おうとするお父様の言葉を掻き消すようにそう言ったお兄様は、抱きつく私をそのまま抱き上げて立ち上がった。


「御手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。美子は私が責任を持って連れて帰りますので御心配無く。では、失礼致します。」


流暢に挨拶をして軽く頭を下げると、お兄様は踵を返して森の出口へ歩いて行った。お兄様の肩越しに見えたお父様が、置いてけぼりにされているみたいで可哀想だと胸が痛んだ。だけど、怪我をした皆を放っておけと言ったことの方が私にとっては悲しくて、それ以上見ないようにお兄様の肩に顔を埋めた。






「…お兄さま。」


「うん?どうしたの?」


俯きながら小さな声で名前を呼ぶと、撫でるような優しい声でその先を促してくれた。


「…今日、夜のお祭りで、美味しいものたくさん食べました。焼きそばとかたこ焼きとか、チョコバナナもあんず飴も初めて食べたけど、とっても美味しかったです。」


「うん、そっか。美味しかったなら良かった。」


「…美味しかったから、お兄さまにも食べて欲しくて、お土産たくさん買いました。甘いのも、いっぱい…。」


「ふふ、嬉しいな、ありがとう。じゃあ明日にでも一緒に食べようか。」


鈴が転がるような声は本当に嬉しそうで、背中をトントンと叩く手の温もりが傷んだ心に安らぎをくれる。



「…うん…でもね、食べ物だけじゃなくて、くじとかヨーヨーでも遊んだの。お面とか髪飾りもキレイで、獅子舞に、頭を噛んでもらって……お神輿は見られなかったけど、花火…とってもキレイでー……」


楽しかった思い出は語るだけでも楽しくて、終わってしまった今に虚しく響いて涙を誘った。泣かないように、お兄様の首に回した腕に力を込めると、お兄様はクスリと小さく笑った。



「…美子、お祭りは楽しかった?」


その言葉が耳に触れた瞬間、それまで堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出して頬を濡らした。その涙が頬を伝ってお兄様の着物を濡らしていることに気が付いてはいた。だけど苦しくて、どうしても離れたくなかったから涙を止めようと必死に目を瞑った。


「美子、いいんだよ、我慢しなくて。僕は世界で一番美子のことが大好きだから、泣いてもダメって怒ったりしないよ。」


そう言うとお兄様は私の頭に頬を寄せて背中をトントンとまた叩いた。その温かさに、もう我慢なんてできなかった。


「……う、んっ…たのしかったぁあっ!で、でもぉっ、おわっちゃったのぉ!やぁだぁぁ!うわぁぁん!!」


心に溜まっていたワガママを一度吐き出すと、もう自分では制御できなくて八つ当たりするみたいに泣き喚いてしまう。だけど、お兄様はそんな私を叱ることなく、背中をトントンと優しく叩いて「うんうん」と相槌を打ちながら笑っていた。



人目も時間も憚らず、あんなに大声で泣くなんて初めてだった。だけど、我慢せずいっぱい泣いたら何だか心が軽くなって、身体もポカポカとお風呂に入ったみたいに温かくなった。その温かさに一日の疲れがドッと出たのか、家に着く前に私はお兄様の腕の中で眠っていた。




…その夜に見た夢は、今でも鮮明に覚えている。それは、四神と一緒に音楽に合わせて踊りを踊って、健達とたくさん遊んでたくさん美味しいものを食べて、お兄様とお祭りで遊んで花火を見るという今までで一番楽しくて素敵な夢だった。






第一章 終幕

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