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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
第一章
30/75

第30話 伝説


ーーーーーーーーーーーーー





「…痛くない?美子。」


「うん。ありがとう、馨。」


そう言って握ったり開いたりした両手には絆創膏が何枚も貼られていた。


「動かしづらかったり剥がれたりしたらすぐに言ってね。絆創膏はまだあるから。」


「うん。」


「おっ、いたいた!美子ー!!」


手の平から呼ばれた方に顔を向けると健と秀が土手の上に立っていて、座っている人達を器用に避けて斜面を下ってきた。


「もう終わったの?大丈夫だった?」


「もちろん!置いてくるだけだしな!」


「あーやだやだ。害悪な粗大ゴミなんか触りたくなかったんだけど。」


「秀!」


怒気を含んだ声で名前を呼ぶと、当の本人は顔を背けて聞こえない振りをした。



…あの後、起こす訳にもいかない人攫いの二人組を本部まで運ぶことになったのだが、縄で縛られた大人を運んでる姿は流石に見せられないとの結論に至った。だから力持ちで足が早い健と秀にお願いして、私と馨と透夜は先に町の南側にある清良川(きよらがわ)の土手で待っていたのだった。


「美子こそ、ケガは大丈夫なのか?」


「うん。透夜に痛みを取ってもらったし、馨が絆創膏貼ってくれたから大丈夫!」


そう言ってほらと両手の平を見せると、チラリと私の手を見た秀が座りながら口を開いた。


「てか意外だよねー。まさか「治癒の力」が美子自身には使えないなんて。」


「ね、わたしも知らなかった。」


そう返事をしてからもう一度絆創膏だらけになった両手を見つめた。



健と秀(主に秀)にボコボコにされた二人を治し終わった時、ヒリヒリするような痛みを感じて見下ろすと自分の身体が傷だらけになっているのに気が付いた。私の怪我に心配そうな表情を浮かべる皆を安心させたくていつも通り力を使おうと傷口に手を翳して、きっと眩しいだろうなと思って目を瞑った。だけど、いくら待っても「治癒の力」特有の光が瞼を覆うことはなかった。その時初めて知ったのだ。【応龍】の巫女には力を使えないのだと。



(…もっと神通力を勉強したら使えるようになったりしないかな?後でお父様に聞いてみよっと…)


「なあ、そういや一人いねーけど何でだ?」


俯いていた私の顔を覗き込みながらそう質問した健に、両手を下ろして答えを返した。


「あ、透夜はね、見回りを強化するように【玄武】の人達にお願いしに行ったよ。」


「あー、だから忍者の奴らが飛び回ってた訳ね。」


「忍者?」


「…忍者などではない。」


淡々とした声が聞こえて来た方を見ると、川岸に沿って歩いてこちらに来る透夜がいた。


「…確かにあれらは極稀に諜報や潜入をすることもあるが、主だった役目は補助と護衛だ。その際に使用するのは玄武の力、及び陰陽道の呪術であって、忍術を用いる訳ではない。」


「いや、別に違いとかどーでも良いけど、何で川岸(そっち)から来んの?普通土手(あっち)じゃない?」


そう言って土手の上を指差す秀を無視した透夜は、真っ直ぐ私のとこまで来ると袂から結い紐を取り出して差し出した。


「…すまない。無くしたと言っていた美子のお面は見つけられなかった。」


「あ、ううん。探してくれてありがとう。」


沈んだ目に気にしてないよと微笑んでから髪を指で梳いて一つに束ねた。


(…私のお面は狐のお面の人が持って行っちゃったから、多分探しても見つからないだろうな……あの人のこと、皆は視えてなかったみたいだし、そんな人に取られたって言っても迷惑なだけだもんね…)


「お面が欲しいならオレが買ってきてやろーか?走ればすぐだし。」


受け取った結い紐で結びながらそんなことを考えていると、横から健が顔を覗き込んでそう言ってくれた。


「ううん。大丈夫。それにもうすぐで始まっちゃー…」


そう答えた瞬間、聞こえてきたヒューという細く高い音に周囲の人々がざわめいた。そして、その音のした夜空の彼方を見上げると黒い空に大きくて丸い、たんぽぽみたいな黄色の花火が打ち上がった。


「…わぁ…!」


それに続いて響く爆音に驚く間もなく次々と赤や緑、紫やオレンジで空を彩る大きさや形の異なる花火に、心が痺れて瞬きもせずに空を見つめていた。


だけどずっと見ていたかったのに、花火はそんな期待も知らんぷりで十分も経たずに終わってしまった。


「…えっ?もう終わり?」


「当たり前でしょ?今日は花火大会じゃないし、あくまでも「終礼の儀」が終わりましたよーって意味で上げてるだけだから。」


「うん。まあ、これでも昔に比べたら打ち上げる数は増えたらしいけどね。」


「キレイだけど呆気ねーよな。」


皆の言葉を聞いた後にもう一度見上げても、そこに広がるのは名残の煙と月の浮かぶ静かな夜空だけだった。


「…そっか、終わりなんだ…」


物足りなさに空を見つめては祭りの終末に俯きそうになった時、後ろに座ってた人達の楽しそうな声が聞こえた。



「なあなあ、本当にやんの?」


「折角集まったんだしやろーぜ!二人ずつに分かれてさ!」


「えー、でもあれってふっるーい伝説でしょ?見つけられる訳ないってー。」


「でもまあ、参加するだけしてみよーよ。タダだし、案外簡単に見つけられるかもよ?」


「ほら、とりあえず朱雀神社に行こーぜ!」



そう言って土手を登っていく四人組の背中を眺めていると、そんな私に気が付いた健が口を開いた。


「美子?どーしたんだ?」


「ねえ、お祭りの古い伝説って何?朱雀神社とも言ってたけど…。」


気になったことを質問すると、右隣に座っていた馨が答えてくれた。


「それなら多分「森のお社伝説」のことだと思うよ。」


「「森のお社伝説」?」


そう繰り返すと、馨の隣に座っていた透夜が静かに頷いた。


「…祭りが終わった後、応龍は森の中に祭りの夜だけに現れる社で一夜を過ごし、夜明けと共に天に帰ると言われている。その言い伝えから応龍がこの地を離れる前にその社を見つけることができれば何でも願い事が叶うという伝説が生まれ、習慣化したものが「森のお社伝説」だ。内容としては朱雀神社で火を貰い、その灯りを頼りに社を探すという単純なものだ。」


「へー、森の中のお社に、願い事が何でも叶う伝説かぁ!面白そうだね!」


興味を引かれる伝説によしっ!と立ち上がり、少し登って皆を見渡した。


「わたしたちもやろう!お社を探してお願いを叶えてもらおうよ!」


大きな声でそう言うと、私を見つめていた皆が小さく笑った。


「言うと思ったー。そういうの美子は好きそうだもんねー?」


「はは!まあ、楽しそうだしな!やってみっかー!」


「うん。美子がそう言うならやろっか。」


「…ああ、尽力しよう。」


何度も使った少し卑怯なこのやり方に、仕方ないと笑いながらも全員頷いてくれた。


「よし!じゃあ朱雀神社に火を貰いに行こう!馨!案内お願いね!」


そう言うと馨は「うん」と快く返事をした。そして、土手を駆け上がって人の波が進んでいく方へと走って行った。






ーーーーーーーーーーーーー






「…よし。みんな、覚悟はいいですか?」


朱雀神社で貰った火の灯る提灯の柄を両手で握り締めながらそう言うと、健が首を傾げた。


「?何で美子、敬語使ってんだ?」


「ふふ、何?もしかして緊張してんの?言い出したのは美子なのに?」


揶揄いながら頬をツンツンと突いてくる秀を軽く睨みながら、返すべき言葉を必死に探した。


「ち、違うよ!こ、こういうのは!形からしっかりしないと!」


誤魔化しの言葉に「ふ〜ん?」とニヤニヤしながら返事をした秀から逃げたくて、近くにいた馨に顔を向けた。


「も、森に入るのはどこからでもいいの?」


「うん。特に決まりはないよ。ただ、ほとんどの人は朱雀神社から火を貰って、そのまま森の南側から入るみたいだね。」


その言葉に辺りを見ると、確かに提灯を持った人々が森の南側から入って行く姿が見えた。


「うーん…特に決まりがないなら、森の東側から入らない?応龍と同じ方向から入った方がいいと思うんだけど。」


お祭りの舞台となった天地神社や青龍神社があり、「終礼の儀」にてお見送りをしたと考えられる東側から入るべきだと考えてそう提案した。すると、特に異論もなく皆頷いてくれたので走って東側へ回った。







「…よ、よしっ!お邪魔します!」


そう言って鳥居を潜る時みたいにお辞儀をしてから森に入ると、背後から皆の笑う声が聞こえて来た。


「偉いねー美子。きっと応龍も喜んでるよ?」


「か、からかわないで!ほら、置いてっちゃうよ!」


何でこんなに緊張してるのか自分でも解らなくて、恥ずかしさを誤魔化すように大股で歩き出すと、急ぐ足音達が追い掛けてきた。


「そういや、今年配ってる火って「朱雀の焔」何だろ?オレには何が違うのか分かんねーけど。」


「あ、やっぱりそうなんだ!朱雀神社で見た時からそうかなって思ってたの!」


健の言葉に嬉しくなって馨を見ると、少し照れくさそうに笑って頷いた。


「うん。神託と焔を賜ったのが僕だからその管理を任されてね、お祭りだし折角なら神ヶ森の人達や美子にも見て欲しいと思って持ってきたんだ。」


「へぇー、これがねぇ。何百年振りかに焔が戻ったとは聞いてたけど、お前だったんだー。」


「秀、名前!」


そう注意すると、秀は「そのうちねー」と適当に笑って顔を逸らした。それに言葉を重ねようと思ったけど、焔と聞いて他のことを思い出してしまった。


「あ、そうだ。透夜、ご神体見つかった?」


…そう、透夜を助けるために壊して湖に沈めた玄武の御神体の行方が気になっていたのだ。


「…ああ。だが、「見付けた」と言うよりは「戻ってきた」と言った適切だろう。」


「「戻ってきた」?」


そう聞き返すと、透夜は簡潔に私が帰った翌日の出来事を話してくれた。


「…いつも通り朝の禊を終えた時のことだ。白浘(はくび)の滝から上がり陰陽堂に続く道を歩いていた時、父上から召集が掛かった。急いで拝殿に上がると、そこには色も大きさも文献とは異なる御神体があり、騒ぎとなっていた。いつ戻ってきたのか、何故ここにあるのか、誰の仕業なのか何一つ判明しなかったが、父上も皆も喜んでいた。」


「へー、なんだか不思議だけど、でも良かったー!ずっと気になってたんだ。壊しちゃったこと、もう怒ってないかな?」


その問いに透夜は「平気だろう。」と頷いてくれた。それに胸を撫で下ろしていると、驚きの声が上がった。


「え、待って、壊したって何?もしかして御神体壊したの?玄武の?」


「ま、まあ、色々あって……」


まずい所を突かれたなと曖昧に答えても、やっぱり逃してくれないのが秀だった。


「はぁー!俺のとこの超パワースポット「黄昏(こうこん)の白岩」を真っ二つに割るだけじゃ飽き足らずぅ?御神体にまで手を出したってぇ?自由気ままにやりたい放題だね〜天地美子さん?」


「あ、あれは、出るために仕方なかったと言うか、白虎が勝手にやったと言うか……」




…そう。それぞれの地で色々とやらかしている私だけど、【玄武】の御神体破損・消失事件と同じくらい迷惑を掛けたのが【白虎】の白岩真っ二つ事件だった。


こちらも秀を助けるために白虎に力を貸して貰った時、吸い込まれるように入ってしまった岩の中から出るのに仕方なくやった結果であり、もっと言うなら割ったのは白虎であった。だけど、岩の近くにいるのを目撃されてしまい、時間が惜しかったので言い訳もしないで走り去ったら私がやったことになってしまったのだ。


白旺山(はくおうざん)から戻って来た後にすごく怖い顔で待っていた白虎殿やお父様に質問攻めにされたけど、正直に答える訳にもいかずに困っていたのを唯一助けてくれたのが何も知らないはずの秀だった。



(…だから怒ってないと思ってたんだけど、まさか弄ぶための弱みにされるとは……)


嫌らしさすら感じる笑顔に為す術もなく翻弄されていると、私と秀の間に健が顔を出した。


「美子すげーな!そんな楽しそうなことやってたのかよ!オレんとこでも何か壊してくれたら良かったのにな!」


内容的には全く賛成できないものだったけど、とても有難い助け舟には違いないので安堵の笑みを浮かべた。


「ちょっと邪魔しないでよ。折角遊んでたのにさ。」


「何して遊んでたんだよ?美子は全然楽しくなさそーだったぞ。」


そう言ってまた口喧嘩を始める二人を横目に小さく息を吐いた。その時、顔だけ振り向いて空を見上げた透夜が目に入って声を掛けた。


「透夜?どうかしたの?」


「…いや、何処かで言付けていた式神の術が解けたようだ。…御神体が戻ってきてから、加護が強すぎるせいか、父上も皆も、無論俺も陰陽師の呪術が不安定になった。」


そう言えば陰陽道は陰と陽のバランスが大事なのだと思い出した。それと同時に玄武の御神体を包んでいた土の理由が「強すぎる加護を弱めるため」であったことが頭を過った。


(…そっか、まだ迷惑掛けちゃってるんだな…でも、【玄武】なのに玄武の加護を弱めるのは間違ってると思うしなぁ…)


そんな風に考えていると、不意に手に持っていた提灯が目に入った。その瞬間、とっても良い解決方法を思い付いて勢いよく顔上げた。


「そうだ!それなら、「朱雀の焔」を分けて貰うのはどう?そしたらバランス取れるよ!」


自信満々にそう提案すると、透夜は大きく目を開いて足を止めた。あれ?と透夜を見つめていると、秀が大きな溜息を吐いた。


「…あのねぇ、美子?俺らの間にあるルール、知ってるよね?仲良しこよしなんてしないの。手助けなんていらないの。」


「でも困った時は助け合わないとでしょ?ほら、湖の周りにいっぱい灯籠があったから、そのうちの一つが「朱雀の焔」になってても気付かないよ!」


そうだそうだ!と自分の言葉に勇気を貰ってからまずは馨を見た。


「だからお願い、馨。大人の人達には内緒で、ちょっとで良いから分けてくれない?」


そうお願いすると、馨は真剣な表情で暫く考え込んでから一つ瞬きをして私を見た。



「…うん、良いよ。ただ、「朱雀の焔」は赫焔籠(かくえんろう)から取り出すと力は変わらないけど、普通の火と同じように薪や油を絶やすと消えてしまうから、そこだけは気を付けて欲しいかな。」


「ありがとう!馨!」


承諾してくれるだけでなく、丁寧に焔の取り扱い方法まで教えてくれた馨に飛び切りの笑顔と心の底からのお礼を伝えた。そしてそのまま立ち尽くしている透夜を見つめて口を開いた。


「良いよだって!良かったね、透夜!」


「……」


笑顔でそう言っても、透夜は何も答えずにただそこに立っていた。いつもと同じ無表情に変わりはなかったけど、その目は困惑に揺れていた。さっきみたいに自分の行動は判断出来ても、一族に関することは流石にまだ難しいのだろうと私も解っていたから、近寄って顔を覗き込み、大丈夫だよと笑った。



「…勝手に決めてごめんね。答えは焦らなくても良いよ。でも、力を弱めたら玄武が悲しむってことだけは覚えててあげてね。」


「…玄武…?」


透夜の繰り返した言葉に「うん」と頷いて答えた。姿は視えなくてもちゃんと皆を守るためにそこにいるのだと解って欲しくて、真っ直ぐその目を見つめた。すると、私の目を見つめ返していた透夜が徐に隠し布の紐を解いて素顔を晒した。


「…前向きに、検討する…。」


消えてしまいそうな小さな声だったけど、隠し布を握りしめる手が精一杯の勇気を物語っていた。それがすごく嬉しくて、満面の笑みを浮かべて「うん!」と元気良く返事をした。


「あーあ、知ーらない。後でバレて怒られても助けてやんないからねー。」


「大丈夫だよ!怒られるのは慣れてるもん!」


そう胸を張って答えると、鬱蒼とした暗い夜の森に笑い声が響き渡った。皆の笑顔に釣られて私も笑った時だった。四人以外の誰かに見られているような気がして振り返ると、木の間から微かに月の光が刺す森の道で一羽の蝶が羽を休めていた。この森で色んな種類の蝶を見たことがあって姿形からそれが蝶だとは判った。だけど、その蝶はガラスみたいな透明な体を月の白い光に染め、動かす度に色の変わる羽を持っていて、今まで見たことのない不思議な見た目をしていた。


「美子?」


何も言わずに森の先を見つめる私を不思議に思った健が名前を呼んだ瞬間、その声に驚いたかのように蝶が羽を揺らし、木の葉が舞うように飛び上がっては森の奥へと進んで行った。


「…あっ…」


飛んで行くその小さな背中に言い表せないような感情が身体を駆け巡った。そして次の瞬間、その感情に支配されるように私はその蝶を追い掛け始めた。



…後ろから皆の呼ぶ声が微かに聞こえてきたけど、蝶を追い掛ける足は止まることも迷うこともなく深い深い夜の森を駆けて行った。何処へ続く道なのかも分からないのに、不思議と恐怖はなかった。






続く…

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