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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
第一章
29/75

第29話 狐面


ーーーーーーーーーーーーー





…目の前の風景を眺めること数分、いくら瞬きをしても変わることのない、お祭り色の世界に漸く思考が動き出した。


「……えっ…えっ!?ここって公園通り!?な、何で?!」


さっきまで私がいた大通りとは、町の真ん中にある神ヶ森から東側の地区にある道幅50メートル、長さ2キロの東西に広がる通りのことで、今私がいる公園通りとはその大通りから北に少し行った所にある緑が豊かな通りだった。大通りと公園通りは道路や細道で繋がっているため簡単に移動できるものの、人波に流されたからと言って来られるような距離ではなかった。


(と、とにかく大通りに戻って皆を探さないと…!)


そう思って歩き出そうと立ち上がった時だった。背後から大きな手に肩を掴まれた。それに驚いて弾かれたように振り返ると、そこには見知らぬ男の人が二人立っていた。



「…驚かせちゃったかな?ごめんね。」


眉をハの字にしながら優しげな声でそう言ったのは丸い眼鏡を掛けた男の人だった。


「僕達、怪しい者じゃないんだ。パトロール隊の一員でね、お祭りを見回ってたんだ。」


そう言って着ていた蛍光の黄色のベストを軽く摘んで見せ付けるような素振りをした。


「君、もしかして迷子かな?お父さんかお母さんと逸れちゃった?」


「……あっ、えっと…と、友達と、一緒に…」


不可思議な状況と肩を掴まれた驚きに、上手く働かない頭で必死に言葉を用意しては震える声で紡いだ。


「そっか、お友達と遊びに来てたんだね。一人ぼっちで怖かったでしょう?」


膝に手を置きながら同情の言葉を伝えて、私の頭を柔らかな手で撫でた。その手は、柔らかいのに酷く冷たかった。


「もう安心していいよ。僕達が必ずお友達を見つけてあげるから。だから、まずは本部まで一緒に行こうね。」


そう言って丸眼鏡の男の人が撫でていた手を離すと、ずっと黙っていたもう一人の体格の良い男の人が私の手を掴んで引っ張った。


「…あ、あのっ…!」


「大丈夫大丈夫。本部に行けばすぐにお友達も見つかるからね。」


何故手を引かれているのか解らなくて聞こうとしても、その先の言葉を奪うように言葉を重ねられた。手を振り払おうにも痛いくらい強く掴まれていて、足を止めようにも手を引かれているから歩きたくなくても歩かなくちゃいけなくて、どうすれば良いのかを考えられるほど冷静にもなれなかった。


引かれるまま公園通りを歩いていると、急に男の人達が右に曲がった。そこは灯りのない細い路地で、迷うことなく歩いて行った。


「ここね、大通りへの近道なんだ。怖いだろうけど、大丈夫。僕達がいるからね。」


優しくそう励ましてくれたけど、前を行く二人の顔が先の見えない夜の闇に塗り潰されているようにしか見えなかった。


そこで初めて死の恐怖を覚えた。


「っ!や、やだっ!放し」


「無粋だね。」



抵抗しようと声を上げたのと同時にそんな声が聞こえてきた。そして次の瞬間、前を歩いていた男の人達が静かに地面に倒れた。




「…うーん、加減を間違えたかな。」


闇の奥からさっきと同じ声が足音と共に近付いてくる。その動きに合わせるかのように、暗い路地を月の光が照らし出して、その人の姿を浮かび上がらせた。



…宵闇色の色無地に私の浴衣と同じ色の帯、手には煤竹の扇子、そして顔には鼻から上を隠す狐のお面を着けた、華奢な男の人が立っていた。



「全く。こんな良き日に人攫いだなんて勘弁したまえよ。私は久方振りのー…」


足元で倒れている男の人達に向かってそう言葉を吐き掛けていたかと思えば、その先の地面で尻餅をついていた私を見つめて黙り込んだ。



「…おやおや、これは…。君は【天地美子】だね?」


…しばらくの沈黙の後に響いたのは、呼吸をすることさえ許さないような重厚で霊妙な声だった。張り詰めた空気に身体が固まってしまうけど、お面の奥の見えない二つの目に、気が付いた時には頷いていた。


「ああ、やっぱり!君のその目!そうだと思ったんだ!」


畏敬の念を抱かせる程の佇まいとは打って変わってはしゃいだようにそう言うと、軽やかな足取りで倒れている男の人達を超えて私の正面にやって来た。


「今日は年に一度のお祭りだからね、久方振りにこっちに来てみたんだけど、まさか君に逢えるなんて思わなかったよ!」


見知らぬ三人目の男の人の登場に、頭が完全に思考停止して口を開けながらただその人を見つめていた。すると、その人は私の両脇に手を入れて持ち上げたかと思えば、地面に下ろして手を繋いだ。


「君とは色々話してみたかったし、丁度お祭りの夜じゃないか!またとない僥倖を共に謳歌しよう!」


「…えっ、あ、あのっ!?」


再び引かれた手に慌てて大声を上げると、意外にもその人は立ち止まって口を開いた。


「…やはり間違えたようだ。」


「えっー…」


独り言のように呟かれた言葉の意味を聞き返そうとした瞬間、その人が手を離した。そして、背後で何かが動く気配がして振り返ると、大きな手が私を掴んで地面に叩き付けた。その拍子に頭に着けていたお面と手に持っていた巾着が道端へ飛んでいった。


「いっ…!」


突然の衝撃と痛みに顔を歪ませながら見上げると、倒れていたはずの男の人達が起き上がっていて、寡黙な方の人が私を押さえ付けていた。


「このガキ!何しやがった!!」


「すまないね。殺生はまずいと思って加減をしたら眠りが浅くなったようだ。次は気を付けるよ。」


私の口を塞いでそう怒鳴る筋肉質な男の人と、覗き込むようにして見下ろしながら謝る狐面の男の人を交互に見ていた。すると、もう一人の丸眼鏡の男の人が頭を押さえながら相方の肩に手を置いた。


「落ち着いて。もしかしたらこの子、【応龍】の巫女かも知れないよ。」


「はあ?!【応龍】!?」


聞き馴染みのある言葉に肩を跳ねさせた私と、ほぉ〜と感嘆の声を上げた狐面の男の人はその丸眼鏡の人を見つめながら先の言葉を待った。


「【応龍】ってあれだろ。天地神社の宮司を代々やってる一族で、神通力があるって奴らだろ?」


「ああ。さっき僕達が急に眠ったのもそれなら説明がつく。それに昼間に神楽を踊っていた【応龍】の巫女もこの子と同じくらいの年だったから尚更さ。」


そう言って私を見下ろす目は卑しく光っていて、悪寒が全身に駆け巡った。


「へぇ〜?たまたま目を付けたガキが【応龍】の巫女とか、棚ぼたじゃねぇか!まあ違ってたとしても押し切っちまえば高く売れそうだなぁ!」


「売る」という不穏な言葉に、助けを求めて狐面の男の人を見つめた。すると、その人は扇子で顎をトントンと叩いて考えるような素振りをした。


「うーん、困ったね。助けたいのは山々なんだけど助ける訳にはいかないし…まあ、君達の言葉でもあるよね。「可愛い子には地獄を見せろ」って。」


そう言うと、その人は落ちていた私のウサギのお面を拾い上げて「貰っても良い?」と笑顔で聞いてきた。その態度にもう自分でどうにかするしかないという考えに至って、口を塞いでいた手に思いっきり噛み付いた。


「いってぇぇえぇぇえ!!!?」


手が離れたのと同時に上半身を起こして背中を向けた。そしてそのまま、はいはいをして公園通りの方へ戻ろうと手足を動かした瞬間、足を引っ張られて再び地面に押さえ付けられた。


「はは。残念だけど、相手は一人じゃないからね?」


「っ!放し、てっー…」


逃げ出そうと全身を動かしながらそう言った瞬間、大きな手が飛んできて私の首を掴んでは力を込めて喉を締めた。


「…うっ…あっ…」


「このガキっ…!よくも俺の手を噛んでくれたなぁ!!殺してやるっ!!」


「駄目だって。殺したら金にならなくなるだろ?」


「そうそう、殺しはなしさ。夢見が悪くなってしまう。」


息が出来ずに苦しむ私と怒りに益々力を込める筋肉質な人、やれやれとその腕を掴む丸眼鏡の人と諌める言葉だけを寄越す狐面の人に場は混迷を極めていた。霞む目でもう一度助けてくれと狐面の人を見つめると、綺麗な三日月を浮かべて笑った。



「…おやおや、何を恐れることがあるのだろうか。君にはこの世の誰も持ち得ない、君だけの加護があるだろう?さあさあ、その声で紡いで御覧。目を閉じてしまう前に、あの言葉をー…」



(…加護……あの言葉…?)


朧げな意識の中に響いて残った言葉をなぞっても意味は解らなかった。だけど、その言葉に可能な限りの息を吸い込んで叫んだ。



「助けてっ!!!」



そう叫んだ次の瞬間、ドゴッという鈍い音と共に私の首を絞めていた筋肉質な人と丸眼鏡の人が天を仰いで吹っ飛んでいった。


「「美子っ!!」」


飛ばされた二人が地面に落ちる音と同時に名前を呼ばれて、それに息を吸い込むと喉と肺が苦しくなった。


「ゲホッ!ゲホッ!…ゴホッ!はっ、はぁっ…!」


「落ち着いて、ゆっくり息をして。もう大丈夫だから。」


蹲って咳をする私の背中をさする手に、乱れていた呼吸が徐々に落ち着きを取り戻していった。


「…はあ、はあ……っ、う…」


呼吸が落ち着いてくると、今度は首と頭の痛みに襲われた。


「…失礼する。」


私の隣から静かな声と共に手が伸ばされて、その手が首に触れた瞬間、首と頭の痛みが溶けるようになくなっていった。


「…はぁ…あ、ありがとう、皆…」


上半身を起こしながらそうお礼を言うと、向こうから駆け寄ってきた紺碧の甚平に抱きしめられた。


「ごめん!遅くなって本当にごめん!!」


「…ううん、ちゃんと守ってくれたもん。ありがとう、健。」


そう言って震える背中を慰めるように撫でると、その光景を称賛するような拍手が聞こえてきた。


「いやぁ、素晴らしいね!美しい!心が洗われるようだよ!」


胡散臭い言動を繰り返す狐面の人を健の肩越しに軽く睨んでいると、私を包んでいた腕が離れて健が私の目を見つめた。


「オレらさ、美子と逸れてからすぐに近くを探したんだ。だけど見つけらんなくて、走り回ってたら美子の声が聞こえて、秀とオレでぶん殴ったんだけど、あそこからコイツらに連れて来られたのか?」


「…あ、うん。そ、そんな感じだったと思う…。」


人波に流され気が付いたら公園通りにいた、なんて自分でも理解不能な事実を伝えても皆を混乱させるだけだと判断して曖昧に頷いてみせた。すると、健の後ろから何かを引き摺るような音が聞こえて目をやると、怖いくらい綺麗な笑顔を浮かべる秀がこちらに歩いて来ていた。


「そんなことよりさぁ、美子。こいつらどうやって始末したい?」


「始末…?」


小首を傾げながら言葉を繰り返すと、秀は引き摺っていた何かを私の目の前に投げ捨てた。それを見た瞬間、小さな悲鳴を上げてしまった。


…青い痣や赤く腫れ上がった皮膚に曲がった鼻や歯の抜けた口からは赤い血が流れ出ていた。変わり果てたそれが人攫いの二人組だと気が付いたのは、馨に目を覆われた後だった。


「そんなの持って来んなよ。美子が怖がんだろ?」


「えー?4、5発しか殴ってないし、これでも抑えた方なんだけど。てかこっちはお前が木刀で殴ったんじゃん。」


「…ま、待って!何、そん、なっ、し、始末って…!?」


目を覆う馨の手を剥がして秀を見上げると、私に優しく微笑んでから転がるそれの頭を踏み付けた。


「そっ、始末だよ。美子のこと誘拐して首絞めて殺そうとしたんだから、罪人には罰を与えないとでしょ?今回は特別に俺がやってあげる。あ、首は最後ね。」


そう言って頭に置いた足を捻って地面に押し付けた。すると、黙って見ていた狐面の人が顎を扇子で軽く叩きながら口を開いた。


「うーん、確かに彼等は拉致、監禁、人身売買の常習犯だし罪は重いね。ただ、神は死の穢れを嫌う。四神の加護に悪影響が生じる恐れがあるね。」


「悪影響」という言葉に四つの地で見た四神の悲痛な顔が頭を過って、慌てて頭を横に振った。


「待って!ダメ、始末しちゃダメ!!後は大人の人にお願いしようよ!」


私がそう言うと、秀は一瞬驚いたような顔をしてから眉を顰めた。


「…はあ?何で?どっかの誰かにやらせるより俺がやった方が確実じゃん。大丈夫、すぐ終わるって。」


「ダメ!この人達すごく手慣れた感じだったからきっと何回もこういうことをした事があるんだよ!それにわたしのこと「売る」って言ってたから悪い人達と知り合いかもしれないでしょ?だから、わたしみたいに怖い思いをする子を無くすためにも始末するより、大人の人達にお願いした方が良いって!」


惨事を起こさないために必死に納得してもらえるような理由を考えて言葉にした。すると、隣にいた透夜が顎に手を置いて小さく頷いた。


「…そいつらの装いと、ここまで連れて来る時間を考慮すると確かに常習性はあるように思われる。また、美子が聞いた「売る」と言う言葉から人身売買に加担していることは明らかだろう。なら、警察に身柄を渡すのが最善だろうな。」


「お前までそんなこと言うの?法に裁いて貰いましょうって?罪人に甘いねー。それに、そんなんじゃ俺の怒りが治んないんだけど。」


睨みながら手をバキバキと鳴らせている秀に、透夜は静かに首を横に振った。そして、立ち上がって寝転んでいる二人の元まで行くと、袂から黒い札を取り出して何かを呟き二人の額をそれで撫でた。すると、今まで静かに眠っていた二人が汗をかいて苦しそうな声を出し始めた。


「…と、透夜…?」


「…案ずるな、ただの(まじな)いだ。自らの罪を認め、その身で罰を拭い切るまで毎夜悪夢に魘されるだけだ、死にはしない。」


「悪夢…」


いつもと同じように見えるけど、内心かなり怒っているんじゃないかと思った。だけど、殺意に溢れていた秀も不服そうではあるけど踏み付けていた足を退かして頭を掻いたので、私は胸を撫で下ろした。


「よしっ!じゃあ決まりね!でもどうやって大人の人にお願いしよっか…。」


「パトロール隊に成りすましているからそこを疑って事情聴取してくれることを祈るしかないかな。まあ、常習犯ならそれなりに情報があるだろうし、縄で縛って本部の前に置いておけば良いと思うよ。」


そんなことを爽やかな笑顔で言ってのけた馨に、こちらも静かに怒っていたのか…と呆気に取られてしまった。すると、縄を持った小人の式神が走って横を通り過ぎて健と秀の前で止まった。二人が縄を受け取って手際良く人攫いの二人を縛った頃に立ち上がって声を掛けた。


「待って。顔のケガ、治していい?そのままだと痛そうだから…。」


「はいはい、お人好しー。どうせダメって言っても治すくせに聞く意味ある?」


「そんな風に言うなって。美子がやりてーなら別に止めねーよ。」


そう言ってくれた二人に「ありがとう」とお礼を返してからしゃがんで倒れている二人の額に触れて目を閉じた。


(…透夜がかけた悪夢までは治せないけど、この怪我の痛みで苦しみませんようにー…)


瞼越しに感じる眩しい光にそう祈りを込めた時だった。小さく笑う声が正面から聞こえて来て目を開くと、そこにはやっぱりあの狐面の人がいた。



「…ふふ、美しい博愛の精神だね。それで良い、どうか君はそのままで。その慈愛と英断の手綱はしっかりと握っておいておくれ。全てが始まるあの時まで…。」



光の奥でそう言うと、手を小さく振り背中を向けて歩いて行った。治療中の私はただ、その背が闇に消えていくまで静かに見つめることしか出来ず、心に大きな疑問を抱えたまま、ゆっくりと瞬きをしたのだった。






続く…

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