第28話 贈り物
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「わぁ〜、こっちも賑やかだねー!」
透夜と一緒に他の三人を見つけ出し合流した私達は商店街に来ていた。大通りや公園通りとはまた違い、工芸品を販売する屋台が多く建ち並んでいて賑やかだけど少し大人っぽい雰囲気が漂っていた。
「お皿に風鈴、扇子、風車…色々あるんだなぁ〜。」
「美子!あそこの店に龍がいるぞ!」
「龍?」
興奮した様子の健が指を差す方を見ると、並ぶ屋台の中に目を引くお面屋さんを見つけた。近寄って見てみると、龍や虎、鳥に亀といった見覚えのある動物のお面が並んでいた。
「これって四神かな?」
「そう見えるね。他のは…十二支かな?」
お面を眺めていた馨がそう言うと、パイプ椅子に座っているおじさんがほお、と感嘆の声を上げた。
「随分物知りな子達だね。その通り、上段は応龍様と私達を守護する四神様のお面、下段は十二支の動物達のお面さ。他にも狐や鬼、天狗にひょっとこ、おかめなんかもあるよ。」
そう説明すると、おじさんは藍色の龍のお面を取って私に渡した。手に触れた温かみのある滑らかな肌触りに驚いて、思わずおじさんを見上げた。
「これ、木で作ったんですか?」
「そうだよ。この祭りに向けて一つ一つ手作りしたのさ。」
それを聞いてもう一度龍のお面を見つめては、目を引く理由が並んでいるお面の種類だけでなく、木で作られたお面だったからだと納得ができた。
「へー手作りかぁ、よく出来てんなー!ならこれ、青い龍だから青龍になんのか?」
「ああ、それは春を司り東を守護する青龍様さ。うちで一番人気なんだ。」
胸を張ってそう言ったおじさんを見上げながら、私は一人小首を傾げた。
(…私が見た青龍は緑色だったんだけどなぁ…どっちかと言うと十二支の龍の方がそっくり……あ、あの青龍は子供で大人になるとこんな色になるのかな?)
「…それにするのか?」
自分の疑問にそれなりの答えを考えていると、透夜が後ろからそう声を掛けてきた。振り返って見ると、あの感情の読めない目で青龍のお面を静かに見つめていた。
「ううん。これは青龍だから健のでしょ?わたしはー…ウサギにしよっかな。」
ざっと眺めて長い耳が可愛い兎のお面を指差すと、おじさんがそれを取ってお面が頭の横になるように紐を結ってくれた。
「こう言ってはなんだが、お面は視野が狭いし息もしづらいからね。人が多い時は顔に着けると危ないよ。」
「ありがとうございます!」
青龍のお面とお金を渡しながらお礼を言って再び商店街を歩き出した。すると、前方から白い甚平の子が人波を軽やかに避けて歩み寄って来た。
「あれ?そんなの着けてたっけ?」
「今そこのお面屋さんで買ったの。ていうかどこ行ってたの?秀。」
商店街に入る前、「行く所があるから」と言って人混みに消えて行った秀にそう尋ねると、甚平のポッケから箱を取り出した。
「ん、あげる。」
「何、これ?」
差し出されたそれを受け取らずにじっと見つめていると、面白くなさそうに口を尖らせた。
「…気になるなら自分で開けなよ。はい。」
そう言って半ば強引に持たせると、今度は秀がじっと私を見つめた。その目に促されるまま受け取った箱の蓋を開けると、中にはたくさんの小さな花が咲く金色の髪留めが入っていた。
「それ、金木犀の髪留め。こっちに装身具を作ってる工房があるから頼んでおいたの。」
「頼んでおいたって、どうして?」
提灯の灯りに照らされてキラキラと輝く髪留めから秀に視線を移すと肩を竦めた。
「だってさぁ、俺が折角採った金をそのままじゃ嫌だって言ってあの時受け取ってくんなかったじゃん。」
「あの時ー…」
その言葉から思い出されたのは、白旺山で天狗達と和解した後の出来事だった。
………
……
…
…天狗達との戦いで怪我をした【白虎】の人達を治してから山を下ろうとした時、秀に呼び止められた。振り返って見ると、秀の手にはキャベツくらいの白くて金色の粉が混じったような石があった。
「あげる。」
「えっ?何で?」
聞いていた話では白旺山で金を採るのは白虎の御神体や【応龍】に捧げて力を得たり、忠義を示したりするためだったはずだ。私は確かに【応龍】だけど、忠義を示す相手は現当主のお父様のはずで、私に渡す理由が解らなかった。
「さっき話したじゃん。」
「うん。だけど、それは白虎と応龍さまのお父さまに渡さなきゃでしょ?貰えないよ。」
そう言うと秀は驚いたような顔をして固まった。そして、面倒臭そうに頭を掻いてから口を開いた。
「…じゃあお礼ってことにでもしてよ。」
「お礼って…秀達を助けられたのは白虎が力を貸してくれたからだし、やっぱり白虎にあげた方がいいよ。」
再度断ると、苛立ちを全身に滲ませて大きな溜息を吐いた。
「あーもう!じゃあ!友達になった記念品ってことならいいでしょ!?」
「友達…」
秀が怒鳴りながら言ったその言葉に、胸が一瞬にして熱くなった。そして湧き上がる嬉しさに、一人照れたように笑っているとズイッと目の前に金の石が差し出された。
「…ありがとう。友達記念、とっても素敵だね。でも、やっぱり受け取れないよ。」
「はあ?何で?」
「だって、このまま貰っても使い道がよく分からないし、わたしには勿体ないもん。だから、貰って嬉しいって思ってくれる人にあげた方が絶対に良いよ!」
そう言ってからもう一度「ありがとう」とお礼を言うと、秀は暫く黙ったまま私を見つめた。そして、観念したように目を瞑って溜息を吐くと、私の手を握って山を下って行った。
………
……
…
(…あの後、【白虎】の人に石を渡してたから白虎とお父様に捧げたと思ってたけど、もしかして…?)
思い出された過去と手の中にある金の髪留めから導いた答えを頭に留めながら秀を見ると、綺麗な笑顔をして見せた。
「髪留めなら使い道も分かるし、貰って嬉しいって思ってくれるでしょ?それとも、まだ受け取らない理由があるわけ?」
やっぱりあの時の金なのか…と返す言葉を失ってしまったけど、私のために作ってくれたことが嬉しくて笑顔を浮かべた。
「…ううん。ありがとう。大切にするね。」
「どういたしましてー。金木犀は魔除けの花だから、頼りない赤髪しかいない時は御守りとして持っときなよ。」
「はあ!?頼りないってなんだよ!」
「あ、自覚あったんだ?」
余韻に浸る間もなく喧嘩を始めそうになっている二人に呆れながら、髪留めの箱に蓋をして巾着にしまった。そして、止めようと口を開いた時、お父さんにおんぶされて泣きじゃくる男の子が目に入った。
「うわぁーん!!噛まれたぁあ!!頭なくなっちゃったよぉ!!」
「はいはい、ちゃんとあるだろー?獅子の好物は厄だけだから人間なんて食べないぞー。」
「そんなことないぃ!俺が悪い子だから頭ごと食べちゃったんだぁ!!」
苦笑しながらあやすお父さんと泣き止みそうにない男の子の背中を何も言わずに見つめていると、私の頭の中を読んだかのように馨が口を開いた。
「あの様子と言葉から察するに、「獅子舞」を見た後なんじゃないかな。」
「ししまい?」
その先を教えて欲しくて馨の方を見ると、「うん」と頷いてから言葉を続けた。
「伝統芸能の一つで、獅子という獣に扮して音楽に合わせて舞い踊るものだよ。舞には飢饉や疫病、悪魔を払う力があって、人の頭を噛むことでその人の厄を払うとされているんだ。」
「へぇー!すごいね!見てみたいなぁ!あっちに行けばいるのかな?」
そう言って爪先立ちをして男の子が来た先を見ていると、透夜が私の袖を軽く引っ張った。
「…獅子舞を披露しているのはこの商店街を抜けた先にある広場だ。今行けば観られるかもしれないが、神輿に間に合わなくなる。」
「えっ、もうお神輿の時間なの?」
振り向いてそう聞くと、透夜は袂から腕時計を取り出して私に見せた。
「もうこんな時間なんだ…お祭りも、終わりなんだね…」
楽しいお祭りの終わりが近付いていることに、悲しくなってしまう。だけど、それはどうしようも出来ないことで覚悟していたことだから、すぐに気を取り直して顔を上げた。
「…そっか!じゃあ、獅子舞はまた今度だね!早く大通りに戻らなきゃ!」
元気な声と笑顔に安心したのか、皆も頷いて商店街の出口へと歩き出した。私もそれに続こうとした時、不意に後ろから手を掴まれた。
「健?どうしたの?」
振り返って見ると手を掴んでいたのは健で、何も言わずに私を見つめていた。その沈黙に、私もどうすれば良いのか分からなくてただ見つめ返していると、何かを決意したかのように凛々しい表情になった。
「…オレに任せろ!」
「えっー…」
その言葉の意味を聞こうとした瞬間、掴まれていた手を引かれたかと思えば身体がふわっと地面から離れた。
「健っ!?」
「ちょっ、おまっー…」
私の声に振り返った秀が驚いた様子で声を掛けたのと同時に、健は地面を蹴った。その速さは三人から逃げる時とは比べ物にならない程速くて、通り過ぎた人達も強い風が吹いたと勘違いしているようだった。
「け、健!三人のところに戻ろう!お神輿が…」
「大丈夫だって!ぜってー間に合わせる!!」
そう言って更に速度を上げた健の顔は自信に満ち溢れていて、何だか楽しそうだった。だから私も、それ以上は何も言えなくて落ちないように抱き着くしかなかった。
………
……
…
「着いたぞ、美子!ここのどっかでやってるはずだ!」
足を止めた健の声に顔を上げると、大通りや公園通り以上の人々がいくつもの人集りを作っている一面芝の広い場所に到着していた。
「どっかってどういうこと?」
「ここな、一個のステージがある訳じゃなくて、広い会場内で同時に何組もの団体が踊ったり演奏したりしてんだよ。パンフレットかなんかがあったら分かるんだけど、貰いに行く時間ねーから探さねーと!」
そう言って私を持ち上げる手に力を入れた。それにこの会場内をあの速さで走り回るつもりなのだと察して、慌てて口を開いた。
「ま、待って!それなら走り回らなくても分かるよ!」
「ん?どーすんだ?」
向けられた目に力強く頷いてから広場を歩く人々に目を向けた。
「観たことないから獅子舞がどんな物かは知らないけど、さっきの男の子みたいに噛まれて泣いてる子がいるかもしれないでしょ?だから、泣いてる子を探して…」
「うわぁぁん!!」
まるで待ってましたと言わんばかりに聞こえてきた泣き声に二人してそっちを見れば、四歳くらいの女の子とお兄様と同い年くらいの男の子がお父さんお母さんと手を繋ぎながら泣いていた。
「すんませーん!ちょっといいですか?」
初めて聞く健の敬語に驚きつつもお父さんとお母さんを見上げると、私と同じように驚いた顔をしていた。
(…あ、抱っこされたままだ…)
恥ずかしく思ったものの、また後で移動する時のことを考えると、このままでいいのかなと判断して言葉を飲み込んだ。
「獅子舞ってどこでやってるか教えて貰えませんか?」
「…え、あっ、獅子舞ならあっちの方だよ。祭囃子の屋台に大きな提灯があって、それに「ししまい」って書いてあるから見つけやすいと思うよ。」
そう言ってお父さんが指差した方を確認した健は、軽く頭を下げて走り出した。
「あっ!あった!獅子舞発見!」
お父さんが言ったようにとても目立つ提灯のおかげですぐに発見することができた。
「いよっと、ほら美子!あれが獅子だぞ!」
「…わぁ…」
人集りの合間を上手い具合に擦り抜けて最前列に来た健に言われたまま顔を向けると、真っ赤な顔に金色の歯、白いふさふさな髪を生やした怪物が音楽に合わせて踊っていた。
「あはは!ヘンテコだな!」
「う、うーん…わたしはちょっと怖いかも…」
笑う余裕がある健の言葉にそう返事をしたけど、確かにヘンテコな動きで踊っている姿を観ていると、少しずつ面白いと思うようになった。
「おっと、そういやじっくり見てる時間ねーんだったな。」
そう言うと健は私を下ろして今度は肩に乗せるように担ぎ上げた。
「おーい!獅子!美子の厄、食ってくれよ!」
向こうで踊っている獅子に大声でそう頼むと、ひょこひょこ歩いて近寄って来てくれた。間近に迫った得体の知れない生き物に思わず固まってしまった。すると、その大きな口が金色の奥歯まで見えるほど大きく開いた。
「…っ!」
怖くて目を瞑ると、獅子の歯らしき物が頭に触れた。だけど痛みは全くなくて、ゆっくり目を開くと口をパクパクさせている獅子が私を見つめていた。
「…あ、ありがとう、ございました…」
半分放心状態でお礼を伝えると、獅子は嬉しそうに跳ねながら中央で再び踊り始めた。その表情は変わっていないはずなのに、穏やかで優しそうに見えた。
「美子の厄、食ってもらえて良かったな!」
獅子舞の人集りから抜け出た後に健が笑いながらそう言った。
「う、うん。でも、健は良かったの?」
見下ろすような体勢が嫌だったので地面に下ろして貰ってからそう聞くと、健は頷いて口を開いた。
「ああ、別にいいよ。気にしてねーし。それより、獅子舞楽しかったか?」
「うん。始めはちょっと怖かったけど、とてもかっこ良かったし面白かったよ。」
笑顔で「ありがとう」と伝えると、健は照れくさそうに笑った。
「へへ、なら良かった!さっき透夜も言ってたけど、美子がやりてーことは全部叶えっから!だから、我慢すんなよ!」
そう言って私の頭を撫でた健が、何だかすごく頼もしくてかっこ良く見えて、今度は私が照れたように笑った。
「さーて、そんじゃあアイツらんとこに戻ろーぜ!神輿の場所取りしてくれてると良いんだけどなー。」
「お神輿見るのも場所取りしなきゃいけないの?」
「いや、普通はそんなことしねーけど、どーせならなー。」
腕を捲りながらそう言うと、私に近寄ってはまた軽々と抱き上げて風のように走り始めた。
………
……
…
「あー!人攫い常習犯が戻って来たー!」
十分も掛からずに到着した大通りで私達を出迎えたのは何とも不穏な言葉だった。
「攫ってねーし、人聞きの悪いこと言うなよ。」
それに溜息を吐きながら返事をした健は私を下ろしてから秀と対向した。
「はぁー?事実以外の何物でもないんですけど?」
顔を合わせれば乱闘をし、口を開けば喧嘩しかしない二人に呆れながらも取り持つために口を挟んだ。
「そう言えば、秀は今回追い掛けて来なかったね。獅子舞嫌いなの?」
「べっつにー?好きでも嫌いでもないけど、追い掛けんのもメンドーだし大通りから離れるのも嫌だったから行かなかっただけ。」
そう言うと、手を伸ばしてズレたウサギのお面の位置を直してくれた。
「あっ、ありがとう。」
「ん、で?初めて見た獅子舞の感想は?」
「ちょっと怖かったけど面白かったよ!今度は皆で頭を噛んで貰おうね!」
「約束ね!」と付け足すと四人は可笑しそうに笑って約束だと言ってくれた。
「それにしても人が多いね。お神輿が来るからなのかな?」
通り過ぎていく人波を眺めながらそう言うと、馨が「うん」と答えてくれた。
「時間的にはもうすぐここを通るはずだよ。神輿を観に集まった人と森まで神輿に付いて歩く人がいるからこれだけ混雑しているんだろうね。」
「そっか。なら、はぐれちゃったら大変だね…。」
そう不安に駆られていると、無意識に固く握っていた手が温かい手に包まれた。
「大丈夫だって!オレがはぐれねーようにちゃんと手繋いでおくから!」
真剣で真っ直ぐな目と熱いくらいの手が強張っていた心を擽った。今まで何度も救ってくれたこの温かさが、世界のどんなものよりも頼もしいということを知っているから、心からの笑顔で頷いた。
「よしっ!なら神輿がちゃんと見えるとこまで移動しようぜ!」
「うん!」
そう意気込んでから人混みを縫って進み、背の高い人集りに入って行くと、人の熱と活気に全身が包まれた。
「わっ、す、すごいね…!」
あっちこっちから押されながらも前を行く健の手を必死に掴んで一歩ずつ進んで行った。すると、背中を支えるように手が置かれた。
「うわっ、あっつー。ジメジメしてるし最悪なんだけど…。」
「…美子、無理せず体を預けてくれ。人の流れに逆らうのはつらいだろう。」
「あ、ありがとうっ!」
そう言って両隣に立って道を作ってくれる秀と透夜に感謝すると、ピーピーという笛の音やシャンシャンと飾りが鳴る音、そしてわっしょい!わっしょい!という人の声が遠く聞こえた。
「お神輿の音が近付いて来てるね。もうすぐだから頑張って、美子。」
「う、うん!」
少し離れた後ろの方から馨に励まされてゆっくり進んで前方が少し明るくなった時だった。
ドンッ!
「わっ!」
一際強い衝撃に身体を押されてよろけてしまった。隣にいた透夜と秀に支えられて転ばずに済んだけど、右手に持っていた巾着がないことに気が付いた。急いで辺りを見ると少し離れた所に落ちていて、今にも踏まれてしまいそうだった。
(あ、あれは先生のだし、お父様のお財布も入ってるし、秀の髪留めが入ってるからなくしちゃダメ!)
「ちょっと、美子!?」
慌てて繋いでいた手と支えてくれている手を振り払って巾着の方に一人進んで行くと背中にそんな秀の声が聞こえて来た。だけど、私は振り返ることなく一直線に進んで行った。
(…あと、ちょっと…!)
流されそうになるのを必死に堪えて手を伸ばした。
「…よしっ!取った、うわっ!」
しっかりと巾着を掴んだ瞬間、誰かにぶつかって転んでしまった。随分流されてしまったのか、転んだ拍子にあんなに苦労して入った人混みからは抜け出てしまっていた。
「はあ…でも巾着が拾えて良かった。早く戻らないとー…」
そう言って顔を上げて周りの景色を見た瞬間、言葉を失ってしまった。
…私がいたのは確かにお神輿が通る大通りだったはずなのに、今は「射的」や「ヨーヨー」といった看板を掲げる屋台ばかりが目に映っていた…。
続く…




