第26話 宝物殿
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「…ふう、やっと着いた。」
そう言って汗を拭った私がいたのは、裏門の前だった。と言うのも玄関から出た後、お父様の言い付けを思い出し、慌てて庭を通って移動したためだった。
(皆には「私の家」としか言ってないから結局また表門に戻るんだけどね…)
仕方ないとは思いつつも、心の中では涙を流しながら何の気なしに裏門の扉を開いた。
「お、意外と早かったな!」
「うん。お父さまがすんなりと許してくれ、て……」
視界の外から聞こえてきた声にほぼ反射的に答えた自分の口にまず驚き、その声のした方を向いて更に驚いた。
「…えっ、えっ!?な、何で皆いるの!?」
…そう、声のした方にはさっき約束した四人が竹垣を背にしてしゃがんで待っていたのだ。
「何でって…さっき約束しただろ?」
忘れたのか?とでも言いたげな顔をした健は、紺碧の布地に白糸で麻の葉を刺繍した甚平を着ていた。
「そ、そうだけど「わたしの家に来て」としか言ってないでしょ?なのに、なんで裏門だって分かったの!?」
いつもとは違う雰囲気に少し戸惑いながらも、驚きと嬉しさが混じったような声でそう疑問を口にした。すると今度は白地に金の刺繍と千鳥がけが施された甚平を着た秀が口を開いた。
「分かるもなにも、さっき迎えに来た時も裏門から出てきたじゃん。どーせ【応龍】の巫女だってバレないようにしろとか言われてんでしょ?」
「あっ…」
そういえば確かにさっきも裏門から出て色々あったなと思い出した。
(あの時は冷たくて怖い空気を何とかしようといっぱいいっぱいだったけど、よく考えたら健以外の三人が約束もなく裏門に回ってくること自体おかしいもんね…)
三人の思考力、判断力に感心し、あの争いの始まりに納得して頷くとしゃがんでいた四人が立ち上がった。
「美子も浴衣着てんだな!いつもとちげーからビックリしたけど、すげーキレイだな!」
「えっ…ほ、本当?お、おかしくない…?」
さっき自分に言ってあげた言葉を言われて嬉しくもあり恥ずかしくもあったけど、それよりもちゃんとお祭りに相応しいのかが気になってそう聞き返した。
「うん、おかしくないよ。とても綺麗だよ。」
優しく微笑みながらそう言ってくれたのはえんじ色の布地に白い縦線が左右に二本ずつ縫われた浴衣を着た馨だった。
「…あ、ありがと…」
馨の方が綺麗だけどな…と思いながらも真っ直ぐな目で伝えられた「綺麗」という言葉に、はにかんで感謝の言葉を返した。
「…美子、その包みはどうした?」
赤くなった頬を隠すように俯いていると、その声と共に地面に落ちた影が近付いて来た。顔を上げるとそこには思った通り透夜がいて、黒と灰色の片身替わりの浴衣を着ていた。
「あ、これは神楽で使ったお面だよ。片付けておいてって言われてたんだけど忘れてて、だからお祭りに行く前に宝物殿に行きたいんだけど良いかな?」
「おう!いいぜ!」
私のお願いに二つ返事で頷いてくれた皆にお礼を言ってから、宝物殿のある方へと歩みを進めた。
………
……
…
篝火と提灯で照らさせた境内を歩いて宝物殿の扉の前で足を止めた私は、振り返って一番近くにいた馨を見つめた。
「ごめん、ちょっとこれ持っててくれる?」
「うん。」
そう言って持っていたお面の箱を馨に渡すと、巾着から鍵を取り出した。そして、扉の取っ手のすぐ下にある、数字の代わりに十二支の動物の名前が書かれた時計の文字盤のような鍵穴に鍵を差した。
(…えっと、確か、「ネズミと馬の猿真似合戦、ヘビが睨んでお終いさ」だったよね?)
頭の中でいつの日かお兄様に内緒で教えて貰った「葉月の暗号」を唱えてから鍵を回した。と言うのも、宝物殿の扉にはからくり錠が埋め込まれていて、順番通りに回して押し込まないと開かない仕組みになっている。しかも、解除に必要な番号は月によって変わるようになっていて、それを知っているのは【応龍】の当主だけだった。
(…順番を間違えたり、鍵穴をしばらくいじってたりすると自動的に足下の落とし穴に落とされるって聞いたけど、どうなんだろう…)
古いけど防犯性抜群の鍵を緊張しながら回すと、ガチャッという音が聞こえてきた。鍵を巾着にしまってから右側の取っ手を両手で掴んで手前に引いても、重くてびくともしなかった。
「…はあ、だと思った。ちょっと貸して。」
溜息を吐いてからそう言って扉の取っ手を掴んだ秀は、片手で簡単に扉を開けてしまった。
「あれ?意外と軽いじゃん。それで?何か言うことは?」
「…ありがとう。」
最後の催促さえなければ完璧だったのに…と残念に思いながらも感謝を伝えてから、馨に預けていたお面の箱を受け取って宝物殿の明かりを点けた。
「あれ?お神輿がない?」
明かりを点けてすぐに気が付いた変化を口にすると、最後に宝物殿に入った透夜が口を開いた。
「…神輿がないのは「饗応の儀」にて使用するためだろう。」
「きょうおうのぎ?」
少し言いづらい言葉を繰り返すと、透夜は小さく頷いて口を開いた。
「…応龍祭りは朝の部と夜の部に分けられ、前者は「朝礼の儀」と「巫女神楽」によって応龍をこの地に迎え、恵みを賜るための祭儀であり、後者は「饗応の儀」と「終礼の儀」によって応龍を持て成し、恩恵への感謝を示すための祭儀となっている。朝の部は「巫女神楽」から「巫女祭り」、夜の部は「饗応の儀」を執り行うのが【四神】であることから「四神祭り」とも呼ばれている。」
「へー、応龍をお持て成しする「四神祭り」かぁ!でもお神輿とどう関係してるの?」
新しく知ったことを整理しながら無くなったお神輿について質問すると、今度は馨が答えてくれた。
「「饗応の儀」が行われるのは天地神社じゃなくて青龍神社なんだ。だから、御神輿がないのは天地神社から応龍を運ぶために使うからなんだよ。」
「へー、応龍を運ぶためにかぁ!でもお神輿の中、狭くないのかな…?」
そう言って真剣に悩み始めた私を見て馨はふふっと軽やかに笑った。
「神輿かぁー、運ぶのは【青龍】って決まってるからオレもいつか手伝わなきゃだよなー…はあ。」
「何言ってんの?当主になったら手伝うどころか参加不可避じゃん。」
「あー…現実見せんなって…」
「運ぶのはってどういうこと?」
心底嫌そうな顔で乱暴に頭をかく健にそう尋ねると、健よりも先に秀が口を開いた。
「「饗応の儀」にも順番と役割分担があって、一番始めの【青龍】は神輿で運搬、青龍神社に着いたら二番目の【玄武】が食事を出して、【朱雀】が楽器を演奏、そんで【白虎】が宝飾を捧げてお持て成しは終了。その後はまた【青龍】が神輿で神ヶ森の入り口まで運んで「終礼の儀」でさようならってすんの。ちなみに花火が始まんのは「終礼の儀」が終わった後すぐね。」
「花火?」
そう繰り返すと、宝物殿に沈黙が流れた。何だろうと首を傾げていると、秀が大きな溜息を吐いた。
「…花火も知らないとか、どんだけ箱入りなの?」
「箱入り?」
知らない言葉ばかりを繰り返すと、秀は面倒くさそうな顔をして溜息を吐いて目を逸らした。すると、そんな秀に代わって今度は馨が口を開いた。
「説明するとなると意外と難しいね…うーんと、花火っていうのは火薬で作られたもので、それに火をつけて打ち上げて観賞したり、手持ちで楽しんだりするものだよ。赤や青、黄色や緑と色とりどりでそれこそ花みたいでとても綺麗なんだよ。」
「へぇー!火のお花かぁ!見てみたいなぁ!」
どんなものか全く想像できなかったけど、火が赤以外になってお花みたいになることにすごく興味を引かれた。
「はいはい、後でちゃんと連れてってあげるからさ、早くこれ置いてお祭り行こーよ。」
そう言って秀は私が持つ木箱を指でトントンと突いた。それにハッとして大きく頷き、宝物殿の一番奥の角にある棚の前に移動した。
「お顔と力を貸して下さってありがとうございました!」
棚の一番上の段に置いてから元気よくお礼を伝えた。そして、出口へ戻ろうと振り返った時、足に軽い何かが触れた。
「わっ、箱?」
足に触れたそれは一辺が10センチくらいの四角く底の浅い小さな木箱で、持ち上げてみるととても軽かった。
「美子ー?どうしたんだー?」
しゃがんでそれを見つめていると、それに気が付いた健がそう声を掛けながら近寄ってきた。
「あ、ごめんね。これが落ちてて、何だろうなーって考えてたの。」
出口に向かっていた皆も戻って来てくれて、申し訳なく思いつつも拾った木箱を見せた。
「裏とかに何か書いてないのか?」
「うん、何も書いてないよ。」
裏面や横のとこを光がちゃんと当たるように動かしてみても、墨の残りやシールが貼られた痕跡はないように見えた。
「地面に落ちてたんならそんな大事なものでもなさそうだし、開けてみればいいじゃん。」
「うーん、勝手に開けてもいいのかなぁ…」
脳裏に浮かぶお父様の顔になかなか頷けず顔を顰めて唸ってしまった。
「でも、中身が分からないことにはどこに戻せば良いかも分からないからね。」
「確かに…」
馨の最もな意見に背中を押され、意を決して木箱の蓋を開けた。
「…これ、天地神社の神紋?」
木箱の中には何も入っていなかったけど、その代わりに木箱の底には墨で天地神社の神紋が大きく描かれていた。
「何で神紋が木箱の底に描かれてんだ?」
「分からない…。」
どうしても答えが欲しくて一番詳しそうな透夜を見上げると、口元に手を置いて暫く木箱を見つめていた。
「…内符はないが、御守りの一種と考えれば、神社の歴史的資料として保管されていたのだろう。」
「お守り…。」
そう言われてみれば確かに小さくて薄くて持ち運びしやすそうだなと思った。
「ふーん、それじゃあ戻すのなんてどこでもいいね。ほら、終わったならさっさとお祭り行くよー。」
正体を知って興味をなくしたのか、そう言った秀は背中を向けて出口へと歩いて行ってしまった。
「そうだね。時間も限られてるからそろそろ行こうか。」
「だな!美子も行こうぜ!」
「あ、うん!」
秀に続いて出口へと向かう皆の背中に慌てて立ち上がり、御守りの木箱をお面と同じ棚に置いて私も出口へと向かった。
『 』
明かりを消す時に、何か聞こえたような気がして宝物殿の中を見渡しても、特に変わった様子はなかった。それが少し気掛かりだったけど、皆とお祭りに行きたい気持ちの方が勝って電気を消した。
「ふーん、神輿が行った後なのに結構人いるんだなー。」
秀に扉を閉めてもらって鍵が掛かったのを確認していると、参道を歩く人々を見ていた健がそんなことを言った。
「お神輿ってもう行っちゃったの?」
真似るように境内を眺めながらそう尋ねると、馨が「うん。」と言って神楽舞台の方に指を向けた。
「夜の部は御神輿で応龍を青龍神社までお運びすることから始まるんだけど、その始まりは神楽舞台の上にある夕菅が開花してからなんだ。夕菅は元々この地には咲いていなかったんだけど、応龍の「龍の花」が地面に落ちて咲いた花だと伝えられていて、夜の部の開催の目印として舞台に置いておく習慣があるんだ。」
その説明を聞き終えてから指先を辿って神楽舞台を見ると、確かに黄色い百合のような花が中央に置かれて咲いていた。
「そっか、お神輿見たかったなぁ…」
納得しつつも、あの大きなお神輿をどうやって運ぶのかを見られなかったことに肩を落とした。すると、秀と健がそんな私の顔を覗き込んで口を開いた。
「見たけりゃ後でも見られるし、そんな落ち込まないでよ。それまで露店で遊んでればいいでしょ、ね?」
「そうだぞ、美子!焼きそばとかわたあめとか、金魚すくいとか射的とか、他にもいっぱいあるから遊んでよーぜ!」
いつもは意地悪な秀といつも私には優しい健が、落ち込む私を慰めるような言葉を掛けてくれた。それがとても嬉しくて、笑って「うん!」と答えると健がニカッと笑って私の手を取った。
「よっしゃ!そんじゃ行こうぜ!」
そう言って私の手を引いて走り出すと、後ろから怒鳴る声と笑う声、溜息と玉砂利を駆ける音が聞こえてきた。振り返ると私達の後を追い掛ける三人の姿があって、何だか鬼ごっこをしているみたいだなと可笑しくて笑ってしまった。
…人が行き交う境内を、手を引かれながら走っていく。その先にあるぼんやりとした赤い光に包まれた街並みに、小さな鼓動が心地の良い速さで律動を奏でていった。
続く…




