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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
第一章
24/75

第24話 教訓


ーーーーーーーーーーーーー






「…はぁ、はぁっ…」



…高い樹々が生い茂る森の中、膝に手をついては切れた息を整えようと必死に呼吸を繰り返した。そして、頬を流れる汗を腕で拭ってから大きく息を吸い込んだ。



「…ちょっと待って!!全員集合!!」


渇いた喉から可能な限りの大声を出すと、別々の方向から四人が姿を現した。


「どうしたんだ?オレまだ捕まってねーけど。」


「俺もー。ていうか見つかってすらいないんだけどー?」


不思議そうな顔で口々にそう告げた健と秀をチラリと見てから小さく息を吐いた。そして私を見つめながら立っている四人を見渡して口を開いた。


「…話があるの。全員座って。」


「はぁ?なんで?」


「いいから!」


軽く睨みながら語気を強めてそう言うと、四人は黙ってその場に座った。それをちゃんと見届けてから腕を組んで威厳たっぷりに口を開いた。



「…わたしは今、とっっても怒っています。どうしてか分かりますか?」


お父様が最も怒った時に使う言葉を真似して言うと、口を開いたのはやっぱりあの二人だった。


「怒ってる?てか、なんで敬語なんか使ってんだ?」


「どうせあれでしょ?一回も勝ててないから拗ねて」


「拗ねてない!怒ってるの!!」


大声で秀の言葉を遮り、大きく息を吸い込んでから左手を腰に置き、右手の人差し指を真っ直ぐ伸ばして秀に向けた。


「秀!鬼ごっこの時にわたしばっかり追いかけないで!あと、タッチできるのにわざと捕まえないで遊ぶのもやめて!」


「えーー?だって一番弱い奴を狙うのが狩りの基本じゃん。それに美子の反応も面白いし。」


ニコニコと憎たらしいくらい綺麗な笑顔でそう言った秀に、「うわっ…」っと声を漏らしたのは健だった。


「オマエ、サイテーだなぁ。」


全くの同意見だったけど、今度は口答えする秀に軽蔑の眼差しを送る健を指差した。


「次に健!かくれんぼの時に森の木にわたしたちの居場所聞かないで!隠れてる意味ないでしょ!」


「ん?いや、だって、探し回るよりも聞いた方がはえーじゃん。ちょうどこの前の修行で使えるようになったから試してみたかったし。」


こちらも悪怯れる様子は微塵もなく、清々しい程の笑みを浮かべてそう返事をした。


「うわーやだやだ。力自慢とかサイテーでしょ。」


さっきのお返しと言わんばかりに嫌味ったらしく笑った秀は、私の真似をするみたいに透夜を指差して口を開いた。


「ていうか【玄武】なんてさ、鬼ごっこにもかくれんぼにも他の遊びにだって式神使ってるじゃん。俺よりそっちの方が全然ズルいんだから先にそっち言ってよ。」


秀の言動が余程気に入らなかったのか、端正な眉を顰めて秀を睨み見た。


「…俺はお前のように嗜虐的(しぎゃくてき)な思考から式神を使役していた訳ではない。外道な振る舞いと比べるのはやめろ。」


その目と言葉を受けた秀も秀で不機嫌そうに笑って透夜を睨んだ。何度目かの一触即発の空気に、これまた何度目かの溜息を吐いた。


「ケンカはダメ!とにかく!遊ぶ時は力を使うのは禁止!遊びは思いやりと平等!!分かった!?」


私がそう言うと健と透夜は分かったと頷いてくれた。だけど、秀だけは尚も食ってかかった。


「えーめんどくさー…てか美子も力使えばいいじゃん。それで平等でしょ?」


「治癒の力をどう使えって言うの!?」


…そう。私には応龍の加護があるけどそれは身体能力を高めてくれるものでも、占術や呪術を助けてくれるものでもない。ただ怪我が治せるだけ、それ以外の能力は普通の人と変わらないのだと遊んでる最中に思い知った。


「と、に、か、く!遊んでる時は力を使うの禁止!!反対は認めません!!」


そうきっぱりと言い切ると、最後まで反抗し続けていた秀も大きな溜息を吐いて口を閉ざした。


「よしっ!それじゃあ次は」


グゥゥ〜




…ようやく治めた場に響いたのは空腹を知らせる音だった。その音が私のお腹から鳴ったのだと気が付いた瞬間、あまりの間抜けさにお腹を抱えてしゃがみ込んだ。




「…ふふ、可愛い音が聞こえたけどお腹空いたの?」


しばしの沈黙を破ったのはやっぱり秀で、肩を小刻みに揺らしながら必死に笑うのを我慢していた。…どう見ても我慢し切れていないけど。


「…し、仕方ないでしょ!神楽の後は片付けがあって、その後は健と遊ぶ約束してたんだもん!!」


恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら怒鳴るようにそう答えると、私のお腹の音と同じ間抜けな音が聞こえてきた。その音の方を見ると、そこには健がいてあはは!と豪快に笑っていた。


「そういや昼食べてなかったな!オレも腹減った!」


「健…!」


あの恥ずかしさを笑って吹き飛ばしてくれた健の背には後光が差しているようで、まるで私を助けに来てくれた神様のように思えた。だから無意識に手を合わせて拝んでしまった。


「生理現象だから仕方ないよ。それに僕も、喉が渇いたなって思ってたから一度家に戻ろうか?」


次に口を開いたのは、関係のない説教に巻き込まれて居心地の悪そうにしていた馨だった。


「うーん…でも今日はお祭りでしょ?家に帰っても誰もいないと思うんだけど…」


もし居たとしても夜の宴会の準備で忙しいだろうしなぁ…と考えていると、透夜が立ち上がって袂から人形(ひとがた)の紙と鳥の印が押された紙を取り出して空に放った。その紙が風に触れた瞬間、見たことのある顔のない小人が白いカラスのような鳥に跨って飛んでいった。


「…この距離なら十分足らずで戻ってくるだろう。それまでは我慢してくれ。すまない。」


淡々とそう告げた透夜は少し申し訳無さそうにしていたけど、私は笑って首を横に振った。


「ううん、ありがとう!それじゃあ戻ってくるまで泉で手を洗っとこうよ!」


すると、自分の裾に付いた土を払い終えた秀が不満そうな声を上げた。


「泉ぃ?このご時世に泉で手洗うとかありえないんだけどー。ていうか、こんな市街地の真ん中にある森の泉とか絶対汚いじゃん。」


「そんなことないよ!とってもきれいでサラサラしてて、飲んでも美味しいよ!」


一生懸命そう説明したけど、どうやら逆効果だったようで顔を顰めた。


「…うーん、確か町の北側にある北上山(きたかみやま)の地下水でできたものだったと思うけど、あくまで自然のものだし管理もされていないだろうから飲むのはやめた方がいいと思うよ。」


呆れて物が言えない秀に代わって口を開いたのは真剣な表情をした馨で、厳しく諌めたりせずに優しい声音でそう諭した。


「そっか、分かった!じゃあ手だけ洗いに行こう?」


そう提案すると今度は四人とも頷いてくれた。それを見て、私は四人を泉へ案内するために背中を向けて歩き出した。





………

……





「わぁー!美味しそう!」


森にそんな歓声が響き渡ったのは泉に到着してからすぐのことだった。水辺ということもあり、涼しくて過ごしやすかったので泉の近くで食べることになった。そして、透夜の式神たちが運んできた包みを開けると緑茶と紙コップ、そしておにぎりがたくさん詰まった大きなお弁当箱が入っていた。


「わたしシャケにするね!」


「オレは梅ー!」


「俺明太子ー。」


「…塩。」


「僕は高菜で。」


そう言っておにぎりを手に取ってから馨が注いでくれたお茶を貰い、挨拶も忘れておにぎりに齧り付いた。


「んん〜!おいひいね!」


おにぎりを飲み込むよりも先に美味しさと嬉しさを分かち合いたくて言葉を放った。いつもならお父様に行儀が悪いと怒られてしまうところだけど、目の前にいる四人は私と同じように笑っていた。


「うめーな!しょっぱくて酸っぱくて、遊んだ後にはちょうどいいな!」


「んーまあ美味しいんじゃない?もっと辛い方が好きだけど。」


「…美味しい、か…。」


「うん、美味しいね。」


同じものを食べて美味しいと言い合えることに、言い表せないような感情が胸に満ちて温かな脈を打った。


(…皆で食べると美味しくて嬉しいんだ…知らなかったなぁー…)


なんだか言葉にするのがもったいなくて、皆には内緒にしようとおにぎりを頬張った。


「でも時間が時間だし、夕御飯が食べられなくなるからほどほどにね。」


緑茶の入った紙コップを両手で持った馨が私達にそう忠告してくれた。空を見上げると、木の葉の間から見える太陽が少し西に傾いているのに気が付いた。


「うん!でも大丈夫だよ!夏は夕焼けのチャイムが鳴るの遅いし、この後もいっぱい遊ぶからまたお腹ペコペコになるよ!」


自信たっぷりにそう言うと、私を見つめていた四人が同時に笑い出した。


「な、なに?面白いことなんて言ってない、よ…?」


自分の言葉を思い出しながら恐る恐る尋ねると、隣で笑っていた健が答えた。


「あはは!いや、そうだよな!この後もいっぱい遊ぶから腹の心配なんてしなくていいよな!」


皆お腹の心配をしてたのかな?なんて考えながら、次に言うべき言葉を探した。


「遊べる時にいっぱい遊んで、クタクタになるまで遊べば絶対に楽しいし、それが思い出になったらもっと楽しいよ!」


自分の考えがきちんと伝わるように一生懸命言葉にすると、今度は秀がフッと笑って口を開いた。


「思い出ねぇ…まあ楽しいならいいけど。今度は拗ねないでね?」


「拗ねてないってば!皆が力を使わなければ怒んないもん!」


そう言って、お弁当箱から二つ目のおにぎりを手に取り、勢いよく齧り付いた。


「ん、そうだ!ケンカしないことと遊ぶ時に力を使わないことの他にもルールを決めておこう!」


「ルール?」


二個目のおにぎりに手を伸ばしながら言葉を繰り返した健に頷いてから緑茶を飲み込んだ。


「…ふぅ、そう!仲良くなるためには大事でしょ?うーん、そうだなぁー…ケンカしないこと、仲良くすること……あ!名前で呼ぶこと!」


手をポンと叩いて声高々にそう宣言すると、返ってきたのはそれぞれの感情を顔に映した四人の無言だった。




「…よりによって何でそれなの?ていうか、そもそも仲良くする気はないって言ってんじゃん。」


「…それについては同意見だ。【四神】の間にある不文律(ふぶんりつ)に反する。」


そう言って秀は溜息を吐き、透夜は顔を隠す布の紐を結って黙り込んだ。その表情には、影のような黒さが滲んでいるようだった。


「ふぶんりつって何だ?」


「…暗黙のルールってことだよ。君も【青龍】なら一度は聞いたことがあるんじゃないかな、「【四神】同士は必要以上に関わるな」って…。」


馨の言葉に健は「あー…」と曖昧な返事をして視線を落とし、それを最後に再び沈黙が訪れた。






(…こうなることは予想してた。だから、大丈夫…!)


重くなっていく空気を払いたくて、膝の上で拳を握りしめて顔を上げた。



「…そのルールは馨が教えてくれたから知ってるよ。ずっと昔からあって、きっと頭のいい大人の人達が考えた大事なルールなんだろうなって思う。でも、わたしは【応龍】とか【四神】とか関係なく皆と一緒に居たいの。【四神】だからって理由で一緒に居られないのは絶対に嫌だから、仲良くなってとは言わないけど、せめてわたしと居る時だけは【四神】じゃなくてありのままで居て欲しい。「名前を呼んで」っていうのは、そのための第一歩なの!」


ちゃんと伝わるように祈りながら、一生懸命に自分の思いを言葉にして四人の目を順に見つめた。



「…その一緒って俺らに関係ある?ルール破ってまですること?別に美子が一人ずつ選んで一緒にいれば済む話じゃん。」


私の目をじっと見つめ返しながらそう言ったのは秀だった。いつもと同じ、鋭く揶揄うような口調だったけど、その顔は真剣そのもので私もそれに恥じないようにしっかりと首を横に振った。


「わたしは誰か一人なんて選ばないよ。だって、選ばれなかったら絶対に悲しいし、皆一緒じゃなきゃ心から楽しめないもん。だからヤダ!」


はっきりとそう言うと一瞬静かな時が流れた後、大きな溜息と軽やかな笑い声が聞こえてきた。


「…「ヤダ」って……あーあ、まーた美子のワガママに付き合わされる羽目になるし、サイアクー!」


「あはは!まあ仕方ねーな!諦めろよ、秀!」


大口を開けて笑った健は、顔を歪める秀の肩をポンポンと叩いた。すると、秀は更に顔を歪めて手を払った。


「気安く触んないでよ。そこまで許してないし。てゆーかお前の忠犬っぷりに引くんだけど。」


「忠犬?それって褒めてんのか?」


「違う!!」


そう言って立ち上がって口喧嘩を始めた二人を他所に、口を閉ざしている二人の方を向いた。


「馨と透夜もだよ?分かった?」


「うん。少し時間は掛かるかもしれないけど、頑張るよ。」


「…美子がそう言うなら善処しよう。」


そう承諾してくれた二人を見ていると、平穏がいかに素晴らしいかが心に沁みて泣きそうになった。


「…あ、そうだ。透夜、その顔の布取ってってお願いしたらヤダ?」


私がそう問い掛けると、何も言わずに固まってしまった。余計なことを言ったかもしれないと慌てて口を開こうとすると、透夜は小さく頭を振った。


「…嫌というよりも、判らない……この隠し布は妖怪や魔物の類を退治する際や【玄武】以外の者と相見える際に着用する仕来りがある。仕来りなら遵守せねばならないが、守護者として美子の頼みを無下に断る訳にもいかない。」


そこまで言い終えた透夜は目を伏せて再び口を閉ざした。すると、私が口を開くよりも先に馨が「北野宮君。」と名前を呼んだ。


「…あの、他所者の僕が口を出すのは烏滸(おこ)がましいと思うんだけど、美子は「ありのままでいて欲しい」って言ってたから仕来りとか守護者とか考えずに決めたら良いんじゃないかな。その、自分で判断してそれを伝えるのってすごく難しいことだけど…」


最後ら辺は少しおどおどしていたけど、私の言いたかったことをきちんと伝えてくれたことが嬉しくて、笑みを浮かべて馨の頭を撫でた。


「わたしの言いたいこと言ってくれてありがとう!さすが馨だね!いい子いい子!」


そう言って頭を思いっきり撫でると、始めはびっくりしていたけど嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。


「でも名字と君付けはダメだよ。ちゃんと下の名前で呼んで?」


「あはは…やっぱり…?」


頭を撫でていた手を下ろしながらそう注意すると、馨は乱れた髪に触れながら苦笑いをした。


「…自分で判断する、か…そうか……」


すると、黙って私と馨のやり取りを見ていた透夜が(おもむろ)に両手を頭の後ろへ動かして紐を解いた。


「…【玄武】の者がおらず、美子がいる時に限り布を外す、と、言うのは、どう、だろうか…?」


外した隠し布を膝に置きながら、緊張した面持ちと自信のなさそうな声で私にそう尋ねて返事を待った。いつもの冷静で堂々としている姿からは想像できないその姿に、驚いたものの笑って頷いた。


「うん!透夜がそう決めたなら良いと思う!でも、聞かなくていいからね?」


そう言ってから透夜の頭もよしよしと撫でると、馨と同じように驚いた顔をしてから微笑んで私を見つめた。


「…あーもう!!うるっさいなぁ!!」


和やかな空気が漂う中、突如響いた大声に放置していた猛獣たちのことを思い出した。


「お前、「けん」って名前だっけ?はっ!お似合いじゃん。「忠犬」だし「駄犬」だし「狂犬」だもんねぇ?名付けた奴に感謝しながら犬らしくお座りでもしてればぁ??」


「はぁ?「犬」じゃねぇし!オレは健やかの「健」なんだよ!てか、オレ知ってんだからな!お前の「しゅう」って字、「ハゲ」って意味なんだろ?将来つるっ禿げ確定とか可哀想だな!」


「はっ、げ…って、はぁ!?字が違うし!!俺は秀でるの「秀」なの!!優秀って意味だよ、この駄犬!!」


なんて馬鹿らしい言い合いをしてるんだろう…と呆然と二人のやり取りを眺めていたけど、これ以上放っておくと力と力による喧嘩にしかならないなと思って息を吸った。


『健!秀!いい加減にして!!』


そう叫んだ瞬間、立って口喧嘩をしていた二人がさっき言霊を使った時と同じように、その場にしゃがみ込んだ。


「なにすんのさ!邪魔しないでよ!美子!!」


「そうだぞ!美子!売られたケンカは買えってじいちゃんが言ってたんだ!」


睨みながらそう訴えてくる二人を仁王立ちで見下ろすと、ビクッと肩を揺らして視線を泳がせた。


「…ケンカはダメって言ったよね?これ以上暴れるなら、ずっとここで正座だよ?」


笑顔と柔らかな声音でそう言うと、二人は観念したのか小さく「…ごめんなさい。」と謝った。


「うん、ちゃんと謝って偉いね!今回は許してあげる!」


そう言って二人の頭を撫でると、健は嬉しそうな笑顔を私に向け、秀は恥ずかしそうに顔を背けた。


「よしっ!それじゃあご飯食べていっぱい遊ぼう!」


パンッと手を叩いてから自分が座っていた場所に戻ると、四人も返事をして元いた場所に座り、少し遅い昼食を再開した。



…風に揺れる木漏れ日と泉に反射する光がキラキラと輝く中で、私達はたわいもない話を繰り返しては笑い合った。何を話していたのかなんて覚えてないけど、お腹も心もいっぱいになるまで楽しい秘密の時間は続いたのだった。






続く…

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