第23話 争闘
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…夏の熱と人の波が満ちる境内の一角に漂う空気は、周囲の暑さとは不釣り合いなほどの冷たい沈黙に揺れていた。
(…な、何?!この空気っ…!あのルールがあるから最初は大変かなとは思ってたけど、仲が悪いなんて聞いてない!!)
「必要以上に関わらない」というルールだったから、健みたいに興味も関心もないくらいだと勝手に想像していた。だけど、この雰囲気からすると無関心なんかではなく敵対心を抱いているようにしか思えなかった。
(と、とにかく!ここは私が頑張らないとっ…!)
恐怖に震える心を鼓舞して皆に声を掛けようと口を開いた瞬間、クスッという小さな笑い声が沈黙を破った。
「…どーも、【白虎】の西城秀です。まあ覚えなくていいよ。あんたらとは仲良くする気ないから。」
棘のあるような声で三人に向かってそう言うと、今度は私を見つめて微笑んだ。
「久し振りだねー美子。それじゃあ遊びに行こっか。約束、したもんね?」
「…へっ…?」
全く身に覚えのない約束を言い渡されて間抜けな声を出してしまった。いくら記憶を辿っても思い出せない約束に、秀の顔を見つめるけどニコニコ笑いながら近付いて来るだけで何も言ってはくれなかった。
「オマエ何言ってんだ?美子と遊ぶ約束してたのはオレだぞ。」
秀が私に手を伸ばした時に口を開いたのは手を繋いでいた健で、秀が何を言っているのか分からないといった顔をしていた。すると、笑顔だった秀が大きな溜息を吐いた。
「…【青龍】が口挟まないでよ。俺が用あんのは美子だけなんだからさ。…ていうか、」
「わっ!?」
急に繋いでいた手を引っ張られたかと思ったら風を切る音がすぐ近くで聞こえた。…すぐさま上を見るとそこには秀がいて、健が私の手を引いて秀の蹴りを避けたのだと判ったのは地面に手を付いた時だった。
「何すんだよ!危ねーだろ!」
「何勝手に手繋いでんの?目障りなんだけど。さっさと放して、よ!」
軽やかに着地をしたかと思ったらそのまま地を蹴って健に何度も何度も蹴りを繰り出した。だけど、健は私の手を離すことなくそれらを素早く避けていった。
「うわっ!!うぇ?!ちょ、ちょっと待って!!二人とも落ち着いー…」
何故か巻き込まれた攻防戦を何とか止めたくて、二人に向かって大声で叫んだ時だった。
「「!!」」
「!?」
攻撃を絶えず繰り出していた秀が急に飛び退いたかと思ったら、健も飛ぶように飛び退きそれに引っ張られる形で私も後ろに下がった。次の瞬間、私達がいた場所に白い物体が物凄い速さで飛んで来た。そしてそのまま、私の家の竹垣に当たるとバチバチッ!!と電気が爆ぜるような音と青白い光を放って消えた。
「あっぶなー…急に何?別に仲裁って訳じゃないんでしょ、【玄武】さん?」
イライラを隠すことなくそう言った秀が睨む先には、さっきの青白い光に包まれた札を持つ透夜が立っていた。
「…戦いたければ他所でやれ、美子を巻き込むな。」
冷たい口調でそう言い放つのが気に入らなかったのか、秀は鋭い目で睨んだ後に突然あはは!と笑った。
「何それ。正義の味方にでもなったつもり?寒すぎて笑えるんだけど!」
そう言うや否や、地を蹴ると今度は透夜に向かって行き、目にも止まらぬ速さで攻撃をし始めた。透夜はと言うと、それを予想していたのか結界の壁を何個も作っては躱し、お札や式神を放って応戦していった。
「ちょ、ちょっと待ってって!!ケガでもしたらー…」
そう言って止めに入ろうとするも、健は繋いでいた手を引いて私を行かせないようにした。
「危ねーから近付くなって!放っとけばいいだろ!」
「だ、ダメだよ!だってこの後は皆でー…」
私を止める健を何とか説得しようと話し始めた直後、何かに気が付いた健は再び私の手を強く引いた。そして、また顔に掛かった影を見上げると眉を顰める秀がそこにいた。
「いい加減にしてくんない?放せって言葉、分かんないの?」
そう言って再び健に猛攻を繰り出す秀だったけど、さっきと違ったのはそこに透夜も参加していたことだった。
「ちょっと【玄武】!邪魔しないでよ!!」
「…美子を巻き込むなと言っている。」
「オマエらやめろって!美子と遊ぶ時間なくなんだろ!!」
悪化した戦闘に巻き込まれては振り回され、蹴りやお札が飛んでくる中で救いを求めて目を彷徨わせた。そして、乱闘の外で立ち尽くす彼と目が合って急いで口を開いた。
「馨!どうにかして!!」
「…えっ、あ、その…」
急に名前を呼ばれてびっくりしたのか、口籠もる馨を見て秀が笑った。
「ムリムリ。弓持ってない【朱雀】なんてただの占い師だし、どうにもできないでしょ。」
「…っ!」
その言葉に馨は口を引き結んで俯いてしまった。それが何だかいじめているように思えて、秀を睨み見た。
「秀!何でそんなこ、とっ!?」
声を荒らげた瞬間、まるでその先を言わせないとばかりに手を引かれたかと思ったら、私の両足が宙に浮いた。
「健!?」
「しっかり掴まってろよ!美子!!」
そう言って地を蹴った健は、私を抱えたまま家の屋根に飛び乗って瓦の上を走り始めた。
「チッ!お前マジでウザイんだけど!」
「…。」
舌打ちをした後に健と同じように屋根に飛び乗った秀と、その後ろから透夜が静かに投げたお札が健の背中に張り付いたのを健の肩越しに見ていた。
「何だ!?子供が屋根の上を走っているぞ!?」
「装束を着ている…ということは神職の方?」
屋根の上で追い掛けっこをする二人の姿を目撃した人々によって騒がしくなる空気に頭が痛くなった。
(…ああ、もう……せっかく裏門から出たのに意味ないじゃん……)
お父様の言い付けをちゃんと守っていたはずなのに、結局破ってしまった形になって溜息が溢れた。だけど抱き上げられては何も出来ないのでせめて顔だけは…と思って下を向いた。
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…お祭りに参加する人でごった返す町を抜けて、辿り着いたのはいつも健と遊ぶ森だった。だけど、いつもの穏やかな雰囲気と違っていたのは言うまでもなかった。
「いい加減諦めたら?俺から逃げられる訳ないから!」
そう言って息も切らさず全速力で追い掛けてくる秀を見つめると、私を抱えて走っていた健が軽く振り返って口を開いた。
「しつけーなぁ…オレはこれから美子と遊ぶんだ!邪魔すんなって!!」
健はそう叫ぶと近くにあった木を一瞬で登り、枝から枝へと飛び移っていった。
「け、健!下ろして!ちゃんと話をしようよ!」
ただでさえ足が浮いているというのに、地面から離れた高い場所を駆けていくのが怖くなってそう叫ぶと健は首を傾げた。
「だって、逃げねーとアイツ追ってくるし、いつまで経っても遊べねーだろ?」
「だから!遊びたいから逃げなくても良いように話をー…」
私が説得しようと言葉を紡いだのと同時に、白い影が音もなく現れて逃げる健の頭に向かって横蹴りを放った。
「うおっ!?っと、っと!」
本能で察したのか、間一髪のところで姿勢を低くして避けた健は崩れた体勢を空中で器用に整えながら着地した。
「俺さぁ、良くも悪くも山育ちでこういう地形は得意なんだよねぇ〜。ご愁傷様。」
静かに降り立ってそう言った秀は、不敵な笑みを浮かべて健を睨んだ。すると、その挑発的な目を無言で見つめ返していた健が大きな溜息を吐いた。
「…本当は美子と遊びてーんだけど、邪魔すんなら仕方ねーか。」
そう言って渋々ながらも私を下ろすと、近くに落ちていた50センチくらいの木の枝を拾って秀に向けた。
「はっ、そんな棒切れでやろうって言うの?死に急ぎ過ぎじゃない?ていうか言ったよね?お前に用はないって。」
「オレだってオマエなんかに用はねーけど、これ以上邪魔されたくねーからやってやるよ。」
そこまで話すと、健も秀も口を閉ざして睨み合った。二人の間に流れる空気は、息をするだけで怪我をしてしまいそうな鋭さを湛えていて恐ろしかった。だけど、容易に想像できるその先の展開を黙って見ている訳にはいかないので、急いで二人の間に立ち塞がった。
「二人ともやめてってば!ケンカはダメ!ケガでもしたらどうするの!?」
二人の顔を交互に見ながら大声でそう言うと、二人は鋭い視線を瞬きで和らげて私を見た。
「でもよぉ、美子。ソイツがずっと追いかけて来たら遊べねーじゃん。話が通じるようには見えねーし。」
「【青龍】が勝手に美子を連れて行くんだから仕方ないでしょ?バカには何言っても理解できないだろうし。」
私に向かって同時にそう言うと、二人が近付いて来て右手と左手をそれぞれが握った。そして、互いの顔を見合ってこれまた同時に口を開いた。
「「手ぇ放せ。邪魔すんな。」」
示し合わせたかのように、一言一句違わぬ台詞を似たような形相で言い放った二人を見て、仲良いなぁ〜…なんて現実離れしたことを呑気に考えてしまった。だけど漂う空気は、どんどん熱を失って張り詰めていった。
…するとその時、土を踏む足音が冴えた空気に臆することなく近付いて来た。
「…あっ!透夜!馨!」
足音のした方を見ると、さっき裏門で置き去りにされた二人が真っ直ぐ私達を見つめながらこちらに歩いて来ていた。
「…チッ、また余計なのが増えた…。」
二人を睨みながらそう言った秀に鋭い視線を向けたのは透夜だった。
「…白虎とは名ばかりに、その胸は邪念に満ちているようだな。修行が足りぬ。」
「はあ?そうさせてんのはお前らでしょ?修行ばっかしてるから、そんなことも分かんないんだよ。」
そう言うと、秀は透夜とは真反対の方を向いて歩き出した。手を握られていた私もそっちへ身体が勝手に動いたけど、もう片方の手を握っていた健がそれを制した。
「だから、美子はオレと遊ぶんだって。行くなら一人で行けよ。」
健の言葉を最後に沈黙が流れた。すると、背を向けていた秀がゆっくり振り返って健達を見た。
…振り返ったその顔に、背筋が凍り付いた。
「…うるせぇな…指図すんなよ。全員潰してやろーか?」
透けるような白い肌に青筋を立てて、溢れんばかりの殺意を瞳に宿したその姿は、いつかこの森で見た一つ目の鬼よりも恐ろしく感じた。
「ちょうどいいや。オレだって邪魔ばっかされてムカついてんだよ。」
そんな秀に健は恐れることなく笑みを浮かべて木の枝を軽く振った。
「…本性を現したか。案ずるな、手加減はしてやる。」
健に続いて言葉を発したのは透夜で、手にいくつものお札を持って私を挟むようにして立つ二人を見つめた。
「……」
そして、森に到着してから何も話していない馨は一触即発の空気にただ狼狽えていた。
「やめてって言ってるでしょ!!少しはわたしの話もー…」
一生懸命に声を張るけど、一向に耳を傾けない三人に苛立たしさのようなものを感じてしまう。
(…ああ!もうっ!!ダメって言ってるのに!!)
止めなければいけないという使命感に大きく息を吸い込んだ。
『三人ともやめなさいっ!!』
私がそう叫んだ瞬間、戦闘態勢をとっていた健、秀、透夜の三人が突然、その場に勢いよくしゃがんだ。
「……えっ?」
何が起こったのか分からなくて、しゃがんだ三人の顔を順に見てみても、本人達も何故自分がそんな行動をとったのか分からないと言った顔をしていた。
「…えっ、えっ??ど、どうしたの?どこか痛いの?!」
慌ててそう声を掛けると、俯いていた健が頭を横に振った。
「…ち、げぇ…何だこれ、動けねぇ…!」
「動けない…?」
健の言葉を繰り返すと、今度は秀が「あー!もうっ!」と苛立たしげな声を上げた。
「何これっ!?動けないんだけど!!何したの【朱雀】!!」
そう怒鳴りながら私と同じようにしゃがまなかった馨を睨み見ると、その視線を受けた馨は肩を大きく揺らして首を横に振った。
「…僕は何もしてないよ。だけど、多分……」
そこまで言うと、自信なさげな目を私に向けて黙ってしまった。すると、静かに俯いていた透夜がその先を受け継ぐかのように語り始めた。
「…美子の「やめろ」という言葉に反応したということは、恐らく「言霊」なるものだろうな。」
「ことだま?」
初めて聞く言葉を繰り返し、首を傾げながら透夜の次の言葉を待った。
「…発した言葉に宿る、現実の事象に影響を与える霊的な力を「言霊」と言う。良い言葉は吉事を招き、不吉な言葉は凶事を起こすと言われている。」
「へぇー…」
そんな不思議な力を使ったという実感がなくて、思わず自分の喉を触った。だけど霊的な力なんて感じない、いつもと同じ状態の喉に再び首を傾げた。
「でもわたし、今まで「言霊」なんて使ったことないよ?」
「…確かに「言霊」は言葉に宿るものだが、意図して使えるようなものでもない。また、昨今では言葉自体が軽んじられていることもあり、「言霊」は廃れた力と言っても過言ではない。況して人を支配する程の力となると、日常ではまず見られないだろう。」
そこまで説明し終わると、透夜は降参とばかりに目を瞑って小さく息を吐いた。
だけど、そんな透夜とは真逆に抵抗し続けていたのが健と秀だった。
「言霊だか何だか知らないけど、さっさと解いてよ!!そこの赤髪を潰したいんだからさ!!」
「それはこっちのセリフだっつーの!だからさ、美子。すぐ終わらせるから動けるようにしてくれよ!」
ほとんど怒鳴ってるみたいな声でそうお願いをされたけど、私はしっかり首を横に振って口を開いた。
「ダメ!ケンカしないで皆と遊ぶって約束するまで解かないから!」
その直後、健と秀の口から出てきたのは怒りを滲ませた溜息のような声だった。
「な、ん、でっ!!俺がこんな奴らと遊ばなきゃいけないの!?俺の人生には男に割いてやる時間なんて1秒もないんだけど!!」
「オレもぜってーにイヤだ!!遊んでる途中で邪魔されたんじゃ楽しくねーだろ!!」
ぎゃいぎゃいと鳥の雛が鳴くように騒ぎ立てる二人をしばらく見つめ、大きく息を吐き出した。そして、背中を向けて歩き出し、しゃがんでいた透夜の手を取って立ち上がらせ、馨と透夜の真ん中に立って二人の腕を引き寄せた。
「約束しないなら、二人とは遊ばないから!馨と透夜としか遊ばないから!!」
はっきりとした声でそう言い二人を睨むと、喚き散らしていた口を引き結んで苦々しい顔になった。勝利を確信した瞬間だった。
「どうするの?遊ぶの?遊ばないの?」
少し間を空けてからそう尋ねてみた。だけど二人はまだ葛藤しているのか、険しい顔をしながら黙っていた。
「…久し振りに会ったのに、遊ばないの?」
トドメのごとく「久し振り」という言葉を口にすると、黙っていた二人が遂にその口を開いて大きな溜息を吐いた。
「…あーあ、忘れてた。人の弱みに漬け込むのがお上手な女の子でしたね、君は!」
「…そんなこと言われたら断れねーだろ…ははっ!敵わねーな、美子には!」
口々にそう言い放った二人に、笑みを浮かべて心の中でガッツポーズをした。
「じゃあ決まりね!ケンカしないで皆で遊ぼう!」
軽やかな足取りでしゃがみ続ける二人の元まで行くと、それぞれの手を取って引っ張った。すると、岩みたいに動かなかったのが嘘みたいに難なく立ち上がった。
「へー、面白いな!美子が触ったら解けるのか!」
「正しいやり方なのかは知らないけど、動いて!ってお願いしながら引っ張ったら解けた!」
「何それ、こっわ。実験台にしないでよ。」
「ごめんね」と言って笑うと、不服そうな顔をしていた秀も呆れたように笑ってくれた。
「それじゃあ遊ぼっか!五人で遊ぶのなんて初めてだから楽しみ!」
「何して遊ぶんだ?鬼ごっこ?」
そう言われて頭の中に思い付く限りの遊びを思い浮かべてみたけど、初めてだから簡単なものでいっかという結論に至って頷いた。
「そうだね、鬼ごっこにしよう!鬼に触られた人が鬼になって、他の人を追い掛けるの。分かった?」
健以外の三人に向かって軽く遊び方を説明すると、三人とも「分かった」と言って頷いてくれた。
「よしっ!じゃあ始めはわたしが鬼やるね!10数えたら追い掛けるから、皆逃げて良いよ!」
元気いっぱいにそう言ってから、近くの木まで歩いて行って顔を伏せた。そしてゆっくりと大きな声で数を数え始めた。
…この時、私は完全に忘れていた。自分の持つ力とは何なのか、そして彼らが何者なのかをー…。
続く…




