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『みこがたり』  作者: 朝ノ月
第一章
22/75

第22話 応龍祭り


ーーーーーーーーーーーーー






「…大鳥居と拝殿の注連縄を再度確認して…」


「…手水舎の柄杓、数を増やしておかないと…」


「…授与所の御札や御守りの数には気を付けて…」



いつもは静かな朝の空気が、色んな人の声と足音に満ちていて、今日が特別な日であると言っているようだった。


(…一年に一回の大事なお祭りだから、皆緊張してるのかな……私もだけど)


緊張を肌で感じながら用意された朝食を食べ終えると、「失礼致します。」と言って姿を表したのは神楽を教えてくれた先生とその娘さん達だった。


「おはようございます、美子様。身支度のお手伝いをしに参りました。お食事はお済みでしょうか?」


「おはようございます。はい、お腹いっぱいです。」


「それはようございます。では、衣装部屋へ参りましょう。」


その言葉に頷いてから立ち上がり、廊下を歩いてお客様が寝るための部屋に入ると、いつもは何もない部屋に大きな鏡やたくさんの木の箱、そして金色の模様入りの白い着物が掛かった衣桁(いこう)などが置いてあった。


「それは本日美子様がお召しになる千早(ちはや)になります。模様は応龍神社の神紋でございます。」


「しんもん…?」


「はい。古く続く家に「家紋」があるように神社にも固有の紋章があり、それを「神紋」と言います。その「神紋」には植物や縁起物、または家紋を用いることが多いのですが天地神社では「龍の目」を神紋に用いていると言われております。」


そう言われてみると、黄色くて大きい丸があってその下側に中くらいの白い丸、更にその中に小さな黄色い丸があって、まるで下を見ている目のように見えてくる。


(…龍の目…龍って応龍の?何で目なんだろう?何で下を見てるんだろう?目が何か関係してるのかな…)


「さあ、美子様。まずはお顔を洗いましょう。」


千早の神紋をじっと見つめていた私の肩に手を置いてそう言った先生の顔を見上げると、ゆっくりしていられない状況であったことを思い出した。そして、慌てて頷くと私の身支度が始まった。






………

……






…それから時間が経ち、私の顔や髪、服などが綺麗に整えられて漸く落ち着いた頃、元結(もとゆい)を直していた先生が正座をして私の名前を呼んだ。


「それでは最後に、こちらのお面をお召し下さい。」


振り返ると、先生は風呂敷から古めかしい木箱を出して紐を解き蓋を開けた。




「……」


…箱の中身を見た瞬間、私は言葉を失ってしまった。昨日、お兄様から私が神楽で【巫女様】を演じると聞いていたから、てっきり【巫女様】のお顔があるものだと思っていたけど、木箱の中にあったのは目の部分に細い切れ込みがあるだけの、真っ白な木のお面だった。


(…これが、【巫女様】…?どうしてお顔がないの…?)


浮かび上がる疑問と戸惑いに固まっていると、先生がお面を取って私の顔に被せた。


「こちらのお面は神楽が終わるまで外してはならないという決まりがあります。ですので水分を補給される際は必ずお申し付けください。」


頭の後ろで紐を結び終えると、今度は別の箱から王冠のような金色のお飾りを取り出して私の頭に乗せた。


「こちらは天冠(てんかん)というものです。紐はきつくありませんか?」


「…は、はい。大丈夫です。」


正直視界は悪いし息もしづらいし、お飾りも重いしで全く大丈夫ではなかったけど、言ったところで迷惑を掛けてしまうだけだろうと思って嘘をついた。すると、どこか遠くから太鼓の音が聞こえてきた。


「…どうやら「朝礼(ちょうれい)の儀」が始まったようですね。」


「「朝礼の儀」…?」


くぐもった声でそう尋ねると、先生は木の箱を娘さんに渡しながら頷いた。


「はい。応龍祭りの朝の部の始まりとして拝殿にて行われる儀式です。応龍様と【四神】の当主様方が本日お迎えする応龍に御神酒(おみき)を捧げるのです。」


「【四神】って…もう皆いるんですか!?」


驚いてそう詰め寄ると、先生も私の勢いに驚いたのか目を見張って少し後退った。


「え、ええ。【青龍】以外の皆様は朝早くこちらに到着したそうです。先程応龍様と光様に御挨拶をなさっていましたよ。」


「み、皆さまって、け……じ、次期当主の皆もですか!?」


「ええ、左様でございます…。」


顔のないお面で迫ってくるのが怖いのか、引き攣っていく顔を見上げながら、お面の下で笑顔を浮かべた。


(もう皆来てるんだ!やっと会えるんだ!)


思い浮かべた彼らの顔に待ち焦がれた時が漸く来たのだと胸を高鳴らせると、身支度を手伝ってくれた先生や娘さんが別の場所を見てくると言って挨拶をし部屋を出て行った。





…一人残された部屋の中で、遠くから聞こえてくる太鼓の音に思いを馳せた。


(…お祭りが始まったんだ。一年に一回の、大事なお祭り……だけど、おかしいな…全然緊張してないなんて…)


昨日、お兄様や健と話したからか、自分でも不思議なくらい落ち着いていて、寧ろ楽しみという感情がどんどん強くなっていった。そして、それに呼応するかのように温かい鼓動を打つ胸に手を置いて目を瞑った。



(…皆が待ってるよ、応龍。私も一生懸命神楽を舞うから、どうか、会いに来てー…)







『……ミコ…』



心の中で応龍にお願いをした次の瞬間、鈴が転がるような澄んだ美しい声が私の名前を呼んだ。驚いて目を開くと、私の頭の上を飛び回る四つの小さな影が見えた。



「…え……四神も来たの!?」


私がそう言うと、その四つの影は私の目線までゆっくり降りてきた。


『…ミコ、キタ、ヒサシブリ…』


『…ミコ、マイ、ミル、ウレシイ…』


『…ミコ、ステキ、キレイ…』


『…ミコ、ゲンキ、ヨカッタ…』


青龍、朱雀、白虎、玄武の順番に私にそう伝えると、四神はミコミコと私の名前を嬉しそうに連呼しながら畳に降り立って私を見上げた。


「…え、えっと…ようこそお越し下さいました。お会いできて嬉しいです。」


動揺しながらも挨拶をすると、四神もそれぞれ頭をぺこりと下げて挨拶をしてくれた。それが何だかおかしく笑うと、右肩に乗ってきた青龍が尻尾で顔の横に垂れた天冠の飾りを揺らした。


『…応龍様、オムカエ、四神、スル…オマツリ、イッショ、オムカエ、スル……』


四神(みんな)もお祭りの時はいつも一緒にお迎えしてるってこと?」


そう言うと、青龍は首を横に振った。すると今度は左肩に留まった朱雀が私の耳を嘴で突いた。


『…コトシ、トクベツ…ミコ、ハジメテ、マイ、オドル…カミ、ニンゲン、ヨウカイ、アツマル、オマツリ…』


「…え、人間だけじゃなくて神さまと妖怪も集まるお祭りなの!?だ、大丈夫なの!?」


衝撃的な言葉に慌てて問い返すと、答えたのは朱雀ではなく膝の上に座っていた白虎と玄武だった。


『…ダイジョウブ、ワタシタチ、イル…応龍様、アラソイ、キライ…』


『…ミコ、マモル、【四神】、イル……マモル、ミコ、カグラ、オマツリ、ダイジ…』


「…わたしを守る【四神】…」


その言葉を繰り返すとあの四人の顔が思い浮かんで小さく笑った。


「…うん、そうだよね。皆がいるなら、きっと大丈夫だよね。」


そう微笑んで白虎と玄武を撫でると、廊下から足音が聞こえてきて先生が姿を表した。


「美子様。「朝礼の儀」が終わり次第、神楽となりますので一度社務所へ移動し、その際に今一度流れを確認致しましょう。」


「はい。分かりました。」


私がそう返事をすると、肩と膝に乗っていた四神が再び宙に浮いて私を見つめた。その目に頷いてから立ち上がり、先を歩く先生に続くため廊下を歩いて行った。












先生と共に廊下を進み家の玄関から出ると、白い布幕を持った巫女さん達が待っていた。どうやら、【巫女様】姿の私が参拝の人達に見られてはいけないらしく、社務所に着くまで付き添ってくれるとのことだ。


(…何だか大げさで恥ずかしいな…でもそういう決まりなら仕方ないか……)


渋々と頷いて応えると、巫女さん達が私を囲んで白幕で四方を覆った。


「それでは参ります。足元にご注意下さい。」


「は、はい…。」


小さな声でそう返事をすると、私を囲む布の壁がゆっくりと動き出した。それに合わせて一歩二歩と石畳の上を歩いていると、布の向こうがざわざわと騒がしくなった。



「…まあ、【応龍】の巫女様がいらっしゃるわ。」


「今年初めて参加されるとか…なんとも有り難い。」


「今年の神楽はさぞ素晴らしいのでしょうね。」


「隣町からわざわざ足を運んだ甲斐があったな…。」



(…皆、私のこと知ってるんだ…【応龍】の巫女って、そんなにすごいんだなぁ……)


聞こえてくる期待に満ちた声に、足元ばかり見ていてはいけないような気がして空を見上げた。そこには燃える太陽に照らされた青い空が広がっていて、勇気を貰うように思いっきり空気を吸い込んだ。






………

……






「…美子様、お飲み物はもう宜しいですか?」


「はい、大丈夫です。」


参道を歩き辿り着いた社務所の一室でそんなやり取りを先生としていると、あの太鼓の音が今度ははっきりと聞こえてきた。


「最後に流れを確認致しましょう。間もなく「朝礼の儀」が終わります。【四神】の皆様が拝殿から降りられると太鼓が三度鳴りますので、美子様は拝殿にお上がり下さい。そして、お待ちになっている応龍様より神楽鈴を受け取った後、拝殿を降り参道を真っ直ぐ進んで神楽舞台にて神楽を奉納して下さい。御質問はございますか?」


「いいえ、ありません。」


すると、先生は軽く頷いた後、私を社務所の戸口の前まで連れて行った。


「…御武運をお祈りしております。行ってらっしゃいませ。」


そう先生が頭を下げると周りにいた巫女さん達も頭を下げた。


「…はい!行ってきます!」


お面で見えないとは分かっていたけど、私は精一杯の笑顔でそう返事をした。そして、社務所の扉を見つめると太鼓が三度鳴り、閉じていた扉が開かれた。







…一歩踏み出した瞬間、石畳の参道を踏まないように立ち並ぶ人々の視線が私に集まった。静けさの中の好奇と鋭さを含んだ目に、喉が絞められたような苦しさを感じたけど、勇気を出してその道を歩き始めた。



(…拝殿に上がって、お父様から神楽鈴をもらって…)


私が歩く度に追い掛けてくる目の恐怖を考えないように、必死に私のやるべきことを頭の中で繰り返した。そして、漸く到着した拝殿に上がると先生の言った通り、お父様がそこで待っていた。


拝殿の入り口で礼をしてからお父様の正面まで歩いて行き、正座をして再び頭を下げた。すると、今度はお父様が立ち上がって私に背を向けて歩き出した。そして、神前の机の上に飾られていた神楽鈴を両手で持ち、本殿に向かって一礼をした後、振り返って私の正面に戻って来て座った。


「応龍より給ひし御鈴にて舞を奉れ。さすれば恵みを授けん。」


そう言って差し出された神楽鈴を私も両手で受け取ってから静かに立ち上がって拝殿の出口へ向かった。



(…次は、神楽舞台に上がって神楽を舞う…)


足元を見ないようにしながら黄色い鼻緒の草履を履き、お面の細い目の隙間から参道の奥を見据えて次のやるべきことを頭の中で呟いた。


(…あそこだ、神楽舞台…)


参道の途中にある舞台を見つめながら丁寧に一歩一歩歩いて行った。


…この天地神社には、他の神社と同じように神楽を舞うための建物が存在する。だけど、他の神社と少し違うのは、「その建物には屋根がなく「神楽殿」ではなく「神楽舞台」と呼ばれていること」と「その舞台が参道の途中にあること」だった。私にとって当たり前の光景だったから不思議とは思わなかったけど、この前の挨拶周りで皆の神社を案内してもらった時にそれが普通じゃないのだと教えてもらった。


(…確か【巫女様】が舞を踊ったのが神ヶ森にあったお社の前の岩舞台の上だったから、とかって先生が言ってたっけ…)


なんて考えているうちにいつの間にか舞台の前に到着しており、慌てて一礼してから草履を脱いで舞台に上がった。


(…あ、お兄様だ!)


上がった舞台には既にお兄様が待っていて、私と目が合うと小さく微笑んでくれた。


(…あ、四神もちゃんといる!)


よく見ると舞台の四方にはさっき挨拶に来てくれた青龍、朱雀、白虎、玄武が座っていてじっと私を見つめていた。



(…あの四人は、どこにいるのかな…?人が多くて分からないや…)


視野が狭い上に大人の波が舞台を囲んでいたため、彼らを見つけることは出来なかった。だけど、きっとどこかで見てくれていると信じて、私は目を瞑った。



(…応龍、あなたにこの舞を捧げます。…楽しんでね…私も、一生懸命楽しむからー…)


そう心の中で告げてから持っていた神楽鈴を一回振って鳴らした。その鈴の音を合図に、お兄様の笛の音が境内に響き渡った。






(…お兄様の笛の音、何だか不思議……力強くて優しくて、聞いてるだけで心が安らぐ……)


踊り始めてまず思ったのがそれだった。いつもは先生が演奏してくれるか、録音したやつに合わせて踊っていたけど、その時には感じなかった感情が胸を満たして背中を支えてくれた。



(…あれ?もうここまで踊ってたんだ…いつもより、早く感じる……)


そして次に思ったのは時間経過の早さだった。私の舞う神楽はそんな長時間掛かるものではなく、ほんの五分程で終わってしまうようなものだった。だから、あっという間に終わってしまうのだけど、今日は何故かいつもより終わりが早いと思ってしまった。


(…楽しいからかな…終わって欲しくないって思うの……)


お面で隠した笑顔は誰にも見られることはなかったけど、私を見つめる人達の目がさっきまでのものとは全く違っていて、更に楽しくなってきた。



(…1、2、3の、1、2、3で、回って鈴…)


弾む心のままに、お稽古の時と同じリズムと言葉を唱えながら神楽を舞った。そして、最後に鈴を空に向けて音を奏でた時だった。




『…ーーーー!』


舞台の四方に座っていた四神が急に空に向かって鳴いた。その直後、



…ブワッ…!!



まるで何かが通り過ぎたかのような強い向かい風が、私を超えて拝殿へと真っ直ぐ吹き抜けて行った。すると、私の持っていた神楽鈴に淡い虹色の光を纏った綿のようなものが舞い落ちて、舞台の周囲にいた人達が一斉に空を見上げた。




「…りゅ、「龍の花」だ!!「龍の花」が降ってきたぞ!!!」


誰かがそう叫んだ瞬間、静かだった境内に歓声が溢れた。



(…これ何だろう……すごくきれい…虹の雪が降ってるみたい……)


いくつもいくつも、青い空から降ってくる柔らかな光を息を切らしながら見つめていると、歓声の中から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「…舞台から降りるために挨拶をしよう。」


そう言ったのは同じ舞台にいたお兄様で、心なしか嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「…はい。」


終えた高揚感と達成感、そして不思議な光景に頭がぼーとしてしまうけど、何とか返事をして挨拶した。お兄様と一緒に舞台を降りる時、たくさんの拍手に包まれて、恥ずかしかったけど嬉しくてお面の下に笑みを溢した。














「…お、お兄さま!今のフワフラしたのってなんだったんですか!?」


一度社務所に戻ってきた私は、前を歩いていたお兄様の袖を引っ張って気になっていたそれを大声で尋ねた。すると、振り返ったお兄様は誇らしげな笑みを浮かべて私を見つめた。


「…ふふ、やっぱり美子はすごいね。僕の自慢の妹だ。」


そう言って私の紐を解きお面を外すと、おでこや頬に流れる汗を拭ってくれた。


「あれはね、「龍の花」といって応龍が神楽を楽しみ、その礼に恵みを授けると応えた時に起こる現象なんだよ。」


「…応龍が…?」


「そう。【応龍】の長い歴史の中でも【始祖の巫女】が舞った時だけに見られたものなんだ。…だから、作られた伝説だと思ってたんだけど、まさかこの目で見ることになるとはね。」


おかしくて堪らないといった表情で私にお面を返したお兄様の後ろから、複数人の足音が聞こえてきた。振り返ったお兄様に釣られてそっちを見ると、驚いた表情のお父様と【四神】の当主様達が立っていた。


(…う…な、何だろう…?怒ってるのかな…?)


何も言わずに見下ろしてくる目が怖くて、思わずお兄様の影に隠れた。すると、お父様の後ろにいた【四神】の当主様達が興奮した様子で口を開いた。


「応龍より恵みを賜るとは、流石は美子様です。」


「美子様のお力と信仰心の賜物でしょう。感服致しました。」


「「龍の花」とはなんと美しく神秘的でありましょうか。力が(みなぎ)るようです。」


「新たな伝説に立ち会えたことを応龍と美子様に感謝申し上げます。」


口々に告げられた言葉に曖昧に笑ってお礼の言葉を返した。すると、それまで黙って私を見つめていたお父様が近付いてきて、お兄様と私の肩に手を置いた。


「…見事であった。光は夜の部に向けて準備をしなさい。美子は…家でゆっくり休むように。」


「はい。」


「は、はい…。」


そう返事をすると、お父様は近くに控えていた巫女さんに私を預けて社務所を後にした。それに続いて【四神】の当主様達が出て行く姿を見送ると、お兄様が袂から年季の入った鍵を取り出して私の手に握らせた。


「これは宝物殿(ほうもつでん)の鍵だよ。今日は僕が管理することになってるんだけど、美子に貸してあげる。」


「どうしてですか?」


小首を傾げてそう問うと、お兄様はクスッと笑って私の持っていたお面を見つめた。


「…それは、美子が宝物殿に納めた方が良さそうだからね。お父様には内緒だよ?」


口元に人差し指を立てて微笑むと、私の後ろに立つ巫女さんに「美子を頼んだよ。」と言って社務所を出て行った。残された私はしばらくお面と鍵を見つめていたけど、巫女のお姉さんに声を掛けられて私も社務所を後にした。






ーーーーーーーーーーーーー






「…ふう、お着替え終了!やっと自由だ!」


装束から普段着に着替えた私は、自分の部屋に戻って大きく伸びをした。


(いつ頃来るかな?玄関で待ってー…)


そう考えながら胸を高鳴らせていると、廊下の方から「失礼致します。」という声が聞こえてきた。


「美子様、お客様がー…」


「ありがとうございます!」


お手伝いさんの言葉を聞き終える前に、感謝の言葉を伝えて廊下を走り出した。そして、あっという間に廊下を駆け抜けて玄関に到着すると、そこにはずっと会いたかった彼が立っていた。


「健!来てくれてありがとう!」


私が笑顔でそう言うと、待っていた彼も笑顔で口を開いた。


「お疲れさん!美子の神楽、すげーかっこよかった!」


晴れやかな笑顔で真っ直ぐな言葉を伝えられて、何だか照れくさくなって俯きがちに微笑んだ。


「…えへへ、ありがとう。健が応援してくれたからだよ。」


はにかみながらそう伝えると、健はニカっと笑って手を差し出した。


「約束通り遊ぼうぜ!ずっと楽しみにしてたんだ!」


その手を見つめると胸がくすぐられたみたいに高鳴り出して、健の笑顔に負けないように私も笑った。


「うん!遊びに行こう!」


そう言って頷いてから手を繋ぐと、健は私の手を引いて玄関の戸を開けた。


「あ、健。今日は表から出ると他の人に見られちゃうから裏から出よ?」


何故そう言ったかというと、お父様に私が【応龍】の巫女だと知られると応龍への信仰の妨げとなったり、事件に巻き込まれたりする可能性があるから気を付けるようにと言われていたからだ。


「わかった!特に今日は祭りで人が多いから、はぐれねーように気を付けねーとな。」


「うん。手は絶対に離しちゃダメだね。」


決意表明のように繋いでいた手に力を込めると、健は笑って頷いた。


「心配すんなよ!もしはぐれたとしても、オレがぜってー見つけるから!」


その笑顔と手の温もりが何よりも頼もしく思えて、私は微笑みながら「ありがとう。」と返した。


「おう!…さーてと、どっから森に行こーかなぁー…」


右と左を確認しながらそう言った健に続いて家の裏門を通った時だった。




「あーいたいたー。みぃ〜こ〜、あっそびに来たよー。」


「えっ…?」


…聞いたことのある華やかな声が聞こえた瞬間、胸がドクンと跳ねて弾かれたように顔をその方へ向けた。



「…秀…?」


…振り向いた先にいた声の主はやっぱり思い浮かべた人物で、ヒラヒラっと手を振って綺麗な笑みを浮かべた。


「つまんないから抜けて来ちゃった。ねー、せっかくだし、あそー…」


私に向けられていた目が健に向けられた瞬間、それまで楽しそうに話していた口を閉ざして笑みを消した。


「…えっと、しゅ」


「…美子。」


険しい目で健を見つめる秀に声を掛けたのと同時に、今度は別の方から聞き覚えのある凛とした静かな声が聞こえてきた。


「…と、透夜?」


そう名前を呼び返すと、初めて会った時のように長い布のマスクを身に着けた透夜が歩みを止めて頷いた。


「…。」


到着するや否や、透夜も黙ったまま鋭い目で健と秀を見つめ始めた。漂う空気が刺すように痛くて、何とかしなければと口を開いた瞬間、


「…美子?」


また別の方からこれまた聞き覚えのある柔らかな声が玉砂利を踏む音と共に聞こえてきた。


「馨…!?」


そう名前を呼ぶと、馨も小さく頷いてはくれたものの私を囲む三人の顔を順に見ながら黙ってしまった。





…夏の太陽が降り注ぐ賑やかな祭りの雑踏に、恐怖すら感じる程の重い沈黙が漂い始めたのだったー…。






続く…

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