第20話 再会
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「…はい、もういいですよ。」
穏やかな昼下がりに、そう言って聴診器を外した白衣の男の人を、その場にいた全員が固唾を飲んで見守っていた。
「おめでとうございます。完治したと言って良いでしょう。」
「ほっ…」
笑顔で告げられたその言葉に胸を撫で下ろすと、お父様が「先生。」と声を掛けた。
「後遺症はあるのでしょうか?」
「発熱前後の記憶が欠如しているという問題はありますが、髄膜炎や脳炎ではありませんので後遺症については問題ないかと。」
そう言うと先生は「それでは失礼します。」と頭を下げて部屋を出て行った。その足音が聞こえなくなった後、私は意を決して口を開いた。
「…あのっ、お父さま!お医者さまも治ったって言ってましたし、ちゃんとお仕置きも終わらせたので、その……あ、遊びに行っても、いいです、か…?」
増していく緊張にどんどん声が小さくなっていったけど、後悔はなかった。何故なら倒れてから三週間も境内の外へ出ることが出来なかったからだ。
「…。」
叱られている訳じゃないのに、何故か悪いことをしてしまったような気持ちになって、顔を伏せて自分の手を見つめた。すると、ずっと無言で私を見つめていたお父様が小さく溜息を吐いた。
「…良いだろう。夕方まで遊んで来なさい。」
「…えっ…ほ、本当に!?」
あっさりと外出の許可を貰えたことに嬉しさよりも驚きの方が上回ってつい大声でそう聞き返してしまった。だけど、お父様はそんな私を叱ることなく頷いた。
「ああ。快復祝い、とでも言っておこう。」
そう言うとお父様は顔を逸らして庭先を見つめた。恥じらうような、お父様らしくない行動に少し驚いたけど、今度は嬉しさが上回って笑顔で返事をした。
「はい!ありがとうございます!」
素直に感謝を伝えて勢いよく立ち上がると、何かを思い出したかのように私の名前を呼んだ。
「遊びに行く前に、二つばかり言っておかねばならないことがある。一つはお前宛に届いた見舞い品を整理しておくように。そしてもう一つは二月後の祭りについてだ。」
「祭り…?」
その時ふと、お別れした時の秀とのやり取りが思い出された。
『だーかーら、大丈夫だって。』
『なんで…?』
『分かんない?…だって今度は、“お祭り”で会えるじゃん。』
『…お祭り?』
(…あの後、秀はニコニコ笑うだけで教えてくれなかったけど、多分同じ“お祭り”だよね…?)
そう結論付けて再び座ると、お父様が口を開いた。
「お前は初めての参加となるが、神ヶ森町には夏の土用に行われる「応龍祭り」という祭りがある。そして、お前にはその祭りで神楽を舞って貰う予定だ。」
「…応龍祭り…神楽…?」
初めて聞く言葉に胸がドキドキした。そして、いつもの癖で聞き返すと、お父様は少し考える素振りをした。
「…長くなるため詳しいことは帰って来てから話すが、来月の下旬頃からその祭りの準備のため忙しくなるということだけ頭に入れておくように。」
「は、はい…。」
お預けにされたみたいで少し歯痒かったけど、折角のお出かけの時間を削りたくはなかったので「失礼します。」と頭を下げてその部屋を後にした。
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「いってきます!」
お見送りしてくれたお手伝いさんにそう告げてから門を抜けて石畳を走り、神社の鳥居をくぐった。そして、いつものように森へ向かう道を全速力で駆けて行った。
「…はあ、はあ…!」
たくさん寝ていたからか、すぐに息が切れてしまったけど休まずに走り続けた。
(…会いたい、早く会いたい。会って、話して、たくさん遊びたい。…だから、もっと早く走って!)
会える確証なんてないのに、高鳴る鼓動に導かれて一心不乱に道を走って行った。そしてあっという間に森へ到着すると、いつも登って遊んでいる森で一番高い木に向かって走った。
「はぁ、はぁっ!…ついた、けど…」
苦しくなった息を整えながら辺りを見渡すけど、会いたかった彼はどこにもいなかった。
「…そう、だよね…約束してないし、修行で忙しー…」
「みぃこぉーー!!」
大声で名前を呼ばれた瞬間、勢いよく頭を上げると木の上から緑色の葉っぱと共に落ちてくる影が見えた。そして、その影はどんどん近付いてきて静かに私の正面で蹲るように着地した。
…赤茶色の、くせのある髪に目を見開くと、彼が顔を上げてくしゃっと笑った。
「…久しぶりだな!美子!」
「…っ、健!!」
何だか泣きそうになるのを堪えて思いっきり抱き着くと、その子はちょっとよろめきながらも私を支えてくれた。
「…健だ!健だ!ずっと、会いたかったよ!」
一生懸命に名前を呼んで、精一杯に気持ちを伝えると、背中をポンポンと叩かれた。
「オレも!美子にずっと会いたかった!一緒だな!」
私と同じ気持ちだったことに、胸が更にドキドキして苦しくなった。苦しいけど嬉しくて、力いっぱいに抱き着くとまた背中を叩かれた。
「…み、美子…ちょっと苦しい…」
「…あ!ご、ごめん!」
そう言われて慌てて離れると、健は小さく息を吐いてニカッと笑った。
「久しぶりだけど変わってないみたいで良かった!元気になったんだな!」
「うん!ちゃんとお医者さまにもおめでとうって言ってもらったよ!健もお見舞いに来てくれてありがとう!」
元気いっぱいに感謝を伝えてから、背負っていたリュックを地面に下ろしてチャックを開けた。そして、中からお菓子がたくさん入った箱を取り出して健を見上げた。
「遊びたいんだけど、いっぱい話したいことがあるから一緒にこれ食べよう?」
お見舞いで貰ったお菓子セットを見せながらそう言うと、健は「おう!」と笑って私の隣に座った。
「この大きいのはマドレーヌだって。健はどれにする?」
「なんか貝みたいだな。んーオレはレモン!」
「じゃあわたしイチゴにする!」
そう言ってから一つずつ取って袋から出し、「いただきます!」と二人で声を合わせてからマドレーヌを一口食べた。
「んー!しっとりしてて、ふわふわで、甘くておいしいね!」
初めて食べるお菓子に感動して思ったことをそのまま言うと、健も笑顔になって頷いた。
「オレのはレモンだからすっぱくてうまいぞ!」
「健はすっぱいのが好きなの?」
もう一口マドレーヌを食べてからそう尋ねると、健は残りを全部口に押し込んでモグモグと噛みながらまた頷いた。
「…ん、そうだなぁー…そう言われるとレモンとか梅干しとかが好きだからそうなのかもな!」
「健って梅干し食べられるんだ!大人だね!」
尊敬の眼差しで見つめると、健は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「へへっ…そ、そう言えば、挨拶周りはどうだったんだ?」
私が差し出したジャムのクッキーを受け取りながら言った言葉に、私は笑みを浮かべた。
「うん!とっても楽しかったよ!それに、友達も出来たんだよ!」
「友達?」
「そう!馨と秀と、透夜って言うの!」
どうしても話したかったことだからか、顔を近付けて元気よくそう言うと健は目をぱちくりさせて私を見つめた。
「…?なんか聞いたことあるような名前だけど…」
「うん、多分健も知ってると思うよ。みんな【四神】の次期当主だもん。」
すると、健は「あー…」と言って頭を掻いた。
「…そうだよな、挨拶しに行くのが【四神】なら友達ってのもあいつらのことだよな…」
ぶっきら棒な態度に驚いたけど、【四神】には必要以上に近寄っちゃいけないルールがあることを思い出して納得した。
「…健は三人のこと、どう思ってるの?」
「んー…何ともって感じ。そもそも次期当主とかキョーミなかったし、関わるなってルールもあるし、変な奴らばっかだから仲良くしたいとは思ってないな。」
さらっと言ったその言葉に、胸がズキズキと痛み出した。
(…予想はしてたけど、しっかり言葉にされると悲しいな…)
その悲しい痛みに負けたくなくて、持っていた箱を地面に置いて健の手を握った。
「…みんな、すごく優しいの。わたしといっぱい遊んでくれたし、怒られた時には守ってくれたの。…とっても優しくて、一緒にいると楽しくて、すごく素敵な人達だから、健もきっと大好きになると思う。だから…仲良くしたいと思ってないなんて、言わないでー…」
祈るように一生懸命手を握って言葉を紡いだ。返事を聞くのが怖くて、勝手に震え出す身体を抑えてひたすら言葉を待った。すると、暫く黙っていた健が私の手を握り返して笑った。
「…美子がそう言うなら、おもしれー奴らなのかもしんないな。仲良く、なれるかはわかんねーけど、頑張ってみるな!」
屈託のない、晴れやかな笑顔でそう言った健を見て、モヤモヤしていた胸の苦しみが一瞬で消えてしまった。
「…うん!わたしも、みんなが仲良くなれるように頑張るね!」
「ああ!ありがとな!」
そんな会話をして二人で笑うと、胸がポカポカと温かくなった。
(…良かったぁ……早く皆と一緒に遊べるといいなぁー…)
いつかの未来を想像して思わず笑みを溢すと、健が溜息を吐いた。
「…?健?どうしたの?」
さっきとは打って変わって曇った表情の健にそう尋ねると、頭を掻きながら躊躇いがちに口を開いた。
「あー…あのさぁ、美子…」
泳ぐ目と歯切れの悪い言葉に、なぜか胸が騒いだ。
「…オレ、しばらくここに来れなくなるんだ。」
「…えっ…」
…突然で衝撃的な言葉に、返す言葉を失ってただ固まってしまった。そんな私をチラリと見た健は、苦しそうな顔で俯いた。
「…オレら【青龍】ってさ青龍の加護がある一族だから、青龍と同じような特徴があるんだ。そんでその特徴に「相剋」と「相生」ってのがあって、青龍は五行思想だと「木」だから、「金」だと力が弱くなって、「水」だと力が強くなるんだ。…だから、雨が続く梅雨の時期は修行するには打って付けでさ、だから、その……」
言葉を曖昧にしたまま、健は黙り込んでしまった。…その悲しげな横顔から健も私と同じ気持ちなんだと判ったから、なるべく明るい声で名前を呼んだ。
「…修行なら仕方ないよ!会えなくなるのは寂しいけど、その変わりに今日いっぱい遊ぼう!」
嫌だっていう気持ちがバレないように笑顔でそう言うと、大きく目を見開いてから柔らかな笑顔になって頷いた。
「…ああ!遊び疲れて、動けなくなるまで遊ぼうぜ!」
「うん!」
健の笑顔がまた見られた安心感を噛み締めるように、残りのマドレーヌを口に入れて味わった。
「ん、まあ、梅雨って言っても一ヶ月くらいだし、父ちゃんやじいちゃんみたいに一日中って訳じゃねえから毎日夜には電話するな!」
「本当!?電話なんて初めてだからうれしー…」
初めてのことに胸が高鳴った瞬間、出掛ける前にお父様が言った言葉が脳裏を過った。
「…お祭り…」
「祭り?」
急に元気がなくなった私を心配そうに見つめる健が繰り返した言葉に頷いて、重くなった口を開いた。
「…うん。二ヶ月後にある「応龍祭り」の準備が来月の下旬からあるらしくて、忙しくなるってお父さまが言ってたの。だから、健の修行終わったら、今度はわたしが来られなくなる、と思う…。」
さっきの健みたいに歯切れの悪くなる言葉に、悲しみに似た罪悪感が胸を突いた。堪らず「ごめんね」と謝ると、健は私の頭に手を置いてニカっと笑った。
「謝んなよ!祭りの準備なら仕方ねぇだろ?電話もするし、会いに行けそうだったらオレが美子んち行くから落ち込むなって、な?」
そう言って頭をくしゃくしゃ撫でる健の笑顔が優しくて温かくて、いつの間にか私も笑顔になっていた。
「…うん!電話も来てくれるのも、楽しみにしてるね!」
「おう!」
そう言って笑い合うと、健が立ち上がって私に手を差し出した。
「よしっ!菓子も食ったし、会えなかった分と会えなくなる分遊ぼうぜ!」
「うん!いっぱい遊ぼう!」
元気よく頷いて手を握ると、力強く引っ張って立たせてくれた。そしてそのまま、手を引かれて森の中を駆け出した。
それから日が暮れるまで、悲しいことも苦しいことも忘れてクタクタになるまで二人だけの森で遊び続けた。
続く…




