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木偶の坊は学校のアイドルの部屋を脱出できるのか

作者: 藍色やかん

初心者です。

指摘があればどんどんください。


 ほのかな甘い香りで目が覚めた。俺は知らないうちに寝ていたのか? ていうか、ここは何処だろう。あたりを見回すと可愛らしい大きなぬいぐるみや、明るい色のカーテン、そして、恋愛小説がたくさん並ぶ本棚などが見て取れた。どうやら、俺は女の子の部屋に寝かされているらしい。さっき感じた甘いにおいはベッドからしたもののようだ。


 ただ、そうなるとさらに疑問が増える。自慢じゃないが、俺に彼女はいないし、悲しいことに部屋に入れてもらえるほど親しい異性の友達もいない。だからこそ思う。一体俺は、誰の部屋にいるんだろう。ちょっと怖くなってきた俺は、ベッドから起き上がろうとして、初めて自分の状況に気付いた。


 なんで、俺はベッドに繋がれているんだ?


 正確に言うと、俺の両手と両足がそれぞれ麻縄のようなもので縛られている。しかも、結構太くて頑丈そうであり、手が抜けるほど緩くもない。さらには、口にはガムテープが張られており、鼻から呼吸はできるが、声を出そうとしてもうめき声しか出せない。これは参った。寝ぼけてた間は、気づかなかったが、気づいてからは、異常事態に俺の頭はフル回転を始める。そして、今の状況を鑑みるに、俺は、もしかして、


 監禁されているのか?


 そんな馬鹿な話があるか。これまた自慢じゃないが、俺はごくごく平凡な家庭で育った、男子高校生で、お金持ちなわけではない。だから、金目当てってことはないと思う。しかし、現に俺はこうして縛られているのだから、監禁される何らかの理由はあるんだろうか。とりあえず、脱出しなければ。ということで、まず、手に巻き付いた麻縄を何とか取ろうともがいてみる。両手さえ自由になれば後はどうにでもなるからだ。


 しかし、その考えには罠があった。麻縄を取ろうともがいたせいで、ベッドが軋み音を立てたのだ。小さな音ではあったが、その音は外の「誰か」が聞き取るのに、十分すぎたらしい。「誰か」が、この部屋にやってくる足音がする。驚きで体が強張り、顔を嫌な汗が伝う。そして、俺の顔が引きつったような笑みをつくる。辛いことがあった時や、ストレスを受けた時、苦しみを紛らわそうとして出る俺の癖だ。きっと今の顔はひどいものだろう。


 しかし、そんなことを気にしている場合じゃない。ゆっくりと足音が近づいてくる。そして徐々にその音は大きくなっていき……。

 

 そして、その音は、ドアの前で止まった。ドアが開き始める。自分の心臓の音がうるさい。怖い、怖い、死にたくない。俺は入ってくる「誰か」の姿を見たくなくて、ドアから目を背けた。やってくるのはどんな化け物だろうか、きっと2m近い巨体の男で、包丁を、ナイフを、或いはチェーンソーを持って俺を殺しに来たに違いない。


 ドアが開き、「誰か」がこっちに歩いてくる音がする。そして、その音は自分が縛られているベッドの前でピタッと止まった。


 「誰か」の顔が自分に近づいてくる気配がする。生暖かい息が顔に当たった気がして背中に冷や汗がにじむ。

 来世は鳥に生まれ変わりたいなぁ。俺は、死を覚悟して目を固く瞑った。


 しかし、俺は殺されることはなかった。その「誰か」に話しかけられたのだ。しかも、聞こえてきたその声は、よく聞き覚えのある声だった。

 

「おはようございます、よく眠れましたかー、せんぱい?」


 声を聞いて、驚き目を開け声のした方を向くと、そこには、俺の高校の後輩であり、学校のアイドル新島加奈の顔があった。

 



 ここで、自己紹介をしておこうと思う。俺の名前は鈴木大地、高校2年生だ。

 そして俺は、現在バスケ部に所属している。

 俺は、177cmという微妙に高い身長から、先輩方から熱烈な勧誘を受け、バスケ部に入部したのだが、悲しいことに、運動のセンスは高くはなく、2年生になり、先輩方が引退した今でも、スタメンには選ばれていない。それどころか、補欠にすら入ることはなかった。そして、スタメンに選ばれたのは、俺を除く2年生4人と、期待のルーキーである1年生の飯田淳平であった。


 飯田は小学校、中学校とずっとバスケをやっていたらしく、経験は今の2年生の誰よりも上で、かつ、バスケのセンスもかなりいい。彼が来てくれたことで、県内のベスト4も夢じゃなくなったと、部長も機嫌よく言っていた。その上、アイドルでも目指せそうな爽やかなイケメンなうえに、男子にも女子にも優しいのだから、正直、嫉妬する気も起きないほどの完璧超人みたいなやつだ。


 そして、そんな彼には好きな人がいるという噂がある。噂話には疎い俺ですら知っているほど、広まっているものなのだが、その相手が、なぜか今俺の目の前に現れた新島加奈なのだ。


 新島加奈はバスケ部のマネージャーだ。

 透き通るような白い肌と、ぱっちりと大きな瞳の整った顔には、いつも優し気な笑みが浮かんでいる、テレビでもお目にかかることが稀なほどの美少女であり、ほっそりとした体つきと、控えめな性格と合わせた評価はまさに現代に蘇った大和撫子だ! と若干最近女子に避けられつつある友人Bも、熱く語っていた。……そういうことをクラスのど真ん中で熱弁するから女子が離れるんだぞ、わかっているのか友人B。


 まあ、そのくらい可愛い子なのである。


 事実、今年の春に、彼女がマネージャーに志望してきたときは、バスケ部男子は大喜びしており、入部希望の男子も当初の1.5倍くらいになってすごい騒ぎになっていた。しかし、飯田の好きな人の噂が流れてからは、全員が悔し涙を流したが、その後、見ているだけでも幸せだと全員開き直ったらしい。


 因みに、高嶺の花等に希望を一切持てないタイプの俺は、新島ブームに乗らなかったため、他の部員や生徒と話を合わすことができず、その結果、ずっと一人寂しく練習を続けていた……。いや、新島のことは、別に嫌いなわけではない。なんなら、顔も性格も今まで見た中で一番だと思うのだが、存在が高尚すぎてアイドルみたいで近寄りがたく、部員なら喜んで受け取りに行く、水の手渡しも自分から取りに行くことで回避していた。まあ、そんなことはどうでもいいか。


「口のガムテープ剥がしますねー」


 その、人気者である彼女がなぜ俺の前にいるかこそ、俺が今考えなければいけない問題なのだが。

 とにかく、知っている人の顔を見れてホッとしたのは、一瞬だけで、まだ、彼女がなぜここにいて、俺はなぜ縛られているのかを、聞かなくてはいけない。


「せんぱい? 鈴木せんぱい? 無視しないでくださいよー」


 顔を見た途端に固まり、ガムテープをはがされた後も、考え込んでいた俺を、新島は無視しているのだと勘違いしたらしい。ちょっと、怒ったように頬を膨らましているのが、非常に可愛らしいが、彼女の顔が近すぎて、俺はそれどころではない。俺の知ってる新島は控えめなな美少女だったはずなんだが、なんかキャラが変わってないか?


「無視なんてしてないよ、それより、なんで、新島は俺を縛り付けているんだ? もしかして、俺を出荷でもする気かな?」


 笑顔を取り繕い、冗談交じりにではあるが、一番聞きたかったことを言った、ここにいて、俺のこの状況について何も言わないってことは、信じがたいことではあるが――――彼女が犯人なのだろう。


 すると、聞かれた新島は、出荷なんてそんなことあるわけないじゃないですかー、と言い頬を緩ませた。そして、瞳孔が開き切った眼で慈しむように俺を見つめてきた。そんな顔でも、ちょっと怖いが、普通に可愛い。美少女は得だな。


「それは、……せんぱいのことが大好きだからですよー?」


 ……思考が停止してしまった。

 聞き間違いだろう。たぶんきっと。


「……冗談だよな? な? 俺と新島は接点ほぼ無いし、ていうか話をしたことすらほとんどないよな?」


「そうですね、私はせんぱいのことずーっと見ていたのに、せんぱいは私のこと、全然見てくれないですしー……」


 困っちゃいますよー、なんて言って彼女は悲しげに顔に影を落とす。

 ……いや、現在進行形で困っているのは俺なんだが? 


「俺を好きになるなんて、ほんとは冗談なんだろ? 早くこの縄を解いてくれないか?」


 ちょっと、縄がこすれて痛くなってきたんだ、と言った。


 しかし、


 ――――俺がその発言をした途端に空気が変わった。

 彼女の表情は満面の笑みに変わっていくが、彼女の眼は更に焦点を見失い揺れた。


 やばい、地雷を踏んだらしい。さっきまで怖いなとは感じながらも、彼女の美少女成分である程度中和されていたため、俺にもいくらかの余裕があった。しかし、今の彼女は完全にリミッターが外れ、どす黒いオーラすら見えるほどの表情に変わってしまった。簡単に言えば怖すぎる、助けて。


「駄目ですよ? せっかくせんぱいが私だけを見てくれるように縛ったのに、解いたらまたせんぱいは私を見てくれなくなるでしょう? それだけは嫌なので、絶対に解きません」


 こんな言葉を、彼女は表情をその笑顔のまま口にした。

 

 彼女は怖い、確かに怖いが、


 ……どうやら地雷を踏むのは俺だけの得意技ではなかったようだ。


「……俺が新島を見てないからなんだっていうんだ。お前には、俺みたいな中途半端にでかいだけでスタメンはおろか補欠にすらなれないやつよりも、勉強も、バスケも、顔も、性格も、何もかもが完璧な同級生がお似合いだろうが!」


 ……しまった。つい、ずっと隠してきた心の中の劣等感があふれてしまった。こんな感情なんか持ちたくないとずっと思ってきたのに。


 俺にはあまり突出した才能がなく、人に価値を認められるということがだんだん信頼できなくなっていった。最初は、小学校で他の子より大きいから速いでしょと言われ出た運動会のリレーで一番になれなかったとき、中学校で絶対向こうも好きだと思うよと言われた、当時好きだった子が学年の人気者に告白されて付き合い始めたとき、そして、高校で身長を誉められバスケ部に入ったが、実力が中の下程度にしかならず、終いには大会にすら出してもらえないことを聞いたとき。


 嫉妬も起きないと強がりを言ったが、やはり飯田淳平は俺の中で知らぬ間に妬みの対象となっていたらしい。


 いきなり感情をぶつけてしまったことを謝ろうと、俺は彼女の顔に目を向けた。すると、俺の人に一番知られたくなかった感情を聞いた彼女の表情は、先ほどまでの狂気が薄まっていて、俺のよく知る新島加奈の表情に戻っていた。彼女は、そのきれいな顔を歪ませ、泣きそうになりながら彼女は口を開いた。


「……私は、ずっと一人で頑張って練習しているせんぱいが大好きです。大会に出場できないことを物凄く悔しがり、人知れず泣いていたせんぱいが大好きです。それでも、他の部員に悟らせず、選ばれた人たちを笑顔で祝福していたせんぱいが大好きです。ほんとにほんとーに先輩のことが大好きなんですよ? だから、だからそんなこと言わないでください」


 ……そっか、新島は全部見ていたのか。そしてその上で俺のことをちゃんと評価してくれていたんだな。こんなに他人に評価をもらったことは人生で一度もなかった。本当に、涙がこぼれそうだ。


 彼女は、さらに言葉を続ける。


「朝寝坊したとき、寝癖のついたままの髪で慌てて学校に行く、かわいらしい先輩が大好きです。ゲームを深夜までやってたせいで、寝不足で、授業中に気持ちよさそうに寝てるせんぱいが大好きです。課題を忘れたとき、何とか隠そうと必死になっている、いじらしい先輩が大好きです。お弁当を食べるとき物凄くおいしそうに食べる、子供っぽい一面のある先輩が大好きです。ご友人と話しているとき、話がわからなっても、適当に相槌を打って流している、面倒くさがりな先輩が大好きです。」


 うんうん、そっかそっか、いや、ちょっと待て。


 なんで、新島はそんなことを知っているんだよ。新島は俺と同じクラスでも、ましてや同じ学年ですらないぞ?


 そんな、涙は引っ込み、困惑が加速する俺には気付かず、彼女はさらに言葉を続ける。


「遊ぶに行くとき着ていく服を適当に選んじゃうせんぱいも大好きだしー、妹に彼女いないの? って言われてへこんでいるのもかわいくて大好きだしー、対戦型のゲームやって、勝ったとき必ずガッツポーズしちゃうのも大好きだしー、逆に負けて煽られたとき毛布にくるまっちゃって、いじけてるのも大好きー。あと、あと、エッチな本のきれいな足の女性の写真を見て興奮しているとき――――」

 

「ちょっとまったあああ! まじで待ってくれ。頼むからあああああああ!」


 徐々に泣きそうだった表情は熱に浮かされたような表情に変わり、口調がどんどん早口になり、目のハイライトが消え、キャラも崩壊してきた彼女の聞き捨てならない発言を止めようと俺は叫んだ。

 おいおい嘘だろ。俺の家の中での行動まで知っているじゃねえか。

 というか、脚フェチという性癖まで知られているのか、俺は。


 死にたい。


「……こほん、とにかく! 私は、そのくらいせんぱいのことが大好きなんです。だから、安心して私に全部委ねちゃってください。せんぱいと私だけのこの空間で、いつまでも幸せに暮らすんですから。」


「そんなことは絶対に不可能だ! 大体、俺の学校生活はどうするつもりだよ!」


 やけくそになり、そんなことを叫ぶ俺。はたから見たら、この上なく惨めであろうが、そんなことはもう気にしないのだ。


 しかし、


「何言っているんですかー、せんぱい? 今日から夏休みじゃないですかー」


 時間はいくらでもありますよー、と嬉しそうな声で言う新島。

 そうだった。ちくしょう! 俺だってこんな事件がなかったら忘れてなかったのに!


「この夏休みの期間に、か な ら ず せんぱいを説得して見せますよー」


 覚悟しておいてくださいね、と、どや顔をしながら言う新島。

 しかし、この論理には、矛盾があるぞ。


「待て、新島。夏休み中だって部活はあるぞ。何なら、大会に向けた練習で普段より多いくらいだ。それはどうするつもりだ――――」


 そこまで言って、俺は口を塞がれた。


「はい、せんぱいはもう部活のことなんて忘れちゃってー、私とラブラブな生活を送りましょうねー。」


 そんなに俺を部活に行かせたくない何かがあるのか? と考えた次の瞬間、寝かされている俺に、新島が抱き着いてきた。

 これは青少年の情操教育によろしくなさすぎる。いいにおいがするし、やわらかいし、心臓の音は止まらないしで、俺は混乱してパニックになったが、しかしそんな俺を達観するように、考える俺がいた。


 もしかして俺は、夏休みの間中ずっとここで過ごすことになるのか?


 何か全部投げ出したくなってしまったがとりあえず、まず自由を得ることを目標に頑張ろうか。


 そう決意した俺の耳には、興奮して鼻息の荒くなった残念な新島の声と、セミの鳴き声がうるさく鳴り響いていた。


 このセミ達が寿命を迎える前には家に帰れたらいいなあと思ったが、それはまだ、俺には全くわからないことであった。




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