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忘却姫と永遠の橘  作者: 華月
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理不尽な命令

桜宮家当主___桜宮雨月(さくらみやうげつ)

桜宮史上最強とも謳われる実力派の異能力者であり、

その両耳には制御ピアスが光っている。

また、美形集団といわれている桜宮の中でも冷たい美貌として名を馳せている。学生時代は、大変モテたという。

愛妻家として有名だったが、十年前に最愛の妻を亡くしてからは、二人の子供に冷たくなったと噂になっていて、現在は次期当主に指名された息子・詩門(しもん)とは冷戦状態が続いている。もう一人の娘である詩花は、桜宮直系でありながら力が弱いことを理由に冷遇されていて、実力派の桜宮とは無情な家であるとも言われている。


他にも色々と噂はあるが、どれも一貫して現当主・雨月は冷酷だというものだ。





突然ですが、今、私の目の前に座っている当主である父様は………顔が怖いです。

眉間の激しい渓谷と、鋭い目はいくら美形でも許容出来ない。

呼び出されたりしなければ、絶対に会わなかっただろう。幼い頃から、私が一族から見下され虐げられていても、近づこうとしなかった。

母様がいた頃は、まだ私に接してくれた気もするが何分幼かったので記憶が曖昧だ。それが、一体どういう事だ。嫌いな私を呼び出すなんて。余程大変な話なのだろうか。もしかして、ついにこの家を追い出されるとか?

……何はともあれ、長居はしたくないし冷や汗も止まらないので、早く終わらそう。



「お久しぶりでございます。お呼びと伺い詩花、参上致しました」


「あぁ。久しぶりだな。…………今回お前を呼び出したのは、お前のこれからに関することで話があったからだ」


「私のこれから、ですか?」


「そうだ。一般の高校へ行かせるという許可を出したのは私だが、一族でお前をこのままにしておくのは我々の恥だ、という声があってな。……確かにお前は、分家と比べても異能の力が弱い。未来予知といってもたったの数秒後という程度だろう。この桜宮家において、力が弱いというのは致命的だ。だから、お前にはこれからとある学園に行って修行してもらおうと思う。まぁ、異能力者養成学園だな。知っていると思うが、お前の兄もそこに通っている。明日から早速行ってもらうことになるから、今日はもう休め。話は以上だ」


「ちょっと待ってください!! 今通っている高校と、住んでいたアパートはどうなるのですか!?」


そんな行ってもらうと淡々と言われても、はいそうですか、などと簡単に了承出来るわけがない!

一族の恥なら、尚更そんな学園に行く意味も分からない。それこそ、恥を晒すことなのではないか。

それに幼い頃から修行してきたが、能力が上がることがなかったのは実証済みだ。今更修行しても、上がるものではない。

なにより、転校したら梨沙とも別れてしまう。小学生から一緒の親友なのだ。離れたくない!


「前の学校とアパートのことは気にするな。あぁ、言い忘れていたが、一応お前も桜宮家の娘だからな。護衛を付ける。明日の朝、学園に向かう前に紹介するから藤の間に来なさい」


それだけ言うと、父様は去って行った。

反論も文句も言う間もなく、呆然とその背を見送る。


当主である父様が決定したことは、絶対だ。娘であっても逆らうことは出来ないだろう。

梨沙とも、これでお別れだ。せっかく、この家から解放されて梨沙とも毎日自由に遊べると、思ったのに。

桜宮の監視下から抜け出せたと、思っていたのに。

これからまた、息を殺してこの家で過ごさなければいけないと思うと、胸に重たいものがのしかかり体から力が抜けていく。


この胸を占める感情は____絶望だ。




**




周りからヒソヒソと聞こえる声に気づかない振りをして、震える足を引きずりながら長い廊下を進む。

そして、やっとのことで自室に辿り着く。

しかしそこで部屋の中に見えた人物に、思わず声を上げてしまった。


「兄様!! 」


部屋にいたのは、久しぶりに見る兄だった。

兄である詩門は、私よりも二歳年上で現在異能力者養成学園の高等科三年のはずだ。また、桜宮家の中で唯一私のことを家族として接してくれる存在だ。私のことを幼い頃から兄として気遣ってくれたり、私が分家から嘲笑され見下された時も、私を守って慰めてくれた。私が壊れずにいられたのも、兄のおかげだ。私は、この優しい兄に育てられたと言っても過言ではない。しかし、そのおかげで父様とは折り合いが悪い。兄様曰く、こんなにかわいい妹にこんな仕打ちは兄として許せない。父親だとも思いたくない、だそうだ。


「やぁ、詩花。久しぶりだね。あの人に呼び出されたと聞いたよ。………顔色が悪い。酷いこと言われたのかい? とにかく、布団を敷いてあげるから横になりなさい」


「大丈夫です兄様。ちょっと疲れただけです。それより、久しぶりに会えたのですからゆっくりしていって下さい。話したいことがいっぱいあるんです!」


眉を下げて少し困った顔をした、相変わらず美形の兄は、私の手を取って私の隣に座り込んだ。





「それで、話したいことって? どうしたんだい?」


「はい。先程、父様に兄様も通っている異能力者養成学園に私も明日から行くように言われました。だから、明日から兄様と一緒に登校してもいいですか?」


「え? 詩花は、一般の高校へ行っていただろう? なんで今更、転校なんて………」


「なんでも、私の力が弱いと桜宮としては都合が悪いという声が一族内で上がったらしく……。私も意味が分からないのですが、修行しろということを当主から命令された以上、転校するしかないので……」


「なんだって? そんな勝手が通用してたまるか! 安心して、詩花。僕が即抗議してくるよ」


私のことを思ってくれているのが分かって嬉しいが、当主に逆らったなんて知られたら一族全てを敵に回すことになる。ただでさえ、私を庇ってくれるおかげで一族から白い目で見られているのに……。とにかく、今にも出ていきそうな空気なので、止めなければ。


「いいえ。いいのです、兄様。そんなことをしたら、兄様の立場が悪くなるだけです。ただでさえ、私のことを庇って一族でも悪く言われているのに、そんなことをしては駄目です。その気持ちだけで十分嬉しいですから、どうかこれ以上は私の大好きな兄様が悪く言われているのを私に聞かせないでください。兄様の悪口を聞くと、私は悲しくなります」


「詩花………。僕が至らないばかりに、君に辛い思いをさせてごめんね。いつかきっと、奴らに鉄槌を下すからね。どうか待っていて」


「鉄槌って………。でも、ありがとうございます兄様。私は、兄様がそばにいて下さるだけでも幸せですよ」


私の方こそ、兄にはいつも迷惑を掛けてばかりだ。

私にもっと力があれば良かったのに……。


「僕も世界で一番幸せだよ。かわいい詩花が妹だからね」


「はい、兄様」


…………いつも思うのだが、兄が美形過ぎて困る。

そんなはにかんだ笑みを向けないで欲しい。兄妹で見慣れている私でさえ鼻血が出そうなのだ。それを一般人に向けたら、人が次々に失神していくという悲劇が起こってしまう。大変な事件だ。


冷たい美形の父とは反対に、兄は柔らかい印象の瞳にいつも口元には笑みを浮かべている。比較的人に好かれやすいように見えて、美形がいつも微笑んでいる状態なので普通にしていたら逆に近寄り難い顔だと思う。罪な顔だ。しかし、兄様は相手の懐に入るのが上手いので、人間関係には困っていないという。笑顔が非常に胡散臭いので、騙される人とそうでない人で付き合い方を変えるという高度な術もやっているそうだ。兄様は意外と腹黒いのだ。妹である私には極甘なのだが。そういう点では、父様に似ているのかもしれない。交渉術が得意な父様の持つ人脈は膨大だからだ。…………人付き合いが苦手な私には到底真似出来ない。


一方私は兄とは反対に、顔は父に似ていて、おっとりとした性格は母に似ていると言われている。といっても、顔の方は比較的似ている、というだけだが。目元は母に似ているそうなので、そこまできつい印象は受けないというのが、せめてもの救いだ。顔の印象で、寄ってくる友達が違ってくると聞いたことがあるので、美形でなくても顔の印象は生きていく上で大切なのだ。

……特に、私みたいに生き方が下手な人間は。明日からは、学園だ。異能力者の間では、桜宮の出来損ないとして名を馳せているので、友達はもう半分諦めている。下手に関わらずに、大人しくしておく方がいいだろう。



___梨沙は、明日私が転校したと聞いて心配したりしないだろうか。



私は、外で降ってきた雨音に耳を傾けながらゆっくりと目を閉じた。






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