3話 『アフォレスト街の宿屋』
『アフォレスト街 ルレット夫妻の宿屋』
俺がルールに手を引かれてついた建物、店にはそう書かれた看板が吊り下げられていた。アフォレスト街この先右という看板を見たときにも思ったがなぜか書いてある文字は見たときのないようなものなのに俺はなんて書いてあるか理解できた。
「ルレット夫妻……?」
「モルスさんはご存知ありませんか? アフォレスト街では一番有名な宿屋なんですよ」
「すいません、ここらへんのことはさっぱり知らなくて……」
「やっぱりそうだったんですか。だからここらではまったく見かけない珍しい服装をしていたんですね。もしかしてこの辺りからかなり離れた街から来た、とかですか?」
「ま、まぁそんなもんです……はい」
やはり街に入ったときからわかってはいたが俺の見た目、服装はこの世界の人からしたら珍しいようだ。黒髪に赤目で着ているのは黒のパーカーと地味なジーンズ。街中を見渡せば大体の人が来ている服はゲームなどでしか見たときのないような鎧に村人が着ていそうな地味な服。中には金持ちなのかやたら派手な服を着た人もいた。
もちろんパーカーを着ている人なんぞは一人たりとも見かけなかった。というよりそもそもこの世界にはパーカーという概念が存在しているのだろうか?
まぁとりあえずは早めに違う服を買った方がいいのだろう。こんなパーカーなんか着ていたらこの世界じゃ悪目立ちしてしまうかもしれないし……そんなことを考えている途中で俺はある問題に気付いた。
(あれ……俺、金持ってなくね……?)
ーー自分が今完全な無一文状態ということに。
やばいどうしよう、金がないとか服を買う以前に宿屋にも泊まれない! ルールは金はとらないとか言ってたけど……。
(無一文はやばくないか? いや、というかなんで異世界に転生した最初の時に気付かなかったんだよ俺! …………もうどうにでもなれ!)
元いた世界ではさすがに無一文じゃなかった。というか今まで無一文になった経験なんて俺にはない。
半ばやけくそ気味な俺はルールにそのまま手を引かれ店内に入った。
店内を一言で表すならウエスタン映画にありそうな酒場だ。隅には二階へ続く木の階段と奥にはカウンターが見える。そして、
「いらっしゃい! ルレット夫妻の宿屋へようこそ! ……ってルールじゃないか、どうしたんだいあんた? さっき買い出しに行ったんじゃ……ん? 隣のあんたは誰だい?」
そんな大きな、それでいてよく店内に響く声が聞こえた。俺とルールの前に出てきたのは30歳ぐらいの茶髪のおばさんでいかにも酒場にいそうな人といった風貌。おばさんはルールを見て首をかしげ、俺を見て困惑した様子でそう声をかけてきた。
「お母さん、この人はモルスさん。今買い出しに行ってた途中でお金を盗られそうになっていたところを助けてくれた私の恩人だよ!」
「なっ!? お金を盗られそうになったのかいあんた!? まったくだからあんたに買い出しに行かせるの私は反対だったんだよ……まぁあんたが無事ならいいか。モルスさんだっけ? ありがとね〜、うちの一人娘を助けてくれて」
「いや、ただたまたま近くにいただけなんで……」
ルール並に元気で明るい声に驚きながら俺をそう口にした。
「だからね、モルスさんに恩返ししたくてここにつれてきたの! お願い! 1泊だけでもいいからモルスさんをここに無料で泊まらせてあげて!」
頭を下げルールはおばさんにそう懇願した。
いや、おばさんにそんな権限あるわけ、
「……しょうがないね〜自分の大事な娘を助けてくれた人だ。1泊、いや2泊ぐらいなら無料で泊まらせてあげるよ!」
え!? な、なんでおばさんにそんな権限が!?
驚きで俺は「えっ?」と声を出した。
「あー自己紹介がまだだったね。私の名前はアシュリー・ルレット。ここでルレット夫妻の宿屋を営んでるものさ」
「……え、まじで……?」
「あ、私の名前も正しくはルール・ルレットです!」
どうやら俺がたまたま助けた相手はアフォレスト街では有名な宿屋の一人娘だったらしい。
ーーいや、どんな奇跡だよ。
しかも一泊、二泊なら無料でとか言ってくれたよな?
有難い、有り難すぎる。異世界転生して初日、無一文の俺にとっては嬉しすぎる話だった。
しかも一泊、二泊ぐらいならその間に仕事を探して見つけ、働くということも不可能ではない気がする。
自分の第二の人生がかなり幸先のいいスタートをきっていることに気付いてつい笑みがこぼれた。
(やっぱり人助けっていいな……)
ルールを助けてよかったと俺は心底思った。
ーー元殺人鬼が思うものとは思えない言葉だな、とは思わなかった。
☆☆
「ここがモルスさんの泊まる部屋です。それで、これがこの部屋の鍵です。どうぞ」
「はい。……というかルールさん、色々ありがとうございます。俺、今日どこに泊まるとか全然考えてなかったので本当に助かります」
ルールに案内された二階にある部屋の前で俺はルールに感謝した。この異世界でのんびりとしたスローライフを送る! ということ以外は何一つまともに考えていなかった俺からしたら2泊も宿屋に無料で泊まれるというのはかなり助かることだ。
「そんな恩返しなんだから当たり前ですよ! あと、何か聞きたいこととか困ったこととかがありましたらなんでも言ってください! 私が出来る範囲でお力になりますので」
「わかりました。ありがとうございます、ルールさん」
ルールは俺に鍵を手渡して階段を下りていった。
本当に優しい、いい人だな……。
助けることができて本当によかった。
裏表がない純粋なルールの後ろ姿を見て俺は心底そう思った。
日はまだ出ていて、時間帯は昼頃だった。
(さて……何するかな)
最後まで読んでいただきありがとうございます!