20話 『ハイウルフとの戦い』
「っ!? モルス!」
「っ! がっ!?」
巨大な犬のような魔物の鋭い爪が俺の体に当たる直前に俺はゴーグに思いっきり突き飛ばされる。その意図が俺をかばうためということはすぐに理解できた。
俺は突き飛ばされた勢いで地面に勢いよく倒れるがすぐに顔を上げて前を見た。
「ゴーグさん!!」
「チッ、まさかアフォレスト大森林に来てハイウルフと遭遇するなんてな。はっはっ、俺も運が悪いな」
そこには巨大な犬の攻撃を受けて倒れているゴーグの姿があった。装備していた革鎧は血によって真っ赤に染まっている。それを見るだけでかなりのダメージを受けたのがわかる。
「モルス、お前は早く、逃げーーぐあぁぁ!!」
「! ゴーグさん!!」
ゴーグは自身が一番ダメージを受けて危険な状態であるにもかかわらずそう口にする。だがその途中でハイウルフの前足で思いっきり背中を踏みつけられて声を上げた。あの巨体なら方足だけでも人間を抑えることができるのだろう。
だが、
「逃げろ!! モルスっ!!」
「っ!!」
ゴーグは俺に逃げろと言った。
今一番逃げないといけないのは自分自身だと理解しているはずなのに。自分自身の命よりも他人である俺の命を尊重したのだ。
(くそっ!!)
俺は体を立ち上がらせ勢いよく地面を蹴り走った。
☆☆
(そうだ……それでいい)
アフォレスト大森林の出口方向に走り出したモルスを見てゴーグは思った。それでいいのだ。自分のような老いぼれた中年冒険者なんかを助けるために未来がある新人冒険者が危険な目にあう必要はないのだ。
ーー逃げろ、逃げろ!
ーー振り返らずに逃げろ!
そう心の中で叫ぶ。
なのにーーモルスは、
(……は? なんで足を止めて……)
出口まで走り出したかと思えば足元を見て、足を止め何かを拾った。それは少し大きな石だった。モルスは石をゴーグを踏みつけて唸り声を上げるハイウルフの体に投げたのだ。
「こっちに来いよ犬っころ!! こっちだ!」
そう叫んでハイウルフに今度は短剣の鞘を投げつける。
「何やってんだ!? 早く逃げーー」
何をバカなことをしているんだ!?
俺なんかのために何をしている!!
次の瞬間、ゴーグを押さえつけていた重さがふわっと消えた。
ハイウルフが狙いをゴーグからモルスに移したのだ。ハイウルフは驚くべき速さでモルスに飛びかかかっていった。
☆☆
(え、速すぎ!!)
ゴーグが逃げる隙を作るために石と短剣の鞘という近くにあったものをハイウルフに向かって投げた俺は自分に向かってくるハイウルフのあまりにものスピードに衝撃を受けた。
もちろんハイウルフから狙われることを予測していたから反撃できるように短剣を手に持っていた。
だけどこれは速すぎる。
とても人間が反応できる速度ではなかった。
「グガァァ!!」
(落ち着け短剣で攻撃をふせーー)
「ごはっ!!」
短剣でそんな速度の攻撃を防げる暇があるわけもなく俺はハイウルフの攻撃を思いっきりくらう。
ついびびって目を閉じてしまう俺。その衝撃でまっすぐ真上、宙に吹き飛ばされる体。
うわぁ〜……空は綺麗だなぁ〜……。
空は雲で覆われているけど……そんな現実逃避をしたくなるほどの痛みが体に走った。
(っ! 痛いなちくしょー!!)
宙に飛ばされ、浮いた状態で痛みに耐えながら俺は目を開く。目の前には、
「ガァァ!!」
「ギャー!?!?」
ハイウルフの口が開かれているという絶望的な光景が広がっていた。
「う、うぉぉぉぉ!!」
俺は咄嗟にハイウルフの口の両端と思われる場所に両足を別々に乗せて落ちないようにたえる。
足を開いていて恥ずかしいとかはこの際どうだっていい。
だがそんな抵抗もむなしくさらに開かれるハイウルフの口により俺は体勢を崩しまたハイウルフの口の中に落ちそうになる。
魔物に喰われて死ぬとかマジで勘弁です!!)これでもくらえ!
右手に握っていたままだった短剣を俺はハイウルフの牙だらけの口に刺した。
「!? ガァァァァ!!」
「なっ!? うわっ、ちょっ!?」
それがなかなかに効いたらしくハイウルフは鳴き声を上げると同時に口を閉じ頭を乱暴に振るう。俺はそのままハイウルフに喰われなかった代わりに地面に思いっきり落下した。足から落ちたのが唯一の救いだ。
「がっ! っ……! ゴーグさん無事ですか!?」
身体中が痛かったがそんなことを気にしている暇はない。倒れているゴーグにすぐに駆け寄り肩を貸す。
「な、何やってんだお前は!! お前死んだらどうするつもりだ! こんな危険なことしやがって!」
「説教は後でまとめて聞きます! だからまずは早くここから逃げましょう……よ……」
「逃げる? なら俺を囮に使え」
(やっぱりあの程度じゃ死なないのかよハイウルフ……!)
先ほどダメージを受けたためなのか怒った様子のハイウルフが目の前にあるアフォレスト大森林の出口を塞ぐように立っていた。
このままでは間違いなく俺もゴーグも死ぬ。
ゴーグの言う通りゴーグを囮にすれば俺が生き残れる可能性は高くなるだろう。
だけどそんなことはしないし、したくない。
(こんなにいい人を見捨ててまで生き残るなんてことしてたまるか! ハイウルフさえどうにかできれば……!)
この今の状況を打開する方法を考える。
短剣はハイウルフのすぐ近くに転がっているため取るのは不可能。ゴーグの戦斧を使って戦う……長剣でさえ重くて使いこなせなかったのにそれより重い斧を使いこなせるわけがない、これも不可能。
どうにもできない状況に俺は絶望する。
そしてただこう思った。
「(ハイウルフさえどうにかできれば……ハイウルフさえいなければ……ハイウルフが消えれば……!)」
俺はこの異世界に来てはじめてのある感情をそんな思いの中で抱いた。
こいつさえ死ねば……!
純粋な、殺意という感情を。
「……死ねよ……お前……」
「……モルス……?」
☆☆
突然おかしな雰囲気を感じた。
何か異質でそして恐ろしい雰囲気を。
それは隣のモルスから感じたもの。
ゴーグはモルスを見る。
(!? なんだこれは!?)
モルスからはやばい雰囲気が漂い出していた。
見た目にはなんの変化もないように見える。
だけどモルスの近くにいたゴーグにはすぐにその雰囲気の正体が何かわかった。
これは……殺意だ。いや殺気とも言える。
モルスはただ純粋にハイウルフにそんな感情を向けているのだ。
そしてゴーグは即座に理解した。
(これがモルスの特別な力か!)
特別な力。
この世界に生まれたものが生まれつき、まれに持っているという力。
モルスもそんなスキル持ちの人間だったということなのだろう。
「……死ねよハイウルフ……」
「グ、グルルルッ!!」
ただモルスはそう言った。
死ぬとただそれだけの言葉を。
だがそれだけで先ほどまでこちらに襲いかかってきていたハイウルフは唸り声を上げる。
ハイウルフのその様子がゴーグには怯えているように見えた。
(あのハイウルフが……!?)
「嘘だろ!?」
長年冒険者をやっているゴーグでもハイウルフのそんな姿は見た時も聞いた時もなかった。
「……殺すぞ、お前……」
「ガッ!? グガァァァァ!!」
「……えっ……?」
次にモルスがそう言った瞬間、ハイウルフは大きな鳴き声をあげた。そして、
ばたりと糸の切れた人形のようにハイウルフは倒れる。倒れたハイウルフが起き上がってくる気配は一切なかった。
それもそのはずだ。
ハイウルフはもう死んだのだから。
「(な、なんて力だよ……これは……!!)」
今目の前で起こったあっさりとして、どこまでもわかりやすい出来事にゴーグは衝撃と恐怖を感じた。恐る恐る隣にいるモルスを見る。
「あれ? 犬っころが倒れた? なんで……って今のうちにさっさと出口に向かいましょうゴーグさん!」
「……あ、あぁ……」
そこにはただの青年がいた。
さっきの殺意、殺気をまるで感じさせない様子でモルスはゴーグに肩を貸して出口に歩き出す。
無造作に転がっているハイウルフの死体を無視してモルスとゴーグはアフォレスト大森林を出た。
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