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お天道さんの人生観  作者: 柳瀬
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いつものように、俺は自転車で家路に着いた。

俺は現在一人暮らしで、始めの頃こそ寂しさも感じていたものの、祖父が死に、祖母は入院(死期も近い)、父は精神病院に入院しているあの家よりはよほど良かった。何より親戚連中も薄情なものだったから、俺は一人暮らしの提案が受け入れられた時心底喜んだ。まあ今となっては、あれだけ嫌いだった家族にさえ、『嫌い』という感情をむけなくなり、どうでもよくなったのだが。

(今日は買い物……は行かなくていいか。弁当の材料も明日の朝飯の材料もある)

明日はスーパー寄ってかないとな、と、緑に変わった信号を確認してからペダルにかけた足に力を入れた。





俺の住むアパートの前まで着いて、定められた場所に自転車をとめる。

ポケットから取り出したキーホルダーには、鍵が3つ。

1つはこの家の鍵。もう2つは、俺の実家の玄関と裏口の鍵だ。

思わず眉に力が入り、しかめっ面になる。

ぎり、と手を握りしめた。

「おかえり、吉行」

驚いて顔を上げれば、外階段の手すりに腕をかけて、こちらに微笑んでいるご近所さんーーテンドウがいた。

彼はその手に持ったココアの缶をこちらに投げる。

パシッとそれを受け取って、ただいまと返した。

にっと満足げに笑った彼が降りてくる。そしてそのまま俺の手を引いた。

はじめこそ抵抗していたものの、最近は慣れてきたためにおとなしく着いていく。

彼がこうして俺の手を引くときは、『飯食ってけ、泊まってけ』と暗に言っているのだ。

いつそれがくるかわからないから(テンドウは俺の表情と疲労をみているらしい)、俺は近頃ずっと宿題以外のものは教科書もノートも、何も持って帰ってきていない。全て学校に置いたままだ。

彼が扉をあけて先に入り、一度扉を閉められる。俺がドアノブに手をかけて再び開けると、にっこり笑ったテンドウに「お疲れさま。ご飯にする?お風呂にする?それともわ、た、し?」と言われる。

毎度のことなので素っ気なく「飯」と答えて、彼の頭をしばいた。



トントントン、とテンドウがネギを切る音がする。

なんつーか………うん、毎度思うが。

(何だこの新婚感は)

俺は他人があまり好きではない。もちろん自分も嫌いだ。アムカやリスカに手を出してしまうほどには。

誰かを信じるから裏切られて傷つく。深い関係を築いてしまえば裏切られた時に耐えられない。

俺は基本、誰も彼もを敵だと思っているはずだ。………そのはずなのに。

テンドウとの距離は、他と比べるとあまりに近い。近すぎる。

これでは、彼に裏切られた時、彼が死んだ時、俺はどうなる。駄目だ、距離を置かなければ。

「………テンドウ、俺は明日から、」

「間違っても俺から離れるなんて言ってくれるなよ」

くるりと振り返って先に言われた言葉に目を見開く。

テンドウの金色の瞳は、ギラリとした怪しい光を灯してこちらを見つめていた。

「俺の生きがいはお前なんだ。生きてる理由もな。………人間が失って、すぐに死んじまうものが何かわかるか?」

生きがい。生きる理由。生きる価値。生きる希望。

無くせばすぐに息絶える。

「………俺は常日頃お前に言ってきたから、お前自身も体験したことだから、知ってるよな」

テンドウはこちらに近づいてきて、俺をぎゅっと抱きしめた。

「……………俺を殺さないでくれ、吉行」

その腕と声は、震えていた。





俺には、可愛がっているご近所さんがいる。

まだ高校一年生の可愛い男子だ。

彼の過去を俺は知らないが、相当なものだったのだろう。彼は死にかけている。

肉体的にではなく、精神的にだ。

家庭と環境に殺されかけている、可哀想な子。

初めはただそれだけだった。

哀れに思い、彼を食事に誘うようになった。泊まっていけと言うようになった。彼はよく勉強ができるため、学年をいくつか飛ばしたことも教えてやった。世渡りの方法も、俺の知る何もかもを。

いつの間にか、彼は空っぽの俺の生きがいとなっていた。

灰色だった俺の心は、彼の纏う色に染まっていた。

仕事中も料理中も、風呂に入っている時も、いつでも彼のことが頭をよぎる。

ずっと俺が1人で生きてきたからこそだろう。俺の抱えていた大きな不安と寂しさを埋めてくれたから、俺は彼に依存した。

厄介な輩に目をつけられた彼に、さらに同情した。同情したが、引くつもりはなかった。

彼がいいそうなことはわかっていた。

距離が近すぎるから、裏切られて傷つきたくないから、俺から離れたい、と。

(そんなこと許すものか)

離れないでくれ。寂しいんだ。一度誰かの温もりを知ってしまったら、きっと俺はもう前には戻れない。戻った途端に壊れてしまう。誰もおかえりと言ってくれない、冷え切って静まり返ったあの空間で、俺はもう生きていけない。俺のそばにいてくれ。俺の前から消えないでくれ。

「……………俺を殺さないでくれ、吉行」

(俺を1人にしないでくれ)

俺を置いていかないで。



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