ご馳走とは、馳せ、走って、食事の支度をする最高のもてなし
ツアー旗に引っ張られるように、所長は足早に去っていった。
ひょっとして、「迷子の探索機能」と言っていたGPSみたいな機能がツアー旗にあるのかもしれない! 魔法アリの世界だし・・・。
所長の耳打ちを一緒に聞いていたジェードさんが、
「なに、あやつに任せれば、すぐに見つかるじゃろう。
みなさんは、まずは腹ごしらえじゃ。」
と言って、有無を言わせず、歩き出した。
本来であれば、添乗員が先行して、到着連絡や精算をするとさっき習ったばかりだが、モモは食事処の場所は知らない。
これ以上、はぐれる人のないように、後ろからしっかり見守って行くことにした。
館は里のはじに位置していたらしく、少し歩くと集落が見えてきた。
とんがり帽子みたいな建物がいくつか。
イタリアの世界遺産のアルベロベッロみたいなおうち。
これが、賢者さんたちの住まいなのだろうか。
その中にひときわ大きなとんがり帽子があった。
大きいと言っても、他と比較してというだけで、日本の一戸建てよりずいぶん小さい。
入り口に達筆な揮毫による「食事処・梟乃巣」と言う看板がかかっている。
中に入ると、20畳ほどの一間に4人掛けのテーブルが5組あった。
2つのテーブルをつけ、5人分の箸が用意されてあり、端のテーブルには3人分。
恐らく、端の3人が添乗員とジェードさん用なのだろう。
奥からおばあちゃま賢者さんが出てきた。
おじいちゃま賢者さんとの違いは、ひげがないくらいで、ダボっとした服に、長い白髪は同じだ。
優しそうなまなざしを浮かべて、
「ようこそ、梟乃巣においでくださいました。お席はこちらに。」
と、5人分の席へ案内した。
お客様が無言で席に着くと、もう一人、別のおばあちゃま賢者さんがお茶を運んできて、
「お疲れになられたでしょう。
館ではみな、自らの研修成果を話したくて、口数が多くなりますからね。」
と労った。
おばあちゃま賢者さんたちは、お膳を奥から運んできた。
「お口に合えばよろしいのですが。」
と言って、各々の前にお膳をしつらえる。
5名様、全部のお膳がそろったところで、モモとジェードさんも席に案内された。
「添乗員さんはお二人と聞いていましたが・・・お客様もお一人いらしていませんね。
お加減でも悪いのでしょうか。」
と小声でジェードさんに話しかける。
「うむ、迷い子じゃな。鉄が探しておる。」
「分かりました。では、いらっしゃらなければ、折りにできるようにしておきましょう。」
本来なら、添乗員があれこれ手配をしなくてはならないのだろうが、見習いのモモには何もできない。
お店の賢者さんの好意とジェードさんの配慮で状況が進んでいく。
すると、壁をすり抜けて声風船がやってきた。
所長の声で、
「ツアーバッチのみ発見。引き続き捜索中。」
と告げて、テーブルの上に落ちた。
空気の代わりに入っていた言葉が出て、中身が空になったからだろう。
「ふむ、厄介な。」
とジェードさん。
モモも思い出していた。確か迷子検索機能はツアーバッチに備わっていたはず。
もしそれが取れてしまっているのなら、探し出すのは困難になるのではないか。
ジェードさんはそでから梟を出した。
(え?! 梟?! 本物?!)
とモモが驚いている間に、ジェードさんは梟に
「迷い人を探せ」
と話しかけた。
梟は飛び立ち、声風船と同様、壁をすり抜けて行った。
そうこうするうちに、モモの前にもお客様と同じお膳が用意された。
「田舎ですので、大したものはご用意できませんが。」
とまた謙遜の言葉を言って、賢者さんが下がっていった。
お膳の上には、確かに素朴な料理が並んでいた。
あの目玉が飛び出るツアー代金の割には、ちょっと寂しすぎるのでは、と思えるほど。
焼いた魚、山菜みたいの、汁物・・・日本の田舎料理と言えばそう見える。
「この魚は、あのラリマーが、」
と、魚を箸でほぐしながら、ジェードさんが言って、奥をあごで差した。
ラリマーさんというのが、最初のおばあちゃま賢者のことなのだろう。
「手ずから釣っておる。
ラリマーは里で一番の料理人じゃ。
優れた料理人は、また優れた狩人であり、釣り人である。
畑を耕し、木々の実をもぎ、森で山の菜やきのこを探す名人じゃ。
わしもたまに一緒に釣りに行くが、釣りとは魚との知恵比べじゃな。
命をいただこうというのだから、こちらも生半可な気持ちでは挑めない。
自然の中で一対一の勝負じゃ。
勝って、その命をいただけるとなれば、誠心誠意の感謝を込めて、命をわが身に取り込む。
これが命を食らうということじゃ。」
モモも親元から離れているので、お兄ちゃんと交替で料理はしていた。
スーパーで魚や肉を買うけれど、それが「命だった」とは考えたこともなかった。
「この野菜は大地の恵みじゃ。
どうすれば実が大きくなるか、虫に食われずに済むか、これもまた自然との知恵比べじゃな。
人は生きていく間、気付かないでおっても、ずっと知恵を働かせておるものじゃ。
ただ、気付くと、気付かぬは大きな差じゃな。
すなわち知らぬということを知っているのもまた知恵ということ。」
ジェードさんの話を聞いていると、いつの間にか禅問答みたいになっている。
いや、問われてはおらず、一方的な講義なんだけど。
哲学だ。
モモは、おずおずと自分の行動指針を述べてみた。
「あの、私、旅行のこともまだ分からないことだらけなんです。
でも自分の知らないことは、取り繕わないで、知らないと言って教えてもらうのがいいかなと思っています。
分からないことをそのままにしておかずに、聞いた方がいいですよね。」
偉そうに言って、モモはちょっと気恥ずかしくなった。
賢者さんに向かって、自分の意見を言うなんて!
でも、ジェードさんは微笑んで、肯定した。
「まさにその通りじゃ。『無知の知』じゃな。
おっと、年寄の口が過ぎたの。
ささ、食べなされ。
若人は、まだこれから一仕事あるからの。」
ジェードさんに促されて、モモも箸を取った。
(そうだった、これからまだツアーの後半戦も控えている。
早く食べ終えて、外の様子も見てこよう。)
とモモは急いで食べ始める。
華やかさはないけれど、しみじみと気持ちがあたたかくなる食事だ。
「年を取って、豪華なものより、こういうものが旨いと思うようになったな。」
と福多さんのご主人が言うと、奥さんも
「そうですね。しかもこの器の美しいこと。
食事を一層素晴らしいものにしてくれますね。」
と相槌を打っている。
友永さんたちも口数は少ないものの、福多さんご夫妻の話に耳を傾けながら、箸を進めている。
薬膳のように、それぞれに謂れがあるようだ。
ラリマーさんの説明が途切れ途切れに聞こえてくる。
そんな食事がエネルギーになっていくようで、お客様も少しは落ち着かれたように見える。
モモの食事が終わるころ、ジェードさんの梟が戻ってきた。
梟の鳴き声に耳を寄せたジェードさんは、モモに言った。
「見つかったようじゃ。
これに先導させるゆえ、そなたは鉄のところへ行かれたい。
わしが、客人を香林へ連れて参ろう。」
モモは、
「ごちそうさまでした。」
とラリマーさんに声をかけると、急いで店を飛び出した。
精算やらなにやらはできていないが、モモはクーポンも、お金も預かっていないし、あとで所長がうまくやってくれるだろう。
店の前の立ち木に、ジェードさんの梟がとまっていた。
モモの姿を見ると、先だって飛んでいく。
錬金術博物館と反対の方へ。
集落を抜けると、芳しい香りがただよってきた。
里の中でも、この香りがしていたような気がするが、近づいていくと、もっとはっきりと香った。
香林とジェードさんが呼んでいた林なのだろう。
行程表にあった「エルダーフラワーの林の哲学の道」とはここのことかもしれない。
かすみそうのような、小さな白い花をつけた木々の林へ、梟はモモを導いていく。
林の中は散歩道のように遊歩道があり、ところどころにベンチが置いてあった。
途中、遊歩道を折れて、林の中に入ると、所長の姿が見えた。
「所長!」
と声をかけると、役目を終えたとばかりに梟の姿が書き消えた。
きっと、ジェードさんのところに戻ったのだろう。
「ああ、モモちゃん、よく来てくれた。」
と、所長は言うと、今度は木の上に向かって、声をかけた。
「郷田さん、もう大丈夫ですよ。時谷が来ましたから、一緒に降りましょうね。」
モモが木を見上げると、そこには郷田さんがいた。