今日のガイディングは賢者さんです!
「賢者の里に到着いたしました。お足元に気をつけて、お降りください。」
と所長が、手で出口を指し示した。
一番手前に乗っていたので、モモが最初に降りないとならない。
(お、屋上庭園?!)
とビビりながら、モモが足を進めると、靴の下は明らかに土の感触がした。
一人のおじいさんがエレベ―タ―の外に立っていた。
いや、おじいさんなんだけど・・・なんか変な恰好だ。
何というか・・・仙人みたい?
ダボっとしたワンピースみたいな服に、大きな杖、白くて長い髪の毛とひげ!
ハリーポッターに出てくるダンブルドア校長をもっと、ヒッピー風にした感じ。
お客様はぞろぞろと出てくると、「開」ボタンを最後まで押していた所長が降りてきて、おじいさんに歩み寄った。
「どうも、お疲れ様です。ジェード師がガイドするの、久しぶりですね。」
知り合いなのか、親し気に所長が話しかけると、おじいさんも
「おお、よう来たな、鉄よ。」
と返事をした。そういえば、所長の名前は鉄冶だっけ。
おじいさんはお客様の方に向きなおると、
「みなさん、今日は我らが『賢者の里』にようこそおいでなされた。
今日のあない役は、このおいぼれのジェードが務めさせていただく。
『賢者の里』などと名乗るのは、おこがましい限りじゃが、その『ねえみんぐ』の方が、『シューキャクリョク』がよいと、このドワーフが申すものでな。
短い時間ではあるが、今日はゆるりと我らの里で過ごされるがよい。」
と言った。
挨拶を受けて、老夫婦、福多さんが拍手を始めると、つられたように友永さんたちも手をたたく。
モモも一応周りに合わせて手をたたきながら、愛想笑いをしつつ、心中、疑問の渦に巻き込まれていた。
(えーっと、これってコスプレツアー? なんかファンタジーのイメプレみたいな感じ?
今時、普通にこんな話し方する人いないでしょう?!
しまった、オタクのお兄ちゃんにファンタジーのこと教えておいてもらえばよかった。)
とモモが考えていると、
「では、まずは館へ参ろう。」
とジェードさんが、杖をつきながら足を進めた。
ジェードさんがお客様を引率する形になったので、所長はモモに、
「先まわりして、精算しちまおう。」
と小声で言った。
会釈をしながら、小走りにジェードさんとお客様を追い抜いていく。
森の小道といった様子の道の先は、木立が切れて、明るくなっている。
(屋上庭園・・・・・・? あそこがビルの終わり?)
「あの、ここ? 屋上ですか?」
とモモは歩みを進める所長に聞くと、所長は
「え? 屋上? もう賢者の里だよ。」
と答える。
「あの、でも、エレベーターで・・・」
とモモが言い換えると、
「ああ、あれは、まあエレベーターの形を取ってるけど、一応五次元輸送機だから。」
と所長。
モモがビルの終わりだと思ったところに、建物が建っていた。
ジェードさん呼ぶところの「館」、行程表によれば、「錬金術博物館」のはずである。
「今、受付しちゃうから、またあとでな。」
と所長は、書類を取り出しながら建物に入っていった。
入り口を入ると、広いホールの脇に衛兵控室のような小部屋があった。
所長はそこで、
「どうも、異世界旅行社です。毎度お世話になります。」
と声をかけた。
中から、別のおじいちゃまが登場。
やっぱり、ジェードさんのような出で立ちをしている。
「すんません、Go-Showで1名増です。
ここ、書き直しておくんで、精算よろしくお願いします。」
モモが覗き込むと、元々のプリントアウトは「4+1」だったところが、「1」に斜線が引かれ「2」になっていた。
所長は、「4」に斜線をひいて、「5」と書き入れる。
つまり、今は「5+2」だ。
4名様が5名様になったのだから、「たす2」が所長とモモの分だろうか。
クーポンを渡すと、代わりにパンフレットが渡された。
受付が無事終わったようで、所長は入り口を出て、外でお客様を待つ。
どうやら引率役であるジェードさんの足が遅いようで、ゆっくり近づいている。
でも、常連の福多さんご夫妻がジェードさんをはさむような感じで、談笑しているので、雰囲気はよさそうだ。
「所長、それで・・・」
モモが話題を戻そうとすると、所長が
「ああ、五次元輸送機?」
と言った。
「はい、どうして、あのエレベーターに乗って、こんなところ、こんな森に来ちゃうんですか?!」
モモが小声ながら、口調を強めると、所長は
「うーん、ドラ〇もんの四次元ポケット知ってるか?」
とモモに聞いた。
「・・・はい・・・?」
当たり前だ、ドラ〇もんを知らない日本人などいない。
「あれは、縦横高さに時空が加わった四次元だそうだけど、ウチのエレベーターは五次元目、時間軸が加わってるから、あのタヌキのタイムマシンみたいに過去とか未来だけじゃなくて、パラレルワールドとか、並行って訳でもない世界にも行けるんだな。
ってオレも、詳しいことは分からん。
泉ちゃんのが仕組みを分かってるから、詳しく聞きたきゃ、泉ちゃんに聞いてくれ。
でもさ、車のエンジンの仕組みを知らんでも、運転できるだろ?
飛行機が飛ぶ原理を知らない添乗員なんて普通だろ?
だから大丈夫だ、そんな不安そうな顔をするな。」
モモは、所長の話を聞きながら、不可思議な顔から、びっくり顔、不安顔と、百面相していた。
(そりゃ、私も免許持ってるけど、車の仕組みは分かんないよー。
ていうかドラ〇もんはタヌキじゃないし!
それより、そんなパラレルワールドとかって、お話の中の異世界じゃ、あっ!)
「所長、異世界旅行社の異世界って異世界だったんですか?!」
モモに変なことを言ってる自覚はない。
「お、おう、異世界だ。お、そろそろ来たな。続きはまたあとで。」
異世界ってことは、ジェードさんはいわゆる異世界人?
確かに言われてみれば、どっからどう見ても魔法使いだ!
雑居ビルのエレベーターが森に続いているとか、現実世界ではありえない!
モモの気分はまだすっきりしないが、ジェードさんたちがようやく到着したので、話が打ち切りになった。
ジェードさんを先頭に、お客様、しんがりに所長とモモという順で、館に入っていた。
所長がモモに「これ配って」とさきほど受付でもらったパンフレットを渡した。
お客様に手渡ししていくと、1つ余ったので、モモも見てみる。
そこには、「叡智の集結 錬金術博物館」とあって、賢者さんたちの集合写真もあった。
ここまで仙人風の人が集まっていると、壮観だ。
ジェードさんは、みなの手元にパンフレットが生き渡ったのを確認してから、おもむろに口を開いた。
「ここは、『錬金術博物館』と言う。
いや、そう名乗れとこやつに(と、所長を指した)言われただけで、わしらは単に館と呼んでおる。
里の者は、普段から今なおここで研究もしておるし、今までの成果も一部展示してある。
不老不死の薬と呼ばれる『賢者の石』も、最後の部屋に展示してある。
まあ、歩み進めて参ろう。」
ジェードさんはそういうと、廊下の手前はしにあった、1つの小部屋に入っていった。
お客様もぞろぞろ続く。
そこには、また別のおじいちゃん、いや一人の賢者さんがいた。ジェードさんよりほんの少し若そうだ。
理科室での実験のように、フラスコやら、ビーカーやらがある。
「ここでは、朝露から、若返りの薬を作ろうとしている。
なあ、べリルよ、お前さんの今の『すぽんさあ』は何と言ったかな。」
ジェードさんが、声をかけると、
「『すぽんさあ』は、『こすめてぃっく』の会社です。
夜とは「死」、しかし朝になれば、世界は再生する。その力の結晶が朝露なのです。」
と言って、キラキラしていてきれいなフラスコの中身を見せてくれた。
他にも、電気を使った実験をしている賢者さん、プラネタリウムのように、蛍光塗料のようなものを使って、部屋中に星座を書き込んでいる賢者さん、壁全面が黒板の部屋で、水晶玉を覗き込んでいる賢者さん、数式を書きなぐっている賢者さん、ネズミに芸を教えている賢者さんなど、色々な小部屋を通った。
どこの部屋でも、部屋の主の賢者さんが仕事の手を止めて、愛想よく自分の研究について話をしてくれた。
そう、みな研究者のようだった。
少し賢い気分になって、モモたちは最後の部屋の前についた。
「ここはわしの作った石が色々おいてある。錬金の触媒にするものが多いな。
賢者の石は、一番奥じゃ。
まあ、大したもんでもなし、しばし見て、館前におのおの集合することにしよう。
手水を使われたい方は、初めに見たべリルの部屋の反対側じゃ。
のう、鉄、二十分後くらいでよいか。」
「そうですね、お手洗いが混むかもしれませんしね。」
所長の一言で、解散して、自由見学後、二十分後に再集合ということになった。
モモがお客様の後ろから部屋の中を覗き込むと、壁の棚にところ狭しと石が並んでいて、ここだけでも「鉱石博物館」とでも名付けた方がよさそうな勢いだ。
(わー、あれなんてキラキラして、サファイヤじゃないの?!)
とモモがもっとよく見ようとしたら、所長に
「添乗員は常に先回り!」
と言われてしまった。
残念だが、業務優先だ。
「トイレだって、行きたいときに行けるとは限らないし、お客様が行く前の、混まないうちに行っておけよ、何たって今日は女性ばっかりなんだから。」
とモモは言われた。
なるほどと、先にトイレを済ませて、館の前に出た。
ジェードさんと所長はもう集合場所で待機して、雑談をしている。
私の顔を見ると、所長が
「モモちゃん、中食と茶庵にGo-Showの連絡忘れてたから、これ送ってくれ。」
と、ポケットから風船を取り出して、モモに手渡した。
えー・・・っと・・・、風船を送る??
「うん。まず、息を吸ってー」
素直に深く息を吸い込むモモ。
「この声風船に口をつけて、連絡事項を吹き込むんだ、『Go-Showあり、一名増員、ヨロタム』って。」
空気入れながら、しゃべれないでしょう?!とモモは思ったものの、とりあえず言われた通りやってみる。
「Go-Showあり、一名増員、ヨロタム」
あ、言えた!
というか、口にくわえたまま話したら、その分風船が膨らんだ。
「うん、これはさ、空気を吹き込むんじゃなくて、言葉を入れると膨らむんだよ。
これは容量が小さいからそんなにたくさんしゃべれないけど。
そしたら、行先を言いながら結ぶ。言葉がもれないように気をつけて。
行先は食事処、『梟乃巣』な。午後の茶処の運営も一緒だから一か所でいい。」
所長に言われた通り、モモは
「梟乃巣」
と声に出しながら、風船の口を結んだ。
「手を放して。」
と所長の合図で、手を放すと、風船はガスが入っているかのように浮き上がり、意志を持つように飛んでいった。
きっとあっちに梟乃巣があるんだろう。
魔法みたいなアイテムの登場に、モモは自分が異世界にいるのだと改めて認識した。
「ヨロタムって呪文か何かですか。あと、ゴーショーも?」
モモが聞くと、所長は、
「ヨロしくタのム、の略だよ。業界用語ってヤツだな。
手配変更が『テハヘコ』、とか取り消し確認頼むが『トケカニタム』、申し込み書送付が『モコ書ソフ』とか。
Go-Showは予約してないお客さんが来ちまったってことだな。
反対に、予約してるのに来ないのがNo-Showな。」
「ま、魔法業界の用語ですね? 英語みたいだけど。」
「魔法業界って何だよ。旅行業界だろ、オレたち旅行会社だし。」
所長は笑いながら言った。
「まあ、モモちゃんもゆくゆく覚えるよ。
それに、添乗に出るようになったら、声風船は必須アイテムだからな。
サイズはいくつかそろえて持ってってな。
経費削減で、ちょっとでいいときは小さいの、たくさん話すときは大きいのって、使い分けてくれ。」
所長が「経費削減」なんて中小企業の経営者のようなことを言うと、
「相変わらずしわいのお。」
とジェードさん。
「わしらからあれだけ『けえびい』をもぎとっておるくせに。」
「いやいやそれを言ったら、錬博の入場料だって、食事と茶だって、ジェード師のがよっぽどガメついぜ。」
「それは、里の研究費が底をつきかけたときに、『シューキャク』して、金を得るのも錬金だとお主が言ったからではないか。
まあ、今はお主のおかげで他にも『すぽんさあ』がついて、あない業は趣味となったがな。」
言っていることは結構キツいのだけど、二人とも笑顔だし、「いつものなれ合い」という感じがして、モモも思わず笑みがこぼれた。
待っていると、初めに福多さんご夫妻がやってきた。
続いて、友永さんとお連れ様のお一人が、慌ただしく出てきて、
「すいません、友人が、郷田さんが!!」
と大きな声で言った。
「私たちが最後のお部屋を出ようとしたとき、祥子さんが『賢者の石』を盗って、奥の出口から出て行ってしまったんです!
ここには来ていないですよね?」
慌てて出てきたからだろう、息を切らしながら、説明をしてくれた。
「はい、まだお見えになられていませんが・・・」
と所長は答えながら、すぐにツアー旗を取り出した。そして、モモに
「オレが探しに行ってくるから、モモちゃんはジェードさんと一緒に、行程を進めておいてくれ。」
と耳打ちした。
◆旅行業界用語まとめ
<省略語> 旅行端末のメッセージ欄に限りがあったため、短く伝えるための工夫として始まった。
ヨロ よろしく
タム たのむ
トケ とりけし
カニ かくにん
ヘコ へんこう
テハ てはい
モコ もうしこみ
ソフ そうふ