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ドワーフ所長のリクルーティング

初めての作品です。

お読みくださり、ありがとうございます。

「ここ・・・だよね・・・?」

モモは、手帳にはさんであった名刺を取り出して、雑居ビルの名前を確認した。

名刺には「異世界旅行社 所長 土和富 鉄冶」とある。


裏道なので、だれかに聞こうにも人通りがない。

一瞬ためらったのち、モモはおんぼろビルの入り口のドアを開けた。

小さなエレベーターホールを挟んで、エレベーターがすぐにあった。

4,5人も乗ればいっぱいになりそうなエレベーターに乗り込み、7階のボタンを押す。


さぞかしガタガタ音を立てるのだろうと思っていたエレベーターだが、音もなく、スムーズに7階に着いた。

古そうだけど、意外とメンテナンスが行き届いているのかもしれない。


エレベーターが開くと、すぐ前に「異世界旅行社」と書かれたオフィスの扉があった。

紺色のリクルートスーツのえりを確認して、スカートのしわを撫でて気持ちばかり直す。

こういうときはノックするんだっけ・・・とモモは、必死に「面接マニュアル」を思い出しながら、モモはおずおずとドアをたたいた。



*****



思い返せば、連戦連敗の就職戦線。

待ち時間のたびに、お守りのように読み込んだ面接マニュアルは、今も念のため、リクルートバッグの中に入っている。


「誠に残念ながら・・・」という手紙と一緒に履歴書を送り返してくれる会社は、まだマシな方。

大手は「合格者には〇日までに連絡をします」という一言で、応募者を待ち地獄へと突き落とす。

連絡があるんじゃないかと、片時も携帯電話を手放せず、おちおちトイレにも行けない日々。


観光学科に在籍しているモモは、宿泊施設やリゾート施設も受けているものの、本命は旅行会社。

しかも、海外のパッケージツアーの企画をしたいと志望している。

「まだ知られていない世界の魅力を、たくさんの人に紹介したいから」と、面接で熱く語った。


観光学科の授業はどれも実践的で面白かった。卒業したら、こんな仕事をしたい、あんな企画をしようと夢いっぱいの将来のはずだった。

でもこの不景気で、景気に大きく左右される旅行業界の募集人数はどこも少なく、優秀な学生が殺到。モモは今のところ、二次面接以上にコマを進められていなかった。


あちこちの制服が夏服に変わった先週、業界最大手であり、モモの第一志望の試験があった。

もう他社は内定を出し終えていて、モモにとって最後のチャンスだったが、足切りだという筆記試験に全く手応えを感じないまま、試験が終わった。


意気消沈して面接会場を出ると、いかにもドカチンの親方と言った風情の、ひげのおじさんが、モモに話しかけてきた。

小柄なのにガタイがよくて、くたびれたスーツに、ネクタイもゆるんでいる。


「旅行の仕事に興味があるんだよね? 今、ウチも募集中で・・・」


新手の詐欺かと思い、モモは身構えた。


「いやいや、怪しいものじゃないんだよ。うちでも、新入社員を募集していてね。

ここで待っていたら、旅行の仕事をしたいと思っている学生さんたちに会えるかなと思って・・・」

と、おじさんは名刺を取り出した。


「怪しいものですが」って自分で言う怪しい人はいなんいんだけど!と、モモは心の中で突っ込みを入れる。


その名刺に書かれていたのが、「異世界旅行社」の名前だったのだ。

知らない会社だけど、「世界」ということは海外旅行を取り扱っているんだろう。

旅行会社の募集と聞いて、心が動いた。モモはおずおずと名刺を受け取った。


「いや、何十人か出てきたけど、今年はどれもいまいちで、今日はもう帰ろうかと思ってたところに、こんな当たりがあるとは。君、すごく魔旅力があるね!」


「マリョリョク?」

モモは何を言われたか分からず、聞き返した。


「あ、その、魅力だよ、魅力!」

おじさんは言い直した。


(魅力?! なんだ、このセクハラおやじ。)

モモの顔色が変わったのを見て、おじさんがまた言い直した。


「み、魅力的なツアーを作りそうなオーラがある、そうオーラ!!」


「・・・オーラですか・・・!?」

怪しいおじさんだけど、旅行会社の就職がどうのとか言われたので、モモもきびすを返すことができない。


「うちの会社は小さいけれど、だからこそ、一人で何役もこなさないとならない。

企画も、添乗も、事務仕事も。それで、仕事の出来る新人を探しているんだよ。

よかったら、夏休みの間だけでもうちでアルバイトをしてみないか。

それで、お互いいいなと思ったら、正式採用もありで。」


旅行会社の仕事は給料の割に、労働時間も長くて、離職率も多い。


(アルバイトをしてみて、会社の実態が事前に分かるのはいいかも!

それに、企画もやらせてくれるなんて! ヨーロッパ方面に強いといいなあ。)

モモの打算が働き、翌々週、夏休みに入ったら、オフィスに行くという約束になった。


******


ノックの音に応えたのは、女性の声だった。

「どうぞ!」


ドアを開けると、正面の窓に背中を向けたデスクから、女性が立ち上がるのが見えた。

モモよりは年上だろうけど、何とも年齢不詳の美人!

白は七難隠すと言うけれど、透き通るような肌の色は白人のようだ。


「ああ、時谷モモさんね。

今日から、よろしく。私はインバウンドの部長をしている森 泉です。」


「よろしくお願いします。時谷です。

あの、インバウンドというのは、何ですか?」


「Boundというのは、行先のこと。

中に来るのがインバウンドで、国内にお客様をお迎えする旅行のこと。

反対に外に行くならアウトバウンド。つまり、国外旅行ということね。

アウトバウンドの部長が急に結婚退職することになって、今は所長が一時的に兼任してるんだけど、なんせ人手不足なの。時谷さんが来てくれるなら、助かるわ。」


(つまり、私が手伝うのは、アウトバウンドってことなのかな。)


「明日はちょうどサブ添をしてもらえるツアーがあるから、実地研修をするって所長が言ってたけど、今日は所長、1日外出なの。」


またモモの知らない言葉が登場した。

常識を知らないのだとしたら、本当に恥ずかしいことだが、知っているふりをしてあとでミスをする方がもっと恥ずかしいと、学生時代のバイトを通して経験しているモモは、恐れずに確認した。


「すみません、さぶてんって何ですか?」


「サブ添は、サブ添乗員のこと。旅行の添乗をするのは、旅程管理主任者という資格が必要なの。

時谷さんもうちで仕事をしてもらうのなら、添乗も業務範囲になるから、この資格を取ってもらう必要があるわね。

でも、団体ツアーなら一人この資格を持った添乗員が主任としていれば、残りのサブ添乗員は無資格でもいいの。

ほら、学校の修学旅行とかで、1組の添乗員さんだけがおじさんで、あとは若い男の子だったりしなかった?」


と森さんはいたずらっぽく言った。


「そうでした! 高校の修学旅行は、私のクラスだけがおじさん添乗員で、他のクラスは若い人でうらやましかったです。」

とモモ。


「でしょう。

もちそん、その若い人たちも資格を持っていたかもしれないけど、持っていなくてもサブ添乗員としてならツアーに出られるのね。

学校関係の添乗は、アルバイトで来る学生さんとかでもできるから。」


モモは観光学科だったので、周りは結構旅行業務取扱管理者の受験勉強をしていた。

実はモモも去年の秋に旅行業務取扱管理者の試験を受けたのだが、落ちてしまっていた。

友達につられて受験しただけで、あまり勉強をしなかったからだ。


「あの、私、旅行業務取扱管理者の試験は今年も受けようと思っているんですけど。」

とモモが言うと、


「ああ、アレは支店に一人いればいいのよ。所長も私も持ってるから、急いで取る必要はないわよ。

確かに、旅行業界を受けるなら多少有利になるかもしれないけど。

旅程管理主任者は講習に行くだけで取れるから、心配しないでね。」


森さんはそういうと、雑談は終了とばかりに、部長デスクにくっついて島を作っている2つのデスクの1つを示した。

葉書が小さな山を作っている。


「今日はとりあえず、アンケートの整理を手伝ってくれる? 

あなたの席はこっちね。

アンケート葉書をツアータイトルごとに分けて、内容をデータ入力してほしいの。」


「分かりました!」


どんな仕事をするのだろうと緊張して出勤してきたけれど、とりあえず経験の少ないモモでも、十分にこなせそうな仕事だ。


(まずは「虹の花の種のお土産つき~チューリップ爛漫フェアリーの都5日間」。

わあ、面白そうなツアーだなあ。チューリップ大好き。

フェアリーって聞いたことない町だけど、オランダ、だよね? チューリップだし。

虹の花の種ってなんだろう?

咲くと虹色になるとか?! まさかね。


じゃ、次の葉書は、「珠玉の工芸と火酒を楽しむドワーフ訪問3日間」

おお、工芸品とお酒なんて、好きな人にはたまらないよね。

でも、ド「ア」ーフってどこだろう。3日間で行けるってことはアジアだよね。

カンボジアとかあの辺かな。

一応旅行業志望だし、世界地理はそれなりに勉強したつもりだったけど、まだまだだったなあ、私。


それで、次は「絶景の滝を堪能! 美しき翡翠龍の里5日間」

わ~、これは絶対中国でしょう。その滝の名前がエメラルドドラゴンって訳ね。

行ってみたいなあ、私って結構滝マニアなんだよね。


それから、「嫁入り修行日帰りツアーシリーズ③ ブラウニーに学ぶ家事術」

おお、嫁入り修行っていいなあ、私もやってみたい。

ブラウニーさんっていう人が先生なのかな。英語っぽいよね?

シリーズってからには家事以外にも色々学べるのかしら。


「日本歴史堪能シリーズ④ 陰陽師と行く絢爛百鬼夜行」

おお、陰陽師って聞いたことある。

これって多分京都だね、奈良かなあ。

国内旅行もやってるんだ、小さい会社なのに、たくさん種類があるんだね。)


アンケートはがきの整理が終わると、タイミングを見計らったかのように、森さんがハーブティーを持ってきてくれた。


「お疲れ様、ちょっと休憩して。 

若い人はコーヒーのがいいのかもしれないけど、血流をさまたげるから、本当はあったかいお茶がいいのよ。」


「ありがとうございます。ハーブティーも好きです。」


実際、とても香りのよいお茶だった。香りだけで疲れが溶けだしていくような。


「ねえ、モモちゃんって呼んでもいい?

私、ミヒャエル・エンデの『時間泥棒』の話が大好きなの。時の谷のモモなんて、ぴったりね!」


(子どものころから、モモという名前が変だとよくからかわれたけど、元ネタが分かったなんて、すごい!)とモモは思った。


モモの両親が、ミヒャエル・エンデファンで、「時間泥棒」のモモから名付けたそうだ。

「『ジム・ボタン』のボタンじゃなくてよかったよな、お前」と兄にはよくからかわれている。


ちなみに兄はその「ジム」になりそうで、「百パーセント日本人顔に、そりゃ何だろう」という祖父の一言から、エンデ→おしまい→修める→おさむ、に落ち着いた。


すでに人生を「修めて」しまったのか、大学を中退したあとは、バイトもせずに引きこもっているオタクだ。

実家を離れての兄妹二人暮らしだが、モモがお兄ちゃんのところに転がりこんだのを境に、これ幸いとヒキニートになってしまった。


ちなみに実家の飼い犬の白いピレネー犬はファルコンだ。多分、この名前がつけたくて、ピレネー犬を飼ったとモモは確信している。


しばらく雑談をして、また簡単な雑務をして、初日のゆるい勤務は終了だった。


「明日はサブ添、がんばってね!」


と森さんに励まされて、モモは帰途についた。

いよいよ明日は、モモの初めての添乗です。


◆旅行業界用語まとめ


<インバウンド~Inbound>

国外/異世界のお客様がいらっしゃること。


<アウトバウンド~Outbound>

国外/異世界にお客様をお連れすること。


<サブ添~さぶてん>

サブ添乗員。主任添乗員に同行する添乗員。無資格でよい。


<旅程管理主任者資格>

添乗をするのに必要な資格。1団体に一人いればよい。

以前は、パッケージツアーにだけ必須で、学校関連、社員旅行等には資格は不要だった。


<旅行業務取扱管理者>

旅行に関する業務を扱う支店に必要な資格。支店に1名以上いればよい。


<ツアータイトル>

募集パッケージツアーの名称。

例:虹の花の種のお土産つき~チューリップ爛漫フェアリーの都5日間、玉の工芸と火酒を楽しむドワーフ訪問3日間 等

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