鬼の音
キーボードをたたく音がする。かりかり、こりこりと木にくるみをなすりつけて遊ぶみたいな音だ。叩く手はときどきひたと考え込むようにとまり、間を置いたあとに我にかえる。
息をのみこんだわたしの気配には、きっと気づかないだろう。何を思っているか、それくらいは君の目があればすぐに分かるだろうに。息を吐いた音にもきっと気づかないだろう。
それはそうだ、わたしはずっと気づかれないことを望んでいるのだから。
なかったことに、してしまいたい気持ち。あったとしても、飲み込む以外にない気持ち。
飲み込んださきに、それがある種のくろぐろとしたなにかを生み、同時に動くための力にもなりうる気持ち。
ひとはそれを、もしかしたら、嫉妬と呼ぶのだと思う。もしくは、羨望。羨み、そして妬み。
くろぐろとしたものどもは、やがてヒトを窒息させてしまう。
その前に、窒息する前に。進むか、なにか、とにかく、言葉を吐いて、水を掻き分けて、自分を見つけなければ、それこそ、ヒトでなしになってしまう。
うるさい音、耳を塞げ。鬼が手をたたくほうへ走って駆け寄り、角に右手をかけて力の限りへし折れ。
見事にぽっきり折れたら、それを勲章にして胸にかざろう。
砂糖漬けのお菓子にして、ばりばり噛み砕き消化してもいい。ご近所さんの台所にぶっすり挿して置いてもいい。