言わんのバカ
未来永劫に渡って、己の血が受け継がれていくという遺伝子と違って、刹那主義とは、その一線を画しているがゆえに、美しい。まるで、打ち上げられた一つの花火のように、その口火は切って落とされた。
ここは、縦9×横9の榧の木の将棋の盤上。
君と僕は、真っ直ぐに交差された升目の一番奥で向かい合っている二十歳と二十歳の王と王だ。
榧の木の下には、梔子の実の形をした四本の脚があり、僕らはこれを、《口無しの木》と呼ぶ。ルール上、横から口を挟む者を戒めた意味だ。
僕の左右には、〔金〕〔銀〕〔桂〕〔香〕が、各二人ずつ並び、その二つ手前の前衛には、九人の〔歩〕が、一列に立ち並んでいる。そして、〔歩〕と僕との間には、大駒の【飛】【角】が、一人ずつ付いていた。同じように、彼女の側にも、彼女を除いた十九人の敵がこちらを睨み付けている。
僕はまず、〔歩〕を前に出していった。
君は、〔歩〕を犠牲にしながら、自らの足場を着実に固めていく。次に僕は、【飛】で敵陣を蹴散らした。だが、無謀だった。あっという間に、【飛】は、君の手中に。
次に、【角】を動かした。一刻も早く、君に会いたかった。その思いだけが、僕を突き動かした。〔金〕や〔銀〕を動かすより先に、僕は前へと突き進んだ。
「こんな僕をどう思う?」
強くてたくましい男だ、と思ってくれるのだろうか。それとも、守るものも持たずに生きる愚かな男だ、と…。
゛そうだ…゛
僕は丸腰だ。王なんて、見かけだけ。もう、こんな生活にうんざりなんだ。だから、君の元へ行くよ。何も持たずに。
君は【飛】で僕の【角】を取り上げた。【角】は【龍】に成ることなく、その短い生涯を終えた。それでも僕は、突き進む。君の元へとひたすら。何一つ持たずに。無謀だと思うんだろうか。仲間の力を生かし切れない僕に愛想を尽かしながら。たしかに僕は無謀だ。君が配置した【桂】ですら、今の僕には脅威だった。だけど、後ろは振り向かない。決して、後戻りはしない。ひたすら前へと突き進むんだ。
僕の仲間たちは、次々に死んでいった。それでも僕は突き進んだ。君は【角】でも【飛】でも僕を殺すことができたはずなのに、不思議とそれをしなかった。僕は、真っ直ぐに君の元へと歩み寄った。そして、後一歩というところで、君の【金】が僕の前に立ちはだかった。君のさり気ない微笑みが、【金】を通してでも分かる。
「ふっ、こんなもの!」
僕は、目の前の【金】を取り上げた。と同時に、君の前へと踊り出た。僕たちは、時を忘れ、しばらく見つめ合っていた。最初に口を開いたのは、君の方だった。
「よくここまで来たわね」
「どうしても、君に会いたかったんだ」
君は、そんな僕の思いに、無表情のままこう続けた。
「いったん勝負が始まれば、どちらかが死ななければならない。それは、分かっているわよね?」
僕は黙って頷いた。
「どういうつもりか分からないけれど、私を奪いたかったら、周りから攻めた方が良かったわね。身動きをできなくしてから確実に。私はあなたの首を取るわ。そのことに関して、なんとも思わないの。ただの戦利品としか」「君に殺されるのなら本望だ」
その瞬間、君は黙って僕の体を抱き締めた。