ガラスの塔
今は冬。国じゅうが真っ白い雪におおわれる、そんな季節のある日、王様は言いました。
「余はイチゴが食べたいぞ」
でも、イチゴは春の果物です。冬にイチゴはなりません。
困った家来は言いました。
「王様。イチゴは国じゅうどこを探してもございません。代わりにリンゴはいかがでしょう?」
すると王様は言います。
「無いなら作ればよいではないか」
家来は、イチゴが春にしかならないものだと、王様に教えました。
「だったら、今すぐ春にすればよいではないか」
家来は、今の季節が冬であることを、王様に教えました。
「だったら、今すぐ冬を終わらせればよいではないか」
家来は、季節が決められた時期にやって来て、順番にめぐるものだと王様に教えました。
「だが、余はイチゴが食べたいのだ。今すぐ春を呼んでイチゴを持ってまいれ。さもないと、お前の首を刎ねてしまうぞ」
ほとほと困り果てた家来は、お城を出て春の女王様が住まう東の塔へ向かいました。そうして家来は、春の女王様に王様の願いを伝え、今すぐ国じゅうを春にするようお願いしました。すると、春の女王様はあきれて言いました。
「まあ、なんてわがままな王様なのかしら」
家来はぺこぺこ謝りました。
「でも、あなたの首が刎ねられてしまうのはかわいそうだわ。王様の願いを叶えてあげましょう」
家来は何度もお礼を言って、春の女王様を、お城の真ん中にある季節の塔へ連れて行きました。長い長い階段を上って、二人が塔のてっぺんへやって来ると、そこには冬の女王様がいて、国じゅうの川や池を凍らせたり、雪を降らせたり、冷たい北風を吹かせたりしています。家来は冬の女王様に、王様の願いを伝えました。
「まあ、なんてわがままな王様なのかしら」
冬の女王様はあきれて言いました。家来はぺこぺこ謝りました。
「でも、あなたの首が刎ねられてしまうのはかわいそうだわ。王様の願いを叶えてあげましょう」
そう言って冬の女王様は、冬を終わらせ北にある自分の塔へ帰って行きました。そして季節の塔では代わりに春の女王様が、せっせと働いて国じゅうを春にしました。
家来は急いで塔を降りるとイチゴの畑へ向かい、春の陽気で真っ赤に熟れたイチゴを、カゴいっぱいに摘みました。そうしてお城へ戻り、言いました。
「王様。ご命令通り冬を終わらせ春を呼び、イチゴを持ってまいりました」
「でかしたぞ!」
王様は大喜びで言うと、家来が持ってきたイチゴをぱくぱく食べて、あっと言う間にカゴを空っぽにしてしまいました。そうして、王様は言いました。
「次はサクランボが食べたい」
でも、サクランボは夏の果物です。春にサクランボはなりません。
困った家来は言いました。
「王様。サクランボは国中どこを探してもございません。代わりにイチゴをもうひとカゴいかがでしょう?」
すると王様は言います。
「無いなら作ればよいではないか」
家来は、サクランボは夏にしかならないものだと、王様に教えました。
「だったら、今すぐ夏にすればよいではないか」
家来は、今の季節が春であることを、王様に教えました。
「だったら、今すぐ春を終わらせればよいではないか」
家来は、季節が決められた時期にやって来て、順番にめぐるものだと、もう一度、王様に教えました。
「だが、余はサクランボが食べたいのだ。今すぐ夏を呼んでサクランボを持ってまいれ。さもないと、お前の首を刎ねてしまうぞ」
ほとほと困り果てた家来は、お城を出て夏の女王様が住まう南の塔へ向かいました。そうして家来は、夏の女王様に王様の願いを伝え、今すぐ国じゅうを夏にするようお願いしました。すると、夏の女王様はあきれて言いました。
「まあ、なんてわがままな王様なのかしら」
家来はぺこぺこ謝りました。
「でも、あなたの首が刎ねられてしまうのはかわいそうだわ。王様の願いを叶えてあげましょう」
家来は何度もお礼を言って、夏の女王様を、お城の真ん中にある季節の塔へ連れて行きました。長い長い階段を上って、二人が塔のてっぺんへやって来ると、もちろんそこには春の女王様がいて、国じゅうに花を咲かせたり、たくさんの生き物に恋する気持ちを与えたり、暖かい東風を吹かせたりしています。家来は春の女王様に、王様の願いを伝えました。
「まあ、なんてわがままな王様なのかしら」
春の女王様はあきれて言いました。家来はぺこぺこ謝りました。
「でも、あなたの首が刎ねられてしまうのはかわいそうだわ。王様の願いを叶えてあげましょう」
そう言って春の女王様は、春を終わらせ東にある自分の塔へ帰って行きました。そして季節の塔では代わりに夏の女王様が、せっせと働いて国じゅうを夏にしました。
家来は急いで塔を降りるとサクランボの木の下へ向かい、夏の日差しを吸って真っ赤に熟れたサクランボを、カゴいっぱいに摘みました。そうしてお城へ戻り、言いました。
「王様。ご命令通り春を終わらせ夏を呼び、サクランボを持ってまいりました」
「でかしたぞ!」
王様は大喜びで言うと、家来が持ってきたサクランボをぱくぱく食べて、あっと言う間にカゴを空っぽにしてしまいました。そうして、王様は言いました。
「次はザクロが食べたい」
でも、ザクロは秋の果物です。夏にザクロはなりません。
困った家来は言いました。
「王様。ザクロは国中どこを探してもございません。代わりにサクランボをもうひとカゴいかがでしょう?」
すると王様は言います。
「無いなら作ればよいではないか」
家来は、ザクロは秋にしかならないものだと、王様に教えました。
「だったら、今すぐ秋にすればよいではないか」
家来は、今の季節が夏であることを、王様に教えました。
「だったら、今すぐ夏を終わらせればよいではないか」
家来は、季節が決められた時期にやって来て、順番にめぐるものだと、もう一度、王様に教えました。
「だが、余はザクロが食べたいのだ。今すぐ秋を呼んでザクロを持ってまいれ。さもないと、お前の首を刎ねてしまうぞ」
ほとほと困り果てた家来は、お城を出て秋の女王様が住まう西の塔へ向かいました。そうして家来は、秋の女王様に王様の願いを伝え、今すぐ国じゅうを秋にするようお願いしました。すると、秋の女王様はあきれて言いました。
「まあ、なんてわがままな王様なのかしら」
家来はぺこぺこ謝りました。
「でも、あなたの首が刎ねられてしまうのはかわいそうだわ。王様の願いを叶えてあげましょう」
家来は何度もお礼を言って、秋の女王様を、お城の真ん中にある季節の塔へ連れて行きました。長い長い階段を上って、二人が塔のてっぺんへやって来ると、もちろんそこには夏の女王様がいて、国じゅうの草木を青々と輝かせたり、夕立を降らせて地面を潤したり、熱い南風を吹かせたりしています。家来は夏の女王様に、王様の願いを伝えました。
「まあ、なんてわがままな王様なのかしら」
夏の女王様はあきれて言いました。家来はぺこぺこ謝りました。
「でも、あなたの首が刎ねられてしまうのはかわいそうだわ。王様の願いを叶えてあげましょう」
そう言って夏の女王様は、夏を終わらせ南にある自分の塔へ帰って行きました。そして季節の塔では代わりに秋の女王様が、せっせと働いて国じゅうを秋にしました。
家来は急いで塔を降りるとザクロの木の下へ向かい、秋の夕日を浴びて真っ赤に熟れたザクロを、カゴいっぱいに摘みました。そうしてお城へ戻り、言いました。
「王様。ご命令通り夏を終わらせ秋を呼び、ザクロを持ってまいりました」
「でかしたぞ!」
王様は大喜びで言うと、家来が持ってきたザクロをぱくぱく食べて、あっと言う間にカゴを空っぽにしてしまいました。そうして、王様は言いました。
「次はイチゴが食べたい」
でも、イチゴは春の果物です。秋にイチゴはなりません。
困った家来は言いました。
「王様。イチゴは国じゅうどこを探してもございません。代わりにザクロをもうひとカゴいかがでしょう?」
すると王様は言います。
「無いなら作ればよいではないか」
家来は、イチゴが春にしかならないものだと、もう一度、王様に教えました。
「だったら、今すぐ春にすればよいではないか」
家来は、今の季節が秋であることを、王様に教えました。
「だったら、今すぐ秋を終わらせればよいではないか」
「でも、王様。秋が終われば、その次は冬の番です」
「だったら、冬の順番など飛ばしてしまえばよいではないか」
家来は、季節が決められた時期にやって来て、順番にめぐるものだと、もう一度、とても一所懸命になって王様に教えました。
「だが、余はイチゴが食べたいのだ。今すぐ春を呼んでイチゴを持ってまいれ。さもないと、お前の首を刎ねてしまうぞ」
ほとほと困り果てた家来は、お城を出て北と東と南の塔へ向かい、冬と春と夏の女王様を季節の塔へ連れて行きました。そうして、そこにいた秋の女王様と一緒になって、五人でわがままな王様を懲らしめるための相談を、こっそり始めました。
相談が終わると、季節の塔には冬の女王様が一人残って、厳しい冬を作りはじめました。
家来と春と夏と秋の女王様は、季節の塔を降りると、その入口の扉を大きな錠前でしっかりと閉ざしました。次に家来と春と夏と秋の女王様は、東の塔にやって来て、同じように春の女王様を塔に閉じ込めました。夏の女王様と秋の女王様も、同じように塔へ閉じ込めた家来は、急いでお城へ戻りました。もちろん、イチゴを持って来ない家来を見て、王様はカンカンに怒りました。
「どうしてイチゴを持ってこない。首を刎ねられたいのか!」
家来は言いました。
「冬の女王様が、決められた順番通りに季節の塔へ入ってしまったのです。女王様は塔の扉を閉ざし、世界を永遠の冬にするつもりです。このままでは、ずっと冬が終わらず、国じゅうが雪に覆われて、食べ物も無くなってしまうでしょう」
すると、王様は驚いて聞きました。
「イチゴも食べられなくなるのか?」
「イチゴだけではございません。夏も秋もやって来ないのですから、きっとサクランボやザクロも食べられなくなるでしょう」
王様は、ほとほと困り果てた様子で、何やら考えました。家来がじっと待っていると、王様は言いました。
「そうだ。冬の女王の首を刎ねてしまおう」
家来は慌てて言いました。
「それはいけません。そんなことをすれば、冬の果物のリンゴを、二度と食べられなくなりますよ」
王様は、また何やら考えました。家来がじっと待っていると、王様は言いました。
「そうだ。おふれを出そう。冬の女王を春の女王と交替させた者に、好きな褒美を取らせるのだ。ただし、冬の女王が次にめぐって来られなくなる方法は認めない。季節をめぐらせることを妨げてはならない。そんなことをすれば、余はイチゴもサクランボもザクロもリンゴも、二度と食べられなくなってしまうからだ」
そして王様は、怖い顔で家来に命令しました。
「お前も、冬を終わらせ春が来る方法を考えるのだ。もし、それが出来れば、お前にも褒美を取らせよう。もちろん、お前が一番欲しいのは自分の首だろうから、他の誰かに褒美を取られないように、せいぜいがんばることだ」
家来はさっそく、国じゅうに王様のおふれを伝えて回りました。でも、冬の女王様がいる季節の塔も、春の女王様がいる東の塔も、その扉は大きな錠前でしっかりと閉ざされていたから、冬の女王様と春の女王様を交替させられる者は、一人も現れませんでした。そうして、国じゅうの誰もがすっかりあきらめた頃、家来は言いました。
「王様、私によい考えがあります」
「どんな考えか申してみよ」
「はい、王様。お城にガラスの塔を建てるのです。ガラスは日差しを通しても冷たい風は通しませんから、太陽をかくす雪雲よりも高い塔を建てれば、きっと塔のてっぺんは夏のように暑くなるに違いありません。でも、てっぺんより少し下は春のように暖かで、それより下は秋のように涼しくなるはずです。そうして、地面に近い一番下は冬のように寒くなるでしょう」
「つまり余は、一本の塔を建てるだけで、たとえ国じゅうが永遠の冬に閉ざされても、全部の季節を独り占めに出来るのだな?」
「まったく、その通りにございます」
家来はぺこぺこ頭を下げて言いました。
「つまり余は、お前が持ってくるのを待たずに、いつでもイチゴやサクランボやザクロやリンゴを食べることが出来るのだな?」
「まったく、その通りにございます」
家来はぺこぺこ頭を下げて言いました。
王様は家来の考えに、すっかり感心しました。
「素晴らしい! それでは、さっそく塔を建てるのだ。塔が出来たら、何でもお前の望むものを褒美に取らせよう」
でも家来は、申し訳なさそうな顔をして首を振ります。
「王様。ご褒美をいただくわけにはまいりません。私の考えでは、冬と春の女王様を交替させることにはならないからです」
「女王など、もうどうでもよい。だが、お前の言うことはもっともだ。褒美は、おふれの通りに冬と春の女王を、交替させた者に与えるととにしよう」
そう言って、王様は意地の悪い顔をして笑いました。
「それにしても、馬鹿な男だ。黙っていれば、首を刎ねられずにすんだというのに」
すると、家来は言いました。
「嘘をついて、いただいたご褒美に、なんの価値がありましょうか。でも王様、お願いがございます。塔を建て終わるまで、どうか打ち首はご勘弁ください」
「いいだろう。塔が出来上がり、本当にお前が言うように、ぜんぶの季節が私の物だとわかるまで、首を刎ねるのを待ってやろう」
家来はぺこぺこ頭を下げて、お城を出て行くと、国じゅうから人を集めてガラスの塔を建て始めました。そうして塔が出来上がると、家来はお城から王様を連れてきて言いました。
「王様、ご命令通りガラスの塔を建てました。中には、春と夏と秋と冬、それぞれの真っ赤な果物の実がなっています。さあ、どうぞお入りください」
家来がガラスの扉を開けると、王様は大喜びで中へ入りました。ところが家来は扉をバタンと閉めて、ガラスの塔の入口を、錠前でがっちりと閉ざしてしまいました。自分が閉じ込められたことを知った王様は、カンカンに怒って「首を刎ねるぞ」と家来を脅しました。でも、その声は、厚いガラスの壁にはね返るばかりで、家来のところへは届きません。
家来は、わあわあわめく王様をほうって、春と夏と秋の女王様がいる東と南と西の塔へ行き、その扉を開けて回りました。最後に家来は、春と夏と秋の女王様を連れて季節の塔へ行き、その扉に掛かっていた錠前を外しました。
長い長い階段を上って、四人が塔のてっぺんへやって来ると、もちろんそこには冬の女王様がいて、彼らを笑顔で迎えました。そして冬の女王様は家来に言いました。
「よくやってくれました。これで、季節は誰かの気紛れではなく、決められた時期に決められた順番でめぐることが出来ます」
春の女王様が家来に言いました。
「あなたは王様のおふれの通り、冬の女王と春の女王を交替させました。しかし、王様はもう、すべての季節が一緒くたになったガラスの塔から永遠に出ることはないので、代わりにわたしたちが、あなたに褒美をあげましょう」
でも、家来は首を振ります。
「いいえ。ご褒美はもういただいております。この通り、私の首は私の物となりました」
すると、夏の女王様は笑いながら言いました。
「黙っていれば、他にも褒美をもらえたでしょうに」
家来は言いました。
「嘘をついて、いただいたご褒美に、なんの価値がありましょうか?」
すると、秋の女王様が言いました。
「それでは王様の褒美の他に、私たちからも褒美を取らせましょう」
他の女王様たちも、秋の女王様の考えに賛成しました。
春の女王は家来にたずねました。
「あなたは、どんな褒美を望みますか?」
家来は少し考えて、そう言うことならと、こう答えました。
「イチゴをいただいてもよろしいですか?」
春の女王様は喜んで、そのささやかな願いのために、たくさんの陽射しを国じゅうにくれました。その年の春はいつもよりも優しく暖かなものとなり、イチゴもいつもよりも赤く、甘くなりました。
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