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異世界転移したけど何もない。それでも生きていく

作者: アメちゃん

初の短編です。


感想貰えるととても嬉しいです。

青い空に白い雲、空気は澄んでいて時折吹く風が気持ちいい。


「いい天気だな」


少年はポツリと言った。


「まあ、異世界なんだけど」


見上げた空には、太陽が二つある。少年は異世界にいた。




前の世界で、少年には何もなかった。学力もなければ運動神経もない。施設で育ちで親もいない。親しい友人も、いない。


何もない少年は名を柏木傑(かしわぎすぐる)といった。


ある日の放課後、提出物を出しに行った後教室に戻ると突然目の前が暗転した。

暫くしておっかなびっくり目を開くと、そこは大きな城の一室だった。


「おおっ、成功したか!」


王座に座る老人が興奮気味に言った。

戸惑うクラスメイト達に、その老人、王様が説明した。

ここは、傑達の世界とは異なる世界であること、数ヶ月前にこの世界を滅ぼす魔王が復活したこと、立ち上がった強者達はことごとく倒れ、最後の希望を込めて勇者召喚を行ったこと。


「どうか、この世界を救って欲しい」


未だ事態が飲み込めないクラスメイト達だったが、王様の真摯な姿勢に心を打たれ承諾した。勿論言ったのは傑ではない。クラスの中心で、スクールカーストの頂点に立つ男子生徒が言ったのだ。最底辺の傑が口を開く権利はない。


「先ずは、皆さんの魔法適性を見させていただきます」


ローブを着た老人が言った。王様より少し年老いて見えた。


「なあに、勇者召喚された時点で相当な魔力を持っているはずですから、確認みたいなものです」


この時、傑は自分が高揚しているのを感じた。今まで何も持っていなかったが、この世界では何か持っているのではないか。人生が変わるチャンスなのではないかと思った。


しかし、世界が変わっても何も持たない少年は少年のままだった。


「適性なし、です」


信じられないという表情で老人が言った。その時の周囲からの視線を傑は今も覚えている。


魔法の適性がなければ当然魔王打倒など不可能だ。それならこの世界に留まる必要もない。傑はただ一人、元の世界に帰されることになった。


別に残念がることはない。自分が変われるなんて考えたのがそもそも間違いだっのだ。


傑は気落ちしそうになる自分にそう言い聞かせた。


「申し訳ありませんが、元の世界に帰って頂きます」


気にする必要はないと傑は首を振る。

老人が手をかざすと傑の体は青白い光に包まれた。そして、視界が再び暗転する。


次に目を覚ましたとき、そこは元の世界……ではなかった。


傑がそう思った理由はいくつかある。先ず太陽が二つある。最初は鳥だと思っていた飛行生物もよく見るとドラゴンだった。

傑は異世界のだだっ広い野原にただ一人立っていた。


その野原を当てもなく歩きながら、傑は老人が魔法に失敗したのだと思った。しかし、次第にそれは違うのではないかという考えがよぎるようになった。老人は魔法に失敗したのではなく、戦力にならない傑を遠い土地に移動させたのではないか。


傑はそれ以上考えることをやめた。考えたって仕方ないことだし、もう考えるのも無理だ。いくら歩いても何も見当たらない。家らしいものもないし人にすら会わない。そうなると当然飢えを凌ぐことができず、だんだんと歩くのも辛くなってきた。


この世界に飛ばされて十日が経った頃、傑は遂に倒れた。時々降る雨を飲んで何とか生き延びてきたが、ここが限界のようだ。


本当に何もない人生だったな。


薄れゆく意識の中、傑はそんなことを思った。人生には幸と不幸が半分ずつあり、この夜を去るときにはプラスマイナスゼロになっているという。そうならば、最初から最後まで何もなかった傑も人並みの人生を送れたといえるかもしれない。


「大丈夫ですかっ」


遠くから声が聞こえた気がしたが、もうどうでもいい。

傑は静かに目を閉じた。


暗い水の中から顔を出すような感覚を覚え目を覚ます。そこはまたもや見知らぬ場所だった。三回目ともなれば驚きも少ない。見回して、部屋のベッドに寝かされていることに気付く。

ゆっくりと上体を起こす。立ち上がろうとしたが、ふらついて上手くいかなかった。


すると、部屋に一人の少女が入ってきた。


「まだ起きちゃダメですよ」


少女はそう言うと、傑を横たえさせた。


綺麗な少女だった。人形と言われれば信じられるほど目鼻立ちが整っている。背中まで伸びた亜麻色の髪とサファイアのように綺麗に光る優しそうな瞳が印象的だった。簡素な服に包まれた体は魅力的なラインを描いており、傑は慌てて目を逸らした。


「あの、君は?」


その少女はニコリと微笑んだ。傑は随分久しぶりに人に微笑みかけられた気がした。


「ミリアといいます」


「ミリア、さん」


「ミリアでいいですよ」


「じゃあミリアで……僕は傑」


「スグルさん……変わったお名前ですね」


実は異世界からやって来たんですと言えるはずもなく傑は苦笑した。


「君が、僕をここまで運んでくれたの?」


「はい、ここには私しか住んでませんし、他に家もありませんから」


「ごめん、重かったよね」


ミリアのほっそりとした腕ではかなり苦労しただろう。


「い、いえ、ここから近いところに倒れてましたし、それに私結構力持ちなんですよ」


何かをごまかすように早口で言うと、ミリアは力こぶをつくってみせた。白い細腕にぷくっと膨らむ。

その姿が微笑ましくて傑は笑った。心から笑ったのも久し振りな気がした。


それから、ミリアはかいがいしく傑のお世話をしてくれた。申し訳なかったのだが、ミリアが余りにも楽しそうなので何も言わなかった。


ミリアはいつもニコニコと笑っていた。人と上手く話せない傑の下手な話にも笑顔で耳を傾けてくれる。その包みこむような優しさが傑には心地良かった。


傑の体力は、みるみる回復していった。そろそろ動けるかなと思い始めたある日、傑はあることに気付いた。


その日、傑はミリアに体を拭いて貰っていた。これだけはどうしても慣れない。申し訳ないやら気恥ずかしいやらで落ち着かない。


「はい、今度は前を拭きますね」


「下は、僕がやるからね」


「分かってますよ」


口元に手を当ててミリアが笑う。傑はつい見惚れてしまう。本当に綺麗なものはいくら見ても飽きないんだなとぼんやりと思った。その時だった、いつもは長い髪に隠れてあるミリアの耳がちらりと見えた。


その耳は人間のそれより明らかに長かった。


大して考えずに傑は言った。


「ミリアってエルフなんだ」


「あっ」


ミリアはぱっと体を離すと両手で耳を覆った。


「そ、そうです。私はエルフです……いえ、嘘をつきました。本当はハーフエルフです」


そう言った後、ミリアは泣きそうな顔になった。怯えるような顔をして傑の表情を窺っている。傑としては何でそんな顔をするのか分からない。ここは異世界なんだから、エルフがいても不思議ではない。


「そっか」


だから、傑の反応はそれだけだった。


「へ?」


ミリアが拍子抜けしたような声を出す。


「どうかしたの?」


「スグルさんは、何も言わないんですか?私がハーフエルフって聞いて」


「言わないも何も……他の人は何か言うの?」


「言うのが当たり前です。亜人のエルフはただでさえ嫌われるのに、ハーフエルフなんてもっと嫌われます」


「そう、なんだ」


ミリアのような優しくてしっかりした人が嫌われるなんておかしい。とは言えなかった。どの国にも、どの世界にも理不尽なことはある。傑はそれを知っていた。


「僕はそういうの知らないし、気にしないっていうか……それにミリアは命の恩人だし、そんなの関係ないっていうか」


自分は敵ではない。それを伝えたいが、上手く言葉が出てこない。情けなさに俯いていると、ミリアがそっと傑の頬に触れた。そして、胸に抱き寄せる。


「っ!」


恐ろしく柔らかいものに顔を包まれ、傑は完全にフリーズした。


「嬉しいです……すごく、すっごく嬉しいです」


静かにそう言うと、さらに強く傑を抱き寄せた。


「ありがとう、ございます。こんなに温かい気持ちは初めて……」


そう言ったミリアの声は震えていた。




元気になった傑は、ミリアの手伝いをした。

ミリは渋ったが「恩返しがしたい」と少し強引に説き伏せた。


ミリアの家の外には畑があり、そこで作った作物を食べ自給自足の生活をしている。その農作業を手伝った。本当は料理や洗濯など家事の手伝いもしたかったのだが、あちらの世界とは勝手が違い失敗続きだったため断念した。いくら失敗しても、ミリアは笑顔だった。


時が経つにつれてミリアとの距離が少しずつ縮まっていることを傑は感じていた。よく体が触れ合う。目が合えばにっこりと微笑んでくれる。美しい人にそんなことをされては勘違いしそうになる。その度に傑はそんなはずないだろと自らを戒めた。


ミリアと出会って一ヶ月が過ぎた頃、傑は決心した。この家から出よう。これ以上ミリアのお世話になるわけにはいかない。それに、このまま一緒にいるとミリアを好きになってしまいそうだ。いや、もう好きになっている。それを隠すのがもう無理なのだ。


夕食を終えた後、傑はその旨を伝えた。勿論、好きなことは言ってない。ミリアはひどく動揺した。


「そんなどうして、私がハーフエルフだから……」


「違う!」


傑は叫んだ。それだけは違う。


「ではどうして」


「これ以上ここにいるとミリアに迷惑が」


「そんなことないです」


「とにかく、もう決めたことだから」


ミリアはぎゅっと唇を噛んだ。その表情はハーフエルフだと打ち明けたときよりも痛々しかった。それを見るのが辛くて部屋を出ようとした傑の手をミリアが掴んだ。白く細い手のどこにそんな力があるのか、傑の手は痛いくらいだった。俯いていてその表情は読めない。


「待って、下さい」


「でも」


「私は、スグルさんに一つ嘘をつきました」


「嘘?」


「はい」


「それは、どういう」


「私がここで自給自足の生活をしていると言いましたよね?」


「うん、言った」


「その時、生活用品は作ることができないから作物を売ったお金で行商人から買っていると言ったのを覚えてますか?」


「覚えてるよ」


確か傑がまだ看病して貰っている時だった。


「それがどうかしたの?」


「あれは、嘘です」


「え?」


「確かに行商人の方から生活用品を買います。でも、急に入り用なものがあったときは歩いて三日ほどかかる町まで買いに行きます」


「三日ってかなりあるんじゃ」


「はい、だからこうやって行きます」


ミリアの体から不意に光が生まれる。それは王城で見たものと同じ青白い光だった。それに気付いたのとほぼ同時に目の前が一度暗くなり、見えていた景色が変わった。そこは傑が倒れていた野原だった。


「これは……」


「転移魔法です。私が使える唯一の魔法、触った人を飛ばすことも今のように一緒に飛ぶこともできます。この魔法で私は町に出掛けていたのです」


「倒れていた僕をここから運んだのもこの魔法を使って?」


「そうでした。嘘は二つついてましたね」


ミリアが自嘲気味に笑った。その笑い方はミリアにひどく似合わない。なのに、慣れているようにも見えた。

ミリアは自分を責めている。その必要はない。傑はミリアがいなければ命を落としていたのだ。


そこで、傑はあることを疑問に思った。


「ミリア、どうして僕を町に連れて行かなかったの?」


傑を町に転移させ病院に連れて行けば、ミリアはお世話をする必要もなかった。元気になってからだって傑を町に飛ばす機会はあったはずだ。迫害されてきた人間なんか、遠ざけたかっただろうに。それなのに、どうして。


ミリア顔を上げた。眉を寄せて困ったように笑っていた。


「スグルさんは、ニブチンさんですね」


「へ?」


「嫌だったからに決まってるじゃないですか……あなたが離れていくのがどうしても嫌だったんです」


「どうして僕なんかと」


上手くしゃべれない。微かに手が震えるのは緊張なのか恐怖なのか、それとももっと別の何かなのか傑には分からない。異世界に来てすぐ、自分が勇者かもしれないと言われたときと少し似た感じがした。


「『なんか』なんて、言わないで下さい。スグルさんは私がハーフエルフだって聞いても酷いこと言いませんでした。それだけじゃありません、一緒に畑仕事をしてくれました、失敗もしたけど家事も手伝ってくれました、一緒にご飯を食べてくれました、雷が凄い夜は一緒に寝てくれました、触ってくれました話してくれました笑ってくれました触れてくれました……一緒にいてくれました。だから、私……」


潤んだ瞳を真っ直ぐ向けて、ミリアは口を開いた。


「だから私、スグルさんのことが……っ!」


それを言わせてはいけないと思ったときにはもう止まらなかった。傑はミリアの口を自分のそれで塞いだ。最初身体を強張らせたミリアだが、抵抗はしなかった。


「んっ」


可愛らしい声を上げると、傑の背中に腕を回した。身体が密着し髪から甘い香りが漂う。ミリアの唇は小ぶりながらふっくらしていて柔らかかった。


一瞬にも、永遠にも感じた時間の後傑は唇を話した。ミリアは白い頬を紅潮させてとろんとした目をしている。傑も大差ないだろう。もう一度キスしたいが、今はダメだ。大事なことを言わなければならない。


「ミリア、僕は……君のことが好っ!」


言い終わる直前にミリアの方から口づけをした。驚いた顔をする傑にミリアは申し訳なさそうに言った。


「すみません、どうしても我慢できなくて」





その瞬間、傑の胸から黄色い光が放たれた互いの顔しか見えてない二人はそれに気付いていない。傑にはある魔法が宿っていた。


『つがいの魔法』


使用者が守ると決めた者を脅かす者は黄色い炎に焼き尽くされる世界最強の魔法。その魔法の前に、あらゆる脅威は殲滅される。


しかし、その魔法が使われることはなかった。


何故なら、この少年には何もない。学力もなければ運動神経もない。施設育ちで親もいない。親しい友人もいない。そんな少年が世界のヒーローになることもなければ、悪から狙われることもない。


何もない少年は、大事なもの一つだけを抱き締め静かに暮らした。







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