・五月二十二日、国際生物多様性の日
「……お前、菅野さんに何したんだよ? 俺がドヤしつけられたんだぞ?」
「それは、ごめんなさい。京也は立派な芋虫ちゃんになります。
カフカの変身って、最終的にはどんな成虫になったんでしょうね?」
「いや、あれは甲虫だって話だぞ?
芋虫になったわけじゃないからな?」
「――――鬼瓦さんが知的だ!?」
また、机さんがバンバンと、おっぱい刑事に叩かれた。
でも、笑いながらだから、良いよね? ご褒美で、良いよね? ぷるんぷるんしてるし。
「いい加減、疲れただろ?
連日に渡る長時間の取調べだ……いい加減に認めたらどうだ?」
「芋虫であることをですか?」
「甲虫だって言っただろ!!
証拠が無いなら俺だって、子供相手にこんな取り調べ方はしねぇよ。
だけど、証拠があるんなら、やっぱり捕まえないわけにはいかないんだよ」
……やっぱり、役割変わったほうが良いんじゃないですか?
おっぱい刑事は、もう笑ってばっかりだし。
「甲虫の癖に、林檎をぶつけられて死ぬ……柔らかい甲虫ですね」
「当たり所が悪かったんだろ。もしくは大きさか?」
「鬼瓦も林檎の当たり所が悪いと割れるんでしょうか?」
「……それは殺人予告か?」
「いいえ、死にはしませんよ。今時はZになるだけですから」
「ゾンビね……。死ねないってのはどんな気持ちなんだろうな?」
「――――ゾンビ、か。北海道の人って、皆、ゾンビって呼ぶんですか?」
「まぁ、そうだな……。たまにZって言われても解らないくらいだ」
「そうなんですか――――つまり、皆で現実見てないんですね。
皆で現実逃避か……なるほど、住みたく感じないわけだね――――」
芋虫の京也は机をコロコロと、おっと、おっぱいに触れてしまった、ありがとうございます。
あぁ、距離をとらないで、おっぱい刑事。
「一日、十六時間、取調べを受けても口が減らない奴だな」
「ほら、だってボクは十六歳ですから」
「じゃあ、明日から十七時間にすれば口を割るって訳だ」
「はっ! それは新事実ですね!! 危険です!! 美容にも悪いです!!
でも、割れてない口ってご飯食べられませんよ? あと、口が減ってもご飯が食べられません。
地球は一つ。口も一つです。……頑張れば、鼻から? 鬼瓦さん、今度、試してみませんか?」
「何を食わせる気だ?」
「わさび?」
「口からでも単体じゃ食わねぇよ!!」
あぁ、机さんごめんなさい。京也は立派な芋虫さんに、あ、避けられた。
「どういう育て方すれば、こんなタフな子供に育つんだよ?
俺の息子のためにも、参考までに聞かせてくれるか?」
「どんな息子さんなんですか?」
「一言で言えば、不良だな。皮肉なことに、刑事の息子には多いことだ。
世の中に対して斜に構えて歪んだ姿勢をしてりゃ、格好良いと思ってやがる」
「なるほど、鬼瓦さんの顔から学んだことですか」
「お前、俺には顔しかないと思ってるだろ?」
「――――え? ――――他にも? ――――何かが?」
あぁ、机さんごめんなさい。京也は立派な芋虫さんに……なるまでもありませんでした。
大きく距離をとられました。京也は寂しいです。柔らかいものに飢えています。
「じゃあ、息子さんの性格の改善方法をお教えしましょう。取って置きの人格改善法ですよ?
まずは、世田谷の一軒家に閉じ込めます。周囲は百万人のZ、ゾンビ達でいっぱいです。
お隣さんも、お向かいさんも、知り合いの全てが全て。皆が仲良くゾンビになります。
友達の両親もゾンビです。初恋の彼女の両親もゾンビです。自分の親もゾンビです。
もちろん助けなどくる当てなど一切なく、家のなかの食料も減る一方です。
ですからゾンビ達の目を掻い潜りながら、ひたすらに食料を買い集める日々。
ご飯って、すぐ蟲が湧いたり腐るんですよね。だから、レトルトとか缶詰ばかりになります。
ときおり、ゾンビ達に家を囲まれて、一晩中、壁を叩かれたこともありましたっけ。
そんな中で一年間過ごしてみれば、人格はキッチリと改善されますよ?
まぁ、ゾンビ映画の世界で一年間過ごしてきたようなものですよ。
そうは言っても、その過酷な世界を想像すら出来ないんでしょうけどね?
ボクがゾンビから逃げ隠れしてまわっている間、のんびりとお茶を飲んでいた人達にはね?」
やっぱり、想像できなかったらしい。
どうせ、ノロノロしたゾンビのなかで、隠れてた。そのくらいのイメージなんだろう。
実体験してみなければ解らない事が世の中っていっぱいだからなぁ。……女体の神秘とか。
「……地獄を見てきたことは解った」
「解ってませんよ。鬼瓦さんは地獄自身を知らないんだから」
ムッとしたような、困ったような、複雑な表情だ。
おっぱい刑事の方は、さっぱり理解できてないらしい。する気もないらしい。
先程、うっかり意図的にパイタッチしてしまったからだろうか?
「だが、その一件と、この一件は別物だ。取調べは長く続くぞ?」
「――――別物だと思ってる時点で勘違いも甚だしいと思うんですけどね?
貴方がたは子供を救わない政府を支持した大人達で、ボクは救われなかった子供ですから。
あまり、協力的な態度は期待しないほうが良いですよ? むしろ、敵対的だと思うことをお勧めします。
えぇ、貴方がたを噛み殺しかねないほど敵対的だと思ったほうが身のためですよ?」
「そうかい。出来るものならやってみろ。……気には留めておいてやるさ」
また、机さんが蹴られた。ごめんね、机さん。
◆ ◆
入れ替わり、立ち代り、同じ質問を、何度も何度も。
なるほど、日本の司法は中世レベルだ。いや、それ以下かもしれない。
日本の検挙率が高いって?
いやいや、自白率が高いのと、自白の採用率が異常なまでに高いだけですよ?
トイレに行きたいと言うのに行かせてくれないので、仕方なく普通に洩らしましたが何か?
消灯時間でも懐中電灯を使って起こそうと頑張るので、ご飯に睡眠薬を混ぜ混ぜしました。
ついでにランチにもお薬を混ぜ混ぜ。机さんはヒンヤリしてて寝心地が良いですね。
でも腕枕は寝心地が悪いので、フランスパンさんを枕がわりに……千切られました。
刑事さん器物破損って知ってますか?
そのフランスパン、特注品で一千五百万円するんですけど?
あぁ、今では幻になったドンペリのゴールドが丸々一本練り込まれてまして、原材料費だけで一千五百万円です。
ちゃんと払ってくださいね? どこが払ってくれるんでしょうか? やっぱり刑事さんの自腹?
もしも支払わないなら、刑事告訴待ったなしの事件ですね。
幸いここは警視省。被害届けの予備には事欠かないと思うんですが?
えぇ、どうぞ、ボクが注文したレストランに本当のお値段をご確認ください。
本当に、原材料費だけで一千五百万してますから。あ、小麦粉とか光熱費を入れるともっとですね。
そこに職人の匠の技が加わるんですから、原材料費が5%になる計算だと、ちょうど三億ですか。
刑事さん、お支払いいただけますか?
――――はぁ、ご自分で食べて証拠隠滅ですか。
水とか無くて大丈夫ですか? それで、味のほうはどうでしたか?
あぁ、やっぱりあんまり美味しくない。そりゃ、寝心地を優先してもらいましたからね。
形状的にはメロンパンが一番だと思ったんですが、やっぱりベトベトしそうで、そう思いません?
ところで、さっきからボクの名前を何度も聞き返してますけど、それに意味ってあるんですか?
おそ松、ちょろ松、十四松、トド松、一松、カラ松って順番に答えてるじゃないですか!!
あ、もしかして、六つ子の順番が正しくないから怒ってるんですか!?
そうなんですか!? じゃあ、正しい並びを教えてくださいよ!!
結構、ボク自身が気になってるんですから!! まず、長男の名前から教えてください!!