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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
98/123

・五月二十二日、サイクリングの日


 蛇が、絡み付いてきた。私を食べて欲しいと、絡み付いてきた。

 ――――いや、ボクは女の子が好きなのでお断りしたいんですけど?


 本当の狙いはボクじゃなかった。敵が解って、狙いも解った。

 画像に写っているのは四人。ボク、後藤さん、保科さん、吉村さんの四人だ。

 でも顔がバレているのはボクだけだ。だけど、自動小銃の銃剣を見れば残りの正体は解る。

 裁判になり、無罪を勝ち取っても、あとに残るのは自衛隊への不信感だけなんだよね。


 ――――後に写っている残りの三人の方は誰ですか?

 これが、本当に引き出したい、たった一つの真実だ。

 防衛省内部での作戦行動の詳細も、裁判の席では聞きだされることだろう。

 誰がヘリを動かし、誰が爆竹をばら撒き、誰がZを殺し、誰がシェルターのなかに入っていたのか。

 答えはもちろん、自衛隊に自衛隊に自衛隊ですよ?


 民間人を見捨てた自衛隊が、自衛隊のご家族さまだけは特別に助けに行った事実。

 その事実のためにボクは倒れ、苦しみ、錯乱状態のまま防衛省での暴挙を行なった。

 誰のせいかと問われれば――――朱音だな。あのハーゲンダッツァーが涙を流すからだ。

 世界はまだ捨てたものじゃないんだよ。そう、示すためだけに沙耶ちゃんを助け出した。

 他の理由は、ほとんど後付だ。


 民間人の八人を助け出すために何人を殺したのか、姦し三人娘は知らない。

 ただ、八人の可哀想な人達が助かった。その事実だけで心は十分に癒されるんだよ。

 ボクは、七十六人のZを、五人のお姫様のために殺しました。

 本当は、それで終わりなんだけどね?


 大久保さんが簡単に教えてくれたよ。

 こんな社会になった理由? こんな政府を選んだ大人の責任だよ。

 民間人が見捨てられた理由? そんな政府を選んだ民間人の責任だよ。

 ボク達は、それに巻き込まれた哀れな子供達なんですよ。責めないでくださいよ。

 そもそも、一年前に見捨てられた時点で、ボク達は貴方達を見限っているんですから。


 警視省が欲しいのは、自衛隊の暗部や恥部。

 自衛隊が、自衛官の家族だけを匿っていたという事実。

 自衛隊が、自衛官の家族だけを助けようとしていた事実。

 映像記録はあるのに、なぜ、音声記録は流されないのか?


 大久保さんが正式に除名処分を受け、民間人になっていたからだ。

 民間人のボクが、民間人の孫娘さんを助けに向かった美談ではいけないからだ。

 情状酌量の余地どころか、世論がボクを味方してくれたりするんじゃないかな?

 十六歳の少年が十八歳の少女を助けるために、Zの中に飛び込んだ。

 一大スペクタクルロマンだよ。映画化の際には誰が主演になってくれるんだろう?


 ボクがZを焼き、穿ち殺した映像記録があるんだ。

 それなら焼き、穿ち殺したあとの映像記録も、音声記録もあるはずだ。

 よく聞けば、ボクは民間人の大久保沙耶ちゃんだけを助けに来ているのだと解るはずだ。

 でも、それは敢えてしない。ボクは芋の蔓であって、彼等はその先の芋が欲しいんだからね。


 民間人を見捨てた自衛官が、自衛官の家族だけは特別に助けに行きました。

 ボクはその事実に錯乱したけど、北海道の人達はどう感じるんだろうか?


 そこのところを是非ともインタビューしてみたい。

 とくに、炭鉱夫や小作農に成り下がった本州人あたりを中心にしてさ。

 ――――暴動で済むかな? パンデミックかな? 北海道政府もついに終わりを迎えるのかぁ。


 ◆  ◆


「へぇー、今、北海道で一番なりたい職業は自衛官。次が警察官なんですか」

「公務員を狙う安定志向って奴だな。今時の若い奴は冒険心が足りねぇよな」

「いや、思いっきり不安定な最前線の戦場だと思うんですけど?」

 未成年で、保護者不在という現状。なぜか後藤さんが身元引受人として面会に来ていた。

 ――――実に不愉快だ。なぜか解らないが、とてつもなく不愉快に感じる。


「それで、自衛隊が全国で作戦の指揮をとり、警察官がそれに従う形になってるんですね?」

「……そりゃそうなるだろ。チヌーク使って人員を運ぶのは自衛隊なんだからな」

「でも、警察の人達はそれを兵士扱いされて嫌がってると?」

「ん? そうでもないぞ? それは、上の方のプライドだけが高い連中だけだな。

 現場では適材適所が原則だ。誰もZを殺したくないんだから、補える部分は互いに補ってる。

 飯作ったり、家作ったり、壁作ったり、泥臭い仕事は全部が自衛隊の受け持ちだぞ。

 機動隊の人間には英気を養って貰わないといけないんだからな?」

 はぁ、なるほど。そういうことでしたか。

 つまり……警視省のお偉いさんは、現場からもお前らホントにイラネェと三行半を……。


 最前線で必要なのは実行力であり実践力だ。

 自衛隊は自衛隊の出来ることを、機動隊は機動隊の出来ることに勤めていた。

 すると、当然の結果として統帥権の全てが自衛隊の幕僚部に奪われてしまった。

 警視省に、人員や物資の状況を把握し、展開するだけの指揮能力は無いんだからね。

 それはたぶん、消防庁の方がまだ得意とする分野なんじゃないかな?


 ……警視省の菅野さんでしたか。

 貴方がた、全国規模での作戦指揮を取れるだけの体制を持ってるんですよね?

 チヌークを展開し、人員や物資を分配し、海外からの破壊工作に備える準備はあるんですよね?

 まさか、持ってないのに統帥権を譲れと仰りますか?

 ははは、面白い冗談だ。日本が死ねるほど面白い冗談だ――――。


 どちらが上で、どちらが下か?

 防衛省が上で、警視省が下です。

 実働能力の差でハッキリしてるじゃないですか?

 ――――今更何をジタバタ足掻いて、自分の首を絞めようとしてるんですか?


 ◆  ◆


「スネークさんは、どこの大学を卒業されたんですか?」

「ス、スネーク? ……私の出身は東京大学ですよ。学歴に興味がおありで?」

「スネークさんは、何人のZを捕まえたんですか?」

「部署が違いますから、私がゾンビと直接に対峙したことはありません。

 ですが、ゾンビを相手にしている、現場の警察官や機動隊員を仲間と思う気持ちに変わりはありませんよ?」

「スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

「……北海道では、そう呼ぶんですよ。これもいずれは方言の一つになるのかもしれませんね」

「スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

「ですから、北海道ではそう呼ぶんですって。Zよりも知名度が高いからですね」

「スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

「――――キミは、私を馬鹿にしているのかな? さっきほどから何度も理由は説明したはずだと思うのだけど?」

「スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

「……キミは、どういう答えを望んでいるのかな? もしも、良ければ答えて欲しいんだが」

「スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

「大人をからかうのは止してくれないかな? 子供を相手に怒鳴ったりはしないが、大人だって煽られればイラだつものなんだよ」

「スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

「――――逆に質問させてくれるかな? なんで、キミは先程から同じ質問を繰り返すんだい?」

 なぜ、同じ質問を繰り返すか。

 聞きたいなら答えますけど、失望しますよ?

「全国の警察官や機動隊員達は、ゾンビではなくZ、生きた人間として認めて働いています。

 なのに、北海道でのほほんとお茶を飲んでるスネークさんは、なんでゾンビって呼ぶのかなと思いまして。

 仲間と思う気持ちに変わりがないとスネークさんは仰いましたけど……。

 向こうはスネークさんを仲間だとは一欠けらも思っていないと思いますよ?」


 ――――沈黙。


「……それは、上手なイヤミだね?」

「ミーはフランスに渡米した経験は無いザンスよ?」

 あぁ、子供相手に怒鳴ったりはしないけど、机さん相手にはぶん殴るんだ。

 可哀想、机さん。いっつも、ごめんね?


「それで質問なんですけど……スネークさんは、なんでZをゾンビって呼ぶんですか?」

 あぁ、ごめんなさい。今日は、扉さんまで犠牲にしてしまいました。

 京也は悪い子です。今から、立派な芋虫ちゃんになります――――。


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