・後藤弘信 36歳、なにやってんだかなぁ――――。
出会いは最悪。お手製の高射砲で狙われる以上の最悪があったら見てみたいもんだ。
どこからどうやって手に入れたのか、俺のメールアドレスに民間人の情報を送り続けた一方的なメル友。
それがまさか、こんな子供だとは思ってもみなかった。
自衛隊の俺達が、自衛隊の家族を助けに来ました。
民間人の子供にしてみれば、それはそれは理不尽極まりない話だったろうさ。
あぁ、自衛隊のご家族さまはお偉くてらっしゃるのね。民間人なぞ、目もくれないのにね。
……死ねよ、このクソ野郎ども!!
俺ならあの瞬間、タレットをぶっ放して目の前のクソったれな自衛官どもを挽き肉にしてたね。
滑走路から防衛省までは20kmほどだ。
FH70の射程内。撃って撃って撃ちまくって、防衛省を瓦礫の山に変えてやっただろうさ。
その上で、『ほら、助けにいけよ、自衛隊くん?』それくらいの挑発で煽ったかもな?
それから殺してやっても遅くはねぇ。俺達の存在は、それくらい理不尽だったんだ。
でも、こいつの怒りは内向きに働いた。
――――なんで、自分は、こんな奴らに、助けなんか、求めてたんだよ。ってな具合でな。
出会いは最悪と言ったが、違うな。
出会いは絶望だった。
絶望して倒れちまった。その銃口を自分に向けて、自分を撃ち殺しちまった。
滑走路の上に積み重ねられた物資の山を見たときは、ゾッとしたね。
こいつは、この一年の間にどれだけのZを殺して回ったんだって想像したよ。
その癖、Zを民間人。ただの病気の人間だと理解した上で殺してきたんだからな。
まだ十六のガキだぞ? それが女を五人も抱えて、必死になって生きてきたんだよ。
だけど俺達は、それをずっと見捨て続けた。――――それが、政府の方針だったからだ。
国体維持と小数の民間人、秤にかければ国体維持に傾く。
日本の軍備は日米安保を元にした防衛体制。じゃあ、アメリカさんが撤退すれば張子の虎だ。
表面上の宣戦布告は無く、水面下での暗闘が続いていることは知っていた。
今は民間人を一人一人、助けてる余裕なんてない。なにより、弾とパーツがない。
日米安保に引っ掛からない、その暗闘に費やされる資源の量が多すぎるんだ。
軍事大国のアメリカさんは、ここぞとばかりに売りつけてくれたよ。
日本の保有するアメリカ国債と引き換えにスズメの涙ほどの兵器類をな。
なんでこう、兵器ってもんは馬鹿みたいに高いのかね?
なんでそれを、足元見られて十倍以上の高値で買わされるのかね?
ガッデム!! ファッキン!! アスホール!! マザーファッカー!! あと、なんだ?
まぁ、お陰様々で北海道は安全だよ。
――――熊、ヒグマの怖さって解るか? もしも解るとしたら、そりゃ大嘘だ。
目の前にして、牙を剥かれて襲われて、命からがら逃げ出して、ようやくそれは解るもんだろ?
子供の頃に出会って、ションベン垂らして、見逃して貰った、俺には解る。二秒で殺されるわ。
――――そして、あいつ等は見てねぇんだよな。
官僚とか、大臣とか、そういうお偉方はZを目にしてねぇんだよ。
だから、いつまでも寝惚けたことばかりを口にしてられるんだよ。
Zを見てない。画面越しで見て、キャー怖い。まぁ、ホラー映画を見る程度の恐ろしさだ。
怖がらせる目的で作られた映画の方がまだ怖い。実物には過激な演出表現なんてねぇからな?
お陰様で、各省庁は寝惚けたままさ。眠れる政府。そろそろ起きろよ。
安全圏の中で振られる指揮棒に、なんで付き合わなくちゃいけねぇんだ!!
『それじゃあ、クーデターでも起こしますか? それではたぶん、内戦ですねぇ。
うっかりすると、どこかの国に、こっそりとこの国が奪われますねぇ?』
大久保さんはわかってた。……そうなんだよ。
日本の自衛隊の構造は、クーデターが起こせないようにわざと作られてんだよ。
それじゃあどうするか?
やっぱり選挙だよな。総選挙。衆議院解散、参議院も解散。
それを与野党一致して、やりやがらねぇ。国会議員も選挙落ちればただの人だ。
お前等、こんな時ばかりは、やけに仲が良いんだな?
国民の多くが病で心神喪失状態にある今、民意を問うことは許されない。だったかな?
Zの治療が終わるまでは、しっかりと議席にしがみつく気が満々らしい。
それから、色んなところが自衛隊の活動に口を挟んできた。
まず、生命倫理委員会だ。
日本で脳死が人の死と認められたのは、もう随分と昔の話な気がする。
確か、それのおかげで日本国内での臓器移植が可能になったんだよな。
それじゃあ、脳が完全に死んでいないZはどうだ?
もちろん生きてる人間様だ。だから、Zは基本的人権という強力なバリアに守られてる。
次に最高裁だ。
Zを皆殺しにしてしまえという世論が盛り上がるなかに一言、
『基本的人権に含まれる生存権を無視するな。アホども』
――――あぁ、その通りでございますよ。お耳に痛いお言葉、どうもありがとう御座います。
だから、俺達は守ることしか出来なかった。
自衛隊の施設を守るという名目でなら、相手の射殺が許されている。
撃ってみるまでZか破壊工作員か解らないんだから、とりあえず敷地内の侵入者は撃てる。
その曲がった腰の後ろにAK47やIDEを担いでるかも知れないんだからな?
法律上、自衛隊の基地や、防衛すべき施設と認められた敷地内でしかZは殺せないんだよ。
だから、防衛すべき施設ではない佐渡島での戦闘は、大久保さんが全ての罪を被ったんだ。
佐渡島やみなと公園に原発でもあればなぁ。それなりに上手く誤魔化せたのによ。
――――問題となった殺人事件の現場は、防衛省の内部だった。
だから、俺達が撃って殺す分には殺人罪に該当しなかったんだ。
なのに、八九式を構えた俺を、このガキはドツキやがった。
相手の数は五十以上、撃てば銃声でこちらが危ない。だから、このガキが始末した。
自衛隊には使用が認められていない、火炎放射器なんて羨ましい武器を手にしてな。
で、また倒れやがった。
千近い人間をZにした、そのストレスだ。ホントに忙しいガキだよ。
自殺願望でも……あるんだろうな。でも、五人のお姫様がそれを許してくれねぇんだよ。
がらりと話は変わるが、十人の人間が居るとしようじゃないか。
すると、八人は訓練さえ受ければ敵を殺せる馬鹿野郎だ。
一人は、訓練を受けるまでも無く敵を殺せる馬鹿野郎だ。
一人は、訓練を受けてもどうしても殺せない馬鹿野郎だ。
このクソガキは、どこからどう見ても最後の馬鹿野郎だよ。
絶対に人を殺せない奴が、人を殺して回ってる。矛盾だな。ジレンマだ。ストレスの塊だ。
自分では、卑怯卑劣なプレッパーなんて名乗っちゃいるが、単純に誰も傷つけたくないんだよ。
食料を分ければ中の人間が傷つく。食料を分けなければ外の人間が傷つく。
だから、安全な場所にずっと閉じこもって、ずっと隠れていたかったんだろうさ。
こいつこそ、シェルターの中に放り込んで、閉じ込めて置くべき人間だったな。
ただ、殺せる殺せないは別にして、ちゃんと計算は出来る奴だ。異常なほどにな。
奥多摩の住人、操られて進軍させられるZ、チンドンZの数の計算。衝突で起きる死者の数。
どうせ、チンドンZもアイツの中じゃ、被害者なんだろうよ。……そうかもな。
薬が切れればZに戻る。そりゃ、怖くてしかたねぇだろうよ。……でも、見逃せねぇんだわ。
俺の仕事は確実を求められるんでね。悪いが撃たせて貰ったよ。……吉村がな?
ゴルフ島の若洲を離島にした。
どうせ漁師たちが奪い合い、いがみ合うと解っていた。その上で、予想が外れることを祈ってた。
どうせ網本が無理やりに毒を飲まされると解っていた。その上で、予想が外れることを祈ってた。
自分で飲んだなら、と言っていたが、プリンの兄ちゃんが助けたとは限らないんだ。
いや、助けないだろうと解ってた。その上で、予想が外れることを祈ってた。
俺を連れ出したのは、無駄に苦しめさせないためだろうさ。
コイツの予想通り、西の網元、豊島くんは無理やりZにさせられた。
……そうさせた自分に、豊島くんの復讐を止める資格は無いと理解していた。
だから、プリンの兄ちゃんにカッコ良い所を譲ったんだろ?
映画の見すぎだ。ちょっと演出過剰すぎるぞ? お前の演技はいつもクサ過ぎるんだ。
で、最後には刑務所送りときたもんだ。この馬鹿野郎が。
こんな子供に全てを押し付けて、省庁の色に染まるのが嫌だから佐官に昇進しない?
随分と、甘ったれたことを俺も考えてたもんだよな。
省庁の色を変えなきゃいけないから昇進するんだろ?
今更、なんだけどよ。ほんと。俺は、なにをやってんだかなぁ……。
こうして見る寝顔は、平和ボケしたガキそのものなんだけどなぁ……。
何で俺は、あの滑走路に来ちまったんだろうな……。大久保さんのためだっけか。
こいつのおかげで沙耶ちゃんは助かった。奥多摩も助かった。日本の色んな所が助かった。
お陰でコイツがこの有様だ。――――畜生が、畜生が、畜生が!! なにをやってんだかなぁ……。