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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
88/123

・五月十八日、国際善意デー

『ミスター田辺。こうして直接会話するのは初めてになります。エリカ=ハイデルマン。見ての通り日系のハーフになります』

「あ、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ」

『クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った。

 イングリッシュを話しながらキャンノットと付ける、何かの冗談なんですか?

 あぁ、それとも、アメリカ英語なんて話せないぞと言うイギリス人ならではの厭味でしょうか?』

「いえ、美人を前にして、少しばかり舞い上がっただけです」

 ハーフって、お得だよねぇ。

 もう、ハーフって言うよりもハイブリッドだよね。

 あ、残念なハーフは雑種と呼ばれます。世の中は便利ですよね。

『あはは、ミスター田辺は冗談がお上手ですね。

 回線そのものは秘匿ではありませんが、対となるキーが無ければこの会話は盗聴できません。

 これを開発したNSA自身にはバレてしまうかもしれませんけれどね?

 とりあえず、量子コンピューターが実用化されるまでは安全な通信になるでしょう。

 しかし――――ミスター田辺はお若いのですね。私と同年代、くらいでしょうか?』

「十六歳になります」

『なるほど――――その年齢でZに対するあの推察。

 大学はやはり、日本のトーキョーですか? あれ? キョートー?』

 が、学歴問題がこんなところで再び――――。

 ちゅ、中卒……ですら、ありまちぇん……。

「……そちらの言葉で表すなら、ジュニアスクールになります。

 それが、ボクの最終学歴なんです。生きていてごめんなさい」

『ジーニアススクール? 日本にも、そんな教育機関があったんですね?

 日本語では……天才ばかりを集めた学校ですか……。それは、納得の学歴ですね』

 ……駄目だ、この人、頭が良すぎて駄目な人だ。

「じゅにあ、すくーる。小学校が、最終学歴でちゅ」

 あ、顔色が変わった……赤く、プルプルと震えて……。

 美人さんの顔がうつむいちゃって、よく見えないよ。

「笑いたければ、素直に笑っても良いんですよ?」

 あぁ、あっちの人って本当にHAHAHA!! って笑うんだね。

 机叩いて、ベッドに飛び乗って、クッションをボスボスと殴って、床を転げまわって。


 ――――あ、この人のこと知ってる。神奈姉だ。

 何も隠さない時の神奈姉だ。たまに、ボクやまもりも叩かれちゃうんだよね。


『いえ、失礼をしました。まさか、ジュニアスクールだとは思いませんでした。

 しかし何故? ――――家庭の事情かなにかでしょうか?』

 ……あぁ、義務教育に関する価値観が相当に違うんだっけ。

 小学校はさておき、中学にもなるとギャングになっちゃう子の居るアメリカ社会だ。

「だいたい一年前、Zの騒動が起きまして。

 中学校の卒業まであと一年だったのですが、結局、卒業できなかったものですから……。

 あ、今、ジュニアスクールに通ってる訳じゃないですよ? 流石にこの歳で小学生に混じって仲良く勉強するのはねぇ?」

『プリーズ。スリーミニッツ』

「はい、どうぞ」


 ――――また転げまわって。この人、自分がタイトスカートだって事を忘れてないかな?

 くっ、見えそうで、見えない。こんな時でも防御力が高い人だなぁ。

 脚線美はよく見えるから、よしとしておこう。チラしないリズムというのもあるよね?


『……失礼しました。貴方と話していると、どうも調子が可笑しくなりますね。

 これ以上の失態を晒す前に、単刀直入にお尋ねします。ミスター田辺、貴方は何者ですか?』

「ですから、ただの中学卒業を失敗した男です」

『――――お願いします。本当のことを話してはいただけませんか?』

「本当ですよ? ただ、Zの海の中で一年間を暮らし、生き延び続けた、ただの一人の少年です」

 指先を顎に当てて……美人は何でもサマになって徳だなぁ。

 咳払い一つ。これも可愛い。

『ミスター田辺。私は、貴方に何度も感謝をしなければなりません。

 貴方の送ってくれた論文により、オキシトシンによるZの理性回復現象を発見できました。感謝します』

「いえいえ、自分では実験出来ませんでしたから、こちらこそ感謝しています」

 もしも大量にオキシトシンが手に入る環境なら、木崎のおじさんとおばさん、二人と一緒に暮らしてるところだ。

 ――――まだ、あの部屋から逃げてないよね?


『これは極秘事項。ホワイトハウスには都合の悪い情報なので内密にしていただきたいのですが、私はあの動画をCDCから流出した件により、一時的にCDC局内で隔離されました。

 理由は、情報流出が国益に反する行いだったからです。

 オキシトシンによるZの理性化、その情報を秘匿することは国際社会における高いアドバンテージになります』

 ……あれ?

 世の中の研究機関って、Z対策で協力してるんじゃなかったの?

「それは――――その、政治って難しいですよね」

『はい、暴露本を今、執筆中です。Zの騒動が終了したなら、これを売りに出してアメリカンドリームを、そして、大統領選に出馬したいと思っています』

「夢が大きいんですねぇ」

『半分は、アメリカ人ですから』

「もう半分の日本人が泣きますよ? あぁ、私のことなんてどうでも良いんでしょって。

 どうせ私は大和撫子よ!! アメリカの男にとっては、さぞかし都合の良い女なんでしょうね!!」

『プリーズ。ファイブミニッツ』

「はい、どうぞ」


 ――――惜しい! また、惜しいな!!

 あぁ、そうだ、今のうちにこの動画の記録が……出来ないだと!?

 おのれNSA!! 宇宙のみならず、女体の神秘すら独占するつもりか!!

 しかたがない、脳内ストレージにのみ保存しておこう。じっくりと、ねっぷりとね!!

 あ、ボクの視線が録画されてたらどうしよう……ええいっ! 煩悩のままよっ!!


『……失礼。私の母が、生前に全く同じ事を口にしていたもので、思い出してしまい……。

 えーっと、国益を損ねた私は一時的にCDC局内に隔離されました。

 局員達が総力を挙げてのストライキで免職は回避されたのですが、決定打となったのはミスター田辺、あなたのメールでした。

 NYから溢れ出したZに対する作戦。ゾンビ&サークル作戦。ゾンビトマールのことです。

 まさか、理性を持たせたZにミュージックプレイヤーを持たせて、マンハッタン島に追い返してしまえだなんて。

 正確にはロングアイランドのなかで、Z達には抱き合ってバカンスを楽しんで貰っています。

 ――――あと一日遅れれば、ペンタゴンがNY市民を爆撃していたところでした。

 アメリカ政府に代わって感謝します。

 ワシントンDC、ホワイトハウスも順調に取り戻しました。

 オキシトシンを投与された軍人のZ達が、多数のZ達を輸送中です。

 Zに占拠された都市部の開放が現在進行形で行なわれつつあります。

 Zのパンデミックそのものは未だに抑えられませんが、防疫体制の研究もちゃんと進んでいますよ?』

「それは、おめでとうございます」

『はい、ミスター田辺の功績です。今ならアメリカ大統領とハグできますよ?』

「いえ、どうせならエリカさんと。ほら、アメリカ大統領なんてただのオッサンじゃないですか」

『――――ッッ!!』

 あ、また顔を赤くしてプルプルと……あぁ、グローバル社会の会話でした、これ。

「すいみません。アメリカはセクハラに厳しい社会でしたっけ」

『いえ、良いんです。私の側の問題ですから。

 あの、えっと、それで、ですね?

 アメリカでは既にゾンビ&サークル作戦が大規模展開されているのに、先日、なぜか日本から同じ作戦を思わせる草案が届いたんです。

 これを外交カードの一枚として、なんらかの譲歩をホワイトハウスから引き出す予定だったみたいなのですが……だとすると、おかしいんですよ』

「なにがでしょうか?」

『ミスター田辺は日本在住の日本人。

 どうして、アメリカが先にゾンビ&サークル作戦を知り、なぜ日本が後から持ちかけてきたのか、それが解らないのです。

 ミスター田辺の切った二枚のカードは、外交上も、国防上も、重要な二枚のカードだったはずです。

 それが無償で提供された。なのに今更になって何かを要求されている。

 そのことについて政治家達が頭を悩ませているのですよ。日本の考えが全く解らないと。

 どうしてミスター田辺は、ゾンビ&サークル作戦をアメリカに教えたのですか?』

 ――――どうして? どうしてと言われましても……。


「NYの現状動画と共に、こちらも困っているってメールに書いてありましたから。

 自分に思いつく限りでの解決手段をエリカさんに向けて返しただけですよ?

 簡単にいうなら、エリカさんが困ってた。だから教えた。それだけです。

 それに……銃弾で解決されてしまうNY市民が可哀想じゃないですか」


『――――そ、そうですか。

 いえ、その通りです。爆撃で殺されそうになったNY市民に代わって感謝します。

 ですが、日本政府が後から作戦を知った理由はどうしてなのでしょうか?』

 ……ジクジクと、痛いところを。

 やっぱり、言わなきゃ駄目かぁ。


「――――それは、ボクの罪です。

 ボクの友人の両親が現在Zの状態にあります。

 その人達のためにゾンビトマールの実証を行い、データの提供を条件にオキシトシンの継続投与を引き出そうとしたためです。

 欲を出して、アイディアだけの状態で日本政府へ伝えなかった。

 ただその間に、何処かの国の誰かが、ゾンビトマールに似た軍事作戦を思いついてしまったようです。

 その対抗手段として、止むを得なく日本政府にも情報を開示しました。

 だから、アメリカよりも日本政府が後になって知ることになったんです」

 どうせ褒章が貰えないなら、先に伝えておけば……なぁ。


『それは――――理解しながら仰ってるのでしょうか?』

「何をでしょうか?」

『……ゾンビ&サークル作戦をベースにした、軍事作戦。

 それを思いついたのは、ミスター田辺。貴方自身……なんですよ?』


 ――――は? い?


『我が国で大規模に作戦が行なわれている以上、他国にもその作戦は伝わります。

 行き先を、無人の島から相手国の重要施設に変えただけ、それはゾンビ&サークル作戦……そのものです』

 ――――――――――――あぁ、またか、人間め。


「また――――ボクなのか。

 また――――ボクなのか。

 また――――ボクなのか!!

 佐渡島で六万人を殺したのは大久保さんじゃない、ボクだ!!

 他の重要拠点が襲われて、犠牲になった人々を殺したのはボクだ!!

 どうせ世界中で、あらゆる所で、似たようなことが行なわれてるんでしょう!?

 そして、対抗手段を持たない人達は……。導かれたZ達は……。銃弾が飛び交って、また人が死んで!!

 また、ボクだ! また、ボクなのか!! なんで、ボクは、人間なんかを信用したんだよ!!」


 嫌だ!! もう嫌だ!! もう沢山だ!!

 ボクはもう、人間なんかと関わりあいになりたくないんだ!!


『ミスター!! ミスター田辺!! 落ち着いてください!!

 誰か!! 田辺くんの傍に誰か居ないのですか!? 誰か彼を落ち着かせて!!

 田辺くん!! まだ通信を切らないで!! ちょっと待ってくださ――――』


 ――――消えて、しまえ。全て。


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