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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
87/123

・五月十八日、ファイバーの日

「なぁ、島本。俺は間違ってたのか?」

「――――若は、網元としては何にも間違っちゃいません。舐められたが最後、示しをつけなきゃ誰もついてきませんから」

「だよなぁ。……だけどよ、あのガキの言うことも間違ってるとも思えないんだよなぁ。こんな世の中だ。千葉だの東京だの神奈川だの網元だの……言ってる場合じゃ無かったんじゃねぇか?」

「――――確かに、そうかもしれませんね。昔々から漁場を巡って喧嘩して……それが未だに尾をひいて。馬鹿やらかしたのかもしれません。一年で時代が変わった。大きく変わった。なら、俺達も一年で大きく変わるべきだったんでしょう」

 鹿島耕太は若洲から、必要なだけのもの。

 沖に逃げた西側の漁師達を助けるための武器やら何やらを急いで運んでいた。

 第一海堡と第二海堡、その気になれば泳げない距離じゃない。つまり、漁師のゾンビなら泳いで渡ってくるだろう。

 戦う用意が無ければ総崩れ、船で沖に逃げるしかない。

『何で西の奴らなんか助けなきゃ』、口にした奴は開口一番にぶん殴った。

 やっぱり、話し合いより暴力の方が俺には向いてるよな。自分に対して苦笑い。

 幾ばくかの食料に、ちゃんとした漁船。それも油が満載だ。それから鉄パイプやら角材やら。


 沖に逃げた西の連中と合流すれば、まだ、間に合う。まだ取り戻せる。

 どれだけ達者に海を泳ごうが、オールを必死に回そうが、漁船のスクリューの速度には勝てないし、巻き込み事故は危ねぇよな?

 大声を出せばゾンビはこっちに寄って来る。なら、そこに向かって突っ込めば一網打尽だ。

 あとは、西側の連中次第だが――――『いい加減にして現実を見なよ。人間同士が争ってる場合?』、あのガキの言葉をそのまま伝えてやろう。

 上とか、下とか、東とか、西とか、先祖がどうの、漁場がどうのと言ってる場合じゃねぇ。

「島本!! 用意できた奴から出発させろ!! 人間かゾンビか、ちゃんと区別つけさせろよ!!」

「はい!! 解りました!! 若!!」

「若じゃねぇっつってんだろが!! いい加減、網元として認めやがれ!!」

「――――はっ! 十年はええんだよ、プリン頭のクソ坊主!!」

 ついつい、本音がポロリと。


 ◆  ◆


「生存記録、四百十三日目。五月十八日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 後藤さんは言った。

『人を一人殺しておいて、まだ足りねぇってのか!? 向こうは人を殺して寄越したんだぞ!?』

 頭下げたんだから許せよ、言われて後藤さんは許せますか?

 結局、豊島さんからも、島の人達からも一欠けらも謝罪の意思は貰えませんでした。

 謝罪はあった、でも謝意は無かった。そこにあったのは自分の命惜しさの流血だけ。

 ――――自ら毒杯を煽ったのでは無くて、煽らされただけ。

 もしも、選んだ手段が手遅れだった場合には頭を撃ち抜いて貰う為についてきてもらったのに……すみませんでした。


『お、おう。謝礼は借金の帳消し、』

 自給換算900円で良いですか? 良いですね?

 海に出て、帰ってきただけの簡単なお仕事ですから。

 それ以前に公務員の副業って許されませんでしたよね?

 じゃあ無給になるのか、可哀想。あぁ、可哀想だ。


『ちっ、自分で毒を煽ってた場合は、どうするつもりだったんだ?』

 プリン王に助けさせる気、でした。

 器の違いを見させるのも敵討ち――――なんてのは、映画の見すぎでしょうか?


『まぁな。数千人、仲間を殺されておいて許しちゃプリンの兄ちゃんが身内から袋叩きだ。

 ――――それを乗り越えられれば、皆が仲良く、なんて道があったかもしれねぇけどよ。

 でも、身内を殺された仲間を抑えるなんてこと、誰にも出来ねぇよ。映画の見すぎだ』

 ですよねー。無理ですよねー。


 掛け違えたボタンを掛け直すには、一度、白紙にしなきゃいけませんよね。

 ゴルフ島のZを相手に一緒に戦うことで、対立した過去を水に流せるんじゃないかって、映画の見すぎでした。

 大量虐殺された側が許すことで、新しい明日を一緒に歩けるなんて、映画の見すぎでした。

 大量虐殺の責任者が死に。そこに訪れる新たな危機。それを大量虐殺された側が救いに現れる。

 それでも人間は過去を忘れて、一緒の道を歩けないものなんでしょうか?

 ――――ボクは映画の見すぎなんですかね?


 どうやら、話の内容が難しすぎたらしい。

 無職の人の脳内がオーバーフローを起こしたのだろう。

 返事が無かった。代わりに、拳骨がこのボクの頭上に。とても痛くて理不尽だと思った。


 その返答にはやはり納得がいかなかったので、北沢さんにはヘネシーとタバコを贈呈。

 吉村さんや保科さん達も今日はディナーにどうぞと誘った。

 ゲーム機もソフトも専用のものを、抜いておいたセーブデータも返したら、とても喜んでくれた。

 やっぱり、人の笑顔は嬉しいな。今日は、ちょっとだけ人に優しくしたかったんだよ。

 自分へのご褒美って奴かな?


 後藤の人? なんだかヘリの中で一人寂しそうにしてましたけど、どうしたんでしょう?

 あぁ、彼の目の前でちょっと跳ね橋の試運転をして、上げっぱなしにしておいたからでしょうか?

 早く、彼の心が限界を迎えて、この滑走路から出て行ってくれる日まで苦しめなきゃいけないなんて……ボクはとても心苦しいで~っす。


 ……。

 ……。

 ……。

 ――――Z達の行動が気になる。

 この滑走路に住み着いて、まず一番にしたことは偽装工作だった。

 600mの連絡通路があるとはいえ、人の視界はそれよりも遥かに遠くまで届く。

 Zに近眼や老眼があるのかは知らないけれど、そのままで生活していればバレバレだ。

 対岸にZが集った生活なんてのは誰しもお断りなので、壁を作り、向こうからは見えなくした。

 人工島の部分は流石に手が回らなかったが、倒れて、起きたら、保科さんや吉村さん達が意図を酌んで工事を進めていてくれた。


 なのに、最近ではターミナル内部のZたちがこちらを見つめている。

 こちら、では無く、物陰から双眼鏡で覗き込むボクを一直線に捉えている。

 ――――数千の瞳が一直線にボクに向かう姿は、ゾンビ映画じゃなくてホラー映画でしょう?


 これで、見つかっているのなら駆け寄って来ているはずだ。

 なのに、こちらにやってこない。だから、見つかっては居ないはずなんだ。

 人工島に場所を移動し、覗く位置を変えても、やはりボクを見つめている。

 おいおい、いつからボクはZくん達の国民的アイドルになったんだよ?

 桟橋要塞に後藤の人を向かえ、代わりにボクが外に出た。なのに、奴等の目はボクを追ってくる。

 人口比も関係無しだ。――――ボクだけを見ている。


 昼間はそんな行動を見せない。この行動を見せるのは夜だけだ。

 光が無いために、むしろ何も見えないはずなのに、ボクを見つめている。

 撮影してみたところ、ボクの動きに合わせ、壁越しのボクを左右に追っている眼球の運動が見られた。

 ――――いったい、何なんだよ、これは?


 思い当たる現象は以前から存在した。

 キャリバー50でガレージの工事をしたあの日、音に引き寄せられたZ達が、明らかにボクの家を囲んでいた。

 明らかに光学的なものを無視して、Zくんはボクの存在を知覚している。

 そして、それはタイムリミットだ。ボクが皆と一緒に居られるタイムリミットなんだ。


 もしもその知覚が確信に変わったなら、羽田空港の内のZ達は一斉にこちらに向かってくることだろう。

 そのための対処策はある。ゴルフ島の避難所もその一つだ。

 イザとなれば大型船舶に荷物を運び込み、外洋に逃亡するまでだ。

 あるいは、ボク一人だけが姿を消せば皆は安全に――――メール? CDCからだ。記録終了」


 CDC局員。エリカ=ハイデルマン。彼女なら何か解るだろうか?

 あるいは彼女からなら、オキシトシンを手に入れることが出来ないだろうか?

 木崎のおじさんとおばさんを――――駄目か、こっちは日本人で向こうはアメリカ人だものな。遠すぎる。

 なになに? こちらのファイルを実行してください――――なんだ、宣伝メールか。

 いや、ウィルスか? 日本でもアメリカでもやり口は変わらないんだな。

 可愛い女性の画像と、exeファイルの組み合わせ。なんて古い手段なんだよ。


 ははは、そんな出会い系サイトみたいなものにボクは引っかかりませんよ?

 出会い系サイトに、ウッカリ自分の本アドレスを記入しちゃう後藤の人と一緒にしないでくださいね?

 では、ポチッとな――――。


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