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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
86/123

・五月十八日、ことばの日

「銃をくれ」

「嫌ですよ」

 びっくり、プリンのアンちゃんが生きてました。

 両海堡の繋ぎ役を仰せつかっていた島本さんが、西側の繋ぎ役に勧められて逃げ延びていた。

 酒に毒を盛ると言う卑怯なやり口は認められないものの、西側全体のことを思い、島本さんのことを思い、その狭間で揺れる思いによって助けられた。


 誘い文句は、『苦労人同士、二人で酒を飲もうじゃないか』だってさ。

 ――――意味深だ。実に意味深だ。

 こうして宴会の場から連れ出して、事が終わった後には遠くへ逃げることを勧められた。


 だが、幸いと言って良いのか、毒はフグの毒だった。

 人工呼吸に心臓マッサージを続けたなら、いずれは全て尿として排出される。

 立ち上がり始めるZたち、それを海に落とす西側の漁師たちから隠れながら、二日に及ぶ不眠不休の救命活動によってプリン王は生き延びた。

 48時間に及ぶマウストゥマウスかぁ……これは、愛だね。愛!!


 元々殺す相手だ。計算して毒を入れたわけじゃないだろうが、丼勘定で毒を盛ったらしい。

 そして生き延びた千葉の元締めとしてケジメをつける為、こうして武器の供出を求められたわけですが、

「だからなんで、他人の喧嘩に巻き込まれなきゃならないんですか?

 嫌ですよ。ボク、平和主義者なんですから」

 心の赴くまま、ボクは正直に答えた。


 ブリキの鎧でZ相手に先陣を切ったのはプリン王の弟さん。

 そして、同じ千葉の漁師仲間Zを殺すために囮にされた仲間の漁師や家族達。

 若洲で開放された生き残りは三百人ちょっとだそうだ。

 あと助かったのは、空気を読まず夜の漁をしていた若干数の人達。

 下戸だったそうだ。宴会というものが苦手だったそうだ。あ、その気持ち解る。


 その悲劇の惨状を涙ながらに熱く語るプリン王。

 なので、ボクはつとめて冷たく語った。

「そもそも、あの橋を落としたのはボクですよ? 何を勝手に占拠してくれてるんですか?

 地元の第一だか第二だかの海堡に、皆さんでさっさと帰ってくださいよ?

 ボクは銃を差し上げるくらいなら、銃弾を差し上げますよ? その漁船のどてっぱらに」

 本当はマストを折りたいのだが、自分の技量くらいボクは自覚している。全部この銃が悪いんだ。


 ――――自分達がZを倒した。だから、ゴルフ島は自分達の土地だ。

 思い込むのは勝手ですけど、あそこを離島にしたの元々ボクですから。

 時間があれば、Zくん達もほとんど殺さずに本土側へ移す用意もあったんですから。

 橋を落とす。はしけ船を並べる。本土に誘導して、はしけ船の橋を消す。

 たったこれだけの簡単作業じゃないですか?

 その程度の作業と同程度の成果で何を威張ってるんでしょうか、この人達は?


「えっと、田辺さん……本気、なんですか?」

「えぇ、本気ですけど? 銃を持ってどうするんです? 殺して相手の島でも奪うんですか?

 なら、ボクが先に船を沈めてゴルフ島を返して貰っても良いでしょう?」

「そうじゃねぇ!! 俺の話を聞いてなかったのか!! 俺の弟と、仲間の敵討ちだって言ってんだよ!!」

 ――――だから、さっきから言ってるのになぁ。

「プリン王の弟さんと仲間の敵討ちをとりたい、解りました。

 それじゃあどうぞ、独力で頑張ってくださいませ。

 ボクは別に西側の人達に恨みは……まぁ、毒を盛られた経験がありますが、殺すほどのことではありませんし。ボクの視界に入らなければ十分ですよ」

 どうせ、東京と神奈川に別れていがみ合うんだから、放っておくのが丁度いいと思うんだけど。

 彼等が勝手に殺しあう分には、ボクの天秤皿には誰の命も乗らないんだし。


「……人情ってものがねぇのか!! これだけの酷い仕打ちを見て、何とも思わねぇのか!?」

「思いますよ? ――――人間って、やっぱり怖いなぁって。

 言葉で解決できることを、すぐに暴力で、流血で解決したがるんですから。怖いです」

 ホント、人間って、Zくん達よりもずっと怖いや。


「あぁっ!? 言葉で弟の仇を討てるってのか!! 俺達の怒りを納められるってのか!!」

「まぁ、簡単に? それなりに用意すれば簡単に?」

「おもしれぇ、やってもらおうじゃねぇか!! 出来なかった時には、」

「別に何もしませんよ? ボクの方が強いんですから。

 それよりも、出来た場合はどうします? 絶対服従でも誓ってくれますか?」

「――――解った。誓ってやるよ。絶対服従でも何でも誓ってやるよ!!」

「ま、どうせ人間は裏切るんだから。忠誠なんてタダそのものなんですけどね?」

 スラスラと言葉が出てきて自分が驚いた。

 ――――それは、自衛隊のみんなを裏切ろうとしているボクがそこに居たからだろう。


 ◆  ◆


 夕暮れ時、船を十艘ほど海堡の付近に並べて立っていた。

 暇を持て余して雑草を摘んでいた無職の人も連れてきた。この雑草が今晩の餌になるんだ。

 まもりさまと、朱音さまのお陰だよ。感謝しなさい。

 ますます自堕落になってくな、あの二人は。草をボンネットに載せるだけ、終わり。

 ――――そんな産業革命で良いのか? もはや農奴制だぞ?


「あーあー、第一海堡の皆さん、第二海堡の皆さん、聞こえますか?

 聞こえてなければ、それは己の身の不幸だと思ってください。

 ボクの名前は田辺京也です。滑走路の主、爆弾魔としての方が有名かもしれません。

 この度は、伝え忘れていたことを伝えに来ました。

 ボクは以前、フグの干物で毒殺されかけたんですよ。そちらの網元、豊島さんにね!!

 ボクは毒殺されかけたのに、こちらの人々から未だに謝罪の一つも無いんですよね!!

 これは実に由々しき事態だと思い至り、今日は心の叫びを伝えにきました!!

 今だに思い出しても恐ろしい! 恐ろしすぎてハラワタが煮えくりたつ思いです!!

 一つ間違えば、ボクの仲間が犠牲になっていたかと思うと、怒りで夜も眠れぬほどです!!

 是非! 謝罪を一つ、ボクにしてしたいただきたいのです!!

 あ、ちなみに海堡よりも北側に船を出した場合は、即時、蜂の巣の約束もお忘れなく!!

 では、ボクの心の叫びを皆さんに伝えましたからね!!」

 網元の豊島さんに殺されかけた件を、水に流した覚えは無い。

 息子さんの苗字も豊島さんなのは奇遇だと思う。親子揃って豊島だなんて不思議だよね。


 謝罪したくても、海堡より北に出れば蜂の巣。

 彼等に謝罪の意思があるのなら、どういう形で謝意を示してくれるのだろうか?

 それを興味深々、生暖かい目で見守って居ると……あぁ、海の男は行動が早いね。

 船が一艘と口周りが血に濡れた、Zになる寸前の男が一人、船で海堡から沖に流された。

 Zになるまでは、もう暫くの時間が掛かりそうだ。ペロッ、こいつはフグ毒に当たったんだな。

 ――――死ぬなよ、警部。


「じゃあ、帰りましょうか、奴隷のプリン」

「……卑怯くせぇな。結局、銃を使ってるじゃねぇか。あと俺は鹿島だ」

 もう、プリンで良いじゃないですか?

 体は名を表すんですよ? 脳も名を表すんですよ?

 あと、名前が島ばっかりで覚えるの面倒なんですよ。島ばかりなのは、掟か何かなんですか?


「あのですね、銃弾だって一発撃てば、一発減るんですよ?

 無限に銃弾が出てくるゲーム世界と勘違いしないでくださいよ。

 それに、色々と船をコーディネートしただけで、これの中身は全部玩具ですから。

 撃ちます? このBB弾鉄砲。こんなバズーカっぽいプラスチックの84mm無反動砲なんてありませんよ?

 M16なんてカッコイイ銃を陸自が採用するわけないじゃないですか。彼等は致命的にセンスがないんですから」

「おい、それは聞き捨てならねぇぞ?」

 そいつはこっちが聞き捨てなら無いね。

 じゃあ、無職の人に質問してみよう。


「後藤さん……ロクマルはなんで森林迷彩色なんですか?

 黒でも紺色でも、そのほうが人の目には認識され難いって、ステルス技術の研究により科学的な結論が出たはずでしょ?

 いったい、何に紛れるつもりの迷彩色なんですか? ファッション?

 陸自特有のファッションセンスなの?

 その点、海上自衛隊さんはお分かりになっておりますなぁ!!

 雲や空に隠れることを知っておられる!! まさしくプロだ!!」

「あれは、駐機中に見つからないための迷彩だよ!!

 それと、山岳地帯でホバリング中のための迷彩だよ!!」

「は? あんなに轟音たてておいて、何から偽装できてるつもりなんですか?

 ヘリが着陸出来るような場所で迷彩? その辺の葉っぱでも被せたらどうです?

 そもそも空飛んで、銃を撃つのがお仕事でしょ? 近くなら銃声で位置がバレバレですよ!!

 空に木でも生えてるんですか? そいつに隠れてるつもりですか!!

 それから本家ブラックホーク様を馬鹿にしてるんですか? このロクマルごときが。

 もどきの癖に、対戦車ミサイルやロケットの一つも積んでから偉そうなこと言ってくださいよ!!」

 よし、泣き崩れた。最近、とことん打たれ弱くなったなぁ、この人。

 精神の病かなにかだろうか? どこまで痛めつければ帰ってくれるのだろう?

 佐渡島に帰る前に、完全に壊れたりしたら大変だものね。心配です、手加減手加減。

 ――――むしろ、完全に壊しちゃえば否応無しに帰るのかな?


 ◆  ◆


 夕暮れが日の沈む夜に変わる、帰路の船上。

「弟の仇……確かに言葉一つでとってくれたことは感謝するけど……。なんで、お前が浮かない顔してるんだよ?」

 あぁ、このプリンはまだ気付いていないらしい。

 こんな結果、ボクは予想していたけど、ボクは望んでいなかった。

 人間なんだから、ボクの予想くらい裏切って欲しかった。

「ボクは謝罪を要求したのに、彼等は死体を送ってきましたから。

 拡声器を使って声の届く距離ですよ? 島民そろってゴメンナサイって大声で叫べば済んだ話なのに……頭を下げる姿だってちゃんと見える距離ですよ?」

「――――は? お前は殺されかけたんだろ? それがなんでゴメンナサイで済むんだよ!?」

「ゴメンナサイで水に流すかどうかは、ボクの胸一つですから。

 ――――人の死体が謝罪になるなんて、今は戦国時代か何かなんですか?

 もしかして、漁師のお母さんは悪いことをしたら死んで詫びろと子供に教えてるんですか?」

 いやだなぁ、そんなお母さんは。三歳児が切腹する漁師社会かぁ……。

 ご飯こぼしちゃ駄目でしょ!! 申し訳御座らぬ、母上!! ブシャアアアアア!!

 ――――アホか。


「……許す、許さないは、こっちが決めることか。

 あと、うちの親はそんなこと教えなかったからな? 漁師の家を馬鹿にすんなよ?」

 なんだ、そんな楽しいアットホームじゃないのか。残念だな。


「それに、まだ網元が一人、Zになっただけです。

 弟さんの分の仇はそれで良いとして、他の方々の分は、どうするんですか?

 まぁ、プリンさんは家族の分だけ仇を取れれば満足なのかも知れませんけど……」

「俺は鹿島耕太だ。プリンじゃねぇ。

 そりゃ、身内を殺された身としては、相手を皆殺しにしなきゃならねぇんだろうけどよ。

 そこまでは無理っていうか……やりすぎって言うか……。それはもう完全に戦争だろ?」

 銃を持ち出しておいて戦争じゃないって理屈、通用しないと思うんですけどね?

 しかし、それじゃあ……ボクはまた、やりすぎたのかもしれないな。


「Z、ゾンビってなった瞬間から走れますよね?

 人間は歩いたり走ったりってことを身体が覚えてますから。

 じゃあ、泳いだりオールを使ったりすることを身体で覚えてるゾンビはどうなると思います?」

「そりゃあ、普通に、泳いだり……オールを使ったり……して……」

 あぁ、ようやく気付いたか。


 Zにも個体差がある。泳げるZも居れば泳げないZも居る。

 肥満のZは足が遅いし、スプリンターなZは動きに無駄が無く、速いこと怖いこと。

 一年間、オールを漕いでたZは、オールを漕ぐのも身体を動かすウチに入るんだろうね。


 時間は夕暮れ時、第一と第二海堡に漁船が無事に戻るため、灯台に明かりが灯る頃合だ。

 灯台に火が灯らなければ、幾ら漁師でも島へ帰りつくことは出来ない。

 そんな中、Zになった西の二代目の船は一体どこに向かうのだろう?


「おい、おいおいおいおいおい!!

 どう言う事だよ!! そんなことまで頼んじゃいねぇぞ!?」

「ボクも頼んでませんよ?

 彼等が勝手に毒を飲ませて、彼等が勝手に船で流して、彼等が勝手にZに襲われるんです。

 弟さんの分、仲間の分、合わせてこれで足りるかどうか知りませんけど、彼等自身で敵討ちしてくれるんですから良いんじゃないですか?

 それとも、自分の手で始末しなきゃ収まりつきませんでしたか?」

 返事が無い、ただの納得したプリンのようだ。


 ――――いつからだろう? あの警察署、以来からなのかな?

 とても戦争が、人の戦う心について考えることが、上手になった気がする。

 素人の漁師と素人に毛が生えただけのボク。毛の分の差が生み出した寂しい勝利だ。


「――――最初に言ったじゃないですか。

 毒を盛られた経験がありますが、殺すほどのことでもないって。

 謝ってくださいと言ったんだから、謝れば良かったんですよ、ね? 島本さん」

「はい? 私ですか?」

 何をとぼけてらっしゃるの、この人?


「千葉の網元がボクに毒を盛ったこと、島本さんが代わりに謝罪したじゃないですか。

 そうでなければ、捕まえた人達を若洲に開放しろなんて条件を付けませんよ?」

 その条件をつけたのは後藤さんだけど、まぁ、そこでフテ寝してるし構うまい。


「――――あぁ、だから皆が助かったんですね。

 なんで皆が開放されたのか、さっぱり解りませんでしたけど田辺さんが助けてくれたんですか」

「えぇ、自宅警備員の田辺京也が助けました。

 それで、弟さんの敵討ちを果たしたので、田辺王から奴隷プリンに改めて命令です。


 ……。

 ……。

 ……。

 ゴルフ島から出て行ってください。

 第一も第二も海堡はこれで随分と寂しくなるでしょう?

 人数も大幅に減りましたし、二つの島を合わせれば十分に生きていけると思うんですが?

 ――――血の報復を求める隣人なんて、ボクは欲しくないんですよ。残念ですが、お別れです」

 モヒカンくんとしてはその金髪、十分な逸材だったのにな。

 でも、リアルモヒカンくんは怖いんだよね。平和主義者のモヒカンくんは何処かに居ないものなのかな?


「生きるのに、戦うのに、必要なだけのものは若洲から持ち出していただいても構いません。

 漁船や、はしけ船に乗る程度ならどうぞ。――――これで、お別れです、鹿島さん」

「……俺は、どうすれば良かったんだ?」

 搾り出すような声。

 仲間のため正しいことをしたはずなのに、苦々しい感情を抱えてしまった、そんないつものボクの声。


「話し合えば良かったんだと思います。

 若洲を巡って出し抜きあわず、鹿島さんも豊島さんも協力し合えば……ごめんなさい。今更ですね。

 離島を作りだし、争いを煽ったボクが口にして良い事じゃありませんでした。すみません」

 滑走路の自宅からは灯りが漏れていないけど、羽田空港の灯りがボク等の家路の灯台になる。

 無言のまま時と潮風は流れ、やがてチャプチャプと、我が家へ辿り着いた。


 最後に一つだけ、別れの挨拶をしてから髪の毛の脱色剤をプレゼントした。

 苦笑いで受け取られたが、『網元が金髪じゃ逆にしまりがつかねぇよ』それで最後だった。


 ◆  ◆


「ごめんなさい。散々飲み食いしてごめんなさい。摘み食いしてごめんなさい」

「許しません。ごめんで済めば警察は要りません。上官に報告します」

「殺人未遂は許しておいて、摘み食いはなんで許されねぇんだよ!! お前、頭おかしいだろクソガキ!!」

「綱紀のためですよ。綱紀のための粛清。自衛隊とはそれほどまでに緩い組織なのですかっ!!」

 味をしめた男が一人、謝れば許されるんだと小知恵を振り絞ったようだが鼻で笑っておいた。

 許す許さないは、ボクの胸一つと言ったでしょうに。

 生きるために仕方なくしたことと、自分の舌を満足させるための盗みを一緒にしないでください。

 生きる金欲しさに盗んだと遊ぶ金欲しさに盗んだじゃ、被害者意識が大違いなんですよ?

 女性の甘味は除きます。アレは生きるために必要なものなので。――――母さんがそう言ってたし。


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