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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
82/123

・五月十六日、性交禁忌の日

「後藤一尉!! 高射砲が復活しています!!」

「なんだと!? 回避しろ!! 監視役の山本は何やってんだ!!」

 羽田空港、D滑走路。その桟橋に設けられた要塞が息を吹き返していた。

「SAMによるロックオン警告!? 回避できません!!」

「くそっ!! とにかく降ろせ! 出来るだけ遠くにだ! 俺が時間を稼ぐ――――もしも、いざとなったら、」

「解りました! 投降します!!」

「逃げる気概くらいみせろよ!! ロクマルは貴重品なんだからな!!」

 少年が、一人。人工島と滑走路を繋ぐ桟橋部でお茶を片手に寛いでいた。

 テーブルに同席するのは山本梓と呼ばれる女性と、川上美冬と呼ばれる女性。

 ともに、アールグレイの茶葉が開くのを楽しんで待ちわびていた。

 恐持ての男が一人、滑走路に降り立ち……トボトボと……。


「山本さん、あの情けない男の何処が良いんですか?」

「そのね、情けないところが良いのよ……自分でも、駄目だなぁって思うんだけど」

「母性本能をくすぐられちゃう、そんな人、何ですよねぇ……」

 ……ダメンズ。ダメンズウォーカー。

 たしかそんな言葉を母から聞いた記憶を少年は思い出した。

 少なくとも少年の父は、その正逆。むしろ母こそがと思っていのだが、生涯、口にすることは無かった言葉だ。


「おや、無線機から酷くみにくいダミ声が……その音って、消せないものなのでしょうか?

 茶会を乱す、無粋な輩の声は聞きたくないものですねぇ。人質として協力していただけますか?」

「えぇ、簡単に消せますよ。消音します。送るな」

 テーブルに置かれた無線から漏れる男のダミ声が消えた。

 静かに流れる一陣の潮風。玉露の匂いとは些かばかりにあわないものだが、それもまた一興と少年は、お茶の会の静けさを優雅に楽しんでいた。


 五分。冷凍保存されていたマカロンがほどほどの食べごろを迎える。

「マカロンタワー。本物を見るなんて初めてです」

「えぇ、並べるのは結構大変でしたよ? これで繊細なお菓子ですからね、落として欠けたものを戻すわけにもいきませんし」

「まぁ、京也くんって器用なんですね?」

「いやいや、川上さんこそ、流石は看護資格を持つ女性。あの点滴の針の刺し方には安心感を覚えましたよ」

 お互いの長所を認め合う、これぞ人の美徳であり、人類文化のきわみである。

 少年は今、人類であることを満喫していた。滑走路をトボトボ歩く類人猿を眺めながら。


 十分。なにやら遠くのほうで鬼のような形相の子鬼が無線に向かって一人芝居。

「彼は何をやっているのでしょうか?

 こちら側では既に音を消して、潮騒に耳を傾けているという事実が認められないのでしょうか?」

「おそらくは、ロクマルに残った男達に向けて愚痴を述べているのだと思います」

「なるほど……あぁ、そうだ。思い出しました。

 ボクからも一つ機内の彼らに伝言があるのですが、山本さん、人質として伝えていただけますか?」

「はい、なんでしょう?」

「セーブデータは消去した。繰り返す、セーブデータは消去した。文面はこれでお願いします」

「セーブデータは消去した。繰り返す、セーブデータは消去した。送るな」

 山本梓が三杯目のアールグレイに手をつけるまえに、少々、花を摘みに出た。

 川上美冬もまた一緒に同行。女性の友とは、そういうものらしい。

 中学校でもそうであったなと、少年は在りし日々の懐かしき情景を思い浮かべていた。


 十五分。わずかばかりに無線を通さずとも、その叫びが聞こえる。

 聞こえるか聞こえないか、その狭間に揺れる衣擦れのような音が、少年の耳を潤した。

 あぁ、これが支配者の視点なのか。モヒカンくんを従えた世紀末覇王の視座なのか……。

 山本さんと川上さん。女性を二人も侍らせて、生物学的弱者を見下す……最高の気分だ。


 二十分。少年と壮年の男が対峙しあった。

「……自分は、陸上自衛隊、第十二旅団、後藤弘信一尉だ。相談したいことがある」

 男の名乗り上げに少年はいぶかしむよう眉を歪めた。

 少年の知る自衛隊と、目の前の男の姿がどうしても一致しなかったのだ。


「こういう時には、お久しぶりで、よろしいのでしょうか?

 空賊の後藤さん。さきほど物資を確認したのですが、相当量の目減りが見られまして……。

 おや? 陸上自衛隊という組織は、民間人から物資を略奪する方々の総称でしたかね?

 もう一度、自らの正しい経歴を述べていただけると助かるのですが?」

 そう、少年の中で、彼への認識は空賊だった。

 散々飲み食いをした挙句、恩を仇で返していった。そんな男が自衛官であっていいはずが無い。


「――――くっ、空賊の後藤弘信、三十六歳だ! 文句あるかっ!!」

「文句はありませんが……空賊であるならあのヘリコプターは撃ち落とさなければなりませんねぇ。

 悲しい出来事ですねぇ。実に悲しい出来事ですねぇ。空賊なんて、お辞めになってくだされれば良ろしいのに」

 手元の操作一つでキャリバーを束ねた高射砲が回転を始める。

 機関銃ではなく、一本一本が独立した銃なので回転する必要はまったく無いのだが、そこは少年の美意識の問題であった。


「今、自分は空賊を辞めました。無職、無職の後藤弘信、三十六歳であります!!

 ――――これで満足かっ! このクソガキがぁっ!! いつ目覚めやがった!!」

「まぁ、先ほどです。満足と言えば、全くもって満足などしておりませんよ。

 あぁ、そういえば大久保さんでしたか。大変に、紳士的なお方でしたねぇ。

 沙耶ちゃんと日名子さんの生存を隠していた一件、随分とお怒りの御様子でしたよ?」


 少年の言葉に男がたじろいだ。

 まだ、会わせてはいけない。

 未だに言葉が乱れる精神状態の大久保沙耶と会わせてしまっては、大久保さんを苦しませてしまう。

 そう思っての判断であったのに、その思いやりを踏みにじられた男が激昂した。


「は? おい? 今の沙耶ちゃんを大久保さんに会わせたのか!?」

「えぇ、ボクと手を繋いでいる間は精神が安定しておりましたので、ちゃんと生存の報告をさせていただきました。

 なにしろ助けたのはボクですし、ボクが報告することが筋と言うものでしょう?

 無職の後藤さんが、なぜ、生存を隠していたのか大久保さんにも理由が解らなかったようです。

 きっと、孫娘を思って涙する祖父の泣き顔を見て笑いたかったのでしょうと、個人的見解を添えておきましたよ。

 大久保さんは退職願が十万枚と言っておりましたが、これは何かの符丁なのでしょうかねぇ?」

 ――――少年の言葉に、男は力なく崩れ落ちた。

 そして、そのまま動かなくなったが、誰も彼を助けに走っては来なかった。

 ヘリの中でも、二人ほど崩れ落ちたままだったからだ。


 ◆  ◆


 善意の種から毒の花が咲いてしまう。

 だからボクは、誰にも触れないプレッパーズで居たかった。

 助けた誰かが、次の誰かを殺してしまうのなら、本当の悪人は誰になるのだろう?


 人を乗せられる輸送ヘリや航空機の多くは、現在の首都である北海道に行ったっきりだ。

 Zの群れが迫るなかで、限られた輸送機と限られた燃料で助けられる基準は能力の多寡。

 つまり、自衛隊や警察官ばかりであった。


 弾薬類が乏しい今、盾一つ、身一つでZの集団に対抗できる機動隊員は貴重な地上戦力である。

 彼らが前に立ち、そして、自衛官が危うい部分を後ろから狙撃して援護する。

 それは完璧な防御陣形だった。ローマ軍の方陣、ファランクスを想像させる。

 機動隊の彼等は、Zを殺さずに無力化できるという特殊な技能の持ち主。

 骨を折る。関節を外す。捕縛術と無力化の術を併せ持てば、誰も殺さずに済む。

 幸い、飲まず食わずでも生きていけるZ達だ。脳を破壊してしまうよりも、随分と人道的であった。

 肩、股関節、顎、三箇所を外された状態は人道的と呼びづらいが、手錠では自らの手足をもぎ取ってしまうというのだから仕方が無い。

 檻ではいずれ、破壊される。

 流石に野ざらしというのも何なので、気休め程度にクラシックや子守唄などをかけた部屋のなかで快適に過ごしてもらっているそうだ。


 機動隊が守る限り、十や百のZなど相手では無かった。

 戦う場所を選べば、彼らにとって格闘技の素人でしかないZたちだ。

 相対することは、解体作業でしかない。捕縛術のプロとはそういうものだった。

 百回相手をすれば、必ず百回勝てる。将棋の素人が、将棋の名人に勝つことは出来ないようにだ。


 しかしそれは、数の差で簡単に覆ってしまうことでもあった。

 一万、十万が相手ともなれば体力が続かない。技術はなくとも相手は怪力のZたち。

 圧倒的な物量。思わぬ方角からの挟撃。一瞬の気の緩みで噛み付かれれば仲間入り。

 これらを相手にしては逃げ出すほか無かった。


 限られた機体、パーツ、燃料、それが割り振られる順序は簡単だった。

 機動隊。自衛隊。終わり。


 ――――よほど特殊な技能でもなければ、民間人は救出の対象に含まれて居なかった。

 医者や科学者、まれに技術屋。いずれ治療の見込みはあるから、この場は見捨てようじゃないか。

 悪い言い訳の使い方がされていた――――。


 ◆  ◆


 誰が助ける順序を決めるのですか?

『政府です。そしてその政府を決めるのは国民です。ですから、結局は貴方がた自身ですねぇ?』

 随分と簡潔な答えだったが、納得できた。

 地獄に落ちろ、そのメッセージの伝えるべき正しい宛先は――――本人だった。

 郵便事故でした。ごめんなさい。ちゃんと届いてました、最初から。


 あ、ボク、投票権の無い未成年なんですけど?

『あぁ、これは失礼を。……不出来な大人たちを許してくださいねぇ。

 真面目に政治について考えてこなかった。考え無しの、その報いを受ける大人達は自業自得ですが、巻き込まれる子供達は可哀想ですよねぇ』

 ――――グサグサと心に突き刺さる泥の痛み。泣きそう。吐きそう。吐血しそう。

 生き延びることについて、全てを自衛隊に依存した人達。その親の手に握られた子供達の手。

 ボクが、シェルターから誘い出した子供たちの手の数。ハーメルンの笛吹きは、ボクなんだよ。


『――――セーフルームの件で、貴方が嘆く必要はありませんよ?

 政府の出した結論は、施設の管理者である自衛官以外の皆殺しでしたから。

 誰の家族を生かし、誰の家族を殺す、選択そのものが許されない状況でした。

 千のZを抱えて生活するなんて不可能なことです。本来なら、あえて酸素濃度を下げて失神させ。

 その後、意識が回復する前に全員の頭を銃で――――その指示はとうの昔におりていたんですよ。

 ですが、ギリギリまで彼等は実行を躊躇っていた。夏休みの宿題を溜め込む子供の気持ちのようなものでしょうか?』

 あ、ボクは初日で終わらせちゃうタイプなので、それはよく解りません。

 写させろという、まもりから必死になって隠すタイプでした。


 ――――ボクは、百二十人を病気から守るために千人を病気に感染させました。

 それとは無関係なZの人達。確認できるだけで七十二人を殺してしまいました。

 防衛省の中に入るため、シェルター前を掃除するために、ボクは人を殺してしまいました。

 ボクは、嘆くべき、苦しむべき、裁かれるべき人間だと思うのですが?


『あぁ、困りましたねぇ。その歳で考えすぎというのも。

 私はね、佐渡島で六万の罪のない人を殺しました。六万の病気でない人達のためにです。

 貴方は、防衛省で七十二の人の命を奪いました。一千二百八十一名の命を救うためにです。

 結果論ですが、誘い出されてZになったとはいえ、いずれは治療の見込みもあるのですから。

 政府の決定通りに頭を撃ち抜かれるよりはマシだったと、皆が理解しています。

 そんな彼らの感謝の気持ちでは、貴方の心の傷は癒されないんでしょうねぇ……』

 はい、痛いんです。苦しいんです。

 救われる命を選ぶことは、苦しいことなんです。

 ボクは、本当は、ずっと自宅で、ずっとこの滑走路で、誰にも関わらずに引き篭もって居たかったんです。

 何も知らなければ、何も感じずにいられたのに――――あの三十六歳の無職野郎が!!


『後藤くんのこと、悪く思わないでくださいな。

 彼は彼で、私のために動いてくれたのですから……。

 私の孫娘の沙耶。そして、私の不肖の息子が迷惑をかけてしまった日名子さん。

 二人を助けるために――――防衛省近辺のZ達、何千、何万を殺そうとしていました。

 私のため、だったんですよ。でも、貴方が動いてくれたおかげで、そのZ達も助かりました。

 そして、例えZになったとしても沙耶と日名子さん、二人も死なずに済みました。

 暫くの間、長い間、二人には病で苦しい思いをさせてしまいますが、生き延びられる機会を与えてくださったこと。後藤くんに代わって感謝いたします』

 ――――はい? 沙耶ちゃんと日名子さんなら、無事に防衛省から連れ出しましたが?

 あの三十六歳の無職から話を聞いていないんですか?

 シェルター暮らしで少し疲れてるみたいですけど、二人とも元気にしてますよ?


『――――はい?

 生きている? Zではなく人間のままにですか?

 ……それは、ちょっと、信じがたいお話ですねぇ?

 それが本当であれば、この場にお連れいただけませんか?』

 えっと、ちょっと待っててください。

 今、連れてきますね――――。


 ◆  ◆


 大久保沙耶。彼女は大久保利通さんの孫娘であり、その不肖の息子の子。

 若気の至り。十五の若さで日名子さんを孕ませた……不良少年。

 沙耶ちゃんが堕ろせなくなるまで逃げ隠れして、日名子さんの人生を完全に狂わせたヤンキー達がゴーホーム。

 堕胎出来る期間を過ぎればもはや産む他に余地は無く、共に高校を中退して息子さんは工務員に、ドカタのアンちゃんになった。

 でも、やっぱり何処に行っても長続きしなかった。

 その度に大久保さんが日名子さんに、生活費を影からそっと託したそうだ。

 それが気に入らない彼は、沙耶ちゃんが八歳の時に酒気帯び運転でバイクと共に崖の下。


 ヤンキー仲間だった日名子さん。その親も親であり、今では完全に離縁状態。

 孤独となった彼女が頼れるのは利通さんだけだった。

 ただ、家に居ることの少ない利通さんでは小さな沙耶ちゃんを満足に育てることが出来ず、已む無く寄宿制学校に……。

 八歳までのヤンキー生活、六年間の寄宿舎生活、大脱走して普通の女子高校生。

 ヤンキーだったり、お嬢様だったり、普通の女子高生だったり。忙しい子だね。

 そもそも、沙耶ちゃんは140センチ台だったので、年上だとも思っておりませんでした。


 クソ爺、お爺様、お爺ちゃん……聞いてても疲れるマルチリンガルな日本語の会話。

 利通さんは利通さんで、ずっと泣いて謝ってばかり。涙声でほとんど言葉を聞き取れないしさ。

 日名子さんは日名子さんで、死んだ旦那の父親に禁断の恋をしていて……。

 メロドラマとしては満点だけど、アットホームとしては零点だったよ大久保家。


 シェルターの中で受けた心の傷は、その怒りが埋めてくれたらしい。

 それでもまだ怖くて、ボクの手を握りっぱなしだったけどね。まもり、ボクを睨むんじゃない。

 あのクソババアの大奥様がZとしても生きてることが許せないので、撃ち殺してきて石切りさんとお願いされた。

 ――――ですから、石切りさんってどなたでしょうか?


 泣いてるお爺ちゃんを前にして後藤さんが笑いを堪えてる姿を目撃したという証言が、沙耶ちゃんの口から毀れ出た。

 ずっと笑顔の大久保さんだったのに――――鬼のような顔も出来るんですね?

 これは後の展開が、とてもとても楽しみだとボクは思いましたとさ。


 ◆  ◆


 レミングの大移動。ハーメルンの笛吹き。

 理性を持ったZの……軍事利用。そんなことの為にボクは情報提供した訳じゃないのにな。

 ボクの考えたゾンビトマールは、Z達を無人区画におびき寄せて隔離するための平和利用のための計画だ。

 なのに、それを人を襲わせるために使うなんて……どこまで人間は馬鹿なんだろう?

 ここは映画の世界じゃない。死んだ人はカットの声が掛かれば人間に戻ってくるわけじゃないんだぞ?


 ――――草案はあった。防衛省への不信もあった。だからこそ確実な形が必要だった。

 そのデータを取引の材料に、木崎のおじさんとおばさんへのオキシトシンの継続投与を条件として引き出すつもりだった。

 でも、肝心のオキシトシンが見つからなかった。とりあえず、普通の薬局には落ちてはいなかった。

 ゾンビトマールの実証データを作り上げる前に、他の国の、他の誰かが似たようなことを思いついてしまい、先に軍事利用されてしまった。


 だから、対抗措置として大久保さん経由でゾンビトマールの草案を即座に北海道へと送った。

 おそらくは、ほぼ同様の作戦だろうと見込みがついていたからだ。

 功績はあった。――――だけど、木崎のおじさんとおばさんへのオキシトシンの継続投与は見込めないらしい。


 政府の判断では、オキシトシンは平和利用が先になる。

 たとえ功労者であっても、特別待遇は出来ない。

 百万の人を助けられる薬を、たった二人のためには使えないんだってさ。当たり前の判断だった。


 でも、オキシトシンが量産体制に入った後でなら、最大限の口利きをしてくれるとも約束をしてくれた。

 それは数年後、十数年後の約束になるけどね。

 それでも、神奈姉とまもりをいつかは喜ばせてあげられる。

 十分だろ? 十分に頑張っただろ? もう、これ以上は引き出せないほどに引きだせたと思いたい。

 だけど、条件を引き出そうと最初から考えなければ、防衛省の中の人達は安全に逃げられて――――。

 佐渡島の人達だって死なずに済んで――――。

 ボクが欲を出しさえしなければ――――。


『貴方は本当に、悩みすぎる子なんですねぇ。

 愛する人と、愛してない人を天秤にかければ、愛のある方に傾くのは当然のことですよ。

 でも、天秤の両皿に重い思いを乗せてしまうと、心の天秤そのものが軋んでしまうんですよねぇ。

 最初から、真面目に天秤にかけさえしなければ――――心は、ずっと楽なんですけどねぇ?』


 ――――大久保さんも、辛いんですか?


『えぇ、この一年、ずっと辛い思いをしています。だから、ずっと笑顔なんですよねぇ……。

 もう、それ以外の顔を忘れちゃいましたよ』


 ――――さっき、鬼みたいな顔をしてましたけど?


『そうですね、後藤くんのことは許しません。絶対に。

 そうだ、退職願は十万枚だと伝えておいてくださいな。それで全てが伝わります』

 はい、確かに承りました、まかせてください――――。


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