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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
80/123

・五月十五日、商人の祝日

 その救援の知らせが入ったのは朝方のことだった。

 東京方面、甲府方面から息を合わせたようにZの群れが行軍を開始した。

 数、不明。少なくとも十万単位であることは確定済みだ。

 アメリカが貸し出してくれた衛星画像。一日一回ほどの更新でも、Zの位置観測の役には立つ。

 重ね合わせればZの進路予想も可能だ。天気予報よりもグチャグチャなベクトル線だが、無いよりはマシだった。

 新潟市で始まったZの行軍は、長岡の油田で都合よく静止した。

 そのまま通り過ぎることを期待していた南進が、ピタリとそこで止んだのだ。

 長岡の油田で稼動を続ける様々な施設群が、彼らを留めているのだろうか?

 後藤弘信一尉は、自衛隊員として今、板ばさみの渦中にあった。


 奥多摩市。今では山間に出来た陸の孤島である。

 Zがバラバラに動き回っていた頃であれば、それらも敵では無かった。

 だが、それも今は昔の話。十万単位の数で迫るZの群れを相手にしては、もはや孤島とは呼べないだろう。戦場だ。

 まるで、その地に住人の存在を確信しているかのような一直線の行軍には違和感を感じる。

 ともすれば、Zになると、そういった特性を持つようになるのかもしれない。

 が、東と西で意思疎通を計れるテレパシーにでも目覚めたとでも言うのだろうか?

 ――――それは無い。


 長岡の油田を目指したZの群れは、民間人が護送された後も、みなと公園の方角には向かわなかった。

 扇状に広がりを見せる性質の為に、その端が掠めそうになっただけで終わった。

 つまり、奴等は見えない人間の位置を感じとれる訳ではない。

 無線機能がついているのなら、なぜ、みなと公園の所在を知らせなかったのか?

 そんな暇を与えた覚えも無いが、それくらいの猶予はあったはずだろう。


 佐渡島に上陸した後もそうだ。

 六万近い人数が上陸を終え、陣形を整えておきながら、こちらから誘き寄せるまでは、Zが襲ってくる気配も無かった。

 人間の気配を感じるには、数日、あるいは数週間単位の時間が必要なのかも知れない。

 だが、それではなぜ、長岡のZ達は佐渡島を目指してこないのか?

 間に海があり到達できないのと理解しているとでも言うのだろうか?

 大久保元団長も、その当て推量を外された。

 人間の位置を感じる力があるというのなら、多くの人数を佐渡島に置き陽動とする。

 次いで、最小限の人数で長岡の油田を再稼動させる予定だった。

 再稼動の計略自身は存在した。だが、未だ実りは無い。

 長岡に滞留したZは未だそこに在り続けて油田を封鎖し続けている。


 長岡の他にも随所で似たようなZの行動が見られた。

 Zの集団が人間の集る要所を目指し、そして逃げ出したあともそこに滞留し続ける。謎の現象。


 それから飛び込んできたのが奥多摩の危機だ。

 東は白川ダム、西は小河内ダム、第一から第三の水力発電所を守り、この関東に電力を送る要地の一つである。

 首都機能を北海道に移設して、今さらというところではあるが、いずれのために確保して置かなければならない重要拠点の一つでもあった。

 発電すれば、水も減るが、雨も降るので、電気も流れる。水と電気のライフラインの要だ。

 そんな場所に東西揃っての侵攻という念の入れようが気にいらなかった。


 ――――これではまるで軍隊だ。


 東だけ、西だけというなら場所を選べば守りきれるが、挟撃となればこれは至難だ。

 相手はZ、車の道に囚われない歩兵の軍隊。

 道路を塞ごうとも、山を抜け、森を抜け、背後をとられてしまえばお終いだ。

 それに加えて兵が足りない。弾が足りない。いや、正確には銃弾ならあったな。

 間借りしているこの滑走路にはタップリとだ。


 大口径にしても小銃にしても、自衛隊の銃弾は規格統一されている。

 羽田を軍事基地化するに当たって集められた装甲戦闘車両には、一台につき一本はキャリバーがついてる有様だ。

 脱出の際に運び損ねた弾薬類。トラックの荷台は物騒すぎる火薬庫になっている。

 これらを返還して貰い、さらに輸送のための燃料類も――――強奪すれば、奥多摩を守りきれる。かもしれない。


 ダムの上面と言うのは長い直線通路だ。

 ただ突っ込んでくるだけの相手であれば、佐渡島で経験した。

 真っ直ぐに動いてくる的でしかない。小銃ならば頭に、キャリバーなら四肢を砕いて、肉の山が邪魔になればカールグスタフなり、迫撃砲で取り除けばいい。

 むしろ、山に傾斜をつけることで、ダムの左右の谷底に落としてやることも出来る。

 水に落ちるか、崖下に落ちるか、どちらにせよ無力化は完了だ。

 後藤弘信は、戦闘の絵図面を描きながら、同時に、この滑走路の住人のことも考えていた。


 ――――お前らの身を守る武装、ちょっと貰って良い? 燃料とかも結構。


 この要求に頷く奴は、馬鹿だろう。

 この国が日本であり、物が自衛隊の銃であるのだから、所有権は当然ながら自衛隊にある。

 だがしかし、それは日本政府が民間人を見捨てていなかった場合の理屈でしかない。

 見捨てられたために仕方が無く銃を手に取った民間人に、日本の法律を説法しても馬耳東風。

 法が人を守らないなら、人は法を守らない。実に当たり前すぎる道理がこの土地にはあった。

 燃料類に関しては要求する権利も無い。全てクソガキがかき集めてきたものだ。


 一番厄介なのは、あのクソガキ、田辺京也の心だ。

 Zを病気の民間人だと正しく認識している、今では数少ない非常識な常識人。

 そのZを殺すための弾薬を、ニコニコとした顔で融通してはくれないだろう。

 もしも笑顔で渡されたなら、大久保団長の笑顔に似た、背後に何かの企みがある笑顔のはずだ。

 佐渡島。官民の心を一つに纏め上げるために、フヌケ共に活を入れるために、与えたのはZの恐怖だった。

 怯えさせる役だけとはいえ、民間人を作戦に参加させた。

 むしろ、あの場では、あれ以外の勝ち筋はほとんど無かったはずだ。

 自衛隊は居ても兵士が居なかった。民間人の悲鳴を耳にするまでは。

 大久保さんは何処まで計算をしていたのか? ――――もちろん、全て計算済みだったのだろう。

 その後の自治も、上手く行っている。

 こういった人心掌握が出来てこその団長様だ。

 そこまでの人が免職なんだぞ? どうなってるんだよ、この国は……。


 ハァ……とても、居心地の良い場所だったんだがなぁ……こんな、お別れの仕方なのかよ。

 なにもかも、上手くいかねぇなぁ。


 ◆  ◆


「お断りします」

 当たり前だ。当たり前すぎる反応だ。――――女子高校生って点を除けばな。

 弾をくれ、飯もくれ、燃料もくれ、返す当ては一切無い。

 飯も燃料もあるが、運ぶ手立てが無い。チヌークを使って返却する許可は降りないだろう。

「すまん、神奈ちゃん」

 89式の銃口を向けた。銃口の先を向けられてるのに、お互い苦笑いするってのも何だかな。

「全部が全部とは言わねぇ。ただ、困ってる奴ら。頑張ってる奴らが居るんだ。

 少しだけ……三分の一だけ、弾薬類を分けてくれよ?」

 ニッコリと彼女が微笑んだ。

 ――――まさか、良いって言うのか?


「京ちゃんから、預かっているものがあります。

 もしも、後藤さん達が強盗に成り下がったときのためのスイッチです。

 これを押すと、頼みの綱のヘリコプターがバラバラですよ? 運びたくても運べませんよ?」

 ――――なんだ、そんなことか……済まないな、こっちもプロなんだ。

 保科、お前が説明してやってくれよ。顎で促した。


「御免ね? 神奈ちゃん。あの自動で動く銃の束は、僕が勝手に止めさせてもらった。

 だからさ、そのボタンを押しても何にも起きないんだよ」

 ってわけだ。自衛官を舐めて貰っちゃ困る。


「お姉ちゃん……もう良いよ。京也が悲しむよ?

 京也は、お姉ちゃんのことを人殺しにしたいなんて思ってないもの。

 それに、元々は自衛隊の人の銃なんでしょ? ――――燃料以外は」

 ――――ナイスアシストだ。まもりちゃん。


「もう、みんなに出て行って貰いませんか?

 沙耶って子、私のハーゲンダッツを勝手に食べるし。それも抹茶以外ばっかり」

 ――――ナイス? アシストだ。朱音ちゃん。


 悪い俺達が、悪いことして出て行った。

 良い子のお嬢ちゃんたちが、その手を汚す必要は無いんだ。

 ――――地獄に落ちるのは、俺達だけでいいんだよ。


「まもり? 今、ヘリコプターに誰か乗ってる? 乗ってないなら、人殺しにはならないわよ?」

「あ、そっか。そうだね」

「朱音ちゃん? 抹茶もちゃんと食べなさい」

「――――うぇぇ、アイスって楽しむためのものだとおもうんですけど……」

「保科さん? このスイッチですけど……京ちゃんの銃のものじゃありませんよ?

 蛍光塗料であそこに書いた丸にHのマーク、なんであそこに描かれたんだと思いますか?

 あそこには爆弾が埋められてるんです。京ちゃんがマークを描く前に倒れちゃったので、私が描きました。

 ちゃんと、地中の爆弾は解除されたましたか?」

「して、無いです――――」

 ――――あ、あれぇ? 風向きが、おかしいぞ?

 俺達はプロで、お嬢ちゃんたちは可愛らしいお嬢ちゃんのはず? ……いや、女帝様だったか。


「ちゃんと、丸のなかにヘリコプターを止めると、お酒が呑める。

 北沢さん、爆弾の上にヘリを止めて飲むお酒は美味しかったですか?」

「美味かった。それは認める。出来れば下町じゃないほうのナポレオンが良かったんだけどな」

 あ、それは俺も……。


「京ちゃん言ってましたよ?

 コレはヘリポートのHじゃなくて、地獄の入り口のHELLポートなんだって。

 いつか、ヘリコプターの武装集団が現われたときには、これで地獄送りだぜ、HAHAHA!!

 本能らしいですね? 地獄の入り口にヘリコプターを止めちゃうのって」

 そりゃ、駐車場に綺麗に白線が引かれてたら、誰だってそこに止めるよ……。

 クソガキめ……。こんな時にまで余計な顔を出しやがって……。


「どうします?

 一、なにも持たず、皆を連れてとっとと出て行く。

 二、ヘリを爆破されて、皆で幸せに暮らす。

 三、私を銃で撃って、ヘリを爆破されて、皆で不幸になる。

 四、皆を連れて出て行くところを、私がボタンをウッカリ押しちゃう。

 私のお勧めは――――四です。京ちゃんなら、必ずそうしますから」

 あぁ、あのクソガキなら、後腐れの無い様に、爆破した上で海にドボンだろうさ。

 甘っちょろい顔して容赦が全くねぇからな。


「五、神奈ちゃんには悪いが、その手のスイッチを撃って壊しておさらばするってのもあるぜ?」

 頼むから、撃たせないでくれよ? その綺麗な手。

 俺だって、誰かを傷つけたいわけじゃないんだよ。


「六、アザミさんがボタンを押す。って言うの、忘れてました。ごめんなさい。

 七、まもりか朱音がボタンを押すって言うのも忘れてました。ごめんなさい」

「え? お姉ちゃん、私、持ってないよ?」

「ごめんなさい、私もです」

「――――ははっ、神奈ちゃんは嘘が下手だな。助かったよ。まもりちゃん、朱音ちゃん」

 これで、ボタンは一つ、か。

 ――――くそっ、俺に覚悟を決めろってか?


「アレ、何処にやっちゃったかな?

 たぶん、部屋のどこかだと思うんだけど、今から探してきても良い?」

「私も、ずっと持ち歩くの邪魔だから部屋に置きっぱなしにしてました。ごめんなさい」

「私はちゃんと持ってましたよ? ほら、ここにちゃんと」

「宮古は? 宮古のは無いの? 京也くん、宮古にだけ意地悪したの?」

「えっと……じゃあ、お母さんの分と半分こしましょうか?」


「やめろ!! 解った!! 降参だ!! そんな危険物を危険人物どもに渡しておくな!!

 保科ぁ!! お前、ロクマルへの攻撃は無力化したって言ったよな!?」

「後藤一尉からの命令は、高射砲の無力化でありました!!

 自分は、その任務を完全に全うしましたと思います!!

 爆弾に気が付かなかった自分には、一切の非が無いものと思われます!!」

 撃ちてぇ。目の前のお嬢ちゃんのスイッチよりも、コイツを撃ちてぇ!!


「解った。すまなかった。

 後日、弾薬、燃料、糧食の返却はなんとかする。

 大久保さんの恩人なんだ。それくらい、なんとか融通を利かせられるはずだ。


 ……。

 ……。

 ……。

 今な、奥多摩に向かってZが十万単位で進軍してるんだ。それも東西両方からだ。

 上層部の表向きの指示は、奥多摩にあるダムの死守。裏向きの指示は、一時撤退。

 ただし、民間人を運ぶためのヘリは無い。車両も無い。道が塞がりっぱなしだしな。

 それから近くに二千人を受け入れられる安全な施設も無い。山奥に逃げても追われればお終いだ。

 そもそも、山奥に逃げたところで飢え死にが待ってるだろうしな。

 こいつは自衛隊の作戦情報だ、頼むからバラしたことは内緒にしてくれよ……」

 退職願に加えて、始末書の山が増えるのは簡便だぞ?


「でもな、あいつ等は逃げる気が無いんだよ……。

 奥多摩の人間と一緒になって最後まで戦う気なんだよ!!

 もう弾も燃料も残ってないのに、竹槍持って戦う気なんだよ!!

 だから、ここにある銃と弾薬、どうしても届けてやんなくちゃならねぇんだよ!!

 解ってくれよ!! 神奈ちゃん!! どうしても必要なんだよ!!」


「――――でも、Zも病気の人間ですよ?

 そのために銃弾が使われるなんて、京ちゃんが悲しみますから……断ります。

 でも、このボタンは押しません。強盗に襲われて、奪われた。それだけで十分です。

 Zを殺した銃弾を返されたなら……京ちゃんが悲しみます」

 ――――そうか、そうだよな。

 そういうクソガキだった。訳のわかんねぇ、ヒューマニズムだかZニズムだかを持ってる。

 超のつく大馬鹿だったよな。


「――――京ちゃんに謝罪だけはしていってください。

 あと、弾薬とは一切関係の無いゲームとお酒と化粧品に生理用品の類は幾らでも返していただいて結構です。

 吉村さんに譲ったゲーム、未発売の幻のシリーズで佐渡島の皆が待ち望んでいるそうですね。

 保科さんが隠れて飲んでた、ロマネコンティでしたっけ? あれ、高いんだそうですね。

 北沢さんが隠れて飲んでた、下町の付いてないナポレオンでしたっけ? あれ、高いんだそうですね。

 山本さんに川上さん、UVローションや化粧水、ファンデーションや口紅の類は置いていってくださいね? もちろん、無駄毛処理用の剃刀なんかも。

 ここで散々飲み食いしていった分はキッチリと返してください。

 アザミさんから後で聞きました。宴会の時に飲んだお酒、ドンペリのゴールドって言って、一本が十万円からだそうです。

 拓海さん、素敵な演出のために随分と頑張ったんですってね。

 それから後藤さん。京ちゃんのコレクションが無くなってるの、ちゃんと返してください。

 いえ、ちゃんと言い直します。エロ本を返してください。三十六歳の後藤さん」


 ――――いてぇ、いてぇ腹をついてくれるじゃねぇか……。

 それに、ドンペリ飲んだの殆どお嬢ちゃん自身じゃねぇか。俺に注がせてよ。

 あの飲み食いの山を返せと言われても……佐渡島にも、あるよな?

 どこかに、ドンペリとかロマネコンティとか……ナポレオンは下町のじゃ駄目か?

 飲み食いの分、新米で返すのじゃ駄目かなぁ? 駄目だよなぁ?

 女性隊員から、化粧品とか、奪うの? 俺が奪っちゃうの? 退職願い一万枚よりひでぇよ?

 その後が生き地獄っていうか、すでに山本と川上が顔色を蒼くしてるじゃねぇか。

 保科、お前は始末書一万枚な。北沢、お前は禁酒だ。死ぬまで禁酒だ。裏切り者め。

 吉村――――あとで皆にボコられろ。迂闊に自慢して皆を煽った自業自得だ。

 よし、覚悟は決まった。エロ本は貰って帰る。――――これが最後の嫌がらせだ!!


「――――吉村、保科、北沢!! 積めるだけ弾薬類を積み込め!!

 山本!! お嬢ちゃんらに銃を向けろ。お前が監視役だ。

 川上!! 沙耶ちゃん達の世話、頼むな。

 俺達は今から悪い強盗団だ!! 空賊だったか? いい響きじゃねぇか!!

 だから、あとを頼むわ――――俺は、ちょっとクソガキの顔を見てくるな?」


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