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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
79/123

・五月十四日、温度計の日

「憂さを晴らすには、酒が一番ですよね。北沢さん」

「あぁ、もちろんだ。下町が付いてない方のナポレオン……呑みたいな」

「だから俺は善意で点滴に混ぜたんですけどね。川上の奴、本気で殴りやがって。ありえませんよね?」

「あぁ、お前がありえねぇ。美味い酒は口から飲ませるものだろ?」

「――――あぁっ!? そうか、そうだったわ!! だからあんなに怒りやがったのか!!」

「あぁ、反省しろよ。じっくりとな。酒に謝れ」

 元は一尉と曹長。階級で言えば後藤が上、年齢で言えば北沢が上。

 キャリア組みと現場組み。よくある組み合わせであったが、現在はともにボイコット中。

 階級よりも年齢が人の上下を決めていた。ただし、どちらも馬鹿であったが。


 後藤自身は大久保の例に習って、そのままの免職を覚悟していた。刑務所入りもだ。

 ただし、その夢は叶わず、心も身分も中途半端な状態。後藤自身もそれなりに焦りを感じていた。

 そして、その原因が来た――――。


「後藤さん、大久保さんからの呼び出しですが――――どうしますか?」

 沙耶ちゃんの精神状態が少しでも回復するまで、時間を引き延ばしたかった。

 そもそも大久保利通は元団長。現在は免職された民間人だ。通信にわざわざ応じる義務はない。

 元は、半分工事されていた有線でのインターネット接続。

 これを保科が完了させたことが原因だった。

 ゲームは一日一時間。じゃあ、ネットなら良いでしょう? と、子供の我侭で途中まで終わっていた工事の最後の詰めを終わらせた。

 元々、シェルター内部の状況を知りたかった件もあり、工事の完了を許したのだが、


 ――――吉村の馬鹿が、幻のゲームの存在を佐渡島の連中に自慢してまわりやがった。


 おかげで、佐渡島との通信が可能であることが大久保さんにもバレてしまった。

 悪乗りした連中が、暗号鍵とダミーデータを使った秘匿回線を、わざわざ用意してくれていた。

 ゲームソフトの情報が他の隊にバレると不味いからだ。寄越せと言われても回せる分は、無い。

 以来、日に三回は、大久保さんからのインターネット電話での連絡が――――。


「いい加減に応答してくださいよ。

 大久保さんだって毎回、肩を落としてションボリとしてるんですからね?

 私だって、毎日、そんな大久保さんの話を聞くのは、とっても辛いんですよ!?」

 山本梓の咎める視線が痛い。自分に男を見せろと言わんばかりだ。

 大久保団長から団長を取ってしまえば、ただの孫娘を想うお爺ちゃんになる。

 それを、のらりくらりと交わし続けるのは、山本にとっても心苦しいことなんだろう。


「解った。潮時だな。――――覚悟を決めた、回線を繋げ」

「――――繋ぐもなにも、後藤さんがパソコンの前に来てください。そんな便利なものじゃないんですから」

 ファミコン世代には、少々厳しいデジタルの波であった。


 ◆  ◆


「大久保団長……いえ、大久保さん、久しく……と、言うほどの時間でもありませんね」

「そうですねぇ。挨拶の選択に困る。キミが佐渡島を出てから、そんな微妙な頃合になりますか。

 後藤弘信一尉、現第十二旅団団長の福原さんからの言伝があります」

「はっ! なんでありましょうか?」

 姿勢を正してしまうのはもはや条件反射である。


「お前は社会人でありながら、退職願の書き方も知らないのか?

 帰ってきたら一万枚ほど書かせてやるから期待しておけ、だそうですよ?

 怖いですねぇ。無線一つで辞められるほど、自衛隊は出鱈目なところではありませんからねぇ」

「――――ふぁっ! はっ! 退職願が一万枚でありますか!!」

 やべぇ、一万枚と言ったら絶対に一万枚を書かされる。もちろん手書きに決まってる。

 なんとかして腕立て一万回に負けて貰えないだろうか?


「キミの暴走についてですが、空からによる関東圏の現状偵察という形に収めておきました。

 キミの暴走に付き合おうとした若い方々ですが、今、懲罰として野良仕事に精を出しています。

 その若い情熱を土に向けて、ひたすらにクワを振り下ろす。良い風景が並んでいますねぇ。

 これも、帰って来たなら怖い案件の一つですかねぇ?」

 ――――そうか、後続からの連絡が一切無いと思えば、そういうことだったのか。

 土産にするゲーム機を目の前で一つ二つ壊してやれば、あいつ等の怒りは怖くない。

 俺を敵に回すって事はそういうことだ。俺を殴るか、ゲーム機の命運か、選ばせてやろう。


「大体ですねぇ。キミにそれだけの裁量権があると思い込んだこと自身が間違いなんですよねぇ。

 私のため、そう思ってくださったのは嬉しいのですが、私の事を思うなら何もしないで欲しかった。

 沙耶と日名子さんのことなら、一年前に羽田が落ちた時点ですでに諦めていましたからねぇ。

 私個人の意思、私個人の都合で、自衛隊員の皆さんを危険に晒す訳にはまいりませんからねぇ。

 ――――諦めて、そして、その通りになってしまいました」

「はい? あの、大久保さん?」

 沙耶ちゃんが助けだされたと言う話が伝わっていないのか?

 考えてみれば、シェルターから連れ出されただけで、助けだされたとは誰も言ってないな。


「沙耶を含んだ一部の民間人が省内からの脱出作戦に混乱をもたらし妨害したため、致し方なく一時的に隔離されました。

 ですが、地下のセーフルームは一千人からの人間を許容できる作りではなく、およそ一月で全滅するところだったのですよ。

 ただ、その悪環境に耐えかねた民間人が暴動を起こし、今度は自力での省内からの脱出を図ったそうです。

 そして皆が帰らぬ人に――――いえ、Zとして帰ってきたそうですねぇ。

 私の手元には現在の生存者リストがあります。福原さんには、随分と無理をしていただきました。

 ですが、沙耶の名も、日名子さんの名も載っておりません。

 後藤くん。――――キミの心遣いは、とても嬉しく思いますよ。

 ですが、こんな老骨のためキミの将来を犠牲にしてはいけないのです。

 しばらくの間、形式に従い関東圏の偵察任務を行いながら、頭を冷やして帰ってきなさい。

 退職願の山が待っていますから、覚悟を決めて帰ってきなさい。解りましたね?」


 ――――なるほどな。濡れ手に粟。血に濡れずに済んだ自分の手。

 自分達の手を汚さずに済んだ礼として、クソガキの存在を現場で隠したのか。

 それで、ついでに沙耶ちゃんと日名子さんの存在も隠れちまったわけか……。

 しかし、どうしようかね? 今、俺は、――――笑いを堪えるので精一杯なんだが?


「セーフルームの存在を沙耶に教えてしまったのは、私なんですよねぇ。

 ……入ってしまった時点で、死が確定していたんですよねぇ。

 外に逃げていれば、まだ一縷の望みがあったというのに、私の軽口が沙耶を……。

 良いですか、後藤くん! ……もう、終わったんです! 全てが終わってしまったんです!!

 全ては私に責任があることなのです!! 私が沙耶を殺したのです!! 私が日名子さんを殺したのです!!


 ――――キミに出来ることは、もう何もありません。

 退職願はさておき、始末書の書き方なら私にも心得があります。

 少しばかりは手伝って差し上げますから、胸を張って帰ってきてください。

 キミが涙を流してくれている、それだけでも私には十分な、十分な……沙耶ぁ……沙耶ぁ……」


 いつもの笑顔のまま、涙を流す大久保さん。――――すみません。

 自分は泣いているのではなく――――くっ、駄目だ! 笑うな! 笑うんじゃない!! 俺の顔!!

 山本ぉ!! 毎日、大久保さんの話を聞くのが辛いってのは、こう言う意味かぁっ!!

 これは、辛い!! 辛いぞぉ!!


「沙耶ぁ……お爺ちゃんが悪かったんだよねぇ。

 ごめんなさいねぇ。沙耶ぁ……沙耶ぁ……」


 ◆  ◆


「川上、即刻、沙耶ちゃんを何とかしろ」

「点滴にアルコールでも入れましょうか?」

「俺は今、本気で話しているんだ!! 冗談を口にするんじゃない!!」

「……では、朝の件は?」

 ――――冗談でした。とは、言えんよなぁ。

 えっと、そのぉ……。

「田辺京也くんは男性だ。だから、酒で治る」

「では、大久保沙耶さんは女性なので、ケーキで治ると言いたいのですか?」

「うむ、その通りだ!!」

 よし、誤魔化せた!!


「解りました。では、後藤一尉。ケーキ作りの件、よろしくお願いいたします。

 この滑走路の現管理者、木崎神奈さんからの言伝です。

『ご飯? 男どもに作らせましょうよ。どうせ暇してるんだし? 女性がキッチンに入らない社会って素敵だと思わない?』

 と、滞在のための条件が付け加えられ、私も素敵だと思った為、私には手伝うことが出来ません。

 男は作り、女が食べる。とても素敵な役割分担の社会ですね?

 私には田辺京也さん他八名を診る業務で忙しいため、後のことはよろしくお願いいたしますね?」

 ――――あの、どういう、ことでしょうか? 川上さん?


「え? うぇぇぇぇ!?」

「あ、お酒や缶詰類の摘み食いをした際には、男性隊員のみロクマルの中で生活をして頂くことになりますので、くれぐれも飲食の誘惑には気をつけてくださいね?」

 ――――これはクソガキだ!!

 これは絶対に、あのクソガキの入れ知恵に違いない!!

 折角、血管からナポレオンを飲ませてやったのに、恩知らずなクズ野郎め!!


 ◆  ◆


「なにこれ、不味い、要らない」

「お姉ちゃん、これ、どうしようか? 捨てる?」

「私も、ちょっとどころじゃなく無理かな?」

「宮古、知ってるよ。食べ物は粗末にしちゃいけないんだよ!!」

「そうね、拓海さんが教えたこと、ちゃんと覚えてたのね。それでも宮古は一人でケーキを作っちゃったのね……」

「沙耶は、食べなくてもよろしいのですか?」

「はい、よろしいですよ。放り投げて捨てちゃいましょう」

「おう、沙耶は、喜んでこのゴミを投げ捨ててやりますわね」

「後藤さん。はい、お口を、あ~んってしてください。ご自分のお作りになったケーキですよ?」

「あ、川上ちゃんったら、ず~る~い~。私もやります、ほら、あ~んしてください。ご自分のお作りになった生ゴミですよ?」

 ――――助けて。誰か、助けて……。

 こここそが、女帝の支配する地獄だよ――――。


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