・田辺京也 16歳、なぜ?――――。
何故、解らないんだろう?
防衛省の中に一年間も居た? ――――それは、見捨てられたからに決まってるじゃない。
俺達と同じ見捨てられた民間人だよ。旦那さまが誰であってもさ。
何故、解らないんだろう?
どうして今更シェルターに? ――――それは、秘密の空間だからに決まってるじゃない。
最初から入ってて良いなら、それだけ快適な空間を多く提供できるってことでしょ?
何故、解らないんだろう?
見捨てられた人達が、秘密の空間に入る資格が無いこと。
資格があるのなら最初から入っているよ。最初から、優雅な暮らしをしていたはずだよ。
NBC兵器の対策が施されたシェルター?
ただ、災害を耐え忍ぶための普通の場所ならともかく、防衛省の内部だよ?
そんなの、機密情報の塊が転がってる秘密の場所に決まっているじゃないか。
本物の自爆装置くらいついてるさ。
そこはさ、見捨てられた民間人には勿体無い空間なんだろうね?
見捨てられた事実から一年間も目を背け続けた、自分の力で生き延びる気の無い人達。
生き延びる気のある人達の脚を引き摺るだけの足手まといには、勿体無い空間なんだろうね。
防衛省がZに襲われてからでも逃げられたんだよ?
ならさぁ、襲われる前ならもっと沢山の人が逃げられたと思わない?
でも、いつかくる終わりから目を背けて閉じこもり続けた。キミ達は鳩王子の親戚なのかい?
誰かが命懸けで助けに来てくれることを当然のものと思い、自ら生き延びようとしなかった。
そんな人達の末路だよ。
ただ、それだけのことじゃないか。
なぜ、貴方達のために誰かが命を懸けなければならないのさ?
なぜ、貴方達のために罪の無いZが死ななければならないのさ?
それは、俺のほうが理解できないよ。
◆ ◆
――――朱音が泣いていた。
誰かの大事な人が、困っているんだって。
だから、ボクは、一つのルールを破ってしまった。
自分達が生き延びる以外の理由で、罪の無い人を殺してしまった。
ただ、朱音の涙を止めたくて。その為だけに人を殺してしまった。乙女の涙は卑怯だよね。
――――シェルターでは自衛官じゃなくて、民間人が応対に出た。何故?
不可思議な状態。判断材料が欲しくて、沙耶ちゃんとその周辺の人物を集めた。
扉が開いて把握した。階級社会。施設の許容を超えた人口。まったく安全じゃないシェルター。
回答は、管理者の不在。または、管理を躊躇っている。適正人口までの間引きを躊躇っているんだ。
一度は助けてしまった人達を撃ち殺すって言うのも、そりゃあ精神的にキツイよね?
一度は助けた人達の頭を撃ち抜いて回るなんて、中々出来るものじゃないよね?
ならいいさ、ボクが代わりに引き受けてあげる。
さぁ、皆さん、ボクに着いておいで? ビルのお外は明るいですよ?
あ、ごめん、夜だったわ。でも、防衛省前の雑木林の火事で明るかったでしょ?
――――救出はとても簡単だった。何故、助けたのか?
朱音の涙。母さんに似た名前。そして、木崎のおじさん、木崎のおばさん。それから父さん。
会ったことが無いから実感は無いけど、朱音のお母さんと、お父さんも入れて置こう。
あと、拓海さん。
お偉いさんの家族がZになれば、ゾンビナオールの研究にも活が入るでしょ?
こうなってしまえば、Zの完全駆逐命令なんて簡単には出せないでしょ?
お前らの家族を殺せ、そんな命令をする政府に、誰が従ってくれるんだい? 自衛官だって人間さ。
陸海空、指揮系統の上の方から順序良く家族をZに出来た。ざまぁみろ。ごめんなさい。
――――三十六歳無職の後藤さん。
ボクは自衛隊という組織には詳しく無いけど、
今の情勢下で、自衛隊が自衛官の家族だけを助けるなんて不可能だと思うよ?
日本という国が死んでしまうからね。その前に三十六歳無職を殺しちゃうよ。ボクならさ。
無線で辞表を叩きつけた。――――だから、何? それで自衛隊と縁が切れたつもりなの?
三十六歳無職で自衛隊関係者の後藤さん。それは、随分と脳みそが蕩けた甘い考えだと思うよ?
自衛隊のヘリに、自衛隊の武器に、自衛隊の部隊を使っておいて、自衛隊とは関係が無い?
あぁ、だから無職なのか、可哀想に。お可哀想に。お可哀想過ぎる脳だよ。
可哀想だから、女の子の一人くらいは民間人のボクが恵んであげるよ。良かったね?
――――ゴルフ島は、結局仲間割れに終わったのか。
ん? もともと仲間じゃなかったんだから、騙し討ちになるのかな?
相手に降るフリをして、相手の咽下を掻き切る。戦国時代なら常套手段だ。
でもさ、そんなことをした人間を信じてくれる相手なんて、現代人には居ないんだよ?
それが元々の仲間であってもね? どうせ、第一と第二でまた分かれちゃうんだろうなぁ。
今度は東京と神奈川で戦争なのかな? 東京湾と相模湾の漁場を巡って殺しあうの?
ごめん、戦国時代の人間とは一緒に暮らせないわ。だってボク、世紀末人だしさ。
――――島本さんは、毒を盛ったことを謝罪してくれた。
謝ったんだから、ギリギリで水に流すこともできたよ。
幸い、ここはギリギリ多摩川の下流域。東京湾に向かって水に流せるよ。
でもさ、西側の人達からは一言たりとも謝罪された記憶が無いんだよね。
なら、戦争は継続中さ。謝られなければ、水に流しようも無いんだよね。
フグを仕込んじゃった、ごめーんって、一言くらい欲しかったな。
それなら船底に十ほど大穴を開けるだけで許せたのにさ。
やっぱり二十だ。それだけ撃たないとマストに当てる自信が無い。あの銃、ホント当たらないよ。
なんであんなの採用したの? 自衛隊ってマジで馬鹿じゃないの?
――――みんなのメッセージは、ちゃんと伝えたよ。
地獄へ落ちろ。貴方達と同じ地獄に、叩き落してやった。
数は足りないかもしれないけど、しっかりとZにしてやった。
助けられたのに助けなかった。同じ報いをキッチリと受けさせた。
ゾンビナオールが完成するまで、一緒にZ仲間生活を楽しんでてほしい。
Zくんの話。聞く所によると、あんまり楽しい生活じゃないみたいだけどさ。
――――ほら、単純に殺しても天国行きか地獄行きかが解らないじゃない?
だからさ、生き地獄って確実なものを選んだんだけど、駄目かな?
本人がZになって生き地獄1。家族がZになって生き地獄2。そんな自衛隊幹部を抱えた政府が生き地獄3。生き地獄三部作だ。
ちゃんと伝えたよ。これがボクの限界かな? ほら、ロメロのゾンビって基本的に三部作だし。
ナイトオブリビングデッドだけ扱い悪いよねぇ~。ドーンオブザデッドなんて、何度もリメイクされたのにさ。
――――神奈姉、ごめんね。
限界だったんだ。色んな人の命と心を抱えて引っ張られて、プチンってボクが切れちゃった。
宴会。楽しかったんだってね? ボクも参加したかったよ。ところでクルリンって、何?
――――天国を見せた。だから普通が地獄に見える。
もう、男の人は楽しませなくて良いからね? たまにご褒美をあげるだけですぐ懐く犬さ。
女の人は――――ほら、キレちゃうから。特に糖分が足りないと、すぐにさ。
あとカミソリと、UVケアと、化粧水と……もう、お任せします。
朱音の餌のハーゲンダッツ、備蓄数が足りてるかな? 足りなければ抹茶、食わせて。
まもりは好きなだけガリガリさせておいて。いざとなったらまた椀子ガリガリで良いから。
宮古ちゃんのお姫様ベッド、ちょっと入荷が遅れちゃうな。ごめんね?
アザミさん――――ドンペリニヨンのゴールドを奪われて、泣きながら愚痴を言いに来たよ?
拓海さんとの思い出のお酒なのに。拓海さん、雰囲気作りのために随分と無理したんだよ?
大久保沙耶――――イシキリさんって、誰?
鼻水で汚した手は、最後に綺麗にしていって欲しいかな? カピカピするの。
川上さん――――気付いて。お願い。わりとカピカピしてるの。
山本さん――――そんなに三十六歳無職が良いんですか? あいつ、ヒモですよ? ヒモ。
吉村さん――――まだ未攻略のゲームのネタバレすんな。殺すぞお前。
保科さん――――女子高校生が近くに居るとドキドキするって、あんた何歳ですか?
北沢さん――――良いじゃないですか、下町の方のナポレオンだって。ねぇ?
三十六歳無職――――自宅警備員の仕事を与えてやったんだから、感謝しろ。ボクに平伏せ。
◆ ◆
まだ、戻らない。まだ、戻れない。まだまだ、戻ってこられないな。
黒くてグチャグチャしたものが、身体のなかを自由に歩き回って、ボクを千切って回り、一つにさせてくれないんだよねぇ。
あぁ、またやって来やがったよ。安心すると、またコイツだ。
『よう、若洲の件は残念だったなぁ? 折角、人間を信じてみたのに、ま~た裏切られてよ』
べつに? たいした知り合いじゃ無いですし? どうでも良いことですよ?
出来ることならボクの予想の方を裏切って欲しかったね。人間なんだからさ。
『わざと誤解させて、女子供をZにするなんて、卑怯卑劣が売りのプレッパーなだけはあるなぁ』
ボクは、沙耶ちゃん達としか話をしてないのに。なんで、自分達のことだと思ったんだろうね?
結局、最後に選んだのは自分だよ。ボクは、アナタ達について来て欲しいなんて一言も言ってないのにね?
『へー、子供にも選ぶ権利があるんだ? 親に手を握られて、シェルターの外に向かったのになぁ?』
それは――――親の責任だよ。そうそう、親が悪いんだよ。あるいは、運かな? 運が悪い。
あとは親の親の躾とか、とにかくその辺かな? 自意識過剰が過ぎるよね。アナタ達の席、ねーから。
『ずっと、わざと、徒歩を選んできた癖に、車が手に入って。車の次は船だ。今度はヘリか?
出来ることが増えて、仲間が増えて、助けられる人間が増えて良かったねぇ?
これで、もっと沢山のZを殺せるようになって、本当に良かったねぇ?』
時間、の、問題、だよ。ほら、物には消費期限て、あるじゃない?
それに、これで、結構ボクは、寂しがり屋だから、仲間が増えるのは、大歓迎さ。
『そうだね。寂しがり屋のマザコンだね。お前が殺したくせに、なんでお前はまだ生きてるの?
どれだけ誰かを助けても、キミのママは絶対に戻ってこないのにね?
ママー、ボクは寂しいでちゅ~!! ボクのママはどこでちゅか~!?』
――――っ!?
「ひああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」