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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
77/123

・五月十三日、カクテルの日

 これで毎日、酒が飲めるぞと北沢さんが喜んだ矢先。

「え? 働いていない方に飲ませる酒はありませんよ?

 あれは心の薬であって、娯楽用品ではありませんから」

 ――――あの娘、本当に女子高校生なんだよな? なんで、あんなに怖いんだよ。

 北沢さん、腰が悪いってのに、雑草を摘みに……あ、なんか凄い似合ってるわ。


『顔が酷い。美形になれ。そして私のグラスに酒をお注ぎなさい』

 ひでぇ、ひでぇよ。上官に酒を注ぐのは慣れてたが、あんな注がされ方は初めてだったよ。

 俺はホストに向いてねぇんだよ!! 整形しろとか言うなっ!! 男心も繊細なんだぞっ!!

 俺の仕事は、自宅警備員。ただし本物。――――その理由は、顔が怖いからだってさ……。

 心、挫けそうだ……。釣りはしてても良いらしい……。でも、あんまり釣れねぇ。

 お隣さんの日向ぼっこしてるZ達も当りがこないって、一日中ションボリしてるわ。


 ――――そして、ゲームは一日一時間まで。

 ……ひでぇ、ひでぇよ母ちゃん。せめて二時間くれ。いや、三時間。

 吉村と保科が、干草農業を手伝う代わりに、時間を延ばして貰っていた。

 ガソリン臭い飯は簡便だからな。そりゃ解るよけどよ。

 なんで、男ばっかり、ここまで酷い扱いを受けなきゃならんのかねぇ。


 ――――でも、その割には助けた八人の民間人を相手には随分と優しいんだよなぁ。

 家族を助けられなかった父親二人には、川上の判断で溺れない程度の酒が許されていた。

 確かに酒は心の薬だよ。


 防衛省は自衛隊の施設で、自衛隊の家族が我が物顔をしていたら、強気には出られねぇよな。

 家族が放り出されることを考えちまうと動けねぇよな。ちょとした人質事件だものな。

 男としてはなさけねぇとは思うけどよ。数は力だ。怖いもんだ。絶対に勝てねぇもんだ。


 一年間、防衛省のなかでじっくりと熟成された、旦那の身分を元にした民間人の階級制度。

 簡単に言えば、幹部以上か未満か。将官、佐官、尉官が旦那なら選民。その他は平民。

 じゃあ、自衛隊に関係のない連中は? ――――奴隷さまだってよ。

 頭がいてぇ。俺達は、そんな馬鹿みたいな組織じゃねぇんだぞ?

 むしろ奴隷様がトップだぞ? 文民統制って言葉を学校で習わなかったのか? 国民様が一番だ。


 ――――あ、俺も自衛隊に入ってから知ったんだったっけ。

 勝手に銃を撃っていいものだと思ってたんだけどなぁ。アメリカ軍って、そんな感じだろ?

 だから頑張って勉強して、防衛大学に入って……あれ? 俺って実は頭良いんじゃないの?

 でも、佐官への昇進試験には、毎回必ず落ちるんだよね~。

 まぁ、自衛隊だって防衛省の内部組織だ。

 省庁特有の、官僚的なアレコレとは気が合わなかったんだよ。

 警察だって、上に行くほどそういう官僚的な色が出てくるもんだからなぁ。

 キャリア組には東大派閥とか、京大派閥とかあるんだって?

 太平洋戦争から何にも学んじゃいねぇんだな。あの馬鹿どもは。

 日本軍は陸海軍相争い、余力をもって米英と戦うって言葉、知らないのかい?

 陸軍と海軍の派閥争いの合間に米英と戦争してたんだよ。馬鹿のやることだ。

 なら警察は、派閥争いの余力で犯罪捜査でもしてんのかね?


 ――――しっかし、どうしたもんかねぇ?

 沙耶ちゃんと日名子さんを助けたは良いが、今の精神状態じゃ大久保さんに会わせられない。

 そもそも、俺が助けたわけじゃねぇってのが一番に気にいらねぇ。

 民間人のガキが、なんかやらかして、なんかなって、なんとなく助け終わってた。


 ――――やべぇ。報告書にどう書けば良いのか、糸口すらわかんねぇよ。

 民間人のガキが全てを勝手にやりました!! これで済むかなぁ? 済んでくれねぇかなぁ?

 防衛省に飛び立つ前にIFFやトランスポンダーの類は落としておいたから、俺達だってバレる心配は無い。

 なんで、強盗の黒マスクかと思ったら、Z対策じゃなくて誘拐だからだとよ。

 黒いゴミ袋なんて久々に見たわ。頭からスッポリ被って、これで俺達が自衛官とわかる物証は無い。

 証言なら八人分ある。――――おい、バレバレの穴だらけじゃねぇか。


 防衛省の中の様子が気になってネット経由で確認したら――――なんで感謝されんだ?

 緊急避難措置として匿った民間人が、勝手にドアを開け、勝手に外に飛び出していった扱い。

 ――――なにがどうしてそうなった?


 言葉を濁してたいが、シェルターの中には機密情報が一杯だ。

 核シェルターは、当たり前だが核に耐えられるから核シェルターなんだよな。

 じゃあ、金庫の中身を破壊するには? 金庫の中で爆弾を爆発させるしかねぇ。

 建物の上にある分にはミサイルでも何でも破壊できるが、地下シェルターの機密情報はそうもいかねぇ。


 中の自衛官は、民間人諸共に吹き飛ぶつもりは無かったらしい。

 太平洋戦争じゃねぇんだ。お国のために~、なんてのは今の自衛隊には似合わねぇよ。

 ただ、NBC兵器対策された循環型の生命維持装置は、千人分の負荷には耐えられなかった。

 何処かで間引きを、自分達の手で行なわなければいけないと……覚悟していた矢先の大脱走だ。

 自分達が知らない間にドアを開けて、勝手に外に逃げちゃいました。

 よく、その言い訳が通ったもんだな。――――俺の分も、それで通してくれないかな?


 あの民間人のクソガキが、人々を扇動した扱いになったらしい。

 ただし、何罪に当たるのかも不明。大久保さんの身内を助けただけだからな。

 クソガキは事実だけを述べて、他の連中は勝手に勘違いしただけだからなぁ……。

 大久保さんの身内を助けたと言っても、大久保さんは政府側から正式に除隊処分された民間人だ。

 民間人が知り合いの民間人の孫を助けに来た。それで終わりだ。せいぜいが不法侵入か?


 千二百人が今じゃ百二十人。随分と住み心地がよくなったそうだな。

 言葉を濁した上で、符丁に陰符を重ねて、ギャル語仕立てに……よく出来たな、こんな暗号文。

 よくこれを読み解けるね、さすがは現役女子高校生だ。読み解けなかった山本にはガッカリだよ。

 上官を蹴るな!! 無職でした、済みません。晩酌のアルコールの程、よろしくお願いします。


 ――――あれ? ここも女帝が君臨する地獄なんじゃねぇのか?


 ◆  ◆


 玄関先まで、爆竹を使って地下のZをおびき寄せていた。

 だから、そこまではZの居ない安全な通路が確保されていた。

 大名行列は正しく、彼女達が作った序列の順に並んで走った。

 お偉い大奥様から先に、お偉くない奥様は後から。

 本来、民間人の入室は厳禁である機密区画だ。

 機密保持の規則通り、出て行った矢先に自衛官の手で扉は閉められて間引きは終了。

 これで、いつか自分の手でやらなきゃいけなかった間引きを逃れることが出来た。

 その後、ロッカーのなかにまだ人が残っていたことには随分と驚いたらしい。その内容にもな。

 あのクソガキは、なにを何処まで計算していたのやら。


 あれは悪魔か何かか? 666のストレス禿が出来てないか、後で調べてみるとしよう。

 無ければ刻んでやる。バレたら銀河鉄道だよ~っと。機械の身体を貰いに行くんだ。


 ――――佐渡島よりも安全なシェルター内部。

 そこから救出するのは不可能なんだよな。むしろ危険地帯に連れてくようなものだ。

 なーんて、言い訳があのクソガキに通用するものかね?

 通用しそうな気もするし、通用しなさそうな気もするんだよなぁ?


 すでに救われているものは救えない。

 大小の規模は関係なく、救出作戦は終了してしまっている。

 今後、二十年は安全が保証されているシェルターから誰が出たがるものか。

 クソガキ自身が、この滑走路から出たがらなかったんだからな。


 くそっ、酒が飲みてぇ。

 下町が付いていないナポレオンが目の前に……なんで、こんなところに高級酒があるんだよ?

 ああっ、羽田空港が目の前だからか。そりゃ、羽田のどこかには置いてあるよな。

 そしてそれを料理酒に使うんじゃねぇよ!!

 あら、いい香り付けになるわって、そりゃそうだろうよ!!


 ◆  ◆


 川上の奴は言っていた。

 クソガキは外界のことを、ほぼ正しく認識している。

 ただし、それに対して適切な反応を返せない状態なんだとさ。

 だから、出来るだけ優しく接してあげて下さいと――――言ってたような気がするが、空耳だろう。

 うん、男の子には厳しく接するべきだ。ちゃんと鍛えてやらんとな。


「おい、クソガキ。お前は何処まで知ってたんだ?」

 返事が無い、ただの、

「無職」

 のようだ。殺すぞ? おい、本気だぞ?


「NBC対策されたシェルターの構造、知っていたのか?」

「岡の駅も宇宙」

 宇宙ステーション……なるほどね。

 内部循環の生命維持装置でNBC対策はバッチリだな。そいつを知ってたわけか。

 プレッパーズ、だったか? 平和なうちからゾンビ対策してた馬鹿の仲間だったんだよな。

 ……お前はエスパーか何かか?


「お前のお望みどおり、民間人だけが無事だ。自衛隊の家族は全員がZだよ」

 ――――嫌らしい声で、くすくすと笑いやがる。

 666のハゲは~出来てねぇか、くそっ。お似合いなのによ!!


「お前が選んだんだぞ? 助かる人間と助からない人間を。

 お前はそれで俺を責めたんじゃなかったのか!? 違うか!?」

「なかも人、選んだ私」

 なかの人? 中の自衛隊員? が、選択した。

 自衛隊員に、自衛隊員の家族を見殺しにさせることを選択させたってか?

 自分でも選んだってのは、それを自覚してるのか――――。また、倒れたのはだからかよ。

 めんどくせぇガキだなぁ。なら、最初から何にもしなきゃ良いだろうによ。


「地下シェルターの中にあるものは何だ?」

「爆弾は機密」

 ――――は? 何がどうなってるんだ、コイツの頭の中は。

 なんで民間人が知ってんだよ? 区画の存在自体が機密だってのに。


「大規模な救出作戦はどうだ?」

「可能を無い」

 不可能? だと?


「その理由はなんだ?」

「三十六歳無職」

 ――――おい、なんでそこだけ明瞭なんだよ? 殺すぞ。

 くそっ……やっぱりよくわかんねぇ奴だな。こんな状態で話してても埒があかねぇ。

 さっさと戻って来いよ。こっちの世界に。それまではお前の大事なお嬢ちゃん達は守っててやるからさ。


 ――――そうだ! 酒でも飲ませてみたら、むしろ治ったりしねぇかな?

 今度、試してみるか……。


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