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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
76/123

・五月十二日 海上保安の日

 俺の弟は、自分の身体のことをいっつも気にしていた。

 漁師は荒くれ者が多い。だから、弱気に出てたら相手に何処までも付け上がられる。

 トラック野郎も荒くれ者が多い。最近はそうでもなくなったが、うかつに弱気には出られねぇ。

 まぁ、お互い様なんだよな。喧嘩するのもツーカーの仲って奴だ。

 相手が強気に出てきてくれないと、こっちも引っ込みどころがつかねぇんだよ。

 頼むから強気に出てくれよ。そうじゃなきゃ、俺が弱いもの虐めしてるみてぇじゃねぇか!!

 なーんてことも稀にはあった。

 わざわざ一度、丁寧に説明して、ぎこちねぇ強がりの練習相手になったこともあったなぁ。

 端から見れば馬鹿そのものだ。

 笑うんじゃねぇよ!! こっちは必死なんだよ!! あぁ、ぶっ飛ばされてぇかテメェら!!


 ――――でも、弟はどうしても駄目だった。

 気が弱いっていうのか、気が優しいっていうのか。

 怒鳴るってことが苦手で、怒鳴られるって事はもっと苦手だった。


 こいつは虚弱体質って言うのかね?

 どうしても身体が弱ると、心にもそれが現われちまうんだ。

 病気になると気が弱るってのと同じなのかね? ――――ずっと、気が弱まりっぱなしだった。


 そんな弟が、生まれて初めての強気を見せたんだわ。

『俺が、一番最初の囮になる!! 文句は言わせねぇ!!』

 いきなりの大声に、みんなでポカンと口を開けてたわ。

 いやいや、おいおい、くじ引きだって今、公平に決めたところで――――。


『兄貴は皆を纏めるのに必要な人間だ! だから公平は無しだ!!

 その代わりに俺が命を張る。身体が弱いから、使えねぇからじゃねぇ……。

 網元の家の人間として生まれた義務だ!! 俺にも一生に一度くらい、ちゃんと男を張らせろよ!!』

 それで、最後に咳き込んでちゃ格好つかねぇけどな……。

 よし解った。同じ家からは、二人以上の犠牲はださねぇ。それがルールだ。

 そして、ウチの弟が一番初めの囮になる。これは網元の家の人間としての勤めだからだ。

 そうやって、全部が決まっちまったんだよな。


 バケツの兜を被って、ドラム缶の鎧を着て、少しでも多くを道連れに出来るように……少しでも大きな船を選んで、少しでも時間を稼いで……後の犠牲を少しでも少なく出来るように考えた。

 馬鹿野郎が。――――島本の奴と一緒になって、裏で手を回してやがったんだよ。

 殴ってやったさ。何回も、何回も、心の中でな。

 ――――弟の、一世一代の男歌舞伎だ。その気概も酌めないで、網元なんざつとまらねぇんだよ!!


 岸辺から落としきれなかった、残りのゾンビ野郎は全部ブチ殺した。

 数さえ居なけりゃ、鉄パイプの一本でもありゃ、ちゃんと俺達だってやれるんだよ!!

 滅多殴りにして、全部殺して、全部、綺麗にしてやった。全部、片付けてやった。

 若洲の端から端まで探し回って、綺麗に掃除して、新しいゾンビが上がって来れないよう壁を作った。

 これで若洲は俺達のものだ!! 俺達が勝ったんだ!!


 ――――若洲には色んなものがあったぞ。

 木や草はもちろん、車に木材、テントに米だ。酒までありやがった。

 海自の奴らが抜きそびれたのか、油も残ってやがったんだ。これで普通の漁船だって動かせる……。

 あぁ、見てるか? お前が勝ち取ってくれた俺達の土地だよ!! ちゃんと見ててくれよ!!


 ◆  ◆


「なんで、身体が動かないか? 漁師ならわかるだろ? 毒だよ毒。河豚の毒。

 千葉の連中に、東京で偉そうにしてられちゃたまんねぇんだよ。プリン頭の網本さん」


 第二海堡、西の側の、二代目が……宴会……の酒に……。

 フグの毒? ……なんで、だ? 俺達の、下につく、約束。


「これだけ物があるんだから。お前ら、いらねぇよな。せっかくの若洲が狭くなるしなぁ」

「て……め……」


 俺達の下につくって、約束を破る気か……?

 ウチの、弟が、命を張って手に入れた若洲だぞ……?

 ――――てめぇ! ブチ殺してやる!!


「へめへ、ふひほほひひはは? ハッキリ喋ってくれよ、ハッキリとさぁ。

 安心しろよ。同じ海の男の情けだ。ちゃんと海に還してやるからよ。ゾンビになってからな?

 お前らが上手いやり方を教えてくれたしな? 安心しろよ。おめぇらの仲間を囮に使ってやるからさ。

 仲良く海で溺れて、一緒に魚の餌にしてやるよ」


 あああああああああああああああああああああああああああああ!!


「なんだ? プルプルして、ションベンでも我慢してるのか?」


 こいつを信用した、馬鹿だ。俺は。

 折角の犠牲……弟が……畜生。畜生。畜生!!

 畜生がああああああああああああああああああああああ!!


「へふほ~は~~~~~? もう、会話にならねぇな。

 それじゃ、また明日。元気なゾンビになって海に出てくるのを待ってるな?」


 アイツは殺す。アイツは殺す。アイツはだけは絶対に殺してやる!!


 ◆  ◆


「若洲の網元。東京湾の元締めになった豊島と言います。

 滑走路の旦那さんは、もっと若い方と聞いてたんですが……」

 ――――どう見ても三十路の半ば。ゴッツイ体をしてやがる。

 海の男と身体つきは違うが、かなり強い。パッと見で解る。


「ん? 老け顔なんだよねぇ。気にしてるんだから、それを言うなよぉ~。

 俺の名は田辺京也、十六歳の無職……いや、自宅警備員様だぞ~」

 半月前、いきなり滑走路に現われた甘ちゃんだと思っていたら、ヒョイヒョイとフグの干物をかわしやがった。

 そうしたら次は橋を壊して、若洲を離島にしやがった。

 ――――何を考えてんだこいつは、と思ったが、ピンと来たね。


 若洲を巡って、東と西の漁師を争わせるつもりだったんだろ?

 けど、まぁ、今度はこっちがその毒をかわしてやった。これで、お互い様だな。

 海の男だからって、そういう計算ができないわけじゃあねぇんだよ。


 東側の下につけば、その内、西の人間の中で不満が溜まっちまう。

 そうしたら若洲の中で西側の人間の怒りが大爆発して戦争だ。それで東京湾の漁師は全滅だ。

 そうなる前に導火線を踏んずけて、戦争と命の火を消しちまってすまねぇなぁ。

 勝って兜を脱いじまった、あいつ等が馬鹿だったんだよ……。

 その後に俺達がどうなるか、どうするかってこと、考えてなかったんだからよ。

 目の前のこいつに踊らされてるとも知らずにな。本当に怖い相手は、こいつだったんだよ。


「滑走路の旦那さんは、橋を落とせるんですよね?」

「ん? まぁな。橋もビルも反撃してくるわけじゃないからな。適当な工具があれば簡単なもんだ」

 事もなさげに言いやがる。

 東京ゲートブリッジを一日で破壊したんだ。こいつには確かに簡単な話なんだろうさ。


「そこで、なんですがね。若洲の南にも島があるじゃないですか?」

「あぁ、あの埋立地な。海の森公園だったか?

 ゴミ捨て場のことを綺麗に言えば良いってもんじゃねぇと思うんだがなぁ~?」

「そこの橋も、ちっと落として貰えないかと思いまして。

 もちろん、無償とは申し上げません。キチンと手伝いもしますし、謝礼もします。

 ゾンビの駆除はこっちで引き受けますし、島の中の物も存分に差し上げますから」

 コイツが、かなりの切れ者だって情報は嫌なほど耳に入ってる。

 橋を壊すだけで大量に物資が手に入ると解ってるなら、ここは話に乗ってくるはずだ。

 向こうは海に出てくる気は無いみたいだし、ここは共存共栄でいこうじゃないですか?


「おう、断るわ。めんどくせぇしな」

「――――はい?」

「あとな、若洲からも出ていけ。戦争とは言え、オメェらのやり口が気にいらねぇんだよ。

 キャンプ場で火を焚いて、大宴会やってただろ? ちゃんと見えんだよな、ここからでもさぁ。

 それでな――――酒に毒盛っただろ?

 流石は天体望遠鏡だ。オメェがプリン頭の兄ちゃんを馬鹿にしてる面の皺までハッキリ見えてたぜ?

 酒に毒はねぇよなぁ。そいつは酒に対する冒涜だって、本気で怒ってる奴が一人居るんだわ」

 宴会を見られてた? 俺が毒を飲ませて、馬鹿にしてるところまで?

 おいおい、コイツ、何処まで勘が鋭いんだよ? 何者なんだよ!?


「それからな、ゾンビの餌にした人間。残りは全員、若洲に開放しろ。

 あそこにデッカイ大砲あるの見えるか?

 あれは155mm榴弾砲、FH70って名前でな、射程は27kmだ。

 特科じゃないが、若洲にぶち込むくらいは簡単に出来るんだぜ?


 それからな、俺の傍に置いてあるのはブローニングM2、キャリバーの方が通り名は良いな。

 エクスを付けると、さらにカッコいいしな?

 束ねてあるタレットはシックスキャリバーだ。ちょっとした駄洒落だな。

 で、こいつは2km先まで届くんだよ。ちょっと、その船で逃げてみるか?

 三秒あれば蜂の巣だな。二秒でも十分かもな?


 それからな、あそこに止まっているヘリはUH-60JA、通称ロクマルだ。

 アメリカだとブラックホークってカッコイイ名前で呼ばれてるが、色々あって、ミサイルやらロケットやらを詰めなくてな~。

 残念なことに、ただ速くて遠くまで飛べるだけのヘリになっちまった。

 で、ドアガンからキャリバーやミニミで攻撃する羽目になっちまったんだが、

 まぁ、相手が非武装の漁船なら楽勝だぞ? ただの海上の的だしな?」

 ――――そりゃ、一目見りゃ解るよ。

 目の前の物騒な銃一本でも十分に脅威だよ。

「あの、つまり何を要求されたいのでしょうか?」

「つまりだ。二度と俺の前に顔を見せんな。理由はムカつくから。以上。

 まぁ、お前らにも生活があるだろうし、海堡より南の海でなら勝手に生活してろよ」


 おかしい。なんでそうなる?

 なんで、俺達と手を組まない?

 若洲だけじゃなくて、もっと他の多くの土地も手に入るんだぞ!?


「えっと、つまり、海堡より北は田辺さん達の海、南は私達の海ということですか?」

 今の東と西の状態が、北と南に分かれるだけ、か?

 それなら、なんとか……。


「は? なんで俺達がお前らに気を使わなきゃなんねぇんだ?

 海堡より北は俺の海。海堡より南も俺の海。お前の海は俺の海だ。

 海の森公園のゾンビ用に捕まえてた囮の人間、居るんだろ? あとで話を聞くからな?

 誤魔化しだの言い訳だの、物資の持ち逃げだのは止めておいた方がお得だぞ?

 ロクマルの最高速度は260kmだ。ノットにすると、何ノットだ?」

「――――140ノット、です」

「140ノットで追い掛け回されたくなけりゃあ、海堡より北には生涯出てくんな。解ったか? 以上」


 ――――舐めてた。

 こいつ、俺達に若洲のゾンビを始末させたかっただけなんだ。

 畜生、完全に策に嵌められてた……。全部、読まれてた……。

 あいつも俺も、親父達も、全員が手の平の上で踊らされてたんだ……。


「ほら、さっさと命令に従って行動開始だ。時は金なりって言うだろ?

 東京湾の帝王、田辺京也さまの命令だ。気張ってやれよ。それとも、その漁船で戦争始めるか?

 ……豊島くんよぉ? お前らが毒を送りつけた時点で、しっかりと戦争は始まってんだよな?

 なのに、のうのうと顔出すなんて、漁師ってのはずいぶんと呑気な奴でも務まる職業なんだな?」


 海堡の南だけでも、十分に、生きていける。俺達の人数も多くが減ったわけじゃない。

 だけど――――若洲の豊かさと広さを見た連中が、海堡の草と水だけで納得するわけがねぇだろ!!

 あぁ、畜生!! なんでこんな危険な奴にフグの干物なんて送りつけんだよ、クソ親父!!

 最初から手を結んどけよ。あの馬鹿親父!!


 ◆  ◆


 あのゴルフ島。

 漁師同士がいがみ合ってても良かったし、仲良くしてても良かったんだってな。

 でも、いがみ合うような隣人なんざ持ちたくねぇ。それがクソガキの望みだった。

 まぁ、ご近所トラブル起こすような隣人は俺も御免だね。それも死人を出すような隣人はな。

 これで千葉の連中には命の恩を売れたわけだし、西側の連中は東京湾から追い出した。

 あのクソガキは、結局、橋一本でどこまで計算してたんだかな?


 なんだか大久保さんの顔がチラつくわ。――――全然、顔は似てねぇんだけどなぁ。


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