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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
74/123

・木崎かんな 16歳、おねがい――――。

 京ちゃんに何かがあったとき、次に判断を任せられたのは私だった。


 どんな基準で判断すればいいの?

『できれば、皆が笑顔になれるように。おねがい』

 ――――だから、どうしてそこに京ちゃん自身が含まれてないのよ……。


 京ちゃんが倒れたこんな時なのに……。

 アザミさんから宴会を開きたいと口にされた時には、怒鳴りつけようとして――――わざとらしいクシャミで誤魔化した。

 これは、京ちゃん病がうつったかな?

 とても酷いところから、八人のとても可哀想な人達を、京ちゃんが頑張って助けてきた。

 これは、宴会をするほどお目出度い出来事よね?


 京ちゃんの言った皆は、私とまもりと朱音ちゃん。

 だけど、最近はアザミさんに宮古ちゃんも……混じってて良いのよね?

 京ちゃんは倒れてる。でも、京ちゃんは他の皆が喜んでくれるのを喜ぶ優しい子だ。


 京ちゃんの誕生日。本人不在の誕生日パーティ。

 京ちゃんが風邪をひいて、熱を出して寝込んでいるのに、開催された不思議なパーティ。

 たぶん、アリスのお茶会の方がまだ正気だったと思う。

 ――――なぜ、沙也香さんが京司さんからプレゼントを貰っているんだろう?

 代理って何? 誕生主代理って。私、思わず笑い死にしかけたわよ。


 私の知る京ちゃんなら、宴会のこともOKしてくれたはずだよね?

 だから、今日は祝いましょ? その笑い声が京ちゃんに届くように。


 ◆  ◆


 そこは、とてもとても酷いところだったみたい。

 女の子たち三人は、自分のお父さんとお母さん、それから男の人としか話せない状態だった。

 普通、逆だと思うんだけど、その酷いところでは女の人達から酷い目にあわされ続けだったらしい。

 私が尋ねても詳しくは教えて貰えなかったので……仕方なく、脅して聞きだした。


 お酒、あげません。

 料理、あげません。

 寝床、あげません。

 場所、あげません。

 教えないなら、さっさと滑走路から出て行ってくださいな?

 お風呂? シャワー? 手当て? そんなことウチには関係ない話でしょ?

 関係者じゃないから話を聞けないんでしょ? なら、みなさんはウチとは無関係の人間です。

 さぁ、どうぞ、今すぐ即刻、お帰りください。皆さんのヘリコプターなら、すぐそこですよ?

 あ、それから、ゲーム機も美用品も返していってください。私達は無関係な間柄なんですからね?


 最後の言葉が一番効いたらしい。

 ……大丈夫なんだろうか? この人達に任せても。


 川上美冬さん。看護資格を持つ衛生兵の女の人。

 えっと、衛生兵って言葉にすると掃除をする人みたいじゃないですか?

 確かにそうだと他の男共がやんややんやと、私と川上さんと山本さんの三人で睨んで黙らせた。


 川上さんから話に聞いたそこは、アザミさんの居た警察署とはまた別の、人間の作った地獄。

 自衛隊のなかで偉い人の家族は偉くて、偉くない人の家族は偉くない。

 ある種の封建社会を凝縮したような、閉じた陰湿な世界。


 ねぇ、今って現代よね? 中世じゃないわよね? 王様? 貴族? なにそれ、馬鹿なの?

『――――神奈姉、世紀末だよ今の時代は』

 京ちゃん? まだ、二十一世紀も前半だから不思議なことを言わないでね?


 暮らしはロッカーのなかで二十四時間立ちっぱなし。トイレもそのなかのバケツ一つ。

 一日二度の食事は当たった。たまにだけど、シャワーも浴びられた。ただし、熱湯のシャワー。

 Zになって関節を外された人達との鬼ごっこ。王様たちの気が済むまで追い掛け回された。

 他にも、アレや、コレや、子供には聞かせたくないだろう話が盛り沢山。

 アザミさんが顔色を変えて、蒼ざめていた。きっと、宮古ちゃんを重ねてしまったんでしょうね。


 その人達の心を癒すためにも宴会が必要で、少しでも気が紛れるようしたいのだとお願いされた。

 ――――それは良いですけど、名目はどうするんですか?


 お風呂で身体を綺麗にしてもらっている間に、皆で車座になって考えた。

『沙耶ちゃん救出記念パーティー』

 他の七人をなんだと思っているんだと、吉村さんが叩かれた。

 ドスッドスッと良い感じの音。当ててから、捻じ込む、まもりのパンチと一緒の音。

 これで一人脱落。


『ババア絶叫記念パーティー』

 意味は解らなかったけど、後藤さんが女性二人に睨まれて静かになった。

 これで二人脱落。


『お酒が飲めるパーティー』

『アルコール類は止めましょうか。心の傷が悪化する可能性もありますから』

 いい歳をした北沢さんが川上さんに縋り付いて、セクハラ騒動に発展した。

 これで三人脱落。


『あの……えっと……歓迎会?』

 このメガネ、使えないメガネね? 女性が揃ってため息を吐いた。

 これで四人脱落。


『そもそも名称って必要なんでしょうか?

 ただ、豪華な食事と暖かな雰囲気があれば良いだけじゃ?』

 うん、流石はアザミさん。主婦の知恵ね。採用。

 ふぅ……男って、いざという時にばかり使えなくって困るわね?


 ◆  ◆


 女にとっての豪華とは砂糖の量。シュガーのグラム数を表現するものなの。

 だけど、男にとっての豪華とは酒の量。あと、お肉のグラム数を表現するものだった。


 銃で撃たれたジョナサンが、一羽、二羽、三羽、四羽……とりあえず、一人につき一羽ずつ。

 唐揚げが要望だそうだけど……私とアザミさんと山本さんが、ジョナサンを前に固まっていた。

 でも、川上さんはおもむろに一羽を握ると、その羽をブチブチブチって!?

『鳥は、最初の羽毛の処理が面倒なんですよね~』

 は、はい、そうですよね。

 丸裸になった全身が鳥肌のジョナサン。見てるだけでゾワゾワする……。

 お腹に包丁の線がスッと入ると……デロリとしたチューブが、チューブがぁ!! でろりぃ!!

『何食べてるか解りませんし~、内臓系は止めておきましょうか?』

 は、はい、そうですよね。

 次は、太ももの付け根に指を当てて、クルリンと回すと、取れていた。脚が、根元から。

『やっぱり、腿肉の唐揚って豪華な感じですよね。クリスマスって感じがして』

 は、はい、そうですよね。

 胸が、翼が、首が……クルリン、クルリン、クルリンって……回って。

『やっぱり、鶏や鴨と構造がそんなに違うものでもないんですね。

 でも、あんまり食べ応えはあまりなさそうで残念ですね?』

 は、はい、そうですよね。

 は、はい、そうですよね。

 は、はい、そうですよね。


 ◆  ◆


 ジョナサンの唐揚げを一口食べて、皆が涙してた。

 なんだか、普通のパーティーっぽいって。

 一年間、こんなに美味しいものは食べられなかったって涙してた。

 うん、助け出された八人と、私と、アザミさんと、山本さんも涙しながら一緒に食べた。

 塩と醤油の下味と、クルリンって感じの味がした。

 不味いなコレと素直に口に出した後藤さんも、クルリンされた。

 ジョナサンはあまり食用向きの味じゃないけど、この料理には愛とクルリンが篭ってるんだから。


 お酒も、飲める人だけが飲むことに決まった。

 アザミさんがお酒を飲んでる姿をよく見かけている。

 京ちゃんと車で出掛けた日の晩はよく一人で飲んでいた。

 やっぱり、Zの姿を間近で見るのは、辛いんでしょうね……。


 この機会だし、私もちょっとだけ……。

『女子高生にお酒は不味いだろ』

 では、お酒は止めにしましょうか。お酒、片付けてしまいましょう。

 アザミさん手伝ってくだ――――久しぶりだけど身体は自然に動き、合気道の技が出た。

 気が付くと北沢さんがクルリンしていた。


 ドム=テウグノン? たぶん、シャンパン。あらこれ美味しい。

 クリスマス気分にはピッタリのお酒で、女の子達は盛り上がった。

『――――もう、作り手が居ないからお酒は貴重品なんだよ?』

 貴重品なので、奪い合うようにして私達は飲んだ。

 朱音ちゃんのお気に入りはピンク色。

 まもりのお気に入りは黒。

 山本さんと川上さんは、なんだか遠慮気味な顔をして白を選んでた。

 私は主催者。豪華にゴールドラベルに決まってる。私が遠慮してちゃ、皆も遠慮しちゃうものね?


 アザミさんが、これだけは、これだけはと庇う箱から奪いとって飲んだ。

 拓海さんとの大切な思い出の一本らしい。じゃあ、大切な一本だけ残れば良いわよね?

 まもりさん、朱音さん、その箱も一つだけ残して奪っておやりなさい。


 ケーキの缶詰を開けて、チョコレートの缶詰を開けて、イチゴのぉ――――缶詰って、何でも入ってるのね?

 水で戻す? 不思議な缶詰に、ドム=テウグノンをバシャバシャ~。

 泣き出したアザミさんのことは、誰か捕まえてていただけるかしらぁ?

 宮古ちゃ~ん、お願いね~。


 男の人達はぁ、まだ肉成分が足りないのか焼き鳥とかオデンとかぁ、色々と勝手に開けちゃってぇ~。

『絞めはラーメンだよなぁ?』と、こちらをチラチラ見つめてきましたの。

 ですから、私は凍った乾麺を顔面に叩きつけてさしあげましたわよ?

 よくよく考えてみましたら、なぜ私が恋人でもない男どものお世話を?


 ご自身でおやりなさいよ?

 むしろ、貴方がたがお作りなさいよ!?

 私のグラスが空になってるじゃない!! これが見えないの!?

 ねぇ、グラスが空になってることに気が付かないなんて、アナタそれでも社会人なの?

 あら失礼……無職の三十六歳でしたわね? オホホホホホホホホホ。

 あらあら、泣きだしちゃって……それが可愛い姿とでも思ってるの? 無職の三十六歳さん?

 山本さん? 川上さん? 見て、この無様な姿! これが本当の男性像と言うものなのよ?

 京ちゃん!! 見て!! 私達、ちゃんと笑ってるわよ!! あはははははははははははは!!


 ◆  ◆


 まだ、京ちゃんの心が戻らない。

 意識は戻ってるみたいだけど、言葉の意味がよく解らない。

 寝言みたいな、意味の通らない、言葉の羅列ばかり。

 もう、このままお別れ、何てことは無いわよね?


 昨日の宴会のことを、細かく細かく話して聞かせた。

 一生懸命、皆が笑顔になってくれるように、私がとっても頑張ったお話。

 そんな話をしていたら、京ちゃんが、一つだけ確かな返事をしてくれた。

『男は、別にいい』

 ――――うん、よ~く解りました。

 京ちゃんの心は大丈夫だ。必ず帰ってきてくれる。

 だって、京司さんと沙也香さんの息子なんだもん。

 この程度、きっと、乗り越えてきてくれる。――――京ちゃん、信じてるからね?


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