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少年Z  作者: 髙田田
五月・中
73/123

・大久保利通 57歳、誰が殺した? クックロビン――――。


 私が殺しましたと、私が申し上げました。

 沙耶が可愛いあまりにペロリと口にした一言が、沙耶を殺してしまいました。

 日名子さんにも、悪いことをしてしまいました。

 息子共々、死んでも詫び続けなければなりませんねぇ。


 ――――歳とって、罪重ねる。

 嫌ですねぇ。若いかたが先に逝く姿を見るのは、もう嫌なんですよねぇ。


 ◆  ◆


 佐渡島における後藤くんの起用は間違いなかったと思います。

 幸い彼はまだ尉官です。大量殺人の罪は、将官である私に全てが回って来ることでしょう。

 佐官であるなら、私を止めるべき立場。諸共に裁かれてしまいますからねぇ。


 ……ただ、その後がいけなかった。

 隊内で持ち上げられ過ぎて、彼の裁量を超えた権力を持たせてしまった。

 たしか、三十の半ばでしたか。煽てられれば木にも登る年齢でしたかねぇ?


 結局、緊急事態と言う事で開けられたセーフルームへの入室は……無かったことになりましたよ。

 国防の中枢、国家機密の塊に、民間人を触れさせるなんて、とんでもないことですからねぇ?

 セーフルームなど存在しませんから、セーフルームの中に民間人も存在しておりません。

 もはや公然の秘密ですが、そのようにして押し通すほかありません。

 でなければ、自衛隊幹部の家族だけが特別待遇を受けたと世の人々は思うことでしょう。

 ですから、存在しない人達を救出に向かうことなんて出来るはずがないんですよねぇ。


 お爺ちゃんが偉い人だから助けて貰えると思ってはいけないよ。

 何度も、何度も、繰り返し言って聞かせたつもりだったのですが……。

 沙耶にはよく言ってきたせたつもりなのですが、爺の崩れた笑顔では、少々迫力が足りませんでしたかねぇ……。


 セーフルームの入室者名簿に日名子さんと沙耶の二人の名前を見つけたときは、もう自衛隊など辞めてしまおうかと考えましたよ。

 老骨と言うほどに最近では老人扱いしていただけない歳ですが、若老骨に鞭打って、単身駆けつけようかと思いましたよ。

 ですが、それは不可能なことだと理解していましたとも。曲がりなりにも自衛官です。

 これで私がジェームズ=ボンド。

 ショーン=コネリーなら、格好よく助けられたかもしれませんけれどもねぇ。

 ロジャー=ムーアも捨てがたいですが、今の私の頭皮の具合だと、やはりショーン=コネリーですねぇ。

 その場合、ボンドガールには誰がなっていただけたのでしょうか?

 ぜひとも年若い方にお願いしたいものです。勝利の女神がお婆ちゃんでは、ちょっとねぇ?


 今は、あの動画のこともあって政府も自衛隊も軽々しく身動きがとれません。

 自分達の身内を助けるために、何万人もの治療可能な民間人を殺害したのかと糾弾されれば、言い訳のしようもありませんからねぇ。

 防衛省の下見に行く、その程度の我侭は許しましょう。佐渡島で奮戦した御褒美ですよ。

 それに関東一円の絶望的な現状を知れば、後藤くんの気が変わるやもしれませんしねぇ。

 でも、キミの暴走に、他の隊員まで付き合せることは許しませんよ?

 後藤くんの考えに賛同した若者達には、この年寄りが冷や水を掛けさせてもらいました。

 

『行くなら必ず落とします。貴重なヘリを減らさせないでください』


 とても簡単な説得でしたねぇ。

 私は除隊させられた身です。本来、口を挟む権限など無いのですが、そこのところは理解されなかったようで。

 皆さん、お若いのですねぇ。

『口を挟むな部外者の若爺が』その一言くらいは返す気概が欲しかったですけれども。


 しかし、この名簿を見る限り――――私の他にも誰かが家族に教えてしまっていたようですねぇ。

 装置装置と自嘲気味に口にしていても、徹頭徹尾、家の中でもそうはいきませんか。やっぱり、いきませんよねぇ。

 お偉方の奥方や息子さん、娘さんが順序良く序列通りに……入ったが最後、出られないとも知らずに……ねぇ。


 技術士官の方に、たられば、の話で尋ねてみましたが、まぁ、気の利くお方でした。

 一千名で使用した場合、生命維持が持つのは、およそ一ヶ月間だそうです。

 どこでどう嗅ぎ付けたのか、一千二百八十一名で使用した場合、限界は三十三日間だそうです。

 酸素は持っても、どうしても水の浄化速度が追いつかないそうで……。

 色々と、たらればで、時間を延ばせないか試行錯誤を繰り返していただいたようですが、そこまでは求めておりませんでしたのに。申し訳ない。

 最終的には、ずいぶんと沢山の方々に骨を折っていただき、大変、感謝しております。

 ですが、三百名まで減らせば何とか、という言葉は他言無用にお願いいたしますね?

 その一言は、今の日本では核爆弾より危険物なのですから。


 セーフルーム内にも一千発以上の銃弾の備えはあると思いますが……。

 自衛官が二十三名で、撃つべき頭の数は千二百五十八個ですか……。

 それも、普段は防衛省勤めの文官の方々。全ての頭を貫いた末に、自分まで撃ってしまわないか心配ですねぇ。


 誰の家族を生かして誰の家族を殺すのか、自衛官が選んだ時点で自衛隊が終わってしまいます。

 他の誰かが、政治家のお偉方が口を挟んでも自衛隊は終わってしまいます。

 自分の家族を殺した人間の下で働けるものなど居ないでしょう。

 むしろ、その銃弾は報復に使われるはずです。

 下から生かすとしても、今度は上の方々の心が耐え切れません。

 装置装置と自嘲気味に口にしていても、徹頭徹尾、人の心から離れられるわけではありませんからねぇ。


 平等に、全ての民間人をセーフルームから追い出す――――というのも無理がありますか。

 外にはZがウジャウジャ居るというのに、どうやって外に出ろと説得できるのでしょう?

 やはり、ここは一千名を居なかったことにして、二十三名の自衛官が生き残る……これが最善なのでしょうねぇ。


 ゼロよりはマシです。ゼロよりはマシ。マシなのです。

 防衛省内部で奇跡的に生存していた二十三名の自衛隊員。

 そんな武勇伝で良いじゃないですか。それで良いんですよ、それで良いんです――――。

 お偉方のご家族は脱出作戦時に全てZとなり、已む無くそれを撃ち殺した……。形式の上では整えられます。


 二十三名の文官が、一千名以上のZを?

 それは天下無双、頼もしい限りですねぇ。

 是非とも武官としてウチの旅団にスカウトしたいところです。


 ――――毒とはもうしませんから、是非とも睡眠薬程度は施設の中に十分な量があってください……。

 銃声が鳴り響き、端から順に殺されていき、銃口を突きつけられる順番を待つ……。

 そんな最後だけは、なにとぞ簡便してやってくださいませ……。


 沙耶……お爺ちゃんがね、悪かったんだよ。

 うっかりと口を滑らせてしまった、お爺ちゃんが悪いんだよ。

 もっとしっかり、お爺ちゃんは助けに行けないんだと伝えておけば……。


 日名子さん。不出来な息子のために、若い頃から大変苦労をかけさせてしまいましたねぇ。

 私のうっかりに貴女も巻き込んでしまい、本当に、申し訳御座いません。

 親子揃って貴女には迷惑を掛け通しで、大変、申し訳御座いません。


 省内から脱出に成功したのは、自衛官を含まず一割弱。

 十人に一人程度は、伊豆大島に辿りつけたというのに。

 ……そのなかに、沙耶と日名子さんが混じっていたかも知れなかったのに。

 私のこの軽口が、その可能性をゼロにしてしまった――――。


 やはり、私なのですねぇ。私が、殺してしまったのですねぇ。

 Zであれば治療の見込が微かに残ったというのに、頭を撃ちぬかれてはどうにもならないでしょう!!

 私です! 私なのです!! 全ては私のたった一言の軽口が原因なんですよ!!


 後藤くん、キミが私のために憤ってくれた気持ちは痛いほどによく解ります。

 ですが、私個人の為に、部隊を動かすわけにはいかないのですよ。

 私個人の為に、貴重な弾薬を消耗するわけにはいかないのですよ。


 ――――後藤くんの単独行動は、関東圏の現状偵察という形式で整えておきました。

 一応は、我々の旅団の管轄圏内ですからねぇ。

 たまには偵察の一つもしておきませんとねぇ?

 アメリカさんは善意で衛星画像を下さっていますが、やはり、現地の情報は目と耳で確かめてみないと解りませんからねぇ。


 ――――後藤くんは羽田空港のD滑走路を当てにしていたみたいですが、既に現地には人が住みついている御様子。

 結果として、見捨ててしまった方々です。生きていてくれただけでも感謝しておきましょう。

 それにしても、随分と大規模な改造が行なわれたようですが……人というのは、本当に逞しいものですねぇ。

 我々も負けてはいられません。今日こそは、立派に魚を釣り上げて見せるとしましょう!!


 ……。

 ……。

 ……。

 もしかして、何かが起きて、Zの治療薬が明日、完成することを――――祈りましょう。

 でも皮肉なことに、自衛官としての現実的な心が、祈りを邪魔するんですよねぇ。


 ――――沙耶、日名子さん。

 あと二週間……あるいは、もっと早くになるかも知れませんが、お別れです。

 なに、私もすぐに……最近は男性の平均寿命も延びましたからねぇ。ちょっとお待たせします。

 あぁ、私は地獄で、二人は天国ですから再会は出来ないかもしれませんねぇ。

 神様、仏様、どうか一目で良いですから、私に二人との再会の機会をお与えください。私に謝罪の機会をお与えください。

 もう、それ以上は何も望みませんので、なにとぞお願いいたします――――。


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