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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
71/123

・山本梓 二十六歳、GoTo――――。

 放棄されて無人のはずの滑走路に人の生活跡が――――複数の高射砲がヘリに狙いをつけていた。

 操縦席の北沢さんに告げると、即座に回避行動。だけど、その狙いは外れることなく、ずっと追尾し続けてきた。

『逃げ回っていても仕方が無い。出来るだけ遠くに降ろせ』

 後藤さんがそう口にして降りた。そこは滑走路の突端部分。

 吉村くんが双眼鏡で確認したところ、相手はブローニングM2、キャリバーを束ねたもの。

 こちらの最大武装と同じだけれど、砲門数は桁違い。

 これじゃあ戦いにならない。――――さらに赤外線レーザーもこちらを捉えていた。

 吉村くん。狙撃して破壊出来る?

『あ、無理です。たぶん、どれか一個を破壊した時点で他のに撃墜されちゃいます。

 銃も向けない方が良いと思いますよ? 地上に着陸してても撃墜って言うんですかね?』

『――――知らん。が、地上で落とされるなんてのは空の男として御免だ』

 私は空中で落とされるのも御免なんですけど――――?

 あと、北沢さん。貴方、陸自の男でしょ?

 格好つけて出て行った後藤さんの無事を、私らしくもなく祈り続けた。

 そして、すぐに飽きた。


 交渉相手の誰かは、食事を食べて、お茶を飲んで、トイレに行って、優雅に後藤さんの到着を待っていた。

 その態度に最初は苛立ちもしたけれど、考えてみればここは滑走路の端。

 後藤さんが歩いて辿り着くまで……二十分。

 無線で遠すぎるだの、相手の態度が気に入らないだの、私達にも走って来いだのと愚痴ばっかり……いや、出来るだけ遠くに降ろせって命令したのアンタだから。


 そして、さんざん格好つけておきながら、最後は私に泣きついてきた。

 そもそも後藤さんは交渉向きの性格じゃない。口よりも手が早い。その手にはナイフが握られている。

 私が駆けつけて、何とか無事に話し合いがはじまり、纏まりかけて破綻して、少年が倒れた。


 ――――川上ちゃんも専門家ではないから良く解らないけど、原因は心因性の、何か。

 うん、それは間近で見てたから解るわよ。少年の心には抱えきれないほどの巨大なストレス。

 彼の治療を条件に、彼等の住まいに入ることが許された。


 そこで見たものは、物資の山。それも、生活必需品から娯楽用品まで。

 佐渡島じゃ不足している生理用品に思わず手が伸びて、『山本、盗むなよ?』言われなくても盗みませんよ。

 そういう後藤さんは目聡く、今では貴重品のエロ本を見つけてきて……どこからそんなの見つけてこられるんですか?


 吉村くんはゲーム機を貰って、後藤さんとホンモノの鬼ごっこ。

 顔が鬼、心も鬼、体も鬼。

 泣かせる赤鬼さんだからかなり怖い。――――後藤さんは青鬼さんのほうになれないのかな?

 あんなに気の利く素敵な青鬼さんは無理よねぇ。はぁ~。


 保科くんもゲーム機の前でウロウロ。

 でも、吉村くんほどの度胸が無いのよねぇ。

 いつも理性的に振舞おうとしながら、どこかでボロが出てる感じ。


 北沢さんは――――アルコールの前でウロウロ。

 飲酒飛行は止めてくださいね? 二度としないでくださいね?


 ◆  ◆


 次の日、即座に少年――――田辺京也くんは、川上ちゃんや他の皆の制止を振り切って行動を始めた。

 滑走路使用の条件は三つ。

 作戦会議に口を出させること、すぐに自分を防衛省のシェルターへ連れていくこと、必ず大規模な救出作戦は実行すること。

 条件を飲まなければ、滑走路を利用不可能な状態にする。Zをここに引き込んでやる。

 ――――もう言ってることが滅茶苦茶。京也くんに何の得があるのか、さっぱり解らなかった。

 後藤さんも怒れば良いのか悩めば良いのか、わけの解らない表情をして悶えていた。


 彼の提示した作戦内容は簡単。

 防衛省の周囲に炎を撒いて、そこに爆竹を放り投げて陽動を随時継続。

 これならむやみにZを傷つけずに地下まで簡単に忍び込める。


 ――――地元民の知恵って言うんだろうか。単純で効果的。


 その作戦の有効性を確かめるための小規模な実地試験だったのに、彼は大久保沙耶ちゃんを助けて帰ってきちゃった。

 その後は滑走路の上で後藤さんと殴り合いの喧嘩。それとも一方的な蹂躙?

 とっても頑丈そうな服を着込んでいると思っていたら、全身がスタンガンになっていた。

 素手で止めに入った吉村くんと保坂くんも一緒に倒された。

 何度も何度も後藤さんを足で踏みつけにして、勝ち誇るように大声で意味不明な言葉を泣き喚いて、京也くんはまた倒れた。

 ――――もう、本気でわけが解らないわよ!! ちゃんと説明しなさい!! 男ども!!

 川上ちゃんの診断は心因性の――――それは見れば解るって!!


 ◆  ◆


 シェルター内部の状況が明かされるにつれ、京也くんの行動の早さの理由が判明した。

 陰湿な女の帝国。女帝が君臨し、そして、おなじ女を玩具にした憂さ晴らしの楽園。

 上官の妻の醜聞だもの。中に残った自衛官も公に情報を流すことが出来なかったんでしょうね。

 シェルターと言っても完全に外部から隔離されているわけではなかった。

 NBC兵器の対策として水や空気などのライフラインは内部循環型をとっているけれど、外部との通信はもちろん可能。インターネットだって使えちゃう。


 だけど女帝が君臨する限り、現場の自衛官達は内部の状況を濁して伝えるほか無かった。

 多数の民間人。それも旦那様の権威を嵩にきた、普通じゃない民間人たちと少数の自衛官。

 目を盗んではやりたい放題。監視カメラの位置まで把握していた。殺人事件まで起きていた。

 芋虫ちゃんって……何よそれ。


 本来なら沙耶ちゃんも良い身分の側になるはずだったんだけれど、そこは大久保団長の血が騒いだらしい。

 女の帝国に噛み付いて奴隷の身分――――らしいと言えばらしいんだけど、怖いもの知らずね。

 日本政府そのものに噛み付いた大久保団長に比べれば、可愛いものなのかしら?


 ……私の計算が甘かった。百枚の毛布で寝られる人数は百人に決まってる。

 食料その他の生活用品が三十年分あっても、毛布で眠れる人数は決まっていた。

 NBC対策されたシェルターという構造に明るくない私の判断ミスだった。

 そもそも、そんなシェルターの構造に明るい自衛官は居るのかしら? 技研、とかの人?


 ◆  ◆


 それから、薬で朦朧とした、支離滅裂な京也くんの声の中から拾い集めた言葉。

『朱音。大丈夫だよ。もう、泣かなくて良いよ』

『母さん。今度は、ちゃんと助けたよ。助けられたんだよ』

『失敗した。エレベーターの確認。もっと、助けられたのに』


 それから、

『自衛隊が民間人救出のために、自衛官の家族を撃ち殺すんだよ。あはははははははははははははははは!!』

 この言葉だけがしっかりとした文章として口から吐き出された。


 保科くんが推測した間引き。――――女帝たち、自衛官の家族をZにすること。

 京也くんが提示した三つ目の条件。――――必ず大規模な救出作戦を実行すること。

 その掛け算は、私達の手で私達の仲間の家族を殺させること。


 大久保団長の孫娘の沙耶ちゃん、お嫁さんである日名子さんの救出も完了した。

 だから、三つ目の条件である大規模な救出作戦は実行しなくても構わない。

 約束を破って、民間人を見捨てても良い。約束を守って、自衛官の家族を殺しても良い。

 私達は、今どちらの道を選んでも良い。だからこそ、彼の心の声が聞こえるようだった。


『――――地獄へ落ちろ』

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