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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
7/123

・四月四日、幸せの日

「生存記録、三百六十九日目。四月四日、天候は大雨。記録者名、田辺京也。

 地上がどうなろうとも宇宙のひまわりは咲き誇り、地球の画像を送ってくれている。

 ひまわり『地球は青かった。でも、白色も結構強いよ』、まる。

 衛星画像から天気を予報してくれる優しいお姉さんは居ないけれど、この雨がしばらく続きそうな事は俺にも解った。

 土砂降りは好きだ。朱音がどれだけジャイアンソングを歌っても、誰も気にしない。

 当人も解っているのだろう。雨の日は少しだけ表情が明るい。女の子は笑顔の方が良い。

 雨の日は歌っても踊っても構わない、それが自由だ。カラオケ大会も良いかも知れない。

 なんならバイクや車を走り回らせても遠くのZは気に止めない。近くのZは寄ってくる。

 モヒカンくんが隣に居たなら、さっそく轢き殺しに行こうぜ!! と、誘われる事だろう。

 でもね、そういうゲームから影響を受けるのはどうかと思うよ?

 また規制が掛かっちゃうじゃない?

 犯人は美少女の出てくる漫画を所持していました!! みたいな報道がさぁ。

 だから、ゲームで我慢するんだよモヒカンくん。

 本当に、そういう行為はゲームの中だけにしておいて欲しい。

 人を傷つけたり、人を苦しめたり、人のものを盗ったりしてはいけない。

 そう、法の力が及ばない時代だからこそ、ボク達は自らを律しなければいけないんだよ!!


 人間には言葉があるじゃないか。

 言葉を使って、話し合う事が出来るじゃないか。

 分かち合い、支えあう事だって出来るじゃないか。

 だから正直に、先生のガリガリくんを食べた悪い子は手を挙げなさい。

 当たりが出たからもう一本食べて良いと思ったって、気持ちは解るが理屈はわからんわ!!


 ところで、スナック菓子には賞味期限が書かれているけど消費期限は書かれていないものなんだよね。だから、勇気ある人が実地で確かめるしかないんだ。

 一つしかないから皆には内緒だよって、まもりにあげたあのポテチ。美味しかったかい?

 明日になっても大丈夫なようなら、皆にもご馳走しようそうしよう。

 こんどは当たらないと良いね? 当たってもトイレに閉じ篭もるぐらいだから大丈夫さ。

 うちにはトイレが二箇所あるからね」


 ヘッドセットを外して日課の記録を終えた。

 雨が降ると、Zはその雨音に釣られてウロウロと動き回る。

 そんな雨の中でも人の気配を見つければ襲いかかってくるのだから、人間という生き物の野性も捨てたものじゃないなと京也は考えた。

 Zはゾンビではない。ZはZでもない。正確には粘菌Zと人間の共生体がZである。

 もしも理性が残せるようならば、暑さ寒さに負けず、食事も必要としない完全な人間の出来上がりである。

 CDCの発表は、太古の地層から蘇った粘菌だった。WHOもその説を支持した。

 中国の発表は、日本が極秘裏に開発していた生物兵器だった。それ何処情報よ?

 そんな馬鹿なと思うけれど、兵器ではなく、病気のワクチンとしてなら完璧だ。

 政府の機密情報にアクセスできる人間はZの真実を知っているのかもしれない。

 知ったところで小市民に何が出来るわけでもないのだけれど、いつかは知りたい。

 Zとは新たな人類を生み出す過程で産まれた失敗作だったのだ!!

 なーんて、安っぽいSFのオチを考えてみるのも雨の日の楽しみだった。

 小市民に出来る事は、ただ生きのこる、それだけで精一杯なのである。


 ◆  ◆


 土砂降りのなか、来客があったのは夕方過ぎのことだった。

 ほんとうに久しぶりになるチャイムの音を聞いて、それが何の音だったか思い出すのに時間が掛かった。

 遠慮がちなチャイムの音の三回目、ようやくインターホンの存在を思い出した。

 画面の向こうには、雨に濡れた子犬ならぬ子供。それとおそらくは母親。

「すみません、どうか雨宿りをさせてくださいませんか?」

『すみません、どうかあなたの御飯を寄越してくださいな』

 副音声が聞こえるあたり、自分でも病的になった気がした。

 ――――雨宿り? その辺に幾らでも空き家があるだろう?

 断るのは簡単。八つ当たりにインターホンを壊されるのも簡単。

 少しばかり悩んでいると、チャイムの音で目を覚ました朱音が二階から降りてきていた。

 彼女の眠りも常に浅い。

「えっと……。その……。あのね? ――――ごめん、なんでもない」

 モジモジと、こんなタイミングで愛の告白をしてくるのかと思いきや肩透かしを食らった。

 そして、そんな彼女は雨の中の子供よりも、よっぽど助けて欲しそうな子犬の目をしていた。

「お願いします。どうか娘だけでもお願いします! お願いします!!」

 京也の口から溜息が一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。

「今開けますから、五分待ってください。雨の中、すいません」

 無邪気に喜ぶ母子と朱音の顔に、京也の顔が暗くなる。

 朱音にはお風呂の準備を頼み、京也は自室に急ぐ。

 家に軒となる部分は無い。要塞化を進めた際、二階に登るために役立ちそうな部分は全て破壊してしまったからだ。

 急ぎ自分の部屋に戻り、着衣。

 迷彩服。防弾チョッキ。シールド付きのヘルメット。篭手。警棒。ナイフと言う名の包丁。最後に――――M360J SAKURA。

 警察官の拳銃と言えばニューナンブM60のイメージだが、こっそりと入れ替わりつつある新式の拳銃である。

 小さい、弱い、弾少ないの日本古来の伝統を受け継いだ、SAKURAの名に相応しい可愛い銃だった。

 自衛隊なのか機動隊なのか解らない、チャンポンの戦闘服に着替え、親子の背後に誰か居ないか二階の窓、カーブミラーを通して確認。雨のために視界が悪いが恐らくはいない。

 平和な世界。宗教の勧誘が懐かしく思える。

 少しぐらいしつこくても、強盗に変わることは無かった。

 今の時代では女でも子供でも、ナイフ一つで人は殺せる。拳銃ならばもっと簡単だ。

 未だ眠る神奈とまもりを乱暴に起こし、お客が来たとだけ伝える。まもりは寝ぼけたままだったが、神奈は京也の格好から即座に察してくれた。

「お待たせしました、どうぞ玄関に」

 母子は奇特にも、待てと言われたままに雨に濡れながら待っていた。

 繋ぎっぱなしのインターホンで伝え、玄関に走る。カンヌキを外し、三つの鍵を開ける。

 通常、外開きの玄関の扉をわざわざ内開きに直したのは、開けた時に扉が盾になるからだった。

 扉を開く、母子の姿を確認。半身を扉で隠しながら腕を掴み、力尽くで引きずり込み、扉を閉める。

 それは10秒と掛からない早業であり、どちらが強盗か解らない動きであった。

 あまりのことに母親は呆然と、少女は子供らしくビックリして泣き出した。子供の泣き声に風呂場から慌てて出てきた朱音の咎めるような視線が痛い。

『また戦争ごっこ? 子供まで泣かせて?』

 その目はそう語っていた。

 初見で怖いオジサンと認識されたのか、娘さんには嫌われてしまったようだ。……オジさんは無い。


 まだ溜まりきっていない湯船でも、浴室の方が温かいだろうと朱音が案内した。

 四月の雨でも雨ざらしでは体が底冷えする。夏はまだ遠い。

「怖いオジちゃんのことは、お姉ちゃんが見張ってるから大丈夫だよ~」

 ……15でオジちゃんは、無い。だが、朱音の言葉と笑顔に女の子が表情を緩めた。

 二人がお風呂に入っている間に雨に濡れた服が洗濯機で回され、中途半端に目覚めてしまった神奈とまもりも降りてきた。

「京ちゃん、どうするの?」

「もちろん追い出すよ?」

 とても簡単で、とても冷たいやり取りに、まもりと朱音が眉を顰めた。

 お風呂の暖かさにこぼれる女の子の笑い声が、春なのに冷たい空気の廊下に響く。

 常々言い聞かせていたはずだ。不味いくらいが丁度いいって。アレもコレも。

「京也、どうしても? 私達のご飯を切り詰めたら、なんとかならない?」

「…………なるけどしない。する意味を感じない」

 勤めて冷たく。蛇のように目を光らせたつもりだったが、あいにくとヘルメットのシールドが邪魔をした。

「女の子だけでも……駄目、かな?」

 朱音の子供よりも子供っぽい目。

 生き物を飼うのは大変なんだと『火垂るの墓』で学んだだろうに。

 自分一人が生き残るのでさえ大変なんだと学んだだろうに。

「……お姉ちゃんは? どう思うの?」

 話を振られた神奈は少し困った顔をして答える。

「私は……京ちゃんのカッコいいところを見てみたいかな?」

「解った、俺にドンと任せろ」

「何でよ!!」「何でー!?」

 願いが叶ったというのに不満たらたらの子犬二匹であった。


 ◆  ◆


 最近のコンビニは便利なもので、大人用の下着も子供用の下着も用意されていたので替えには困らなかった。

 二十代後半……だと思う。15の京也に女性の年齢当てクイズは難しかった。

 女の子の方は簡単だった。小学生。六年間も幅があるので、散弾銃のような答えでヒットする。

 生意気にもフリル付きのブラをしていたのだから高学年なのだろうが――――まったく必要性を感じない。

 母親の方は年齢相応のエロティックな勝負下着で、実によい目の保養となった。

 ……簡易乾燥の後、部屋干しされた下着を眺める京也の背後には汚らしいものを見る視線が三つ。

 『京也のパンツと一緒に洗わないでって言ったでしょ!!』そう言われる日も近そうだ。たぶん、即日。


「京也くん、オジさんじゃなかったんだー!!」

「うん、ボクはお兄さんだよ。お兄ちゃんでも良いよ? でも、個人的にはお兄様って一度は呼ばれてみたいかな?」

「変態。変態で良いからね、このオジちゃんのことは」

「京ちゃん? ――――私のこと、神奈お姉様って呼んでみる気、無い?」

 食卓を彩るのは具アリのカレー。

 賞味期限はギリギリオーバー、消費期限ならまだまだOK。

 大人ぶって中辛を望んだ宮子に、誰も食べたがらないお子様甘口カレーを食べて欲しいな~と匂わせたなら、仕方がないから食べてあげると食いついた。お子様だった。

 母親のアザミも遠慮気味に、誰も食べたがらない辛口に挑戦した。涙がこぼれているのは暖かいご飯のためか、たんに辛いためか。娘の笑顔だろう。

 田辺くんは不味いくらいが良いんだよね~と、強制的に45倍。……取ってこなければ良かった。

 45倍の辛口カレーは意外なことに辛くなかった。熱い、そして痛い、その二つの味覚以外の感覚しか感じなかった。一緒に食されるお米への冒涜である。お米のホカホカすら敵に回った。

 中辛、中辛、甘中が好みの三人娘はそれぞれに好みのカレーを食べてご満悦。

 食卓は華やかだった。

 どうせ尋ねても暗い音しか出ない過去の話など、誰も聞かなかった。

 宮子ちゃんがとっても美味しそうに食べるので、デザートも奮発し、ハーゲンダッツのキャラメルマキアートを振る舞った。

「宮子ちゃんは好き嫌いとかある?」

「ないよー! アイス大好きー!」

 怖いオジちゃんから、物で釣るオジちゃんへと着実なランクアップを図った。

 そして、朱音の前には無言で抹茶味を置く。

「朱音ちゃんは好き嫌いとかある?」

「……無いよ。アイス、大好きぃ……」

 食卓は華やかだった。


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