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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
69/123

・五月十二日、ナイチンゲールデー

「生存記録、四百七日目。五月十二日、天候は雨。記録者名、田辺京也。

 後藤さん。殴られた。一発、二発、三発目で高圧電流。倒してやった。弱い奴。

 足が踏みつけ。皆止めた。高圧電流。振り払った。弱い奴等ばかり。

 一発、二発、三発、四発。――――やられた以上は絶対にやり返す。それが約束でした。

 あれ? 誰が約束だったの?


 口にしようとしたのに、出てけ、さっさと、空が雨だから、みんなが泣いていた。

 確か、Esが叩きつけて一本と――――映画の――――監獄だ。


 なんで、悠長な彼等? 狭い場所と?

 うるさくて、ドンドンが外は、Zは、人が居てばっかり。

 パーソナルスペース、階級社会、偉い人家族、偉くない人家族、派閥、男、女、大人、子供。


 ――――心じゃ弱い。


 川上さんが、さっき射たれた注射と、俺の何で?


 えっとね? したくなかったの。昨日はいっぱい何も――――でも沙耶が、母さんが待ってて……。

 Zが殺した。いっぱい、いっぱい。楽しくないの。面白くないの。でも、殺らなきゃなの。

 注射……頭で……赤い……炎はいっぱい」


 ◆  ◆


 川上美冬の回答。

「彼が急いだ理由は映画にあった通り、スタンフォード監獄実験の再来を止めるためでしょう。

 百人が生活できる空間に千人を入れた場合……その居住性は最悪になります。

 山本さんは物資をベースにして三年は生きられると計算して居ましたが、

 彼は生活環境そのものをベースにして生存可能期間を計算していました。

 沙耶ちゃん救出のためのタイムリミットは、とっくの昔に過ぎ去っていたんです。

 沙耶ちゃんは二人の女の子と一緒にロッカーに閉じ込められ――――その排泄物は、バケツの中に。

 Zがシェルターを叩く音、多すぎる人口密度、救出の当ての無い状況、誰かが死ねばZになる。

 内部の人間に加えられた精神的なストレスの総量は――――考えたくもありません。

 彼はスタンフォード監獄実験を引き合いに出しましたが、現実はそれ以上の過酷な環境でした」


 百人用のシェルターは百人用である。

 どれだけの物資が溜め込まれていようとも、絶対に百人用である。

 五十人で使う分には構わないが、二百人で使うことは絶対に出来ないよう設計されている。

 ましてや千人で利用するのは絶望的だ。


 投げつけられた映画と、大久保沙耶本人の痛ましい姿と心。

 双方を見て、彼等は顔を今までにしたことのない表情に歪めることしか出来なかった。

 セーフルームは内部で発生した悪意からは、何一つ守ってくれなかった。名前負けも大概である。


「防衛省がZに襲われてからたったの二週間だぞ!?

 なんでこんなことになった!? これが人間のすることか!?」


「後藤さん。お気持ちは解りますが、人の心とはそういうものなんです。

 とくに、何の訓練も受けていない一般の、民間人の心は弱いものなんです。

 防衛省が襲われたときに、外部から誰も助けに来てくれなかった。

 そして置かれた環境から考えて、救援がくるという希望も持てなかった。

 内部には人が溢れ、安心できる場所なく、誰かが息を引きとればZになてしまう。

 シェルターの扉は四六時中叩かれ続け、もう、どうせ終わるんだと絶望してしまった。

 ――――それでも清く正しく美しく、普通の人間が普通に生きていられるとお思いですか?」


「もしもだ。――――もしも、当初の段取りに従って作戦を実行していたならどうなった?」


 その回答は山本梓が引き継いだ。

「数千から数万のZを殺害した末に、千人の避難民を全て助けられたかもしれません。

 佐渡島から人員、千人分の食料、架設テント、諸々の物資を輸送し受け入れ態勢を整えます。

 次に部隊を再編し、機体等を整備し、斥候を出して周辺情報の把握。


 六機のヘリが目立たぬよう新月を待ち、救出作戦を決行。

 次の新月は四日後です。機会を逃せば三十二日後になります。天候が荒れれば更に順延です。

 それまでにシェルター内部で何も起きなければ、避難民を全て救出できた可能性が存在します。

 あるいは、シェルターの内部で千体のZと出会えたかもしれません」


「じゃあ、なんだ!? あのガキが正しかったって言いたいのか!?

 離陸前にババアの悲鳴を聞いただろ!? あのガキは無意味に人間をZの前に飛び出させたんだぞ!!」


「――――間引き、じゃないでしょうか?

 シェルター内部の人口が減れば、おのずと生活環境は改善されます。

 これで我々が行なう……かもしれない、救出作戦が一月後でも二月後でも、生存者が残っている可能性は高くなったはずです」


「てめぇ保科ぁっ!! それは本気で言ってんのか!!」


「あくまで田辺京也くんの言動から推察しての発言です。

 僕自身の意見ではありません。僕を殴りつけるのはよしてくださいよ?」


「喧嘩はよしましょうよ後藤さん。

 沙耶ちゃんとお母さんを助けられた。めでたしめでたしじゃ駄目なんですか?

 喧嘩よりもお祝いしましょうよ。ヘリに積んできた食料使ってぱーっと明るく」


「よ、し、む、らぁ~!!」


「……うん、宴会でもするか。あんな沙耶ちゃん達の前で俺達が暗い顔してるわけにもいかねぇ。

 八人も助かった。めでたい。実にめでたい。戸部の奥さんにも相談して見るか。

 こんなときだ、酒の一つも提供してくれるかもしれん」


「北沢さん、本気ですか?」


「――――本気以外の何に見える? 三十六歳無職の後藤さんよ。

 しかめっ面してて何かが解決するわけじゃないんだ。それよりも目の前の沙耶ちゃんを大事にしようや?

 宴会だ宴会。ぱーっと騒いで、不景気な思い出を忘れさせるのが男の甲斐性って奴だろ?」


 ◆  ◆


「生存記録、四十二日目。五月十二日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 今日はナイチンゲールデー。母さんの記念日だ。

 ナイチンゲールの和名はサヤナキドリ。だから母さんの記念日だ。

 名前が沙也香だから――――無理があるだろおい。でも、協力するとお小遣いが貰えたので母さんの記念日だ。


 誕生日。結婚記念日。婚約記念日。告白記念日。ホワイトデー。クリスマス。母の日。ナイチンゲールデー。あとは大人のABCな三日の記念日、ちょっとは隠せ。

 だから年に計十一日の記念日。父さんも大変だね。

 あ、主婦の日も入れて十二日だったっけ。ちょうど十二ヶ月分だ。


 ちなみに父さんの記念日は勤労感謝の日だけだ。休日が貰える日。

 父の日を祝ってみた結果、母さんとホテルにディナーに出掛ける羽目になったので無しになったそうだ。

 誕生日も、なぜか祝われる側ではなく自分で主催して疲れ果てて嫌になったそうだ。

 ――――ねぇ、父さん? なんで母さんと結婚したの?


『若かったんだよ。若すぎたんだよ。若さとは過ちの塊なんだよ』

 なんてこと言ってたので母さんに告げ口したら、お小遣いが貰えたんだよね。

 若いうちの苦労は買ってでもしろって言うけど、年老いてからの苦労は買うまでも無いみたいだ。向こうから全力ダッシュだ。

 でも、その苦労が幸せだったんだから――――良いよね?

 いっつもいっつも、母さんが迷惑を~って、父さんは笑ってたんだから、良いよね?

 神奈姉、まもり、氷川朱音さん。三人が迷惑をって、俺も笑って過ごしても、良いよね?


 三倍、幸せなのかな?

 三倍、幸せで良いよね?

 三倍、幸せだから、三倍笑って良いんだよね?


 帰って来たら父さんはビックリするだろうな。

 ご近所さんが全滅だ。全員、五寸釘の矢で頭を撃ちぬかれて死んでいる。

 うん、笑える。笑えるよ。もう笑うしかないよね?


 今日ね、CDC、アメリカ疾病予防管理センターから発表があったんだ。

 やっぱり、皆はゾンビじゃないんだってさ。ただの病気の人達だってさ。

 神経系を何かの菌に寄生されただけの病人で、精神が妙な状態になってるだけなんだってさ。


 ――――まぁ、今更なんだけどね?

 ご近所さんの頭を串刺しにしちゃったあとだし?

 脳を破壊しちゃったら、菌を取り除いても、もうどうにもならないよね~?


 うん、笑える。笑えるよ。もう笑うしかないよね?

 今更なんだよねぇ。ほんと、今更なんだよねぇ。ははは、超笑える」


 ヘッドセットを外して、記録を終了。

 予感していたゾンビナオールが製造される可能性が高くなった。

 でも、脳が物理的に破壊された人の心が戻ってくることは無いだろうね。


 解ってた。

 でも、夢見てた。

 そして、現実は現実だった。

 怪物もゾンビも、現実には存在しなかった。

 これでCDCのお墨付き。俺は立派な人殺しだよ。


 まぁ、それだけのことだ。まぁ、それだけのことなんだよ――――ホントにさ。

 三人の女の子を病気から守るために百六十三人を殺した。

 まぁ、それだけのことなんだよ。ホント。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 京也がどんどん精神的に参っていく様子がありありと……生々しくて引き込まれすぎる。面白い。
[一言] ヤバイっすね生存記録 どんどん主人公が磨耗していく それでも...うん..少なくとも私は早い段階でZになると思うんで彼は本当に...なんか言葉が出てこないっす。 続き読みに行きます。
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